67. 二人旅・後編~疑心と信頼~
ルーク様は焚き火に視線を落としたまま、私の返答を待っている。
今しがた投げかけられた彼の言葉――
『きみは、本当に聖女ザターナなんだよな?』
――ルーク様は、私を疑っているんだわ。
かつてザターナ様が送った手紙。
最近になって私が送った手紙。
その筆跡の違いで、別人だと看破されるなんて……。
「ザターナ。答えてくれないか?」
「……」
星空の下、川のせせらぎと焚き火の音だけが聞こえてくる。
……気まずい。
「クルルゥ」
カーバンクルちゃんが私の不安を察したのか、頬をぺろぺろと舐めてくる。
このまま黙していても、気まずいだけだわ。
無理やりにでも誤魔化さないと……。
私は白玉ちゃんを腕に抱き直して、腰を上げた。
「火が小さくなってきました。薪になるようなものを集めてきますね」
「待ってくれ!」
私が焚き火から離れるや、ルーク様が呼び止めてきた。
「ザターナ、俺は心からきみを信じている! きみのためならば、何を敵に回そうとも怖くはない!」
「ルーク様が何をおっしゃりたいのか、私には……」
「だからこそ、きみがザターナであるという確信が欲しい!」
「薪を集めて参ります」
私はルーク様に背を向けて、足場の悪い川岸を歩き始める。
彼はすぐに私を追いかけてきた。
「ザターナッ!」
ルーク様は私の両肩を掴んで、怖い顔で訴えかけてくる。
「ザターナ・セント・トバルカイン! きみは何を隠している!?」
「ルーク様、やめてください」
「きみは、本当に聖女ザターナなのかっ!?」
「やめてっ」
彼の手を振り解こうとした時、私の腕からカーバンクルちゃんが抜け出た。
「シャーッ!!」
「うわっ」
ルーク様へと飛びかかったカーバンクルちゃんは、彼の顔に張りついて頬を何度も爪で引っかいた。
さすがのルーク様もそれにはたまらず、私から手を離した。
その隙に、私はルーク様から離れる。
「ざ、ザターナッ」
川岸を闇雲に走りながら、私は考える。
私がザターナ様ではないことを知られたら。
……ルーク様はどう思うのだろう。
失望?
非難?
軽蔑?
……嫌だ。
親衛隊から――ルーク様からそんな感情を向けられるなんて、絶対に嫌!
「あっ」
私は石につまづいて転んでしまった。
幸い、そこは小石のない川べりだったから怪我はしなかったものの――
「大丈夫か、ザターナ!?」
――ルーク様に追いつかれてしまった。
しかも、転んだところをまた見られるなんて……恥ずかしい。
「大丈夫です……」
ルーク様がそっと手を差し伸べてくれた。
見上げると、星明かりに照らされる彼の顔に、カーバンクルちゃんがべったりと張り付いている。
それを見て、私はつい吹き出してしまった。
「こいつ、離れてくれないんだ」
「仲のよろしいことで」
「すまない。きみを怖がらせるつもりはなかった」
「私の方こそ、取り乱してしまって――」
ルーク様の手を掴んだ時、私は真横から不気味な視線を感じた。
顔を横に向けてみると、そこには――
「シャアアアアッ」
――首をもたげている蛇の姿があった。
蛇は私と目が合うなり、牙を剥き出しにして噛みついてきた。
「キャアッ」
私が悲鳴を上げるより早く、蛇の牙は肉に食い込む音を立てた。
……でも、私に痛みはない。
蛇の牙が食い込んだのは――
「無事か、ザターナ!」
――ルーク様の腕だった。
「ルーク様!」
「離れていろ!」
ルーク様は、腕に噛みついた蛇をそばにある岩へと叩きつけた。
それでも蛇は彼から口を離さない。
「シャーッ!!」
カーバンクルちゃんがルーク様の腕を伝い降りて、蛇の眉間を引っかいた。
蛇が怯んで口を離した瞬間、ルーク様は蛇を振り解いた。
地べたに落ちた蛇は、カーバンクルちゃんに追い立てられて逃げだしていく。
「ルーク様!」
私が傍に駆け寄った時には、ルーク様は額に脂汗を滲ませて顔をしかめていた。
彼の噛まれた腕を見て、私は血の気が引いた。
「な、なんてこと!」
ルーク様の腕についた噛み傷が赤黒く腫れあがっている。
普通の蛇に噛まれたくらいでは、こうはならない。
今のは毒蛇だったのでは……!?
