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窒素になりたかった水素の私  作者: 土成のかげ
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私を見つけて

理科の授業で元素の話を聞いた。原子には「手」があって2つ繋がると安定するのだと言う。水素は一つしか「手」がないからいつも不安定で誰か相棒を探している。窒素は「手」が四つあって水素の様に不安定な原子を惹きつけるのだそうだ。その話を聞いた時、不安で居場所を探して彷徨う自分が水素みたいだと思った。

高校に入った時、いままでの自分から変わること誓った。私を知っている人は殆どいない。ここから真っ新なスタートを切ろう。


真面目で面白く無いとずっと陰で言われていた事は知っていた。でも私は生徒会役員をやっていたから面と向かって言ってくる人も居なかった。いや、一人だけいた。お前の話すことはみんな教科書に書いてある気がするよ。そう言った友人が居た。理由を訊ねると、きっと何があっても正しいことを、正しい答えってそうだよなって言葉を返してくる気がするだけだと、彼は言った。

気がするだけでそんな言われようは無い。でも言葉が出なかった。その言葉もまた教科書に載っているかもしれなかった。そしてこの出来事は当時思ったよりもずっと先まで私の心を呪った。人間関係がうまくいかなくなる度に、お前の話つまらないと言われる度、ふと思い出して心を締め付けた。


自分が変わるためになんでもやってみる、それが自分に課せた最初のミッションだった。まずは部活動選びから。バレー、バスケ、ハンドボール、茶道、ブラスバンド、剣道、生物、美術とにかく沢山回った。全部回ってみたものの、急いで回りすぎたのか、回ることに必死で見ていなかったのか、これと言うものが見つからなかった。


最後の見学は部室棟の端っこにある山岳部だった。部員は全学年合わせて8人しか居なかった。うち2人が1年生だった。山岳部は特に目立った勧誘活動はしていなかった。だからだろうか、訪問する新入生もまばらで私が尋ねたときは少し驚いたようだった。


「何で見に来たの?」最初の言葉はそれだった。今まで他の部活では理由なんて聞かれなかったので少し面食らった。

「全部の部活を見学して決めようと思って部活動回ってきました。ここが最後なんです。」と言った後、しまった、と思った。最後は余計だった。案の定話しかけてきた上級生は顔を曇らせた。冷やかしかと、相手の顔が物語る。慌てて「木が、植物が好きなんです。」私は付け加えた。

「そっか」植物好きはフォローになっていない様だった。

「座って。ここに名前とクラス書いて。来てくれた人みんなにお願いしてるんだ」

記入するように言われた名前リストを見ると、同じクラスの男子の名前がリストの1番始めにあった。入学したばかりでまだクラスメイトの顔と名前は曖昧だった。

「並木君は、入部決めているんですか」大した意図もなく顔も知らないクラスメイトの事を聞いた。特段知りたかった訳でもなかったが、それ以外の話題もなかった。

「ああ、1番に来てそのまま入部したよ。もう先週からトレーニング始めている。」

即決と言うことは、入学前から決めていたのだろう。山岳部は有名な強豪チームなのだろうか。それとも山好きなのか。私は山岳部に興味があった訳でもなく、詳しい訳でもない。そもそも山岳部ってなにする部活なのかもよく知らない。

「山登るためにどんなトレーニングするんですか。」

分からないことが多すぎて、気まずい沈黙を破るために絞り出せた質問はそれだけだった。

「やってみる?別に入部しなくても、体験ってことで。」

「は、はい」思わず了承した。この後回る部活もないし、即決させる何かがこの部活にあるのであれば知りたいと思った。

「じゃあ、ジャージに着替えて来て。あと外履きも持って来てね。」

「分かりました」そう言って踵を返した時、バタバタとびしょ濡れの人達が入ってきた。


「雨、雨がすっげー降って来たわ。裏山の中は良かったけど道路に出たらすげーことになった。わー服張り付いて気持ち悪りぃ!部長、タオル借りるわ。」早口に捲し立てて数人が隣のドアに消えていった。

あっけに取られていると、

「雨かぁ、仕方ない今日はみんなでデスクワークだな。えっと、藤田さんだっけ?着替えなくていいよ、このままみんなとデスクワークしよう。」

「はあ、」山岳部なのにデスクワーク?また新しい質問事項が追加された。とりあえずやってみるか。

「1年は高尾山の地図読みをしているんだ。今度シンカンハイクで行く山だから下調べの練習として。」シンカンハイク?高尾山に登るのが歓迎会なのか?聞き間違い?

