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8、罰



『姪』という伯父の話に、皆引っかかっているようだけど、誰もその疑問を口に出来ないでいる。顔は笑っているのに、目が笑っていない伯父が恐ろしいようだ。


伯父の言葉に、手をあげたのは十五人。十五人全員が、同じクラスの生徒だった。もちろん、テレサは手をあげていない。クラスメイト達は、ブライトが私を庇ってくれた日から私の悪口を言ってはいない。しかも、このような状況で手をあげることは、かなりの勇気がいるはずだ。


「君達だけか? 他には?」


伯父が問いかけても、他に手をあげる者はいない。


「手をあげた君達は、覚悟が出来ているということか? 罰せられると分かっているのに、なぜ正直に手をあげたんだ?」


手をあげろと言っておきながら、なぜ手をあげたのか聞いてしまうところが伯父様らしい。

伯父の質問に答えようと、一人の女子生徒が口を開く。


「私達はジョゼフ様とバーバラ様の言ったことを信じ、エミリー様を疑ってしまいました。冷静に考えれば、エミリー様がいじめなどするはずがなかったのに……。ずっと、エミリー様に謝罪したいと思っていたのですが、話しかける勇気を持つことが出来ず、学園長に機会をいただいたと思い、手をあげました」


謝りたいと思っていてくれたことは、素直に嬉しい。ブライトがあの時言ってくれたことが、クラスメイト達の気持ちを変えてくれた。


「そうか……。エミリー、どのような罰にするかはお前が決めなさい」


伯父様は、私にクラスメイト達の処分を決めさせるつもりらしい。あんなに許さないと言っていた伯父様が、私に任せるとは思っていなかった。


「……そうですね、学園中の掃除を一週間、というのはいかがでしょうか?」


私が考えた罰に、クラスメイト達は涙を浮かべる。


「そんな罰で、よろしいのですか?」


「甘くはないですよ? 学園はものすごく広いので、十五人で掃除するのは大変だと思いますから」


クラスメイト達は、何かしらの罰を望んでいた。正直、ずっと謝りたいと思ってくれていて、こうして手をあげてくれただけで、私は十分だったけれど、それではみんなが納得しないと思った。


「エミリー様、本当に申し訳ありませんでした! それともう一つ、食堂でマーク殿下が話していらっしゃったことを聞いてしまい、エミリー様が侯爵家を継ぐことを知っていました」


知っていたのに、今まで黙っていてくれたようだ。バーバラが壇上にあがって話し始めた時に何も言わなかったのは、こうなることを予想していたからなのだろう。

マーク殿下の顔をチラリと見ると、申し訳なさそうな顔をしながらシュンとしていた。


「さて、手をあげた生徒達のことは解決したが、他にも大勢いたことは分かっている。調べはついているから、隠しても無駄だ。手をあげるなら、今のうちだぞ?」


伯父様の、『今のうち』という言葉に、一人二人と手をあげていく。そして、ほとんどの生徒が手をあげていた。テレサも、そのうちの一人だ。

さっきの罰が軽かったからか、手をあげれば掃除で済むと皆が思ったようだ。


「そうか、そんなにいるのか……」


伯父の顔から、笑顔が消えた。


「君達には一週間、私が管理している鉱山へと行って働いてもらう。きちんと賃金は出すから、安心して働きなさい」


鉱山の仕事は、朝五時から夜八時まで働き続ける過酷な労働だ。それを聞いた生徒達は、顔が真っ青になっている。


「陰口、悪口、侮辱、平民だと罵る行為は、いじめと何ら変わりない。そのような行為を、この学園で行われていたことを遺憾に思う。生徒達、生徒達のご両親、これから学園に通わせる予定の貴族や平民の皆様方にハッキリ申し上げておきます。この学園でのそういった行為は、今後絶対に許しません!」


キーグル公爵家は、この国の三大貴族筆頭だ。そのキーグル公爵家の当主である伯父に、逆らえる者などいない。伯父がいじめは許さないと宣言したことで、平民が入学し易くなるかもしれない。


