72. 極秘会談、混乱す!
国境砦のそばには、外からだと非常にわかりにくい縦穴があった。
私は今、そこに捕らわれている。
「そろそろ私の縄を解いていただけませんか?」
「決行までまだ時間がありますゆえ、しばし我慢を」
「信用されておりませんのね」
「それはもう。あなたの性格はある程度把握しておりますから」
ガリガリに痩せ細った顔色の悪い男の人が、私を監視している。
軍服の上から緑色のローブを羽織っている装いは、他の軍人さんと雰囲気が違うわ。
「あなたはどなた?」
「しがない一兵卒ですよ。ほんの少し魔法素質に恵まれていますがね」
なんだろう。
この人、私を観察するようにジロジロ見つめてくる。
「なんです?」
「首都であなたに眠りの魔法をかけたのは私なのですが――」
あの時、突然眠気に襲われたのはこの人の魔法だったの!
「――朝まで眠っていると思ったのですが、あの後、要塞に着くや早々に目をお覚ましになられた。なぜかと思いましてね」
「知りません」
「う~む。聖女には魔法耐性のようなものがあるのですかねぇ。実に興味深い」
魔法耐性……?
もしかして、白虹眼に関係あるのかしら。
邪視に対抗するためのものかと思っていたけど、魔除けの眼と言われているから不思議な力全般に強かったりするのかな。
【トバルカイン外交官、よくぞ参られた】
【この度は会談の機会を設けていただき――】
不意に旦那様の声が聞こえてきて、私は驚いた。
私が声の出所を探ってキョロキョロしていると、一兵卒の人が縦穴の一角に視線を向けた。
同じ方向を見てみると、将軍やトールくん達が集まっている。
彼らはテーブルを囲んでいるようだけど……。
「どうしてお父様の声が?」
「今、通魔石による盗聴を試みているのですよ」
「通魔石!? そんなものがどうして国境砦に……」
「我々の送り込んだ間者が通魔石を忍ばせているのです」
間者ですって!?
ヘルモーズさんは、ここ十年で何人もの間者がセントレイピアに送り込まれたと言っていた。
まさか、会談の席にそのうちの一人が同行していると言うの?
「国の要人が集まる会談に、間者が潜り込めるわけ……」
「何年もかけて地位ある人間の信頼を得て、懐に入り込む。諜報の基本ですよ」
「一体誰なのですか」
「さぁ。送り込んだ後、彼らは名前や顔を変えて各々のやり方で行動しますから、会談の場にいる誰かはわかりません。ただ、極秘会談の場にまで同行できる者とすれば……」
「心当たりが?」
「マンティコアですかね」
マンティコア……。
ヘルモーズさんが注意しろと言っていた名前だわ。
「マンティコア、とは……?」
「どんな人物にも成りすますことのできる変装の名人ですよ」
「変装で騙しとおすにも限度があるのでは」
「ええ。ですから、やつは標的の近くに潜伏するために、その知人の顔の皮をかぶることすらあります」
何それ怖い……。
人の顔をかぶるって、物理的にかぶるってこと?
「わ、私の情報をあなた達に送っていたのも、そのマンティコア……!?」
「……そこまで説明するわけにも、ね」
一兵卒さんは肝心なことまでは話してくれず、軍人さん達の集まりに加わってしまった。
気にかかるわ、マンティコアの正体。
私の性格までバトラックスに伝えられる人物。
と言うことは、ずっと私のそばにいたということ?
人の皮をはぐような残酷な人物が?
そんな、まさか……。
私が自分の周りにいた人達を思い返していると、会談の場に動きがあった。
【正午になりました。そろそろ会談を――】
【待ちたまえ。まだ総統がいらしていないようだが?】
【総統は今お越しになります】
【時間を守っていただかないと困るな。信用に足るかはそこからですぞ】
【ロムルス王子殿下のおっしゃる通りです】
ロムルス?
ロムルスって、もしかしてロムルス第一王子殿下?
次期国王候補の中でも王位継承権一位の方だわ。
てっきり王様がいらっしゃると思っていたけど、王子殿下がやってくるなんて。
【総統がお越しです】
【……年若い女性と聞いていたが、聞きしに勝る若さですな】
総統が会談の席に登場した。
その場に同席しているはずの旦那様は、一体どんな反応を?