「シンカンハイクってなんでしょうか。」

「あ、ごめんごめん、新入生歓迎ハイキングだよ。高尾山は半日もかからないで登って下りられるし、ビアガーデンもあるからね。昼過ぎに山登り始めて降りて来たら飲み会。運動の後の乾杯は最高だからさ。あ、ちゃんとノンアルコールだから心配しないで。」

「部長、久々の女子に興奮してないで早くデスクワークの地図くださいよ。」うっすらと見覚えのある男子が目の前の人に話しかける。この人は部長だったのか。

「うるさいな、今大事な所なんだよ。藤田さん、ちょっと待ってて。」

部長と呼ばれた彼は、指示を出しに席を外した。

「1年生は高尾山の地図。今日から南北で書いてみて。他の奴らは、今日のこの後の天気予報な。」

いちいちやっていることが見えない。山の地図は今渡したのでは?天気予報は自分でするものなのか?謎が深まっていく。

「えっと、どこまで話したっけ?ま、いいや、とりあえずやってみて。並木と知り合いなんでしょ。並木、教えてやれよ、先輩。」

うっすら見覚えのある男子が同じクラスの並木君だった。

「あ、いえ、」否定した私の言葉はかき消され並木君の隣に座らされた。

「お前誰?なんでオレのこと知ってるの」うん、ですよね。私も同じことを言うと思う。

「私は同じクラスの藤田。さっき名簿で名前とクラス見て、並木君同じクラスだなって。」

「ああ、それでか。説明するのめんどくさいから見て覚えて。山の地図に等高線が書いてあるだろ、地図ってさ上から見た地形なんだけど分かりにくいからさ、横から見た図に書き直してんの。するとさ、山の形が見えてくるんだよ。こんな風に。面白いよなー、同じ山なのに切り口によって山の形が違うんだよ。しかも人によって形が微妙に違くてさ。」前に描いたらしい山の断面図を見せてもらう。これは高尾山なのだろうか。

「これは高尾山を東西に切った時の図なんだ。お前地図読める?色々記号があるけど今は無視して。古くてちょっと見えにくい部分は聞けよ、分からなかったら教えるからさ。」

めんどくさいと言いながらも説明してくれる。意外と面倒見がいいのかも知れない。

「でさ、今日から南北で切ったのを一から作ることになったから、オレの手伝えよ。」

「え、1人ずつ作るのではないの?」

「だってよ、お前入部するの?入らないだろ。体験だけならオレの手伝っていけよ。」

前言撤回。でも理にかなっている。正直この部活に入る予定はない。

「OK、で、どこやったらいい?」社会の授業で何度か見た渦巻が沢山書いてある紙に初めてまじまじと正面から向き合った。よくみると色が変えてあったり、色々な記号が書いてある。南北に切るってことは縦割りにするってことか。ん?でも等高線はどこまでも境なく東西南北に広がっていて、辿っていくと別の山頂に辿り着いてしまう。

「っていうかさ、どこからどこまでが高尾山なの?」

「いい質問だ。どこだと思う?」

「この太い線の所かな。でも途中で途切れてるし、駅まで入ってる。」

「そうなんだよ難しいんだよ。ちゃんと調べるにはさ、法17条地図って言うのを使うんだけどまだまだ完成していないんだ。だから公図とか、地籍図とかを使うんだけど、公図は手に入るけど結構適当な部分が多いらしくて地籍図は法務局に申請が必要なんだよ。」

