第四話 廃墟別荘3
僕は今、モンタルチーノ街へ向かっています。
二頭立て四人乗り馬車、フォルトゥーナ号に乗っています。
旅の仲間は、ニコこと、ニコーレ・ミラノ侯爵令嬢と、専属メイド狐獣人のポーラさん。
僕のメイド、エリーゼ、騎士のピッピーノ、御者で狸獣人のクワッドです。
要塞都市モンタルチーノは目の前です。
門の外にも観光客や冒険者と思われる人々の姿があります。
賑わっているようです。
門をくぐり街中に入ります。
かなりの人出です。
坂道の真ん中をゆっくり進みます。
アンティーク通りを抜け、中央広場にでます。
ポポロ広場です。
ここにも、沢山の人がいます。
プリオーリ宮殿が見えます。
宮殿脇の厩舎に、馬車がいくつか停まっています。
モンタルチーノ子爵家の紋章を掲げた馬車の他にも、トツカーナ伯爵家の紋章と、ヴェネート公爵家の紋章が見えます。
ソフィこと、ソフィア・トツカーナ伯爵令嬢の馬車と、ヴェネート公爵家、別邸執事長ジーヤの馬車と思われます。
その中に、造りは豪華ですが紋章の無い馬車が一台停まっています。
嫌な予感がします。
もうアレンツォ子爵が来ているのでしょうか。
明日以降、お祭が始まってから来るのだと思っていました。
事前にジーヤと相談したかったのですが、遅かったようです。
気分が重くなります。
プリオーリ宮殿に着きます。
ニコ達に断って先に降ります。
宮殿に入ります。
モンタルチーノ子爵夫人、マリア伯母様がいます。
「こんにちは、マリア伯母様」
「トキン君、いらっしゃい」
マリア伯母様が、笑顔で迎えてくれます。
僕はかけ寄って、小声で聞きます。
「もう、子爵は来てるのですか」
あえて子爵とだけ言います。
マリア伯母様は、黙って頷き、一つの扉を指さします。
僕も頷き、扉を目指します。
ノックして返事を待たずに中に入ります。
部屋の中を見渡します。
正面に見えるのは、この宮殿の主、モンタルチーノ子爵。
向かって右手に、公爵家、別邸執事長ジーヤ。
向かって左手には、三十歳前後にみえる細身の男性、おそらくアレンツォ子爵その人でしょう。
その後ろに立っているのは、面識のあるジジーノ執事。
アレンツォ子爵の隣りには、辛そうな表情のアリスこと、アリーチェ・アレンツォ子爵令嬢がいます。
アリスの後ろには、メイドが一人立ってます。
僕は黙って歩きます。
ジーヤの隣りの席の、横に立ちます。
「アレンツォ子爵。はじめまして、トキン・ヴェネートです」
軽く頭を下げます。
アレンツォ子爵も立ち上がります。
「お初にお目にかかります。カゼンディーノ・アレンツォと申します。お会いできて光栄です」
深く頭を下げます。
僕の着席を待って、アレンツォ子爵も着席します。
それを待って、執事長ジーヤが言います。
「ちょうど、契約が終わったところじゃわい」
僕は頷くだけで返事をせず、目を閉じ腕を組みます。
しばし考えます。
ガタンッと椅子を鳴らし、勢いよく立ち上がります。
そして、叫ぶように大声をあげます。
「ヴェネート公爵家、次期当主、トキン・ヴェネートの名において命ずる」
着席していた四人が慌てます。
椅子をどかして立ち上がり、姿勢を正します。
少しだけ、声を落として言い放ちます。
「アレンツォ子爵令嬢、アリーチェ・アレンツォの身柄は、僕が預かります」
アリスは、ビクッとしますが、視線を落としたままです。
他の者は、僕に振り返ります。
「ただし、人質としてではなく、僕トキン・ヴェネートの、婚約者の一人としてです」
皆、声も上がりません。
驚きの表情で僕を見つめます。
「異論の有るの者は・・・いませんね」
僕は、三人の男達へ顔を向けます。
「仰せのままに」
執事長ジーヤが頭を下げます。
「仰せのままに」
モンタルチーノ子爵が頭を下げます。
アレンツォ子爵が、信じられないといった表情から、僅かに笑みを浮かべ、深々と頭を下げます。
「仰せのままに」
僕は、部屋の出口へ向かいます。
扉の前で、振り返り言います。
「アリーチェ・アレンツォ、ここへ。お付きのメイドも一緒に」
「はい」
小さく返事をして、アリスが来ます。
メイドも続きます。
僕は、アリスの手をとり、メイドとともに部屋を出ます。
そのまま、宮殿の外に出ます。
宮殿を回り込んで、小さな庭園に出ます。
木のベンチに、ハンカチーフを広げ、アリスを座らせます。
僕も隣に腰掛けます。
アリスの手を強く握ります。
「アリス。君は人質なんかじゃない。大丈夫、僕と一緒だから。これから、ずっと」
アリスも僕の手を、強く握り返します。
「トキン。ぅわぁ〜ん」
声をあげて泣き出します。
繋いでいた左手を離し、背中を優しくさすります。
右手でアリスの右手を、もう一度強く握ります。
アリスも強く握り返します。
お付きの栗鼠獣人のメイドも、ハンカチで涙をぬぐいます。
〜〜〜
ようやく、アリスも落ち着きます。
「トキン。私を救い出してくれて、ありがとう。でも本気なの?婚約なんて身分違いよ。私の家は子爵家なのよ」
「婚約者の一人と言ったことかな。本気だよ、家柄だって関係ないよ」
アリスを安心させるように、優しく言います。
「でも、でもソフィにはなんと言うの。いくら友達とはいえ、私、お邪魔虫になっちゃうわ」
アリスがソフィのことを気にかけます。
「うん、相談なしに決めたからね。これから、ソフィ達に伝えるよ。アリスも協力してね」
「ソフィ達?」
アリスと手をつなぎ、プリオーリ宮殿の離宮(モンタルチーノ子爵家の別邸)へ向かって歩きます。
〜〜〜
離宮に入ります。
ソフィがいます。
「トキン、来たのね。それにアリス!」
ソフィは、かけ寄りアリスを抱きしめます。
アリスも、ソフィに抱きつきます。
ソフィもアリスの事情は、知っていたのだと思います。
「ソフィ、アリスのこと頼んでいいかな。ニコも来てるんだ、連れてくるから」
「ええ、わかったわ、トキン。行ってきて」
笑顔で送り出してくれます。
プリオーリ宮殿に戻ります。
「アンナ伯母様、さっきはごめんなさい。おかげで間に合いました」
「ふふっ、お疲れ様。さあ、みんなジェラートを食べて待ってるわ。食堂へ行きましょう」
僕は、にっこり頷いてアンナ伯母様の後を追います。
食堂に入ります。
皆、ジェラートとマリトッツォを満喫しています。
「みんな、ごめんなさい。もう用事は一段落したから」
みんなに謝ります。
ニコの隣に座ります。
「ニコ、食べ終わったら、ソフィ達のところに行こう」
「わかったわ、トキン」
ニコが笑顔でこたえます。
冷たいジェラートが、僕をスッキリさせてくれます。