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地球は意外とアクティブに動く

作者: 佐田見 直

河川敷の除雪はゆきとどかない。

自分で雪の上を歩くとどこまでも沈んでいってしまいそうなので、前を歩く 立志(たつし)の足跡にそって歩く。先人の道を行くのもなかなか楽なことではない。立志はさっきからずっと地球の公転と自転の話をしている。

「オレが思う地球のすごいところはさ、こんなに大きな図体をして、くるくるよく回るってことなんだよ」

「その必要性がわからないよ」

「必要性とかじゃないんだよ!一日一回まわって一年で太陽を一周するんだぜ?地球はボーっと浮いてるだけじゃないんだよ

「地球が回ってることは知ってるよ」

「違うんだよつまりこういうことなんだよ」

そう言うなりズッポズッポと河川敷をかけおりて、足元の雪を踏みしめるようにまわりだした。

「これが自転なー」

ぐるぐるまわりながら、つぎは大きな円を描くように駆けだした。

「これ公転。オレ地球!」

薄暗い中、赤いマフラーがチラチラとゆれる。蛇行しながら走っている。

彼の人生に悩みだとか苦しみだとかはないのだわ、と思いながらしゃがみ込んでながめていると、彼はすってんと宙を舞った。頭の先からつま先までがピンとまっすぐでちょっと綺麗だった。

でもちょっと関わりたくない。倒れると同時に、

「ぐっ」という声とゴギッという鈍い音がひびいて、立志は深雪の中に消えた。

ああ、これはいったな、と思った。名前を呼んでみても微動だにしない。


すみやかに携帯を取りだして、救急車に「脱きゅうしたみたいなんですけど…」というとすぐ来てくれるそうだった。救急車ってこんなアホの為にも来てくれるのか。感涙だ。

あごで携帯を閉め、さっくりさっくり雪をけりながら進んでゆく。中一の時と小学校の時もこいつは脱きゅうしていた。どうやら肩がゆるゆるらしい。ゆるゆる、ゆるゆる。


雪の上にひざをつくと、じゅ、とすぐしみ込んだ。

「救急車すぐ来るってよ」

立志はまばたきだけでうなずいて、蚊の鳴く声でささやいた。ゆれると痛いらしい。

「もうだめかも」

「前脱きゅうしたのも冬だったね。学習能力がない」

「うるせ」

「私前も救急車ついて行ってあげた」

「しらん」


ひどい。私はあんなに心配してあげてたのに。

こいつの中一の時の脱きゅうの原因はじゃんけんだった。理科室掃除のゴミ捨てファイナル戦で私と争ったところ、気合いを入れすぎた拳の振りに、彼の軟弱な肩は負けたのだった。ひざから崩れ落ちた彼の敵は己自身。

走って呼んできた保健の先生に

「佐藤さん、ちょっとこの子の荷物救急車まで持っていってあげてくれる?」

と言われた佐藤さんである私は、理科室前に置いてあった

私はどうしてここにいるんだろうと思っていると、先生は「あれ、何で佐藤さんここにいるの」と言った。知らないよ。

救急車がほんの少し上下するたびに鋭く息を吸う立志は本当に可哀想だった。


迎えにきた立志のお母さんと保健の先生が話し込んでいる間、私たちはハイテクな自動販売機の缶ジュースを飲んでいた。

さっきまでのたうちまわっていた立志の腕は、ファンタの空き缶を投げたり潰したりプルタブをはずしたりと自由自在だ。

「ねぇ、それってもう痛くないの?」

「全然」

「なんで」

「なんでって…」

少し眉間に皺を寄せてから、いきなりすっくと立ち上がった。固いソファがずれる。

「ゴミ箱ってどこだっけ」

そう言って立志はファンタを捨てる旅に出る。

私は唇で熱さを確認してから、ロイヤルミルクティーをのいのいと飲んだ。あったか~いの缶のわりにほっとする温度だった。懐かしい。


冷えるところで暖かい事を考えると、人は尿意を覚えるものだ。

トイレに行きたくなったけどここでこいつを置いていくと救急車が困ってしまう。

私は我慢をごまかすために、かじかむ両手で雪をあつめて雪玉をにぎった。

なかなかよくできたので、立志のでこにのせてみた。

「もう私いくらでも救急車呼べるよ」

「これ、つめたい」

「安心して肩はずしてよ」

どんどん弱々しくなっていく立志は方頬だけで笑った。額の雪玉がニヒルだ。


くるりくらりと雲が流れる。私たちは飽和水蒸気量を超えた息を吐きながら、あたたかな救急車を待っている。


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