「くっ。こんな時に蛇に噛まれるとは災難だ。しかし、きみが無事でよかった」
「ルーク様! 急いで町へ戻ってお医者様に看てもらわないと!」
「大丈夫だ、心配ない」
ルーク様はそう言って、川の前に屈んだ。
彼は傷口から毒を吸いだし、傷口を川の水へと当てている。
「ザターナ。さっきの質問は忘れてくれ」
「……」
しばらくして、私は腕をかばうルーク様と焚き火の場所へと戻った。
ルーク様は傷を簡単な処置で済ませているけど、大丈夫なのかしら……?
「夜の見張りは俺がする。きみはもう休むんだ」
「でも……」
「いいから、おやすみ」
ルーク様は私の頭を撫でると、立ち上がったきり黙り込んでしまった。
私は彼の後ろ姿に不安を感じながらも、毛布にくるまった。
直後、私の胸の上にカーバンクルちゃんが飛び乗ってきて、玉のように丸くなる。
「おやすみなさい。ルーク様」
私は嫌な予感で胸がざわめいていたけれど、眠気にはかなわない。
いつしか私の意識はまどろみに落ちて行った。
◇
私の顔を何かが小突く感覚があった。
ふと目を開けると、カーバンクルちゃんが私の顔を前足で揺さぶっている。
「……?」
空には満天の星空。
焚き火も強く燃え盛っている。
私が寝入ってから、それほど時間は経っていないみたい。
私が身を起こすと、カーバンクルちゃんが焚き火を飛び越えて、暗がりの方へ走っていく。
彼が止まった先を見て、私は眠気が吹き飛んだ。
「ルーク様!!」
そこには、ルーク様が倒れていた。
慌てて彼に駆け寄ると――
「ぐうぅ……」
――彼は顔を真っ赤にして、苦しそうにうめいていた。
額に手を当ててみると、焼けるように熱い。
「大変だわ!」
赤黒い血が滲んでいる包帯を取って、私は驚いた。
傷口は尋常でないほどに腫れ上がっていて、周囲は紫色に変色している。
蛇の毒がまだ残っていたんだわ……!
「ルーク様、しっかり!」
彼は意識が混濁しているようで、私の声も届いていないよう。
この様子だと、すぐにお医者様に診せないと危険だわ!
私は靴紐を解いて、ルーク様の二の腕を縛りつけた。
次いで、傷口から毒を吸いだす。
口ではすべての毒を吸いだしきれないので、傷口に指を押し当てて、なんとか毒を絞り出すように努めた。
その後、傷口を洗うために彼を水辺に引っ張っていって洗浄する。
「俺は……一体……?」
ルーク様が目を覚ました。
でも、高熱で意識がはっきりとしていないみたい。
私はルーク様の荷物から地図を取り出して、最寄りの町を探した。
この場から近いのは、次の目的地であるギムレーの町。
「今すぐギムレーへ向かいます。お医者様を訪ねれば、きっと解毒剤がありますから!」
私は必要最低限の荷物だけ持つと、ルーク様を背負って街道へと戻った。
とは言え、ルーク様を背負って何kmも歩くのは不可能。
何か対策を考えないと、と思った矢先――
「あっ」
――街道の柵のそばに荷車が放置されているのを見つけた。
それは、農作業用のものと思われる二輪の荷車。
側板が欠けてしまっていて、車輪もガタガタでバランスが悪い。
けど、なんとか人一人くらい運ぶことはできそうね。
私は荷車にルーク様を寝かせるや、ハンドルを押して出発した。
夜の道は煌々石があるので、問題にはならない。
背負って歩くよりも楽だけど、それでも非力な私には重労働。
果たして体力が持つかしら……。
◇
1kmほど荷車を引いたところで、後ろからルーク様の声が聞こえてきた。
「ザターナ……」
「ルーク様、もう少しご辛抱を! あとちょっとで町に着きますからね」
「すまない。きみに……こんな無茶を……」
「何をおっしゃいますか! 困った時はお互い様っ」
ルーク様の意識が戻ったみたいでよかった。
「ごめんなさい、ルーク様。私のせいでこんなことに」
「きみを守った結果なら、本望さ」
聖女のために犠牲も厭わないのが親衛隊の務めならば、私には相応しくない。
だって私は聖女の替え玉――偽物なのだから。
「こうして荷車に引かれていると、ソロと無茶した頃のことを思い出すよ」
「ソロさんと……?」
「子供の頃、ソロとよく屋敷を抜け出していたんだ。聖都の貧民街で悪さをする輩にヒーローごっこをしにね」
