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識別No.0631_3  作者: 良木眞一郎
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06

 心地よいぬくもりから浮き上がるようにリグは目覚めた。覚醒信号を打ち込まれない穏やかな目覚めはずいぶんとひさしぶりだ。

 リグは眠りに落ちる寸前と違い、気持ちがひどく落ち着いていることに気づいた。なぜかはわからないが守られている気すらする。脳も身体も弛緩剤を打たれたように、だらりとしていた。リグは意識して呼吸をする。一息ごとにすこしずつ、身体に力が戻ってくる。

 たっぷり一分かけると、ようやく頭が回りはじめた。リグは自分がどこかに運ばれたことがわかった。ベッドに寝かされ、毛布がかけられている。腕の違和感は輸液投与管が繋がれているからだ。視界には天井が映っている。作戦本部の天幕ではなく、ちゃんとした構造物、都市の天井だ。照明も機能している。どの都市かまではわからない。

「リグ?」

 声に誘われて、リグはそちらに顔を向けた。

 ベッド脇の椅子にユウが支給服姿で座っていた。見回すと、ベッドの足元でテオが体を横に向けてこちらを見ている。左手奥の出入口脇にはガスが腕を組んでもたれかかっていた。右腕はくっついたらしい。部屋は治療室にしては狭く、都市のどこにでもあるような個室に見えた。空き部屋だったのか、治療具やベッドなどが部屋と馴染んでいない。

 ユウから三歩離れたところに知らない男がいた。四十歳ほどで、茶髪で頬がこけている。識別No.0083、個体名トム。都市ランファン戦略部所属。知らない人物だったが、味方だと戦術コンが教えてくれた。

 リグは声をだすために、一度深呼吸した。

「どこだ、ここ」

「都市ランファンだよ。ここは君の治療のために用意された部屋なんだ」

「……作戦は」

「君が言いつけた任務は成功。都市ヘルムート攻略のことなら、一度中断したけど昨日、成功の連絡が入った。これから掃討戦だって」

「何日たった」

「四日。君は丸三日、治療機に入っていたんだ。器質的な損傷は治癒したけど、意識が戻らないからこの部屋に移されたんだよ」

 四日も、とリグは眉をひそめたくなった。

「何もなかったのか」

「戦闘という意味なら、ここでは起きてない。ただ……」

 ユウの視線が中央の男、トムに向かう。

「私は本都市ランファンの戦略部員だ。識別No.と個体名の名乗りは省略させてもらう。勇名高き631に会えて光栄だ」

 言葉のわりに、通りすがりに足を踏んづけられたような顔だった。

「はじめまして、トム。ここではまだ何もしてないはずですが、有名だったとは知りませんでした」

「もうやってくれたのだ」

 トムは苦々しげに言った。

「私は本都市戦略部の代表として来た。君の戦闘情報を渡してもらいたい」

 通常、戦術コンはGMSや戦略部の指示に従う。盲目的と言ってもいいほどに。GMSや戦略部の指示を戦術レベルで具体化するのが目的の道具なので、それは当然なのだ。GMSや戦略部が要求すれば戦術コンはどんな情報でも渡す。

 だからリグが、なに言ってんだこいつ、という顔になったのは仕方のないことだった。それがトムの怒りを煽ったのを見て、ユウが慌ててとりなす。

「リグ。彼らはまだ君の戦闘情報を受け取っていないんだ」

「好きに取っていけばいいだろ」

 ユウが目をパチクリさせる。

「じゃあ、君の指示じゃないの?」

「戦術コンに、誰にも情報を渡すなって? そこまで頭が回らなかったな。手がかりを守ることでいっぱいだった」

 ユウたちは、トムも含め、困惑した顔で互いを見た。

「隊長の指示じゃないとしたら、どうして……」

「リグ。君の戦術コンに戦闘情報を要求すると拒否されるんだ。身体情報だけはくれるけど、それさえ僕らや医療班にだけだ」

「戦術コンがぶっ壊れちまったか?」

「まさか。戦闘用に作られた装置なんだ。頭蓋骨のほうが先に砕けるよ」

 不吉な言葉を聞きながら、リグは戦術コンの状態を確かめてみた。

「……変だな。都市に戻ったのに、警戒状態になっている。現在も索敵中だ」

「普通は都市に戻れば待機状態になって自由に情報共有できるものだけど……」

 警戒状態は輸送などで都市外に出るなど、戦場ではないが敵接触の危険があるような緊急性の低い場合に備えたものだ。フェムトからの電子的干渉を避けるため情報共有先は限定される。それでもGMSや戦略部の要求は拒否しないはずだ。

