71. 嵐の前の静けさ
バトラックスの将軍が総統の命を狙っている?
この男、一体何を考えているの。
「なぜそんなことを? あなた達のリーダーでしょう」
「私は認めておらんよ。正体不明の女将校とその一派など、私を含めて他の将校達も認めていない。……いないはずだった」
「過去形ですか?」
「あの女は妖術を使う。人の心を意のままに操るのだ。今ではその周りには、妖術によってかどわかされた支持者が集まっている」
ヘイムダル将軍の話から察するに、それは聖女様の奇跡〈聖圧〉だわ。
ザターナ様は、軍の偉い人を強制的に従わせて総統に……?
「やつの妖術のせいなのか、あの女の詳しい素性は見事に隠されている。そして、軍部の将校達もそれを疑うことすらしない」
「……」
「今や、あの女の洗脳にかかっていないのは私と私の部下だけだ」
「……」
「バトラックスを正しい有り様に戻す! それにはどうしてもきみの力が必要なのだ、聖女ザターナ殿」
この人が私の正体を知ったら、どんな顔をするかしら。
奇跡も魔法も使えない普通の女の子が聖女に扮しているなんて、思いもしないでしょうね……。
「私を本物の聖女だとお思いですか? もしも本物なら、バトラックスにいるわけがありませんわ」
「ふっ。父親と共に極秘会談へ向かう馬車の中にいるはずだ、と?」
「……」
「それとも、バプティス聖山に身を清めるためこもっている、か?」
「……」
「どちらも偽物だということはわかっている。きみの情報はある程度入ってくるのだよ」
「……っ」
どういうこと?
情報が入ってくるって……どうやって?
「なら、私にはあなた方を降伏させる術があること、ご承知ですね?」
「〈聖圧〉――命令強制の奇跡には、私も過去に煮え湯を飲まされている。承知しているよ」
「ならば、その力を使わずに済ませましょう。私達を解放してください」
私はカーバンクルちゃんのいる檻を見ながら言った。
「それはできない。あの女の妖術は、聖女の〈聖圧〉と似た力だ。対抗できるのはきみしかいない」
「私を総統にぶつけるつもりですか」
「聖女は人々を正しき道へと導く使命があるのだろう。バトラックスの誤りを正すことは、きみの使命に含まれるはず」
「今のバトラックスこそが正しいとしたら?」
「……ふふっ」
将軍が鼻で笑った。
その直後、彼は私の胸倉を掴み上げて激昂した。
「我が盟友よりも、あんなケツの青いガキの政策が正しいだと!? ふざけたことをほざくなっ!!」
ひいぃっ!
なんで突然そんなに怒りだすの!?
「落ち着かんか、将軍。大切な客人じゃぞ」
将軍を諫める声が聞こえてくる。
その声の主は、トールくんだった。
しかも、彼が連れているのは――
「ハリー様っ!?」
――両手両足を鎖で繋がれ、猿轡を噛まされたハリー様だった。
「ハリーじゃったか、こやつの名。ずっと黙秘されていたので助かったわ」
「なぜ彼がここに!?」
「一緒に湖に落ちた時、こやつがわしを掴んで離さんかったものでな。大した坊やじゃよ」
ハリー様が私に駆け寄ろうとした時、トールくんに組み敷かれてしまった。
そして、彼はハリー様の喉元に小さなナイフを突きつける。
「聖女殿。おぬしが妙な真似をするならば、この坊やの命はない」
「な……!」
「おぬしが〈聖圧〉とやらを使う前に、坊やの首を切る」
「見損ないました。あなたがそんな真似をするなんて!」
「仕方なかろう。将軍には借りがあるでな。進退窮った今くらい力になってやらんと、永遠に借りを返せなくなってしまう」
「……わかりました。何もしませんから、どうかそのナイフを収めてください」
「もうひとつ、言ってほしい言葉があるんじゃがなぁ」
「……協力、します……っ」
私が言うと、トールくんはようやくハリー様からナイフを引いてくれた。
同時に、私の胸元から将軍が手を離した。
「失礼。癇癪持ちなものでね。非礼を詫びよう」
「……私は何をすればよいのです?」
「これから極秘会談の行われる国境砦へと向かう。会談の席で新総統を襲撃する際、親衛騎団ともどもザナの動きを封じてほしい」
「その人に私の奇跡が効くとは限りませんよ」
「少しでも動きを止められればそれでいい。我々には、確実にやつらを殲滅できる切り札がある」
軍事国家の将軍が言う切り札って、ぞっとしないわね。
それに、ザターナ様殺害に本気で協力するわけにもいかない。
なんとかここを脱出できないかしら。
私は、檻に入れられたカーバンクルちゃんをチラリと見やる。
あの子が目を覚ましてくれれば、脱出は容易い。
戦闘形態へと変化してもらえれば、檻も破れるし、きっとトールくんだってやっつけられる。
でも――
「クルゥ……クルゥ……」
――すやすやと気持ちよく眠っているじゃないの!
