5、新しい自分
自分の気持ちに気付いてしまったからか、彼ばかり目で追ってしまう。授業の内容も、全く頭に入らなかった。これではいけないと、目をつぶって心を落ち着かせる。
「エミリー、居眠りか?」
いつの間にか授業が終わっていて、目を開けると目の前ににブライトの顔があった。
「きゃっ!!」
あまりにも近くて、驚いて仰け反る……
「危ない!!」
イスに座ったまま倒れそうになり、急いで手を伸ばすとブライトが掴んでくれた。触れられたところが熱を持つ。
「……ありがとう」
「何かあったのか?」
このままじゃダメだ。いつも通りにしないと、彼に心配をさせてしまう。それなら、この想いを伝えてしまおう!
「好き」
素直に言葉にしたら、ブライトが固まってしまった。
「ブライト?」
顔を覗き込むと、彼の顔がトマトのように真っ赤に染まった。そして、めちゃくちゃ慌て始めた。
「え、あ、あの、それは……ええっ!!?」
全く言葉になっていない。
こんなブライトは、初めて見た。
「もしかして、気持ち変わっちゃった?」
彼の様子を見て、不安になってしまった。
「そんなはずないだろ!! 俺がどれだけ……」
「どれだけ?」
「ズルイぞ。そんな可愛い顔されたら、抱きしめたくなる」
いつもの軽いセリフ。でも、彼の顔も耳も真っ赤に染まっている。ズルイのはブライトだ。私の心臓が破裂しそうなほどドキドキさせる。
「それはダメ。ここは教室だから」
私の返事に、さらに顔を赤くするブライト。ここにテレサが居なくて良かった。これは、イチャイチャになってしまうと思うから。きっと発狂してしまう。それに、ブライトとの時間を邪魔されたくない。
放課後、私のことを全て話す為に、学園内にある図書館へブライトを誘った。彼が好きだと認識したからか、私のことを知って欲しかった。
「学園長が伯父って……だから、学園長室に呼ばれたのか。何かあったのかと思っていたから、安心した」
図書館には、誰もいなかった。だから、ここを選んだのだけれど。静かで落ち着ける場所だ。
窓際の席に座り、私達は色々なことを話した。楽し過ぎて、時間が経つのも忘れていた。
「すっかり暗くなってしまったな」
「こんなに時間が経っていたなんて思わなかった」
いつもだったら、庭の掃除をする為に早く帰っていた。自分の変化に驚くと同時に、感謝の気持ちでいっぱいになっていた。これが、人を好きになるということだと実感した。
「遅いから、送って行く」
イスから立ち上がった彼の手が、目の前に差し出された。
まだ一緒に居られるのだと、嬉しくなった私は、差し出された彼の手を取った。
ラルクには先に帰ってもらい、ブライトに門の前まで送ってもらった。こんなに遅く帰って来たのは初めてだからか、門番が驚いていた。
玄関を開けて中に入ると、バーバラが待っていた。
「遅かったじゃない! あんたには仕事があるのに、今まで何をしていたの!? それに、ジョゼフ様に何をしたの!? なんであんたなんかを誘っていたのよ!? あんたが誘惑したんでしょ!?」
まさか、今までずっと待っていたのだろうか……
私の嫌がらせよりも、ジョゼフ様のことを聞きたかったようだ。なぜ私が誘惑したと思うのか……そもそも、バーバラが私の元婚約者を誘惑したのに。自分中心でしか物事を考えられないバーバラは、ジョアンナのこともきっと覚えていないだろう。
「バーバラはジョゼフ様に愛されている自信があるのでしょう? そんなに心配なら、ジョゼフ様を縛ってでも私に近付けないで!」
もういい加減、ジョゼフ様に関わりたくない!
