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6、謝罪?



朝五時に起きて、仕込みの手伝いをする。


「よく眠れたかい?」


「はい。グッスリです!」


おばさんと話しながら、じゃがいもの皮むきをする。


「あんた、お嬢様なんだろ? ずいぶん手際がいいね。あたしより上手いじゃないか!」


おばさんがじゃがいもの皮を一つ剥く間、私は二つのじゃがいもの皮を剥いていた。


「家事が好きなんです。亡くなったお母様も料理が好きで、幼い頃よく作ってくれました」


容姿はお父様似だけど、性格はお母様に似ているとよく言われていた。お母様が作ってくれた料理の味は、今も覚えている。


「良いお母さんだったんだろうね。あんたを見ていれば分かる」


お母様を褒められたことが嬉しくて、自然と笑顔になる。


「お嬢ちゃん、スープを作るのを手伝ってくれ」


このお店は、おじさんとおばさんの二人で営業していた。おばさんは下ごしらえと接客。おじさんは料理を担当している。


仕込みが終わると、学園に登校する準備をしに二階へ上がる。制服を来て一階に降りると、おじさんが朝食を作ってくれていた。


「しっかり食べて、勉強頑張りな!」

「うちの旦那の料理は美味しいから、残さず食べておくれ」


見ず知らずの私に、こんなに良くしてくれるおじさんとおばさん。お弁当にと、チキンサンドまで作ってくれていた。


「どうして初めて会った私に、こんなに良くしてくださるのですか? 泊めてもらって、食事まで出していただけるなんて、申し訳ないです」


「給料から引いてるから、気にすることはないよ。夕方は混むから、早めに帰って来ておくれ」


おばさんはバンバンと私の背中を叩いた。気合いを入れてもらえたような気がする。ここで働けて、本当に良かった。


お店から学園までは、歩いて十五分ほどだ。

みんなが馬車で登校する中、徒歩で学園に登校した私は注目の的だった。


「エミリー!?」

「お姉さん!?」


なぜかブライトとマーク殿下が、校門の前に立っていた。二人は私に気付くと、ものすごい勢いで駆け寄ってきた。


「二人一緒だなんて、珍しい……」


「エミリーがいきなり休んだりするからだろ!?」

「どれほど心配したと思っているのですか!?」


二人同時に話すから、よく聞き取れない……

きっと、私が昨日休んだことを言いたいのだろう。


「バーバラは、何も言っていないのですか?」


二人は顔を見合せ、ブライトが話をしてくれた。

昨日、バーバラはジョゼフ様と一緒に登校した後、校門の前で泣き出したそうだ。

バーバラの話によると、私がバーバラをいじめていたことをビクトリアが知り、私を追い出したというストーリーらしい。ビクトリアが私の義母だと知らないのなら、その話を信じるだろう。


「それで? 昨日はどこに泊まったんだ?」


少し怒ったような口調で、問いただしてくるブライト。


「僕は怒っています! どうして僕を頼ってくれないのですか!?」


怒っているのだと口に出し、頬を膨らませているマーク殿下。

二人に心配をかけてしまったことは、反省している。


昼休み、二人とビンセント様に全てを話した。

それでもなぜ耐えるのかと聞かれ、私はこう答えた。


「義母とバーバラの幸せな時間は、もうすぐ終わりを告げます。私はずっと、二人と家族になりたいと思ってきました。ですが、二人は違った。使用人を解雇すると言った義母を、許すつもりはありません。義母は、私の地雷を踏んでしまったのです。二人のこれからについては、父にお任せしますが、私は私で二人を懲らしめようと思います」