「あの……今、何時でしょうか?」
「深夜の1時を回ったところだな。それが何か?」
将軍が懐中時計を出して教えてくれた。
深夜となれば、カーバンクルちゃんが起きないのも当然だわ。
私のたったひとつの切り札が使えないなんて……。
「トール。その少年を牢へ」
「承知した」
「ところで、イヴァルディの方はどうだ?」
「あの男はいまだに首を縦に振らんよ」
「……そうか。あれの最終調整には、ぜひとも錬金術師の彼に協力してもらいたかったが仕方あるまい」
「おぬしらが無理やり連れてきたから、へそを曲げてしまったんじゃよ。だからわしに任せろと言ったんじゃ」
今の会話に出てきたイヴァルディって、聞き覚えがあるわね。
……思いだした。
フラメール様が助手をしている錬金術師工房の主さんだわ。
彼の帰りが遅かったのは、捕まっていたからなのね。
「さて。聖女殿には申し訳ないが、すぐに列車へと移動してもらおう」
「国境砦に鉄道が通じているのですか?」
「近くの町までだ。そこで用意してある馬車に乗り換える」
「準備のよろしいこと」
その後、私は駅へと連れて行かれた。
結局カーバンクルちゃんは起きてくれることはなく、離れ離れに。
私、これからどうなっちゃうのかしら……。
◇
夜空の下、列車が動きだした。
私は遠目にヤルングレイプル要塞の影を見ながら、親衛隊のみんなのことを思い浮かべる。
ルーク様、怒っているだろうな。
アトレイユ様にアルウェン様は、今どこに?
ハリー様が無事だったのにはホッとしたけど、今後どんな扱いを受けるか心配。
一緒に湖に落ちたはずの、アスラン様の安否も気になる。
「そう不安がることはなかろう。何が起こっても、おぬしの身はわしが守る」
「……それは親衛隊の役割です」
「つれないのう。せっかく将軍がわしを護衛につけたと言うに」
「あなたとは話したくありません」
私が乗せられた列車は、軍の特別な車両みたい。
機関車を先頭に、大きな鉄の箱のような貨車、私とトールくんの乗る客車を挟んで兵士さん達の乗る客車が二両の、計五両。
私の味方は誰一人おらず、正直不安で仕方がない。
「……あの貨車には何が入っているのですか?」
「なんじゃ。わしとは話したくないと言っておったのに」
「失言でした。忘れてください」
「冗談じゃ!」
トールくんがケラケラと笑っている。
その姿だけ見ると、本当に普通の男の子にしか見えないのに……。
「わしも詳しくは知らぬが、新兵器の類らしいのう」
「新兵器……」
なんだろう。
とても嫌な予感がするわ。
その時、要塞の方で何かが明るく光った。
【ヘイムダル大将! トール少将! 緊急事態です!!】
突然、トールくんの方から知らない男の人の声が聞こえた。
彼は懐から青い石を取り出すや、それに話しかける。
「どうした。要塞の方で爆発があったようじゃが」
……通魔石だわ。
やっぱりバトラックスでも使われているのね。
【牢から捕虜の少年が逃げ出し、火薬庫に火をつけられました!】
「馬鹿者。枷のある相手に何をしておる」
【そ、それが、一緒に捕えていた錬金術師も共に行動しており……】
「イヴァルディか! あやつめ、少年に発破でも掛けられたか。さては針金でも隠しておったな」
【現在、要塞内で交戦中ですが、少年があまりに強く……】
「今さらわしは助けに行けん。それに、もうすぐ通信圏内から出るぞ」
【そ、そんな――】
「……切れおった」
ハリー様が何かしでかしたみたいね。
話を聞いた限り、なんとか脱出してくれそうで安心したわ。
「くっくっく……」
「どうかしたのですか?」
「いや。さすがは聖女殿の親衛隊だと思ってのう」
「笑う……ことなのですか」
「兵隊ごっこもそろそろ潮時じゃな。先日に続き、今度は二人の男に手酷くやられるとは」
「先日? 前にも要塞で何かあったのですか」
「わしの留守中に反総統勢力の襲撃に遭ってのう。滞在していた前総統が、あわやさらわれるところだったそうじゃ」
「反総統勢力……」
「前総統が亡くなられたのは、それからすぐのことじゃ。あの騒ぎで心身疲れ果ててしもうたのかのう」
それを聞いて、私はハッとした。
もしやその襲撃もザターナ様の仕業?
