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窒素になりたかった水素の私  作者: 土成のかげ
3/3

苦手な事

新歓ハイクの飲み会は盛り上がり予定よりずっと遅くなってしまった。しまった家に連絡入れていない。

はあ、すごい憂鬱になる。うちは母はとてもうるさい。面倒過ぎて家に帰りたく無い。

楽しかった気持ちが一気に冷めて電車の中で携帯電話を見る。電話が5件、LINEが10通。開けなくても送り主が分かる。

はあ、見なかったことにするのがいいのか、既読スルーが正解か。今連絡を返したら速攻で電話がかかってくる。電車だから出られないから電話に出ないと、また電話を無視したとお怒りのLINEが入るのは目に見えている。


「お前さっきからため息ばっかりだな。」

「え?あ、うん。」

親の愚痴を話したところで並木や田口を困らせるだけだ。


「親から帰宅の催促の連絡が来ててちょっとね。」

「女って大変だな。俺なんて一度も心配された事なんてないよ。」

ふーん、そんなもんなんだ。私も男で生まれたら良かった。

でも母親の対応は心配と言うより自分の思い通りにならないことへの苛立ちにみえる。


最寄駅が見えてきてまた溜息が出る。問題先送りもここまでだ。


「そんなに嫌なのかよ。言えば良いじゃん。もう大人だろ俺たち。」

「そうなんだけどね。言っても聞いてくれないから。」

「駅次だろう、一緒に降りるよ。」

え?え?びっくりしていると並木と田口が一緒に私の家の最寄駅で降りる。


「電話したら?」

「え、やだよ。ぐだぐだ言われるし。」

「帰ってからだと一人でそれを受け止めないといけないんだろう。一緒に居てやるよ。」

え?嬉しいけどイライラしている母の声を聞かれるのは恥ずかしい。


「すごいうるさいよ?」

並木も田口も肩をすくめている。

二人に説得されて母親に電話する。ワンコールですぐに母が出る。


「何時だと思っているの!この不良娘!」

大丈夫とか、何処にいるのと言うより先に罵倒される。

つい売り文句に買い文句で声を荒げてしまう。


「みんな同じ帰宅時間で一緒にいるの!私だけが遅いんじゃないから。」

「貴女を大切にしない人達ならすぐに付き合うのを辞めちゃいなさい!」

今この瞬間も、少なくとも貴女よりずっと私に寄り添ってくれているよ。悔しくて涙が出そうで言葉に詰まる。


「すみません、遅くなりましたが今みんな一緒に最寄駅に着きました。」

罵倒する声が大きくて会話が聞こえていたのか並木が対応してくれる。


「じゃあ、なほを家まで送って頂戴。」

もう、自己中過ぎて恥ずかしい。

大丈夫だから、私一人で帰るから、並木と田口に言う。


「大丈夫か?行ってもいいぞ。」

大きく首を振って断る。送ってもらっても二人にお礼を言うどころかきっと文句を言うに決まっている。これ以上二人に嫌な思いをさせたくない。


「大丈夫!いつもの事だからちょっと耳を塞いでいればすぐ終わるから。一緒に居てくれてありがとうね!また来週!」

笑顔で二人にお別れを言う。今日は二人の優しさがあるから大丈夫だ。


家に着くと想定通りのやり取りがあって心が萎えたけど感情に蓋をして乗り越える。

その様子を影からじっと見ていた弟が私に注意してくる。


「姉ちゃん、もっとマメに連絡しなよ。俺までとばっちり受けるんだぜ。」

「カバンが近くに無くて、気が付かなかったんだもん。それに女子は私だけじゃないんだよ、誰も何も言われてなさそうだったよ。」

「みんな連絡入れてんじゃないの?」

「そうなのかな。」

そうなのかな。もう一度呟く。


翌週学校に行くと並木と一緒になった。気まずいなと思っていたのは私だけだった様だ。

今日部活来るかどうか聞かれて、行くとだけ答えた。


色々全部私が気にしすぎなんだろうか。


クラスの体育祭代表をしているので雑多な仕事を片付けてから部活に行くと来週の全学年の裏山登りタイムトライアルについて盛り上がっていた。


まずは二年と一年で練習トライアルがある。一年は少しハンデをもらってのスタートだ。


私の相手は二年生の中で一番穏やかで優しい常田先輩だ。

裏山は往復で一時間くらいかかるので練習では半分の距離から始める。


スタート!


