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60. 理由

 監獄から戻ってきた後、私は旦那様に執務室へと呼び出された。

 監獄を訪ねたことがバレたのかと思ってビクビクしていたら、バトラックスとの極秘会談が決まったことを教えられた。


「極秘会談って……何をするのですか?」

「セントレイピアとバトラックスの首脳陣が、東方国境線の砦に集まって国交回復のための会議を行う」

「そんなことが可能なんですか!?」

「兼ねてより、セントレイピアはバトラックスと正式な国交を結びたいと考えていた。しかし、聖女に関するゴタゴタでずっと棚上げされていたのだ」

「それがなぜ……?」

「十日ほど前だ。突然、向こうの国家元首がすげ替わった」

「総統が変わったのですか」

「ああ。六十年に渡る独裁体制を強いてきた武闘派の前総統が病死し、穏健派の総統が新たに立ったという」

「では、国交回復の件はその新総統から?」

「そのようだな。宮廷も驚いていたよ」


 軍事国家の総統が突然の代替わり……。

 まさか、そんなことが起こるなんて。


「その極秘会談には旦那様もご出席に?」

「そうだ。そして、先方からは聖女の同席を強く求められている」

「せ、聖女様の……!?」

「過去、バトラックスは歴代聖女に対して様々な手段で接触を試み、都度悲劇を巻き起こしてきた。七年前の辺境での出来事もそのひとつだ」

「……」

「新総統は、過去の過ちを詫びたいと言う。当代聖女のザターナに対してな」

「信用できるのですか?」

「もちろん、宮廷の誰も信用していない。だが、聖女の同席が会談開催の条件でもある」

「と言うことは……」


 ザターナ様の替え玉である私が、その席に立つことになる。

 もしかしたら、その会談に乗じてバトラックスへ潜入することができるかも。


「聖女の替え玉の替え玉……を使うことにする」

「えぇっ!?」


 私は隣に立っているヴァナディスさんの顔を覗きこんだ。

 すると、彼女は私に苦笑いを浮かべた。


「バトラックスとの関係を修復するまたとない機会に、本物の聖女を連れて行くべきか宮廷も悩んでいた。だが、大主教様は〈聖声(せいせい)の儀〉の直前に聖女が聖都を離れることに大反対だ。しかも、明日にはバプティス聖山への入山も決まっていることだしな」

「それで替え玉、ですか」

「屋敷に戻って早々、ヴァナディスにその件を訊ねられて閃いたのだ。ダイアナ(おまえ)以外にも何名か替え玉候補はいた。今回はそのうちの一人を使うことにする」


 ヴァナディスさんの苦笑いの意味がわかった。

 タイミングが悪かったわね……。


「でも、替え玉ということなら私が一番……!」

「その通りだ。だからこそ、おまえにはバプティス聖山へと入ってもらう。あくまでも本物の聖女(・・・・・)として、な」

「そんな……」

「会談は一週間後。だが、おまえはそんなことを気にせずに聖山での務めに励めばいい。いつも通りに振る舞えば何も問題はない」

「はぁ」

「今回の件は、私にとっても渡りに船。会談後、外交官としてバトラックスに招かれる予定もある。向こうでザターナを捜すにはこれ以上ない機会に恵まれた」

「それならば私も同行いたします!」

「ダメだ! おまえは聖女として聖都に留まってもらわねば困る。もっとも大事なのは、おまえが(・・・・)聖女であることなのだからな」


 ……なんてこと。

 替え玉の替え玉を旦那様に押さえられてしまったら、私の身代わりに聖山に入ってもらう計画がご破算になってしまうわ。


 どうしよう。

 このままでは、私は聖都を離れられない。

 せっかくヘルモーズさんから国境を越える方法を聞くことができたのに。



 ◇



 寝室へと戻った私は、ヴァナディスさんと今後のことを話し合った。


「向こうへ行くのは諦めて、〈聖声(せいせい)の儀〉に集中したらどうかしら。あなたが無茶をしなくても、お嬢様は旦那様がきっと捜しだしてくれるわよ」

「でも……」

「それに、もしあなたが会談に出席してバトラックスにさらわれでもしたら、取り返しのつかないことになるわ」

「それはそうですけど……」

「そもそも、監獄で聞いてきたというゲートの話。疑うわけじゃないけど、あっち側の出口は軍が管理しているのでしょう。なら、向こうへ出た途端、捕まってしまうんじゃないの?」


 ヴァナディスさんの言う通りだわ。

 ゲートをくぐって向こう側にたどり着いても、すぐさま軍人さん達に捕まってしまっては元も子もない。


「親衛隊みんなの力を借りれば、きっと突破できます」

「そうでしょうけど、どうしてこの時期に危険を冒してバトラックスへ行くのか、彼らに説明できる? アルウェン様以外は一切事情を知らないのよ」

「うっ」


 やっぱりそこがネックになるわよね……。


 ルーク様、アトレイユ様、ハリー様、アスラン様。

 彼らは、私が本物のザターナ様だと思っている。

 しかも、聖女にとってバトラックスがどれだけ危険で因縁深いか、彼らはもう知っている。

 どんな理由なら、バトラックスへの潜入を納得してもらえるかしら?


