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9、楽しい? 旅行 前編



創立記念パーティーから、一ヶ月が経った。

鉱山での地獄のような一週間を終えて帰って来るはずのテレサが、学園に姿を現さなくなっていた。聞いた話だけど、鉱山から帰って来たテレサは、そのまま部屋から出て来なくなったそうだ。

テレサなら、また学園で前のように話しかけて来ると思っていたけど、今回は違ったらしい。


「お姉さん? 聞いてます?」


テレサのことを考えていた私は、マーク殿下が教室に来て居たことに全く気付かなかった。私の顔の前で、手をヒラヒラさせながら心配そうな顔で見ていた。


「すみません、何のお話ですか?」


「やっぱり聞いてなかった! 休暇はどうするのか、聞いているんですよ~」


唇を尖らせながら、拗ねた仕草をする殿下。

そういえば、もうすぐ学園が休暇に入る。期間は一ヶ月ほどで、その間生徒達は旅行に出かけたり、実家に戻ったりと、思い思いに休暇を過ごす。


「休暇は……」


そう言いかけたところで、


「もちろん、一緒に過ごすだろう?」


話を聞いていたブライトが、長いまつ毛を揺らしていたずらっぽい笑みを見せた。


「それなら、みんなで旅行に行くのはどうだ?」


サマンサまで会話に加わり、


「いいですね!」


マーク殿下も、サマンサの意見に賛成した。


「なんでだ!? 俺はエミリーと二人で過ごしたいのにー!!」


ブライトの思いとは裏腹に、休暇はみんなで旅行に行くことになった。




休暇に入って三日目、お父様の所有する邸に泊まることになり、目的の場所まで十日ほどの道のりを、マーク殿下とビンセント様、サマンサ、そしてブライトと一緒に馬車に揺られながら楽しい旅路を行く。

学園を卒業したら、みんなで旅行に行く時間なんてないだろう。ブライトには悪いけど、私は今回の旅行がすごく楽しみだ。


「そういえば、よく国王陛下の許可が下りましたね。体調は、大丈夫なのですか?」


「忘れてしまいました? 今から行くホワソンの街は、僕が療養していた場所ですよ。空気のいい場所に行くのに、父上が反対するはずないではありませんか~」


ドヤ顔でそう言う殿下の顔を、ビンセント様は呆れ顔で見ていた。自由過ぎる殿下の護衛は、大変そうだ。護衛は、ビンセント様を除いて二十人。全員が、陛下がつけてくれた護衛だ。後方の馬車には、使用人達が乗っている。


「殿下、くれぐれもご無理をなさいませんように。陛下との約束は、必ず守っていただかなくては困ります」


そういえば、前にも陛下との約束がどうのって言っていたような?

気になった私は、直接聞いてみることにした。


「国王陛下との約束とは、どのようなことなのですか?」


「決して無理はしないというだけですよ~。もう健康だと言っているのに! 父上は心配性なんですよ」


殿下は明らかに嫌そうな顔をしている。


「それだけマーク殿下を愛しているということなのですから、約束は守らなくてはいけません!」


少し怒り口調でそう言うと、なぜか殿下は目をキラキラさせて私の顔を見た。


「お姉さんになら、怒られるのも悪くないかも……」


「変な性癖目覚めさせないでください!」


顔を寄せて来たマーク殿下の腕を掴んで、勢い良く私から離れさせるブライト。


「いいじゃないですか! 僕はお姉さんの弟として生きる覚悟を決めたんです! 姉に怒られる弟なんて、幸せじゃないですか~」


ブライトを婚約者に選んだあの日から、マーク殿下は、『弟』として接すると決めたようだ。最近は、私の弟というか、ブライトの弟になっているような気がするけど。


ふと、サマンサが全く会話に入ってこないのが気になり、彼女の方を見ると……


「サマンサ? 何を食べているの?」


両頬をふくらませながら、モグモグと何かを食べていた。


「さひほろたちよっはみへれかっらにふらんおら(先程立ち寄った店で買った肉団子だ)」


昼食をとるために立ち寄った街の出店で、大量に肉団子を買っていたようだ。食事をしたばかりだというのに、両手で抱えるほどの大きな袋に、肉団子がたくさん入っている。サマンサはものすごく細いのに、かなりの大食いだ。