私は身軽なまま、常田先輩は背中に50キロを背負ってのスタートだ。50キロなんて人一人おんぶしている様なものだからかなり重そうだが小柄な常田先輩は全然平気な顔をしている。無口だが端々に優しさを感じる常田先輩の背中はかっこいい。


先輩が先行して折り返したが降りの途中から私が先輩を追い越した。私が降りが得意なのはあるが初心者の私を気遣ってくれたのは明らかだった。


下に先に降りるとみんなが出迎えてくれる。初めてのトライアルをやり切れた喜びで笑顔になる。

並木や田口のところに行こうとするとお調子者の板田先輩が横に来て囁く。


「常田がわざと負けたのも分からないの?」

え?寧ろ分かってないと思ったんですかと返そうとしたが目も合わさず二年生の集まりに笑顔でかけていく。


え、空耳?そんな事を言う人なの?


振り返って見るが全然そんな素振りを見せない。他の人は気が付かなかったみたいだ。


並木や田口は、ハンデが私より少なくて先輩達に負けていた。悔しいなぁと二人は汗を拭いている。


翌日昼に学食でクラスメイトと食べていると板田先輩の声がする。前の席に座っているので後ろのテーブルを囲んでいる私に気付いていない。


「最近入った部活の一年さ、生意気なんだよ。口の利き方が分かってない。俺は気が弱くて注意出来ないからさ、黙ってやっているけどよ、マジで礼儀がない。」

うん、やっぱり昨日の囁きは聞き間違いでは無かったと思った。そして面倒になりそうなので今の話を聞いてしまった事を知られたくない。


そう思っていると向こうから並木が来て先輩に挨拶をする。


「お、板田先輩、もう昼終わりっすか。席譲ってもらえませんか。あれ、藤田もいるじゃん。」

板田先輩が振り返って目が合って会釈してから苦笑いで並木に挨拶する。

何もないかなと期待したがそうはいかなかった。先輩は並木に先輩に対する態度じゃないだろう、と笑いながら席を並木達に譲ると食器を片付けるついでに私の横に来る。


「聞かれちゃった?ま、いいか。君には気を使わないから。」

どう言う事?私が何をしたんだ?