「戦術コンの動作記録はどうなってるの?」

 言われてリグは調べてみた。もう一度寝込みたいほど大量の警告が残っている。ほとんど同じような内容だったので、特徴的なものだけ目を通した。

「ほぼすべての通信要求を拒否している。一度だけ戦闘情報を呼び出しているな。あとは……敵味方識別機能が更新されてるけど、人型個体と戦闘したから当たり前だろう」

「いや、多分それだよ、原因」

 ユウが頭を抱える。見慣れた光景に、リグはちょっと安心した。

「……説明してくれ」

 トムが苛立ちを隠して言うと、ユウは申し訳なさそうに話しはじめた。

「戦術コンには学習機能があります。敵味方識別の際、多少形状や体格が違っても判定を変えないための措置です。判定には光や音、通信波を含む電磁波や過去の記録などを使い、情報共有した他の戦術コンとの答え合わせもするんです」

「知っている。戦術コンの基本機能だ」

「リグの戦術コンは人型個体との戦闘を経験しました。電子的な乗っ取りも受けたと言ってます。戦術コンからすれば、直接殴られたようなものです。それで……おそらくですが、学習したんですよ。人型個体なんて言ってますが、要はクローンで、人間です。つまり戦術コンを搭載した人間は無条件で味方だったけれど、それに偽装する敵が現れた、と。そう敵味方識別機能を更新したんです」

「隊長の戦術コンにしてみりゃ、人間は敵かもしれないって疑いだしたわけか」

「だと思う。だから都市に戻っても索敵を続けているんだ」

「隊長は形状のまったく違う新型によく会いますからね」

「そうだね。この大きな変化は、それが下地になったのかもしれない」

 大きなため息をついたユウに、リグはひかえめに尋ねた。

「ユウ。戦闘情報の呼び出しが一度あったが、どういうことだろう」

「ああ、それはね……」

 ユウはトムの表情を気にしながら声を潜めた。

「順を追って説明すると、君の戦術コンはずっと情報共有を拒否していた。事情が事情だったから、僕たちは君が意図したものだと思っていたんだ。ところが都市に着いても一切情報を渡してくれない。治療に必要な身体情報さえ医療班と僕らにしか提供しなかった。治療器に入ったら、近づくことさえ許さなくなったんだ」

「許さなかったって、戦術コンにそんな権限はないはずだ。俺の頭から飛びだして妨害でもしたのか?」

 トムの怒りが増しているのを察して、ユウは焦った。

「冗談言ってる場合じゃないんだよ。明らかに異常な動作だったから、君の指示か戦術コンの異常動作だと思われた。非接触検査をしたかったけど、それには近づかなきゃいけない。戦術コンは人質をとったんだ」

「誰を? 俺を?」

「それこそ、そんな機能はないよ。君の戦術コンは、意に沿わなければ戦闘情報を削除する、と脅してきたんだ」

 なるほど、とリグは納得する。相手の通信妨害が機能したままの戦闘だったから、記録しているのはその場にいた者だけ。敵を除けば、リグの戦術コンだけだ。

「うまいことやったもんだ」

「なにがうまいものか」

 トムの吐き捨てるような言い方に、ユウは肩を縮める。

「そういうわけで、GMSと戦略部はあそこで何があったか、一切の情報を得ていない。治療器から出てこの部屋に移ったあと、僕ら三人だけが呼び出されて戦闘情報の提供を受けたんだ」

「ふうん」

「ふうん、じゃないよ。防諜のためだろうけど、部屋にケーブルとディスプレイを運ばせて、神経接続を介して有線でディスプレイに情報を出力したんだ。それも音声一切なし。光学情報だけの徹底ぶりだった」

「戦術コンは都市に人型個体が潜んでいることを警戒したんだろう」

「そうだろうね。だから通信機を介さず、記録に残らない形で戦闘情報を共有した。僕たち631にだけ。GMSと戦略部の介在は許されなかった。僕らへの提供すら、他へ漏らさないことが条件だったんだ」

「それに従ったのか」

「僕らとしては何が起きたか知りたかった。GMSや戦略部としても、元情報を消されたくなかったんだ。まったく、君に振り回されていたと思ったら、犯人は君の戦術コンだったなんて」

 ユウは肩を落とす。テオは首を傾げた。

「いつもとあんまり変わらないですよね?」

「だよな」

「ぜんぜん違うよ。リグの戦術コンは指示なしで、独自の判断で行動したんだ。GMSの指示に取り合わず、駆け引きさえした。人型個体が潜入していない証拠がなければ、あらゆる情報の提供を拒むだろう。敵味方識別の方法を、その手がかりすら敵に知られる訳にはいかないからね。リグの戦術コンはGMSから独立した装置になったんだ」