と思った矢先、ガラスが割れる音が聞こえてきた。
【なっ! ザッ、ザター……ッ!?】
……通魔石から聞こえてきたのは、旦那様の声だった。
【どうしたトバルカイン。あなたが会談の席でそのような粗相をするとは】
【も、申し訳ありません、殿下……】
う~ん……。
声だけだけど、かなり動揺されている姿が目に浮かぶようだわ。
【私の顔に何かついていますか、トバルカイン子爵。それとも、お知り合いに私の顔がそっくりでして?】
【う……っ】
【ああ、そうか。あなたの隣にお座りの聖女様に少々似ているかもしれませんね】
【そ、それは……】
【聖女様に似ているなんて、なんと光栄なことでしょう】
【む、うぅ……】
……まだ会談が始まってもいないのに、雲行きが怪しくなってきたわね。
娘との再会がこんな場所では旦那様の動揺も無理はないけど、ザターナ様も煽り過ぎじゃないかしら。
【他人の空似というのはよくあることです。会談を始めましょう】
【よろしいですわ、ロムルス王子殿下】
【バトラックスとの国交回復は、セントレイピアとしても父の代からの悲願でした。新総統が就任された今、ぜひとも――】
国境砦でついに会談が始まった。
同時に、縦穴で待機している兵士さん達の様子が慌ただしくなる。
その中で最初に口を開いたのは将軍だった。
「会談の席で総統に帯同しているのは、補佐官と親衛騎団八名だったな。セントレイピア側の人数を知りたい。わかるか?」
「要人三名、護衛七名です」
「要人は、ロムレス王子にトバルカイン子爵、そして偽物の聖女か」
「あれを投入すれば最悪の場合、会談参列者は皆殺しになります。いかがいたしますか?」
「ロムレス王子だけはお助けしろ。今、セントレイピアとの摩擦を強めたくない」
「それ以外は?」
「死んでも構わん」
それを聞いては黙っていられない!
こうなったら、この場で大騒ぎしてやるわ。
私の声が通魔石から国境砦に届けば、将軍の計画を止められるかもしれない。
「ヘイムダル将軍! あなた達の標的は総統だけなのでは!? どうしてセントレイピアの方達も巻き込むような真似を!」
「落ち着きたまえ、ザターナ殿。総統の護衛が八名にまで減少し、かつ孤立した場所。その条件を揃えられるのは、この場しかないのだ」
「犠牲の上に成り立つ計画なんて、認められません!」
「痛みある改革こそ、長く人の心を治めるのだよ。それにきみがいくら騒ごうとも、こちらの声は向こうには届かん。通魔石にはそういう細工をしてあるからな」
……バレてた。
これはもう、いよいよ止めようがないわ……。
「むぐっ!?」
突然、口に何かをくわえさせられた。
猿轡!?
「すまんのう、聖女殿。この会談、どうやらおぬしには酷なことになりそうなもんで、口を塞がせてもらうぞ」
「んーっ! んーっ!」
「将軍。本当にこの子も連れて行くんじゃな?」
私はトールくんの肩に担がれてしまった。
どれだけジタバタしても、まったく効果がない。
「いざという時には人質にする。総統が今さら国交回復を働きかけたのも、平和的に聖女を手に入れる魂胆あってのことだろうからな」
違います! と声にだして言ってやりたい。
でも、今は無理。
このままでは、この人達に砦が襲撃されてしまう。
【――聞かせてもらいたい。あなた方は、過去に聖女を奪おうと彼女達の身を危険にさらしてきた。その責任はどう取るつもりなのですか、総統!?】
【こちらには過去の過ちを清算する準備があります、トバルカイン子爵】
【清算ですと……!? 一体どういうことです】
【簡単な話。聖女という存在を――】
「総員、配置につけ! 私の合図で突入だ!!」
ああっ!
いいところで通魔石を将軍に持っていかれてしまった!
過去の過ちの清算、というザターナ様の言葉が気にかかるわ。
きっとそれが、彼女が総統になった理由なのだろうけど……。
「おぬしも来るんじゃ!」
「んん~っ!」
もうそれを聞ける状況じゃなくなってしまうみたい……。
◇
私はトールくんに背負われて、縦穴の外に連れ出された。
急な坂道を兵士さん達が背を丸めながら登っていく。
国境砦は、もう目と鼻の先に迫っていた。
「将軍。外の護衛はスキルニル大尉が全員眠らせました」
「さすがだな。これでじっくりと砦を制圧できる」
スキルニルというのは、きっとあのガリガリの一兵卒さんね。
大尉って、そこそこの階級じゃなかったかしら?