「ルーク様にも、そんなヤンチャな頃があったのですね」
「ある時、子供相手でも殺しを辞さない厄介な連中と揉めることになった。俺もソロも必死に抵抗して――」
「やっつけたのですね?」
「ボコボコにやられて、捕まった」
「あら……」
「だが、ソロが機転を利かせて助け出してくれた。その後、動けない俺をソロが荷車で引いて屋敷まで運んでくれたんだ」
「もしや彼の右目が眼帯なのは、その時の怪我で?」
「ああ。……ソロには命を助けられた恩がある。だから俺は、何があってもあいつのことだけは信じている」
「素敵な友情ですね」
「きみも同じだよ、ザターナ」
「え?」
「きみが例え何者であっても…‥俺は……きみを……」
……最後まで言うことなく、ルーク様は静かに寝息を立てていた。
彼が何と言いかけたのかは想像はつく。
だからこそ、私は声に出さずにはいられなかった。
「助けてみせます。絶対に!」
その気持ちに比べれば、荷車の重さなんて何のその。
「たとえ聖女じゃなくたって、大切な人を助ける奇跡くらい起こしてみせます!」
私は星空に叫んだ。
こうやって言葉にしてみると、力が湧いてくる気がする。
誰かのために、私はもっとがんばれる!
◇
星空の下、私は街道に沿って荷車を引き続けた。
「町はまだなの……?」
ルーク様は時折苦しそうにうめいている。
そんな彼の顔を、うめき声を上げるたびにカーバンクルちゃんが舐めてあげていた。
いつの間にか、ずいぶん仲良くなったみたい。
「もう少しですから、ね……っ」
坂道を上がると、遠目に町の明かりらしきものが見えてきた。
きっとギムレーの町の明かりだわ。
その時――
「こんな夜中に仕事熱心なお嬢さんだ」
――暗がりから私に話しかけてくる男の人がいた。
このシチュエーションは、もしかして……。
「農夫の娘じゃねぇのか。あの光、煌々石だぜ」
「荷台に乗ってる男、生きてんのかぁ?」
「積み荷をよこしな。命だけは取らないでやるからよぉ~」
やっぱり追い剥ぎだわ!
「近寄らないで!」
「真夜中にこんな場所を通りかかっといて、そりゃねぇだろ」
「大声を出しますよ!」
「どぉぞどぉぞ。街までは数km離れてるんだぁ。誰も助けは来やしねぇよ」
「ぶ、ぶっ飛ばしますよ!?」
「おお~。この子、なかなか面白い冗談言ってくれるぜ~」
……追い剥ぎは三人。
話し合いで解決できる相手じゃなさそうだわ。
ルーク様もこんな状態だし、どうしよう……!?
「黒髪なんて初めて見る。カツラ屋に売りつけたら、良い値がつくかもな!」
「い、痛いっ」
追い剥ぎの一人が、私の髪の毛を掴んだ。
なんて乱暴な人なの!?
「おい。なんだそこの丸っこいのは~」
「猫かぁ? 猫にしてはまん丸だなぁ」
「それに、ずいぶん……大きい……って……」
男達の声が止まる。
荷車に向いていた彼らの視線が徐々に上がっていくのを見て、私は何が起きているのか察した。
「で、でかくなったぁ!?」
「なんだこいつ、猫じゃねぇのか!」
……カーバンクルちゃん、久しぶりの戦闘形態が出たわ。
この姿になれること、すっかり忘れてた。
「グルルルルァァァァッッ!!」
「「「ぎゃあああ~~~!!」」」
追い剥ぎの三人は、カーバンクルちゃんの一薙ぎで近くの川へと落ちて、そのまま流されていった。
きっと死んではいないでしょう。
「助かったわ、カーバンクルちゃん!」
「グルルゥ」
私はドラゴンの姿になった彼の頭を撫でているうち、妙案を閃いた。
◇
「すごく速い~~っ!!」
私はルーク様を抱きしめながら、もふもふした体毛の上から流れる景色を見渡していた。
「グルルルァァァッ」
私達は今、街道を走るカーバンクルちゃんの背中に乗っている。
この子の戦闘形態は、馬なんて比較にならないくらいに速いわ!
「ルーク様、もう少しで町ですよ!」
その後、一分もせずに私達は町へとたどり着いた。
うっかりドラゴンの姿のまま入ってしまったのは失敗だったけど……。
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