ブライトもマーク殿下も、私の話を真剣に聞いてくれていた。

何だか不思議だった。ジョゼフ様に婚約破棄された時は、友達はみんな去り、親友に裏切られ、信頼出来る人なんて出来ないと思っていた。

だけど今の私には、信頼出来る彼と、信頼出来る妹……じゃなくて弟がいる。それに、邸のみんなとおじさんおばさん、そして伯父様がいる。


「エミリーは強いな。俺の出る幕がなさ過ぎて困る。カッコ良くエミリーを救って、あつーいキスをしてもらう予定だったのにな~」


いつものブライト。本当は、ものすごく心配してくれているのだと分かる。手も声も、震えているから。


「僕はいつでも、お姉さんの味方ですからね! 今度お姉さんになんかしたら、抹殺してやる!」


可愛い顔で、なんて恐ろしいことを……


二人に元気をもらったから、いくらでも頑張れる。

食堂でおじさんが作ってくれたチキンサンドをいただいて、教室に戻った。



「邸を追い出されたんですって? お父様が昨日、街であなたを見かけたの。みすぼらしいボロ服を着て仕事を探していたそうじゃない。この学園は、あなたのような平民が来るところではないわ! 出て行きなさい!」


婚約破棄をされた時に私の悪口を言っていた他の生徒達は、気の毒に思っているのか何も言ってきたりはしなかったけれど、午後から登校して来たテレサは、やっぱりテレサだった。


「最近、早退をしたり遅刻をしたりが多いけれど、単位は大丈夫?」


嫌いなら関わらなければいいのに、いちいち文句を言わないと気がすまないのだろうか。


「大丈夫……って、話をすり替えないでよ! 」


私を席に座らせないように、両手を広げて通さないようにしている。


「この学園は、一般教育を学ぶ為の学園なのだから平民が通っていても問題はないはずよ」


実際、平民の生徒も居る。

学園の授業料は、平民にも通えるようにと安く設定されている。貴族のように家庭教師を雇えない平民の為に、初等部や中等部まである。食堂は伯父様が拘っているから高いけれど、今日の私のようにお弁当を持参すればいい。

この学園は、身分など関係なく通えるようにと前国王様が建てた学園だ。バーバラやテレサのように平民だからとバカにする生徒が多いからか、平民の生徒は貴族と知り合いになりたい商人の子くらいしかいない。


「その通りだ。俺のエミリーを侮辱するのはやめろ」


「お……れの……エミリー???」


真剣な顔で『俺のエミリー』と言ったブライトを、この世の終わりのような顔で見つめるテレサ。まだブライトを諦めていないようだ。


「聞き間違いよ! そう、そうに違いないわ! 体調が良くないのね。早退します!」


動揺し過ぎて、荷物も持たずに帰って行った。


「アイツ……何しに来たんだ?」


遅刻して来たばかりなのに、授業も受けずに帰って行った。本当に、何しに来たのだろう。


テレサが帰った後すぐに、ジョゼフ様が教室にやって来た。


「エミリー……」


なぜか悲しそうな顔をしながら、私の名を口にする。バーバラとケンカでもしたのかと思っていたら、彼は勢いよく頭を下げた。


「すまなかった!!」


「どうしたのですか?」


いつも私を見下すような目で見ていたジョゼフ様が、頭を下げるなんて思わなかった。


「全て聞いた! いじめをしていたのは、バーバラの方だったのだと……。それでバーバラに邸を追い出されたのだろう? 俺はバーバラの容姿と演技に騙されていただけだ! 俺は悪くないのだから、許してくれるよな? バーバラに頼んで、お前も邸に住めるようにしてやるから安心しろ!」


これは謝罪なの?

自分は悪くないという人を、許せるとでも思っているのか……。余計嫌いになった。

話したのは、ジョアンナだろう。なぜだか、バーバラがワイヤット侯爵家を継げないことは話していないようだけど。


「ジョゼフ様は、ご自分で物事を考えることが出来ないのですか? 最初はバーバラの言ったことを信じ、今度はバーバラがいじめをしていたと聞いて謝罪。五年間婚約していたのに、あなたは私自身を全く見ていなかったということです。私はもう、ジョゼフ様と関わりたくありません。二度と話しかけて来ないでください」


ジョゼフ様を追いかけて来たのか、彼の後ろには鋭い目で私を睨み付けているバーバラが立っていた。


「ジョゼフ様、何をなさっているのですか?」


怒りを滲ませた声でそう言いながら、ジョゼフ様の隣に立つ。


「バーバラ……俺は何も……」


「エミリーはもう、ワイヤット侯爵家の人間ではありません。教室に戻りますよ」


いつの間にか、ジョゼフ様とバーバラの立場が逆転している。私が邸を出たことで、全てを手に入れたと思い、演技をする必要はなくなったのだろう。ジョアンナは、また空回りをしたようだ。