次々に肉団子を平らげて行くサマンサを見た三人は、驚き過ぎて目が点になっていた。


何だか、楽しい旅行になりそうな予感。



王都を出てから十日後、予定通りホワソンに到着した。この街はのどかで自然が豊かで、昔からちっとも変わっていない。懐かしくなって、馬車から降りて街を見て回ることにした。


正直、すぐに邸に行くのは気が重かった。今、この地を任せているのは、一年前に子爵になったばかりのブレダール子爵。お父様は、この地の他にも領地をいくつか持っている為、一箇所だけにとどまることは出来ない。どうしたって、誰かに領主の代わりを務めてもらわなければならない。

他の領地を任せているのは、お父様が信頼している部下だけど、ブレダール子爵だけは違っていた。お父様の話では、ブレダール子爵は狡猾な人物らしい。領地を任せられる部下が不足していたお父様に、他の貴族からの強い推薦があり、ブレダール子爵に任せることになったようだ。


私が来ることは、ブレダール子爵に伝えていない。領主としての務めを、実践で学べということのようだ。つまり、旅行という名の視察ということになる。


「これ、高くありませんか?」


街を見て回っていると、どの店も他の街より値段が高い。高級品なわけでもないのに、倍以上の値がついている。


「すみませんねぇ……安くしたいとは思っているんですけど、これ以上値を下げるとうちもやっていけないんですよ」


申し訳なさそうに謝るおばさん。


「やっていけないほど、お客さんが少ないんですか?」


のどかだけが売りの街にしては、観光客が多い。安くすれば、いくらでも売れそうな気がするけど……


「領主様にはお世話になっているし、良くしていただいているからこんなことは言いたくないんだけど……最近、前の倍以上に税が上がってね。税の分を、商品の値段に上乗せするしかないんだよ」


それはどういうことなのか……

この領地の税は、お父様が領主になった時に下げたはず。それ以来、上げていない。

ということは、この領地を任せているブレダール子爵が勝手に上げたということだ。しかも、その値上げした分を自分のものにしている。


「ごめん、今日は宿に泊まりたい」


話を聞いていたみんなは、事情を察してくれた。楽しい旅行のはずだったのに、こんなことになってしまうなんて……と思っていたら、


「悪を退治するなんて、何だか楽しくなって来ましたね~」

「民を苦しめるなんて、許せませんね!」

「ブレダール子爵とやらは、後悔することになるな」

「痛めつけるなら、私に任せろ」


みんなは、やる気満々だ。

みんなの旅行を台無しにしてしまうと思ったけど、そうでもないらしい。


ブレダール子爵をこのままには出来ない。お父様に報告の手紙を書いた後、ブレダール子爵について調べることにした。


部屋は二部屋取った。荷物を置いた後、宿の一階にある食堂で情報を集めることにした。

食事を注文した後、店員さんに話を聞く。この宿の宿泊代も食事代も、ものすごく高い。私が働いていた王都の食堂の三倍はする。

店員さんは申し訳なさそうに頭をペコペコと何度も下げながら、話をしてくれた。


税が上がったのは、半年前からだそうだ。領主の代理になってからたった半年で、子爵は税を上げた。最初からそうするつもりだったのか、途中で欲が出たのかは分からない。貴族達に好かれているからと、許されることではない。

今私は、お父様の代理でこの領地を視察している。全ての権限を、持っているということだ。


「明日、邸に行こうと思う」


みんなは、力強く頷いてくれた。

こんなにも頼もしくて、こんなにも信頼出来る仲間。みんなとなら、なんでも出来そうな気がしてくるから不思議。


ブレダール子爵、覚悟していてください。お父様の……いいえ、私達の民を苦しめたことを後悔させてあげます。



貴族達を味方につけるような人なのだから、ワイヤット侯爵家のエミリーとして問いつめても、本性を現すようなことはないだろう。それならば、それを踏まえた作戦を実行することにした。


私が宿の娘を装い、ブレダール子爵に税を下げて欲しいと訴える。ブライトとマーク殿下とビンセント様とサマンサも、領地に住む領民を装い一緒に行く。服は昨日、平民の服を全員分揃えておいた。


「マーク殿下、やっぱり似合いますね!」


「なんで僕がこんな格好をしなければいけないんだ!?」


頬を膨らませて怒っている殿下には、女の子の格好をしてもらった。

サマンサは他国に留学していたし、ブライトは社交の場に興味がなくほとんど出席したことがない。私はビクトリアとバーバラと一緒に出席したくなかったから、社交の場に縁がなかった。ビンセント様は殿下の護衛という立場から、表にはあまり顔を出さない。つまり四人共、顔を知られている可能性は低い。