「なほ、あの先輩感じ悪いね。」

「うん、でも部活ではなんて言うか、ムードメーカーなんだよ。」

「人って分からないね。」

感じ悪いと思ったのは私だけじゃなかったことにホッとして昼休みを終える。


今日も体育祭の集まりがあって会合の後に遅れて部室に行く。代表をやっているのを知っている並木はお疲れ様、と声をかけてくれる。


「面倒臭いの好きだよな。俺はもうやりたくないよ。」

「そうだね、でもやらされたんじゃ無くて自分からやってみたかったんだよね。」

「面倒くせ!先行くぞ。」

そう言ってさっさと裏山に向かう。私も向かおうとすると板田先輩とタイミングが合いそうになって少しずらしてから部屋を出ると先輩が待っていた。


「言ったの?」

「何をですか。」

「知らないフリしないでよ、聞いてたでしょ昼。」

「あ、はあ。言ってませんけど。」

「本当かな、まあいいや。」

そう言ってかけだしていく。感じ悪いだけでは無く面倒臭い人だった。変な人に目を付けられてしまった。部活好きなのにこれから変に絡まれないといいけど無理だろうなあ。


今日はタイムトライアルの練習試合の最終日だ。本番同様にみんなで裏山を山頂まで登って降りてくる。私はハンデに五分、並木達は三分もらっている。

一番にスタートした私は苦手な登りを必死に歩く。ここで差をつけて後で楽になりたい。山頂手前で並木達が私を追い抜いていく。


「思ったより早かったな。でもお先!」

そう言って二人は揃って私より先に行く。降りでもう少し縮められるもんね。頑張って折り返すと今度は先輩達が追い抜いていく。

常田先輩は無言の笑顔で通り過ぎ、部長は藤田さん以外とやるね、危なかった!と言いながら先に行く。

板田先輩はブービーで私を抜く。


「部活いつも遅れてくるからだよ。」

と顔も見ずに囁いて降りていく。一言嫌味を言わずにはいられない人だ。

一番最後に私を抜いたのは三年の女の先輩で心配してくれる。


「大丈夫?無理しないでね。」

そう言って降りていく。降りが得意だと思っていたけれどみんなも降りは早かった。結果私が一番最後にゴールする。

とりあえずみんなを長く待たせずに完走できて安堵する。

一年でお互いの健闘を讃え合って帰りにジュースで乾杯しようと言うことになった。

すると先輩達も乗ってきてファミレスに行こうと言うことになる。

板田先輩来るなら行きたくないがさっきまで行くと言っていたのにそれも出来ず、着替えて帰宅の準備をするとゾロゾロとみんなでお店に入る。


「乾杯!」

みんなご飯メニューも頼んで夕飯のノリだ。これはマズイ。帰るのが遅くなる。


LINEで遅くなる旨を連絡すると瞬時に何時に帰るのか、誰といるのか、何処にいるのかと返ってくる。

部活のみんなとファミレスで食べて帰る、は答えになっていないのだろうか。何時になるかなんて分からない。それとも時間で自分だけ切り上げないといけないのか。一年でそんなことをする勇気がない。


食事が始まって1時間くらいすると時間が気になって仕方がない。いつ終わるんだろう。みんなの話も耳に入らず愛想笑いになる。

こう言う時どうしたら正解なのか分からない。


「どうした?連絡入れたんだろ?」

「そうなんだけどね。うち門限六時だから。」

「え、そんなのある?部活終わってジュースも飲めないじゃん。」

「それは大袈裟。」

ちょっと笑顔になる。


「何話してんの?」

田口も聞いてくる。


「また親が面倒臭いって話だよ。」

「ああ、なほは大変だな。」

「何そこそこ一年話してんの?」

新たな面倒の元凶が入り込んでくる。


「こいつの親が結構うるさくて困っているんだよな。」

並木、余計な事を!


「え、なに、可愛こぶってんの?」

ん、どう言う事?親が面倒臭いって話だけど。

みんな頭ハテナになっていたと思う。


「だって箱入り娘ですって言いたいだけでしょう。」

いや、私の代わりに箱に入ってくれるならいつでも代わって欲しい。


「いやー、そんなんじゃないんですよ、こいつの親は。なあ。」

「うん…。」

この話題早く終わって欲しい。


「でも親御さんに心配かけるのも良くないから解散しましょう。」

三年女子の中村先輩が気遣ってくれる。会の終わりは有難いがこの流れの解散は良くない。非常に良くない。


「すみません、あの大丈夫なので。」

「いいの、私達も勉強しなくちゃだしね。」

そう他の三年生に話を振ってくれると部長や他の三年生も頷いてくれる。


「良かったな。」

並木も田口も言ってくれるが板田先輩だけが私を睨んでいる。

出来るだけ話さないで帰ろうとしたが捕まってまた嫌味を言われる。本当にどうしたいんだこの人は。


帰っても今度は母親に言われるし残ってもこの人に嫌味を言われるし今度からはこう言う会の参加は極力減らそう。

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