ジョゼフ様は、素直にバーバラの後を付いて行った。

ようやく静かになったと思ったら、今度は伯父様の侍女がやって来た。


「学園長がお呼びです」


私が追い出されたことを聞いたのだろう。伯父様とは、キチンと話さなければならないと思っていたから、ちょうどいい。


学園長室に入ると、


「エミリー! 心配したぞ!!」


そう言われ、力いっぱい抱きしめられた。


「伯父様……苦しいです……」


会う度に同じやり取りをしている気がする……


「ああ、すまない。座りなさい」


言われた通りソファーに腰を下ろすと、侍女がお茶を運んで来た。


「次の授業は、出なくていい。ゆっくり話をしよう」


少し怒っているようだ。邸を出た時に、伯父様を頼らなかったからだろう。

出されたお茶を一口飲み、私は口を開いた。


「伯父様にご心配をおかけしたことは、申し訳ないと思っています」


「そんなことはどうでもいい! 心配くらいいくらでもしてやる。お前はなぜ、私を頼らなかったんだ!? 」


私が頼らなかったことが、寂しかったようだ。


「最初は伯父様に頼ろうと思い、学園へと歩き出したのですが、これは私が越えるべき壁だと思い、考え直しました。今伯父様に頼ってしまったら、この先また何かあった時も誰かに頼って生きて行くような気がしたのです。私はワイヤット侯爵家を継ぐのだから、一人で乗り越えないとダメだと思いました。街で働くのは、悪いことではありません。父のように、平民に寄り添える領主になりたいと思っているので」


伯父様は、諦めたように笑った。


「お前は本当に母親にそっくりだな。気持ちは分かった。好きにしなさい。だが、困った時はいつでも頼ると約束してくれ」


「伯父様、ありがとうございます! 」


話が終わって教室に戻った時には、午後の授業が終わっていた。ブライトは、学園長が伯父だということを知っているけど、他の生徒達は学園長に叱られたのではないかと心配そうな顔で私を見ていた。

