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窒素になりたかった水素の私  作者: 土成のかげ
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満たしてくれるもの

翌日登校すると、並木君の前にアキラが座っていた。だから並木君は私が生徒会やっていた事を知っていたのか。アキラは唯一同じ中学から来た人間だった。そして私に教科書みたいだと言ったのも彼だった。


「この前の実力テストを返す」

入学して早々に抜き打ちで実力試験なるものをやらされた。入りたてなので内容は中学の事ばかりだけれど応用問題があって苦戦した。結果は期待していなかったが名前を呼ばれて取りに行くと、

「意外と頭良かったんだな」と試験の結果を渡された。意外とは失礼な、と思いつつ見ると学年1番だった。自分でもびっくりだった。


中学では成績の順位が良いと居心地が悪かった。みんなと同じ真ん中である事が正義だった。だからいつも試験結果は隠していた。余計な波風は立てたくなかった。


部室に行くと先に並木君が来ていた。

「試験結果どうだった?」

「思ったより良かったよ。」

「って事は結構良かったんだな、オレは学年15位だった」

「そうなんだ」

「お前は?」

「それよりは上。」

「教えろよ、オレは言っただろ」

出来るだけ成績の話はしたくない。自分で順位を共有しといて勝手なものだ。

「1番」

「クラスで?」

「違う、学年で。」

「えええ!マジかあ、負けたぁ。何だよ、田口にも負けて藤田にも負けたのかぁ、くそー!」

あまりにも悔しそうなので笑ってしまう。

あれ、冷やかしたり嫌味を言ったりされないのか。こんな風に成績の話も笑えるのか。かけっこで何番だったのか、と同じトーンで勝ったか負けたかそれだけで順番そのものもどうでもいいのか。肩の力が抜ける。

こんなにもどうでもいいのは中学ではいつも2番だった私が、初めて1番になったからだろうか。


新歓ハイクまであと少しとなった。最後の課題、登山ルートの断面図を切り出していた。

「頭良いんだからさ、オレの断面図手伝ってくれよ」

「自分でやりなよ」

「終わりが見えていないのオレだけだろ、助けてくれよ」

「写し紙使えば楽なのに」

「良いんだよ、オレのやり方なの」

「じゃあ、仕方ない。頑張れ!」

「そろそろ本気出すか!」

「あ、本気のところ残念なお知らせが。今日は階段らしいよ」

「マジかよ、折角今日はやる気なのに」


自分の言葉のまま話してそのまま受け止められる。それは当たり前なのかも知れない。中学時代は、宿題の写しや代行を頼まれたとき、自分でやった方が良いと伝えると意地悪だ、ケチだと罵られた。そして見せた宿題が間違っていると、使えないと吐き捨てられた。見せて当たり前、正解で当たり前。何で自分でやらない人が正義をかざして今たのだろうか。何で助けた私が傷つかなくてはならなかったのだろうか。

そしてふと思う。私以外の人は、いつもこんな風に対等に友人と会話をしてきたのだろうか。そうなるには私はどうすれば良かったのだろうか。


ゴールデンウィーク明けの土曜日に新歓ハイクが行われた。最後に描いた登山計画に沿った断面図を実際になぞりながら歩いて行く。そんな風に山を歩いたことがなかった。テストの答え合わせみたいで道中ワクワクした。


実は最後の断面図作成後に3人で答え合わせをしていた。概ね形は揃っていたが、一箇所だけの3人でズレている場所があった。それぞれ自分は正しいと言うことで、現場で答え合わせをすることにしていた。あと少しでその地点にくる。

