兄はリスクと欲望を天秤にかけ、欲望をとる
「お兄ちゃん、私を助手にしてください!!」
「こは??」
困った顔の助手に連れられて来たのは、可愛い可愛い俺の妹だった。
「それで? 突然どうしたの?」
「私大好きなお兄ちゃんとお父さんの仕事のこと、そういえば何も知らないなって思って。だから助手としてお兄ちゃんの仕事を近くで見たいなって。あ! 全然役に立たないだろうし、お給料とかはいらないから!」
「ふむ……」
可愛い手振りで可愛いことを言うこはに秒で頷きそうになるのをグッと堪えて、冷静になる為こはの後ろにいる助手の頭でぴこぴこ揺れる耳を見ながら思案する。
「父さんのとこは行った?」
「うん。行ったら『雪兎のとこに頼んでみなさい』って」
「そっか」
恐らく、というか確実に札屋から何か聞いたなと思いつつも、仕事場でもこはに会えるのは最高に嬉しい。
さて、どうしたものか。
リスクと欲望を天秤にかけて迷っていると、俺の視線の先に気づいたこはがハッとした顔をした。
「あ! そうだよね! お邪魔だよね! ごめん私気が利かなくて!!」
「いや、こはが邪魔とか世界が滅んでもないから。むしろこはが邪魔だっていうなら央太の方を追い出すから」
「邪魔じゃないよ! お兄ちゃんそんな心にも無い事言っちゃ駄目でしょ?」
突然慌てだしたこはの様子に、意味が分からないながらも何か不穏な気配を察知したらしく央太が一歩後退った。ふむ、流石野生。
「こはは俺とお前が恋人同士だと思ってるぞ」
「何でそんなおぞましい誤解してるの!?」
「俺が女装してるのはお前の趣味だと思ったらしい。相変わらずこはの発想は斬新だよなぁ」
「否定してくださいよ!!」
「こはの為なんて言って優しいこはが気を遣うことになったりしたら可哀そうだろう?」
「あらぬ疑いをかけられてる俺のほうが可哀そうですけど!? 小春ちゃん、違うからね!?」
「やだなぁ。私偏見とか無いんで大丈夫ですよ?」
「何で信じてくれないの!?」
騒ぐ央太の声をBGMに、結論を出した俺はこはに笑いかけた。
「分かった。ただし助手の仕事をしてもらったらその分のお給料は払うからね。いつでも来れる時においで」
「本当? ありがとうお兄ちゃん!」
結論、欲望が勝った。
俺がこはの思惑に気づいた上で許可を出したことなど微塵も気づいていないこはが満面の笑顔でお礼を言うのを聞いて、許可して良かったとしみじみと思った。最近忙しくて深刻なこは不足に陥りかけていたのもこれで解決するし、いいこと尽くめじゃないか。
そうと決まれば先ずは懸念事項を解消してくるか。
「今日はどうする?」
「お兄ちゃんと央太さんがいいなら今日から働きたいな。いい?」
「勿論だ。ただ、俺はちょっと今から出かけなきゃならないから央太に仕事について聞いておいてくれるか?」
「もう! お兄ちゃん、そういうのは私じゃなくて央太さんに許可を取るの!」
「央太、こはに何かしようものなら分かってるな?」
「小春ちゃんの優しさと雇い主の理不尽さに涙が出そう」
央太にこはを任せて俺は事務所を出た。向かうは愉快犯の札屋のところだ。
「話さないでって言いましたよね?」
「え、小春ちゃん行動早すぎない? 流石哲哉の娘」
全く悪びれる様子もなくそんなことを言う相手に俺がジトっとした視線を送ると、目の前の男は弁解するようにひらひらと両手を振った。
「小雪さんのことは話してないよ。約束は守る男だからね。僕はただちょっとアドバイスしただけ」
「アドバイス?」
「そ。『雪兎は哲哉の助手をしたことで母親のことを知ったみたいだから、小春ちゃんも助手してみたら?』ってね。それ以外は何も教えてないよ」
思いの外約束を守ってくれたらしい。そのことに安心してゆっくりと息を吐いた。
「それで? ほんとに哲哉の助手になったの?」
「いえ、断られたらしく俺の助手になりました」
「逃げたな」
「俺にとっては仕事中もこはと一緒にいられることになって大満足です」
「あっはっは。雪兎は変わらないねぇ」
「あ、こはに黙っててくれてありがとうございました。また今度こはと一緒に来ます」
「はいはーい」
札屋を出るといつもより足早に歩く。
こはは諦めてないみたいだししばらくは気が抜けないなと思いつつも、一緒に仕事ができることが嬉しくて仕方がない。
まあこはは単純だし、暫く事務所内で書類仕事を任せておけばそっちに手一杯になって忘れるだろ。
俺はそんなことを考えつつ、鼻歌を歌いながら事務所へと足を進めた。