「エミリー……俺達、きっとやり直せると思うんだ。俺は、バーバラに騙されただけだ。お前のことを裏切ったわけじゃない。もう一度、婚約しよう」


今まで何も言わなかったジョゼフ様が、急に猫なで声を出しながら、壇上にいる私に向かって近付いて来た。


ジョゼフ様は騙されたと知ってからも、バーバラを選んでいた。あの時、私が邸を出ていたからだろう。

さっきまで諦めかけていたのに、急に態度を変えたのは私がキーグル公爵の姪だと知ったから。ころころと態度を変える彼が、何だか哀れに思えてきた。


少しずつ近付いて来るジョゼフ様の前に、ブライトが立ちはだかった。


「それ以上、俺の婚約者に近付くな!」


私を庇うようにジョゼフの前に立つブライトの背中は、いつもよりも頼もしかった。お父様と婚約のことを話していたのは、マーク殿下との争いではなく、私を守ってくれようとしていたからかもしれない。


「婚約者……? 何を言っているんだ? お前の片想いのはずだろう!?」


ジョゼフは納得せず、ブライトに掴みかかる。

 

「ジョゼフ、もうやめなさい。

ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」


モード侯爵はジョゼフ様を止めると、頭を下げた。


「父上!?」


父親が頭を下げている姿を見て、ブライトから手を離した。

ジョゼフ様は出来が悪かったようで、どんな教育をしても無駄だった。出来が悪くても、モード侯爵にとっては可愛い息子。息子の将来を思い、私との婚約を必死に頼んで来たようだ。


「お集まりの皆様、本日はお騒がせしたことを謝罪いたします。当学園を、今後ともよろしくお願いいたします」


生徒、貴族、平民の出席者の前で行われた断罪。身分による差別は、社交界では当たり前に行われているが、いじめや差別を許さないという学園の方針を知らしめる形となった。


伯父が挨拶した後、陽気な音楽が流れ、ダンスフロアにスポットが当たる。

商人や平民の生徒達が、楽しそうにダンスを始める。それを見た他の出席者達も、次々に踊り始める。


壇上に居た義母とバーバラは、その場から動くことが出来ずに放心状態のまま。

父はそんな二人の元に行き、声をかけた。


「お前達を、信じてしまったのが私の罪だ。エミリーに辛い思いをさせてしまったことを、どんなに後悔してもしきれないが、時を戻すことは出来ない。お前達を連行する為に、学園の外で兵が待っている。少しでも悔いているのなら、全てを自白しなさい」


「旦那様……私は……」


そう言いかけて、ビクトリアは口を閉じた。


まさか、ビクトリアは父のことを……?

そうだとしても、今更どうしようもない。彼女自身が、この結婚を壊してしまったのだから。


兵が捕らえようと待っているのは、ビクトリアとバーバラだけではなかった。バーバラをそそのかしたジョアンナ、バーバラに騙されたとはいえワイヤット侯爵家を乗っ取ろうとしている形になってしまったジョゼフ様も連行されて取り調べを受けることになる。騒ぎにならないように、伯父が裏口から四人を兵の元に連れて行き、そのまま連行されて行った。



「ずいぶん賑やかだな」


パーティーが終わろうとしていた時、伯父の一人娘のサマンサが会場に現れた。


「サマンサ!? 帰って来ていたのね!」


サマンサはドレスではなく制服を着ている。今日が創立記念パーティーだと、気付いていないようだ。


「今日戻って来たのだが、学園に来たら教室に誰もいなくて探していたんだ」


学園長の娘が、創立記念パーティーの日を忘れるなんて……

彼女は、容姿端麗で頭脳明晰、武術にも優れているのだけれど……抜けている。


「今日は、学園の創立記念パーティーよ。そろそろ、終わってしまうけど」


伯父もサマンサに気付き、すごい勢いで駆け寄って来るのが見えた。


「父上に気付かれたから、私は行く! またな、エミリー」


来たばかりだというのに、落ち着く暇もなく会場から出て行った。サマンサは、伯父様のハグ攻撃が大の苦手なのだ。


「……エミリー様、あの……」


声をかけられ振り返ると、テレサが申し訳なさそうに立っていた。その後ろに、テレサの父であるコーディ子爵が立っている。謝罪して来るように、父親に言われたようだ。コーディ子爵は、娘のせいでワイヤット侯爵家とキーグル公爵家を敵にまわしてしまうと焦っている。


「話すことは何もないわ。失礼」


そのまま、彼女に背を向けて去って行く。振り返らなくても、今彼女がどんな顔をしているのか分かる。

私を一番傷付けたのは、親友だと思っていたテレサだ。謝られたところで、それが本心ではないと知っている。そんな相手の謝罪など、聞くつもりはない。

彼女はこの先、ワイヤット侯爵家とキーグル公爵家を敵にまわしていると思って生きて行くことになる。こちらからなにかするつもりなどないけれど、一生怯えながら生きて行かなければならない。これが、私からの彼女への罰だ。