「ユウたちは人型個体と接触しなかったのか」

「していない、と思う。少なくとも戦闘はなかった。でも、向こうが本気で偽装したらすれ違ってもわからないよ」

「まあ、そうだな」

 ふと、リグは首を動かした。

「トムがいるのは?」

「まだ説明の途中なんだよ」

 トムがいつ暴れ出すか心配しながらユウは続ける。

「さっき、君の戦術コンからGMSと戦略部、それと僕らに通信が来た。君の覚醒が近いことと、覚醒後の判断は通常通り君が行うことをね。それまで僕らへの戦闘情報共有時を除いて、この部屋には医療班しか入れなかったんだけど、今回は僕らと戦略部員一名の立ち会いが許されたんだ」

「そこで俺がやっと目を覚ましたわけか」

「そう」

「隊長、ユキが怒ってたぜ。見舞いもさせないのかって」

 それを聞いてリグは文字通り震え上がった。自分のせいではないのに、戦術コンの勝手な判断のために治療器に逆戻りしそうだ。

「さて」

 トムが一歩進み出る。

「状況はわかってもらえただろう。戦闘情報を渡したまえ。判断の主体が君に戻った以上、拒否はしないだろう? 君はこの都市の兵士なのだから」

「僕にその手の論法が通用すると、都市アンバースから申し送りを受けたんですか?」

「なんだと?」

「もう少し待って欲しいんです。どうせいままで待ったんだし、ちょっと延びるくらいいいでしょう」

 その言い方が、当たり前だがトムを怒らせた。

「いい加減にしたまえ! 新型の、それも人間に酷似した敵の情報など、都市の運命を左右する最重要事だ! 敵が都市に潜んでいる可能性が示唆された以上、一秒でも早い情報の分析が必要なのだ!」

「いままで対策していなかったんだし、あとちょっと放っておいても大丈夫ですよ。きっと」

「我々は十分に待った。君から強制的に情報を得る手段が、ないわけではないのだぞ」

 リグは苦笑する。

「わかってないですね。僕の戦術コンはなかなか気が利く。ここにユウたちを呼んだ理由は、あなたがどういう行動に出ても対応可能にするためでもあるんですよ」

 はっ、としてトムは部屋を見回す。ドアの隣にはガスがいる。十字砲火でもするように、横の壁にはテオがいた。そしてユウはベッドのそば、リグを守る位置だ。

 トムは苦々しげに頬を歪める。

「631……」

「お待たせして申し訳ないとは思います。ですが事情が事情なので。相手が戦略部であっても、情報を渡すと敵にも知られる可能性があるんですよ。それこそ、あなたが潜入した人型個体かもしれない。だから情報を渡す前に、僕らだけで相談をしたいんです」

 トムは唇を引き結んだ。都市アンバースのGMSと戦略部からは、631のやることに口を出して事態が良くなることは決してない、と忠告されていた。

 黙って背を向け、トムはドアに向かった。

「疫病神め」

 そう言い捨てて部屋を出る。ドアが閉じたことを確認して、ガスが肩をすくめた。

「で、どこでやるんだ、隊長」

「誰にも聞かれたくない。ここの防諜設備は?」

「隊舎と同じ。ほとんどなし」

「この部屋はやめたほうがいいですよ。見張っていたつもりですが、トムが盗聴器かなにかをしかけていった可能性はあります」

「僕もそう思う」

「工廠層かどっかの通信遮断設備、使えねえかな」

「戦略部を怒らせてしまいましたし、どうでしょうね」

「忍び込むなり居座るなり手はあるが、あまり大事にしたくないな。居づらくなる。GMSにも音声を拾われない、都市管理の行き届かない場所が欲しい」

 リグはGMSの操作卓がある部屋を思い出していた。あそこなら防諜機能は最高だが、入室には有資格者が必要だ。戦略部員を連れていけばいいのだが、聞かれたくない以上、拉致監禁に似た行為になる。友好的に連れて行くのは無理だ。そしてこれ以上、戦略部を怒らせたくもない。

 困ったな、とリグが考えを巡らせていると、ユウがうなずいた。

「心あたりがあるよ。GMSに聞かれそうもないし、誰かが近寄ってきてもすぐわかる場所」

「どこだ?」

 尋ねたリグに、ユウは真面目な顔で答えた。

「ドライブに行こう」


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