話しかけては来ないけれど、少しずつみんなの態度が変わって来ている。


帰りは、ブライトにお店まで送ってもらうことになった。近いから一人で帰れると言ったら、『少しは頼れ!』と怒られてしまった。


「送ってくれて、ありがとう」


「着くの早すぎる……」


歩いて十五分の距離は、馬車だと五分弱だった。

不服そうに唇を尖らせるブライトの頬を、人差し指でツンツンしてみた。


「もう少し一緒にいたいけど我慢する。心はいつもブライトのそばに居るから」


「……可愛過ぎて困る」


真っ赤になるブライトの方こそ、可愛くて困る。



お店に帰ると、おじさんとおばさんが笑顔で『おかえり!』と言ってくれた。

二階で着替えてからお店に出ると、なぜかブライトとマーク殿下、そしてビンセント様が来て居た。


「この料理美味しいですね! おかわりお願いします! 綺麗なお姉さんと知り合いになれたし、毎日通ってしまいそうです」


「あら、口が上手いわね! これ、サービス!」


おばさんはブライトに褒められて、まんざらでもない顔をしている。


「優しいお姉さん、ありがとうございます!」


「まあ、可愛らしい! これもサービスしちゃうわ!」


マーク殿下も、キラキラスマイルでおばさんを虜にしている。三人のやり取り見ていた他のお客さんは、楽しそうに笑っていた。


「何しに来たの? マーク殿下まで、何をなさっているのですか?」


注文された料理を、三人が座るテーブルに置く。


「エミリーに接客してもらえるなんて貴重な体験が出来るのだから、店に入らないなんて選択肢はなかった」

「僕もお姉さんの接客を楽しみにしていたんです。フルーツジュースをお願いします!」


私が働いている姿を見ても、何が楽しいのか分からない。それでも、私の為に来てくれた二人には感謝している。


あれから三週間、二人は毎日食事をしに来ていた。


「愛されてるねぇ」


おばさんは毎日からかってくる。だけど、それも楽しい日常になっていた。



邸を出た翌日、執事代理のジャスティンから手紙が届いていた。届けてくれた女性はサラサという名で、ジャスティンの知り合いだった。

サラサのおかげで、ジャスティンと連絡を取れるようになっていた。


ジャスティンとのやり取りは、主に義母とバーバラが使える財産のことだった。父は自分がいない間の財産管理を、私に任せていた。義母は、ジャスティンが任されているのだと思っている。今までは、父との契約通り義母が自由に使えるお金を渡していたのだけれど、あの日私が邸を出たことで、誰もワイヤット侯爵家のお金を使うことが出来なくなった。

つまり、義母とバーバラは邸に住んではいても、お金は全く無いということだ。



***



ーワイヤット侯爵邸ー


リビングでケンカする、ビクトリアとバーバラの姿があった。


「昼食代くらい何とかしてよ! ジョゼフ様に出してもらうのも限界だわ!」


バーバラは三週間の間、ジョゼフに昼食代を借りていた。


「旦那様が帰って来るまでの辛抱なのだから、我慢しなさい! あと三日……あと三日で帰って来るのだから!」


自由に出来るお金がないだけでなく、ワインセラーに鍵をかけられ、大好きなワインを飲むことも出来ずにビクトリアは苛立っていた。


「我慢なんて無理! お母様がエミリーを追い出したりするから、こうなったんじゃない! 私がジョゼフ様と結婚するまで待てば良かったのに!」


「私のせいにするの!? 同じ学園に通っているのだから、あなたがエミリーを連れ戻せばいいわ!」


「エミリーに頭を下げろって言いたいの!? 冗談じゃないわ!」


邸を追い出され、お金もなく、昼食は弁当持参のエミリーが毎日楽しそうにしていることが、バーバラには許せなかった。

ジョゼフが、『いじめていたのはバーバラの方だった』と言って謝罪したことで、エミリーを悪く言う者が居なくなっただけでなく、自分が悪口を言われるようになっていた。ジョゼフはエミリーを見る度に、顔を赤く染めるようになり、自分が惨めに思えた。

それでも、ジョゼフと結婚さえすればワイヤット侯爵家が手に入るのだと信じ、三週間耐え続けていた。


「それなら我慢しなさい。私だってエミリーに腹を立てているのよ。やっと追い出したのに、財産管理はエミリーがしていたなんて知るわけないじゃない!」


「ねえお母様、お金は邸にあるのよね? それなら、つかってしまいましょうよ!」


「それはダメよ! そんなことをしたら、私達が悪者になるじゃない。いくらエミリーが旦那様に愛されていなくても、いいわけくらいは用意しないと」


ビクトリアは、エミリーが父親に愛されていないと思っていた。娘を愛していないから、仕事に逃げているのだと思っている。エミリーが父親に愛されていないから、邸に帰って来ることもない。だから自分も共に過ごす時間がなく、愛されないのだと考えていた。

結婚する時の契約は、『娘の家族になること』だった。その契約内容が、ビクトリアを勘違いさせていたのかもしれない。



***



父が帰ってくる日が、二日後に迫っていた。

学園では、創立記念パーティーの準備が進められている。

父が帰って来た時、私は邸にいない。義母やバーバラは、自分達の都合のいいように話を作るだろう。お父様が、それを信じるはずがないのは分かっている。私が居ないことに激怒するはずだ。ただ、その場では二人の全ての罪を明らかにすることは出来ない。

だから私は、父に手紙を書いた。手紙を門番に渡し、父が帰って来たら渡して欲しいと頼んだ。


手紙の内容は、

『お父様、お帰りなさい。

きっと、私が居ないことに驚くことでしょう。義母がどんないいわけをするのかは分かりませんが、真実は明日、学園の創立記念パーティーで明らかになります。お父様にお会い出来るのを、心よりお待ちしています』


という内容だ。


全ては、創立記念パーティーで決着をつけようと思う。



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