前総統が亡くなったのも、まさか彼女が……?
「そんな馬鹿なこと、あるはずない」
「ん? そう思うか。だが、前総統もかなりの歳じゃったしのう……」
私は頭に浮かんだ嫌な想像を必死に振り払った。
ザターナ様が。
聖女様が。
そんな恐ろしいことをするはずがない。
なのに――
「違いますよね、ザターナ様……?」
――そう信じきれない私がいる。
◇
朝方、列車は終点の町まで到着した。
私は列車を降りた直後、すぐ馬車に乗せられて今は街道を走っている。
「ふわぁ~」
「レディがあくびとはよくないのう」
「放っておいてくださいっ」
私はトールくんと同じ馬車に乗せられている。
そのせいで、彼にあくびしたところを見られてしまった。
……恥ずかしい。
「まぁ、あんな環境で安眠とはいかんか」
「ずっとあなたに監視されていましたから」
「それが仕事じゃからなぁ」
「あなたは寝たのですか?」
「わしは眠らなくてもいい体なんじゃ」
「便利なお体ですね」
「おかげで普通の人間の三倍、濃密な人生を送れておるよ」
「あなたの場合、三倍どころでは済まないのでは?」
そんな他愛のない会話を続けていると、また彼の通魔石から声が聞こえた。
声の主は将軍だった。
【斥候の情報によれば、すでに国境砦にはザナと親衛騎団が到着しているそうだ】
「早いな。ならば、やはり会談が始まってからの襲撃となるか」
【そうなる。ちょうどセントレイピアの馬車も国境付近で確認したらしい。我々は、やつらが砦に入った後に行動に移る】
「承知した」
セントレイピアの馬車が砦に……。
聖都の偉い人と一緒に、旦那様と替え玉の聖女さんが乗っているのね。
「トバルカイン外交官は、おぬしのお父上じゃったな」
「……はい」
「最悪の場合、お父上は死ぬことになる。じゃが、おぬしの安全だけは絶対に守ると約束しよう」
「ふざけないでくださいっ」
私は思わず声を荒げてしまった。
万が一、旦那様の身に何かあれば、私は……!
「おぬしがその気になってくれれば、犠牲者は新総統一派だけで済む。わしはどうにも信じられんのだが、〈聖圧〉とやらはどうやっても抗えないそうじゃからのう」
「……」
「試しに今、わしに使ってみてくれんか?」
「……」
「……すまんな。失言じゃった」
その後、馬車を降りるまでトールくんは話しかけてこなかった。
私は窓の外を見ながら動揺しないよう努めたけど、そんなの無理。
胸のざわめきが収まらず、どうしても嫌な想像ばかり頭を巡ってしまう。
……何の力もない私に、何ができるの?
将軍の新総統暗殺を止めたい。
そして、ザターナ様をセントレイピアへ連れ帰りたい。
その気持ちだけでは、いかんともしがたい大きな壁が立ちはだかっていることを、私は肌で感じている。
車内の静寂が、まるで嵐の前の静けさのように感じられた。