バーバラが奪ってくれて、本当に良かったと思っている。あのままなら、私はジョゼフ様と結婚することになっていた。考えただけでも恐ろしい……
「そうよ! 私達は愛し合っているのだから、汚い手を使ってジョゼフ様を奪おうとしても無駄よ! さっさと庭の掃除をしなさい! こんなに遅く帰って来たのだから、当然夕食は抜きよ!」
色々突っ込みたいけれど、我慢我慢。ずっとここで待っていたからか、疲れた様子で部屋に戻って行くバーバラ。
部屋に戻って荷物を置き、着替えてから庭に出る。暗くて視界が悪い中、また庭師が植えた雑草を抜き始める。
すると、手元が急に明るくなった。
「エミリー様、お疲れ様です」
使用人達が、ランタンで手元を照らしてくれていた。
「みんな……」
私が好きなことを優先していたせいで、みんなに迷惑をかけている。庭師は毎日余計な仕事を増やされ、メイド達は義母とバーバラに見つからないように私の夕食を作ってくれる。
わがままなのは、私だったのだと自覚した。
今日を最後にわがままはやめる。
翌朝食堂に行くと、義母とバーバラは楽しそうに会話しながら朝食をとっていた。
「お母様、エミリーったら私の婚約者を誘惑しているの! 私を愛している彼が、あんな愛嬌のない女に興味を持つはずがないけどね!」
「そうね。バーバラは私に似て可愛らしいから、誰もが好きになってしまうわ。エミリーなんかを誰も好きになるはずがない」
楽しそうに会話……というよりも、私の悪口で盛り上がっていた。似た者親子。
父に愛されていないことは、義母のプライドを傷付け続けているのかもしれない。
「おはようございます」
朝の挨拶をして席につき、メイドが運んで来てくれた食事をいただく。まだジョゼフ様を誘惑していると思っているからか、私を睨みつけているバーバラ。
「今日は庭全体を掃除しなさい! 昨日のように遅く帰って来たら許さないわ!」
嫌がらせはそれしか思い付かないのか。
「お断りするわ。いい加減、ワイヤット侯爵家の使用人を自分の都合で使わないでくれる? 庭師に雑草を植えさせるなんて、余計な仕事を増やさないで。この邸の使用人は、お父様に雇われているの。あなたにじゃない」
バーバラはテーブルをバンと叩き、立ち上がった。
「エミリーのくせに、どういうつもり!? 私に逆らうつもり!?」
今までは、自分が好きだからやっていただけで、バーバラの言うことを聞いていたわけではない。だけどバーバラにとっては、突然私が逆らったと思っている。この反応は、予想していた。
「食事中なの。静かにしてくれる?」
相手にしても無駄なのも分かっている。
「エミリー、あなたは何様? 私とバーバラの命令は、旦那様からの命令よ。調子に乗らないで。バーバラがワイヤット侯爵家を継いだら追い出そうと思っていたけれど、今すぐ出て行きなさい! 出て行かないのならば、使用人を全員解雇するわ!!」
父に雇われている使用人を、義母が勝手に解雇することは出来ない。だとしても、義母は使用人を全員追い出してしまうだろう。私一人が邸を出ればすむのなら、そうしようと思う。
「……分かりました。ですから、使用人には何もしないでください」
席を立ち、荷物を取りに部屋へ戻ろうとすると、
「まさか、この邸の物を持って行く気ではないわよね?」
義母に止められた。このまま、何も持たずに出て行けということのようだ。
私はそのまま、邸を出ることにした。
「エミリー様! 私達を連れて行ってください!」
玄関に、使用人達がズラっと並んでいた。
「セリヌ、あなたにはバーバラを見張っていてもらわないと。お願い出来る?」
「……はい。承知いたしました」
セリヌは、私の侍女だった。バーバラが欲しがり、義母がセリヌをバーバラの侍女にした。セリヌには一番辛い思いをさせていて、申し訳ないと思っている。それでも、連れて行くことは出来ない。
「ジャスティン、あなたは執事代理でしょう? 邸とみんなを頼むわ」
「承知……いたしました」
ジャスティンは、お父様に同行している執事のベンの代わりに代理として使用人達を取り仕切ってくれている。
「お嬢様お一人では危険です! 私をお供させてください!」
「ラルク、気持ちはありがたいのだけれど、お義母様のことだから、一人でも連れて行ってしまったら、約束を破ったと言われてみんなを追い出すかもしれない。だから、ここに残って」
私はみんなを守る為なら、何だって出来る。お母様が亡くなってから、ずっと私の家族で居てくれたみんなだから。