「じゃあ、どうやって山を決めるの?法務局から地図もらっているの?」

「いや、自分でここまでが高尾山って決める。」

「え、ごめん、ロストした。自分のさじ加減で自分で山の形を決めているの?…並木君は高尾山はどこにしたの?」

「東西の断面を描くときに色々考えて、ここまでが高尾山ってオレの中で決めたんだ。だからこの線で囲まれた部分がオレの高尾山。」古い地図の原本をコピーした紙に赤い曲線が縁取ってあった。だから人によって山の形が違うのか、納得して笑ってしまった。

「決まっているなら、オレの高尾山とやらを2つに切りましょうか。私は南から描くから並木君は北からでいい?」

「オレの高尾山を取り仕切るなよ。でもまあ、いいや。それでやろう。」


始めてみたもののそれが結構難しい。線と線の間の長さを測って並木君の地図の縮尺に合わせて計算して次の点をうち、線を繋いでいく。計算が微妙にズレると山の形がうまく繋がらなくなってなかなか気を使う。このまま2人で山頂目指していって線は果たして交わるのだろうか。1時間かけて5合目くらいにようやくたどり着いた。並木君は、気付いたらもう1人の一年生と話し込んでいてすっかり手は止まっていた。ああ、いつもの私の癖だ、集中すると周りが全く見えなくなってしまう。私も手を止めて休憩する事にした。冷たいお茶でも買ってこよう。

「あ、藤田手が止まってるぞ。」さっきまで話していた並木君が言った。

「私は半分まで来たよ。そっちはどんな感じ?」

「これから本気出すからあっという間さ。」見るとまだ1合目を過ぎたくらいだった。

「じゃあ今から本気でお願いします。お茶買ってくる。」


久々に集中してしまった。購買でたっぷり入ったお茶を買って喉を潤す。どうやったらもっと効率が良く描けるのだろう。無駄な作業がある気がする。断面図の描き方を頭で色々シュミレーションする。いつのまにかまた引き込まれていた。部室に戻るとまだ並木君は隣の同級生と話し込んでいた。もちろん地図も遅々として進んでいない。


「お前さ、生徒会やってただろ」

「何、急に。何で知っているの?さっき私にお前誰って聞かなかった?」少し語気が強くなる。昔の自分には触れられたくなかった。

「そんなに顔真っ赤にして怒る事ないだろ、オレらも生徒会やってたし。なぁ、田口。俺なんて会長やってたんだぜ。」もう1人の同級生は田口という名前で並木君と同中らしい事が分かる。

「並木は全然生徒会長らしくなかったけどな。」何となく想像がついて田口君の言葉に笑ってしまった。

「笑うなよ、数人の候補の中からちゃんと選挙で選ばれたんだぜ。毎日地域の人にも挨拶したりしてさ、結構人気の会長だったと思うんだけどなあ」そうなのかもしれない、とたった数分のやり取りで思う。生徒会の話もきっと彼は話をしようとボールを投げてくれたのだ。

「そうなのかもね」相槌を打つ。

「思ってないくせに。顔が笑ってるよ。信じなくてもいいけどよ。」

「信じる、信じるよ。田口君が並木君の言葉を否定してないもの。」

「今お前が信じたのは田口だろ、オレのことじゃなくて」

「鋭い!」3人で笑う。いつの間にか彼らの心地よい空気に包まれていた。


「1年生は地図書き終わったのか」部長が様子を見に来た。

「やってまーす」3人は座り直す。

「田口君、その断面図キレイで早いね。話しながらもちゃんと進んでいてすごい!」田口君の絵をよく見ると彼は写し紙を使っていた。確かにその紙を使えば縮尺計算しなくて出来る。

「頭良い!そのやり方頂きます」

「ちょっと待てよ。オレのはここまで書いたんだからさこれを生かそうぜ。」

「私が書いた分はあげる。私は今から自分の分を作るわ」

「え、じゃあ入部するの?」

「そのつもり」

「部長、オレ、女を引っ掛けました!次の飲み会は奢りでお願いします!」女を引っ掛けたって…言う人によっては差別にも聞こえるのに何故か微笑ましくやり取りを見守ってしまった。

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