「覚えているよな、次の曲がり角の後オレはすぐに急な坂、藤田と田口は平坦からの坂道…」と言ってる途中で正解が視界に入る。

「あ、階段。ちょっと分かりにくいね。」

「でもよく見ろよ、道自体はすぐに急角度だからオレの勝ちだな!アイスご馳走様でーす!」

「ええ!そんな事ないよね、ねぇ、田口君。」

「うん、まあ」

「ん?どうしたの?なんか歯切れ悪い」

「別に」

「お、やってるね〜今回は誰が当たったの?」

部活見学の日に先頭で入ってきた、部のムードメーカーの板井先輩が私達に声をかける。

「どう言う事ですか」

「部室にある高尾山の地図は古くてさ、線の一部が消えかけているんだよ。毎年さ、誰が正しい地図かけるか、賭けているんだよね。で、誰が当たったの?」

「オレっす!やっぱり最後は地道にやったものが勝つんだなー。写紙なんて使うから見えないんだよー。君たちも次からは手を抜かずに頑張りたまえ!」

並木君がドヤ顔で声を上げる。

「何だよーてっきり綿密そうな田口だと思っていたのになぁ。ダークホースの並木だったか」

「確かに田口君が気づかないなんて。」はっ、さっきの違和感は、もしかして…

「田口君気づいていたの?」

「え、あ…ん?…ごめん」

「何で謝るの?知ってたんだよね、正しい図面」

「ごめん」

「全然悪くないよ。いつ気がついたの?」

「並木が出来上がった時、おかしいなと思ってもう一度地図を見たんだ。地図をコピーしている上に写し紙使ってたから薄い線は全く見えなかったんだ。しかも消えかけてるのが一本ではないから、最終的に図面に起こした時に辻褄が合っていた。」

「どうして消えている線があるって確信したの?」

「…、実は図書館に行って最新の地図を見たんだ。で拡大コピーして確認したら並木の方が正しいなと。」

「何で自分の断面図直さなかったの?」

「別に、意味はない」

「勿体無い!確認しに図書館まで行ったのに。私も地図を見直したけど、大丈夫って思ってたからかな、全然気づかなかったよ。」

「藤田さんは、初めて山地図読んだんだろ、仕方ないよ」

「さすがだなあ」

ちゃんと納得するまで調べる姿勢、どこで調べるのかも知っている知識、そして私に気を遣ってくれた優しさに感嘆した。


その後、並木君は得意げに山の解説をし始めた。ここから険しくなるだの、沢が近いだのと話しながら登ったらあっという間に山頂に着いた。

「おーもう山頂かぁ。アイス、ご馳走様です!」

「わかってるよ、え、450円もするの?わー山価格!!高いー。普通の棒アイスないの?あー、昨日までの自分、何で疑わなかったんだろう!」

「藤田さ、そんなに払いたくないの?たかが450円」

「いや、値段じゃなくて。過信してた自分が悔しいじゃない。田口君みたいにもっとちゃん見ていたら防げたのに。トランプみたいなゲームはさ、勝つか負けるか分からない勝負だけど、今回のはちゃんとやれば勝てたのに自分の不注意で負けちゃってすごく悔しいのよ。で、まぁ100円くらいと思って自分を諌めてたら、値段はなんと4.5倍でダブルショック」

「ちっこい器だな。やっぱり450円払いたくないんじゃないか」

「ケチで悪かったわね」

「誰もそんな事は言ってない」急に真面目に反論してくる。

「…そうだね。言ってなかった」ちょっと笑ってしまう。

「藤田はケチだったんだな」

「違ーう!でも450円払いたくなーい」

「ちなみにオレも半分払うから225円ずつだよ」田口君が助け舟を出してくれる。やっぱり優しい。でもそれは受け取れない。

「いいよ、払うよ。分かってなかったの私だけなんだから。見損なわれては困る。」お金を出そうとする田口君に手をかざして静止する。

「よ、男前!」並木君が合いの手を入れる。

「いやちょっと待ってよ、知ってるの黙ってたと言う事は私は田口君に騙されていたのか。じゃあ騙されて可哀想な私は200円で良いかな」田口をちらりと見る。

「やっぱり器ちっこいなぁ、どうせなら、騙したんだから”アイス自分に奢れ”くらい言えよ」

もはや言い掛かりのような援護射撃が横から入る。

「え!?そっか!では、ご馳走様でーす!」と、今度は可愛こぶったポーズで田口君をみる。

「そんな格好しても全然響かないから」

「あ、やっぱり」

「大体気づかなかったのが悪いのに、奢れってメチャクチャだよな」

「並木君が提案したんじゃない」

「オレが悪いの?」

「悪い!」いつも通り並木君がドロを被って、そして3人で笑う。日常のたわいないやりとりがただただ楽しい。こんなやりとりをずっと求めていたのかもしれない。得てみると思ったよりもずっと平凡で、何でもなくて、思ったよりもずっと心が満たされた。

友達と言う関係はそう言うものなんだと初めて知った。一緒にいて心が満たされるのは当たり前なのかも知れなかった。でも私はその当たり前をつい最近まで知らなかった。他の人にはきっと今も、今までも日常にある当たり前のものが、私にとってはようやく見つけた大切な宝物だった。そして私の心の安全地帯となった。私が私で居られる唯一の場所。

山を登るのは大変だけど山岳部入って良かった。


遠くに目をやると先輩達がテーブルを確保してくれている。慌てて駆け足で向かった。

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