楽しそうに皆が踊る姿を見ながら会場の壁にもたれかかって居ると、綺麗な手が目の前に差し出された。


「私と踊っていただけませんか?」


手の主は、ブライトだった。

かしこまった言い方をされ、笑ってしまう。


「やっと笑った」


私の笑った顔を見て、くしゃくしゃの笑顔を向けてくれる彼に愛しさが込み上げて来る。


差し出された手を取り、私達はダンスフロアへ向かった。




ビクトリア、バーバラ、ジョアンナ、そしてジョゼフの取り調べが行われていた。

ビクトリアは全てを素直に自供したが、他の三人は違っていた。


「私は悪くありません! ジョアンナが、私を騙して全てをやらせたんです!」


バーバラは、全てをジョアンナのせいだと言い張っている。たとえジョアンナにそそのかされていても、自分がワイヤット侯爵家の血を引いていないことは自覚していた。侯爵家の血を引いていないのにもかかわらず、自分はワイヤット侯爵家を継ぐのだと言っていたのは事実だ。侯爵家を乗っ取る意思があったことは明白だ。バーバラの自供がなくても、証拠は揃っていた。


「エミリーに会わせて下さい! きっと誤解がとけます! 私は、エミリーの義姉ですよ! エミリーは、キーグル公爵の姪なんです!」


あれほどバカにしていじめていた相手を、自慢気に自分の義妹だというバーバラ。取り調べをしている兵士も、ウンザリしていた。


「自分の立場が、分かっていないようだな。お前がしたことは大罪だ。そのような態度でいれば、お前自身が、後悔するだけだ」


取り調べをしている兵が、何を言ってもバーバラは態度を変えることはなかった。そして、バーバラの刑が決まった。


「お前には、反省の色が見られない。隣国へ、奴隷として送ることとする」


この国には奴隷制度がない為、隣国に奴隷として送られることになった。奴隷の扱いは、雇い主に一任される。毎日倒れるまで働かされ、食事は一日一食与えられればいい方。たとえ体罰で殺してしまっても、罪に問われることはない。この国で、処刑の次に重い刑だった。


ビクトリアは罪を認め自供したことで、バーバラよりも軽い刑に決まったのだが、娘と同じ奴隷にして欲しいと自ら申し出た為、母娘二人で隣国に奴隷として送られることになった。


隣国へ向かう馬車の荷台には、鉄で出来た檻が乗せられている。その中に二人は入れられて、晒されながら隣国まで連行される。


「お母様、私達はどうしてこんなことになってしまったの? 創立記念パーティーの日までは、あんなに幸せだったのに……」


「欲を出してしまった私達が悪いのよ……」


もう二度と戻ることのない幸せだった日々を思い出しながら、檻の中に入る。

馬車が出発すると、罪人の輸送を一目見ようと集まった国民達が大勢待っていた。


「侯爵家を乗っ取ろうとした悪女よ!」

「エミリー様に酷いことをして来た報いを受けろ!!」

「あの女達、偉そうで最初から気に食わなかったのよ!」

「欲をかいたばっかりに、豪勢な暮らしから奴隷に真っ逆さまに落ちるなんて笑える」


隣国に着くまで国民から罵声を浴びせられ、隣国に着けば奴隷の仕事が待っている。馬車が王都を出る頃には、あれほど強気だったバーバラの顔から笑顔が消え、生きる希望が消え去っていた。




ジョゼフもまた、バーバラに騙されたと主張し続けていた。ジョゼフはバーバラがワイヤット侯爵家の血を引いていないことを知らなかったのを考慮し、国の南にある小さな島へと送られることになった。

ジョアンナもまた、バーバラのせいだと主張し続けていたが、そそのかした罪は重く、ジョゼフと同じ島に送られることになった。

二人が送られる島は、島全体が監獄になっていて、そこにジョゼフは十年、ジョアンナは十五年収監されることに決まった。


モード侯爵も、フラン子爵も、罪を償って二人が島から出て来たとしても、受け入れることはないだろう。

戻っても、誰も待っていてはくれないという現実を受け止めながら、高い壁に囲まれた外の見えない監獄の中で反省し続ける日々が待っていた。



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