殿下は地方に住んでいて公にはあまり姿を現してはいなかったけれど、貴族に取り入るのが好きなブレダール子爵が王族である殿下の顔を知っている可能性があると思った。


「申し訳ありません、念の為です。でも、やっぱり可愛いです」


可愛いと褒めると、余計に不機嫌な顔になった。

マーク殿下には悪いけれど、またマーサちゃんに会えたみたいで嬉しい。


「エミリーは言い出したら聞かない。諦めてください。そろそろ行きますよ」


ブライトは不貞腐れる殿下の背中を押す。

渋々歩き出してくれた殿下と共に、邸へと向かった。


邸に到着し、子爵に会いたいと門番に取り次ぎを頼む。門番は子爵に伝えることもせずに、『帰れ』と言ってきた。門前払いは、想定内だ。


「どうして会わせていただけないのですか!? お話したいことがあるのです! お願いします!」


「うるさい! ダメと言ったらダメだ! 帰れ帰れ!」


門番に詰め寄ると、突き飛ばされて地面に倒れ込む。


「大丈夫か!?」


ブライトが駆け寄って来て、抱き起こしてくれた。これも、作戦だった。服の下に布を分厚く巻いているから、倒れ込んでもケガはしない。ブライトはこの役を自分がやると言ったけど、女の私でなくてはならなかった。


「どういうつもりだ!? ケガをさせろと、命令されているのか!?」


作戦通り……のはずなのだけれど、ブライトが本気で怒っているのがわかる。


「ここはお前達が気軽に入れる場所ではない! さっさと帰れ!」


「きゃー! 乱暴しないでー!!」


マーク殿下が悲鳴をあげる。


「暴力なんて最低だ! 私達は話をしに来ただけなのだぞ!!」


今度はサマンサが門番に詰め寄る。

そこへ、騒ぎを聞きつけた執事が門までやって来た。


「騒がしいぞ! 何事だ!?」


「子爵様に会わせて欲しいとお願いしているだけなのに、門番に乱暴されました!」


ここでブレダール子爵に登場して欲しかったけど、そう上手くはいかないようだ。


「子爵様がお怒りだ! 早く静かにさせろ!」


執事は蔑んだ目で私達を見ながら、舌打ちをした。


「このままでは帰れません! 子爵様に会わせて下さい! 子爵様ー! 子爵様、お話があります!」


「いい加減にしろ! お前達のような者を相手にするほど、旦那様はお暇ではない!」


忙しい……?

お茶でも飲んでゆっくりしていたのに、うるさくされて苛立っているといったところだろう。領民の為に何もしないなら、そんな代理などいらない。


何をしても、子爵が出てくることも、中に入れてくれることもなかった。これだけ騒いだのだから、きっとブレダール子爵は私達の姿をどこかで見ていただろう。今日はここまでで十分だ。


「今日のところは帰ります。明日また来ます! 明日は、必ず子爵様にお会いしますとお伝えください!」


明日は平民の姿ではなく、エミリー・ワイヤットとしてここに来るつもりだ。今日分かったことは、使用人達もいやいや子爵の言うことを聞いているわけではないということと、子爵は領民の話を聞く気が全くないということだ。

私が身をもって体験したのだから、いいわけなど出来ないだろう。


今日は宿に帰り、明日を待つことにした。



夕食を終えた後、サマンサがまだ食べ足りないからと食堂に残り、私は一人で部屋に戻って来た。

少し疲れてしまったのか、ベッドに横になりながらいつの間にか眠ってしまっていた。


ノックの音が聞こえ、目を覚ました。


「……どうぞ」


部屋に入って来たのはブライトだった。

すぐにベッドから起き上がり、髪や服装の乱れをなおす。そんな私を見て微笑んだブライトは、ゆっくり近付いてきてベッドに腰を下ろした。


「ケガはないか?」


門番に突き飛ばされた時のことを言っているようだ。心配そうに私の目を見つめるブライト。


「平気。サマンサに、これでもかってくらい布を巻かれたからかすり傷ひとつないわ」


いつも心配ばかりかけている。それでも彼は、私のそばに居てくれる。


「それなら良かった。じゃあ、今日は一緒のベッドで寝よう!」


安心したからか、いつものブライトに戻っていた。



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