みんなにお別れを告げて邸から出ると、ジョゼフ様がバーバラを迎えに来たところだった。
「エミリー? どこへ行くんだ?」
馬車から降りて来るジョゼフ様。
「学園です」
めんどくさいことになりそうだから、邸を追い出されたことは黙っておくことにした。
「徒歩で行くのか? 乗れ!」
徒歩で学園までは一時間はかかる。やっぱり、苦しかったようだ。だけど、意外だった。まさか、馬車に乗れと言われるとは思わなかった。だからといって、乗る気はない。
「私とジョゼフ様は、もうなんの関わりありません。放っておいてください」
「エミリー、俺は……」
「ジョゼフ様~! このようなところで何をしているのですか? 早く行きましょう」
ジョゼフ様が何か言おうとしたところで、バーバラがやって来た。いつもなら邸で待っているのに、私とジョゼフ様が顔を合わせていたらと考えたのか、わざわざこんなところまで走って来たようだ。嘘をつき続けるのも、楽じゃないらしい。
「失礼します」
その場から急いで立ち去る。
「エ、エミリー!?」
「ジョゼフ様、遅刻してしまいます。行きましょうよ」
私を追いかけようとしたジョゼフ様を、バーバラが引きとめていた。
ようやく一人になり、これからのことを考える。お父様が帰って来るまで、あと四週間ほどだ。
「お金は、ランチを食べる分しかない……」
街の中央にある大きな噴水の前のベンチに座り、盛大なため息をつく。
このままでは、お父様が帰ってくる前に餓死してしまうわ! そう思い、ベンチから立ち上がり、行動することにした。
この街には飲食店が多い。どこも繁盛していて、いつも従業員を募集している。
どこかで雇ってもらえないか、近い場所からお店をまわってみることにした。
「その制服、貴族学園の生徒様ではありませんか! そのような方を雇えません!」
一軒目……当然の反応だった。
王立学園に通うのは、ほとんどが貴族の令息令嬢達。この制服だと、目立ち過ぎる。
「これをお願いします」
服店に行き、ランチの為のお金を使って一番安かった服を買った。学園のランチが平民の服を買えるほど高いのだと、初めて知った。私は、世間知らずだったようだ。
服を着替えた私は、何軒も飲食店を訪ね、働かせて欲しいと頭を下げ続けた……が、なかなか雇ってくれるお店は見つからなかった。
伯父様を頼ることが頭をよぎったけれど、それは最後の手段。
気を取り直して、九軒目のお店に入る。
「いらっしゃいませ!」
ふくよかで優しそうなおばさんが、笑顔で迎えてくれた。
「あの、このお店で働かせてください!!」
全力で頭を下げる。
「働きたいのかい? それは、助かるね」
「……え?」
初めての好感触に、思わずキョトンとしてしまう。
「見ての通り、今は猫の手も借りたいほど忙しいんだ。ぼーっとしていないで、働いとくれ!」
店の中は、大勢のお客さんで賑わっていた。
働かせてもらえる嬉しさで飛び跳ねそうになる気持ちを抑え、気合いを入れて働き出す。
「ご注文入りました! おすすめランチ二つです!」
注文を取り、テーブルを片付け、出来上がった料理を運ぶ。あっという間に日が暮れ、忙しい時間は過ぎて行った。
「疲れたかい? お腹が減っているだろ? そこに座ってまかないを食べな」
夜八時にお店が閉まり、おばさんがまかない料理を出してくれた。結局、朝食もあまり食べられなかった私は、お腹がすき過ぎて倒れそうだった。
出されたまかないを食べると、美味し過ぎて涙が出て来た。
「美味し……」
「明日からは、朝と夕方だけ働いとくれ」
おばさんは目の前のイスに座ると、そう言った。
「あ……の……?」
わけが分からなくて、言葉が出て来ない。
「王立学園の生徒だろう? あんな目立つ服で街に居たら、誰でも気付くよ」
「気付いていて、雇ってくださったのですか?」
「わざわざ着替えてまで仕事を探していたんだから、何か事情があるんだろ? あんたの働きを見て決めたんだ。良く働いてくれるから、朝と夕方だけで十分だよ。行くところがないなら、二階に泊まりな」
おばさんの優しさに、また涙が出た。
「ありがとうございます! 一生懸命働きます!」
お店の二階は、宿泊施設になっていた。その一室を、おばさんが貸してくれた。
ベッドに横になると、ブライトの顔を思い出す。彼に一日会えなかっただけで、すごく寂しい気持ちになっていた。
明日からは、学園に通うことも出来る。
きっとバーバラは、私が邸を追い出されたことを広めているだろう。明日、学園に行くのが楽しみになって来た。