私は兵士さん達の列に紛れて、砦の中へと連れ込まれていく。
途中、倒れている騎士団の殿方をたくさん目にした。
何十人もの人を同時に眠らせるなんて、あのスキルニルと言う人、すごい実力の魔法使いなんだわ。
◇
会談が行われているのは、砦の二階にある会議室だった。
将軍達は、その入り口のそばで息を殺している。
一方の私は、トールくんに押さえられていて何もできない!
「部屋の中が騒がしいな。どうやら揉めているようじゃ」
「……っ」
中から聞こえてくる口論は、ザターナ様とセントレイピアの人達によるものね。
ザターナ様が口にしたことが、何か問題視されたのかしら。
「……将軍。総統の横に補佐官と親衛騎団のリーダーがいます。残りの親衛騎団は、円卓席からやや離れた場所に」
「ふむ。セントレイピアの方は?」
「円卓席にやや近い場所に固まっていますね。ロムレスとトバルカインの守りが厳重です」
「聖女のそばには?」
「女騎士が一人」
女騎士……?
もしかして、ライラのことかしら。
王国騎士団には女性が少ないし、この場に呼ばれる騎士は銀等級とかそのレベルの人よね。
なら、彼女が居てもおかしくないわ。
「将軍。どうやら中は熱い口論の真っ最中じゃ。やるなら――」
「うむ。……総員、突入!」
私はトールくんに背負われたまま、他の兵士さんと一緒に部屋へなだれ込んだ。
私が部屋に入った時には、すでにそこは戦場になっていた。
剣戟や銃声が会議室で響き渡り、悲鳴と共に円卓がひっくり返る。
中でもトールくんの動きは別格。
私というハンデを背負いながら、王国騎士団の皆さんを片っ端から殴る蹴るして隅へ押しやっていく。
その刹那、トールくんの真横から白刃が振り下ろされた。
「んん~!!」
もうダメだ、と思った瞬間――
「殺気がだだ漏れぞ!」
――トールくんが手の甲で白刃を受け止めた。
「えっ。ザ……ターナ……嬢?」
「! あいあっ!?」
斬りつけてきたのは、ライラだった。
彼女は困惑した面持ちで私と目を合わせている。
直後、彼女はお腹を蹴られて床を転がって行ってしまった。
……ああ。私のせいで。
ごめんね、ライラ。
「ふうっ。ここは少々手狭だな。いつまでも、おぬしをおんぶしているわけにもいかん」
そう言って、トールくんはひっくり返った円卓の裏へと私を置いた。
そして、縄を卓の脚に固く結ぶと――
「隠れておれよ。わしはひと暴れしてくるからのう!」
――円卓を飛び越えて行ってしまった。
私はそ~っと円卓から顔を覗かせてみた。
会議室は混沌極まっていて、セントレイピア、バトラックス、将軍の兵士達が三つ巴で戦いを繰り広げている。
旦那様がどこにいるのかすらも確認できない。
「全員、動くなっ!!」
その声が響いた瞬間。
私は突然、身動きが取れなくなってしまった。
「うぬぬっ。こ、これは奇怪な……。このわしが動けぬとは、これが……例の妖術とやらかっ!?」
……トールくんすらも。
誰も彼もがピタリと動きを止めてしまっている。
静まり返った部屋の中。
コツコツと軽い軍靴の音だけが聞こえてきた。
現状、ただ一人だけが動いている。
それは――
「これはこれは、ヘイムダル将軍ではありませんか。行方をくらませたと思っていたら、まさかこんなところでお会いするなんて」
――総統! ザターナ様!!
「この小娘がっ。また妖術を……!」
「その小娘が今では総統なのですよ」
「私は認めんっ!」
「あなたの許可などいりません。会談の邪魔ですから大人しくしていなさい」
「ふん。驕るな小娘! 私がただ兵どもをけしかけるだけだと思うか!?」
「なんですって?」
「スキルニル、あれを放てっ!」
将軍が叫んだ直後、そばにいたスキルニルさんが詠唱を始めた。
「ヨンジ、マレタキ、タレカ、ラヒ、ハチミ!!」
詠唱が終わるや、突然、部屋の中に次元の穴が開かれた。
中から出てきたのは巨大な蜘蛛の脚……!?
「仇敵を滅ぼせ、ラグナレク!!」
姿を現したのは、一層巨大化した蜘蛛の怪物――アラクネだった。