「今日はもうお休みなさい。一夜明ければ、気持ちの整理もつくわよ」

「はい……」


 ヴァナディスさんが、私の肩でうつらうつらしているカーバンクルちゃんを抱き上げて、彼専用のミニベッドへとそっと移した。


 ……あれ?

 カーバンクルちゃんが、私以外の人に触れられて大人しくしているなんて。

 こんなこと初めてじゃないかしら。


「ヴァナディスさん、今……」

「ええ。ようやく、この子も私に気を許してくれたみたいね」

「どんな魔法を使ったんです!?」

「魔法って……大げさね。ただの餌付けよ」

「餌付けぇっ!?」

「あなたが食堂にいる間、私がこの子の食事の世話をしてあげていたの。まぁ、飴玉をいくつか与えるだけだったけど。……知らなかった?」

「知りませんでした……」

「毎日、根気強く飴玉を与えていたら、最近ようやく受け取ってくれるようになったわ」

「飴玉を食べる数が減ったなぁと思ったら、そういうことだったんですね」

「いざと言う時は、私も守ってもらわないと困るしね」


 ヴァナディスさんがお部屋から出て行った後、私はミニベッドで眠るカーバンクルちゃんを撫でた。


「この浮気者」


 すぅすぅと寝息を立てる白玉ちゃんを見下ろしながら、私は考える。

 もしも私の正体を明かしたとして、彼らはどう思うだろう?


 ルーク様達が命懸けで守ってくれるのは、私が聖女だから。

 その聖女が偽物だと知った時、彼らはどう思うだろう。

 もしも真実を明かして、彼らの私を見る目が変わってしまったら……?


「……怖い」


 私はベッドに入るや、シーツにくるまって不安を払拭するように努めた。

 でも、嫌な考えはなかなか頭から離れることはなかった。



 ◇



 次の日の朝。

 私は沐浴を終えた後、ヴァナディスさんとアルウェン様に挟まれながら食堂へ向かっていた。

 その途中、廊下で鉢合わせたのは――


「おはよう、ザターナ」

「今日も良い天気だね、ザターナ嬢!」


 ――ルーク様とアトレイユ様だった。


「おはようございます。お戻りになられたのですね」

「何日も留守にしてすまなかった」

「俺達がいない間、何事もなくてよかったよ」


 ルーク様とアトレイユ様は、宮廷の悪徳貴族検挙に協力するため、護衛任務から一時的に外れていた。

 それもようやく落ち着いて、今日から護衛に復帰してくれる。


「奇しくも婚約者選挙があったおかげで、汚職を行っていた貴族をあぶり出すことができた。きみがいなければ、ありえなかったことだ」

「何をおっしゃいます、ルーク様。この国の未来を(うれ)いて戦ってきたあなた達の功績ではありませんか」

「ありがとう。セントレイピアの政治もこれで少しは良くなるだろう」


 思いがけない宮廷の闇。

 それも払拭されて、セントレイピアもより良い国になって行くのでしょう。

 ……このたびの極秘会談は、それもあっての宮廷の決断なのかも。


「今日の屋敷警備は、俺とルークが務める。アルウェンならまだしも、ハリーやアスランでは不安だっただろう?」

「もう、アトレイユ様ったら!」


 アトレイユ様の冗談に、アルウェン様も苦笑い。

 やっぱりバトラックスへ行くには、このお二人のご協力も外せないわ。



 ◇



 食堂で食事を済ませた後。

 私は、食堂の隅でカーバンクルちゃんに飴玉を与えているヴァナディスさんの姿を目撃した。

 あの子ったら、すっかり餌付けされちゃって……。


「ペパーミントのハーブティーでございます、お嬢様」

「ありがとう」


 メイド(同僚の子)がハーブティーを私の前に置いてくれた。


 ……ほんのりと甘い香りが私の鼻へと漂ってくる。

 美味しいお茶を朝から飲めるのが、聖女の替え玉を務める上で嬉しい特権よね。


「それと、お手紙が届いておいでです」

「誰からかしら?」

「ニコラ・フラメルズ……という方からですが、ご存じですか?」

「えっ」


 ニコラ・フラメルズと言えば、錬金術師のフラメール様だわ。

 私はすぐに彼女から手紙を受け取ると、その場で便箋(びんせん)を取り出して中身に目を通した。


「これって……!?」


 私は手紙の内容に驚いた。

 まさかの人物からの、まさかの申し出が書かれているんだもの。


「ヴァナディス!」

「どうしました、お嬢様」

「すぐに親衛隊のみんなを集めて。彼らに話したいことがあるの」

「え? しかし、もうすぐエルメシア教のお迎えが来ますが」

「だからこそですっ!」



 ◇



 応接間に集まった親衛隊、そしてヴァナディスさん。

 その六人は私の話を聞くや、目を丸くした。


「ほ、本気ですか、ザターナ嬢!?」

「私がそんな冗談を言うと思いますか、ハリー様?」

「ゲートの話を聞いて驚いたが、そのすぐ後でもっと驚かされるとは……」

「ルーク様のお留守に、こちらでも色々あったもので」

「だが、いくらなんでも無茶じゃないか? バトラックスに潜入するだなんて」

「あら。私が無茶をする女だと、アトレイユ様は知っておいででは?」

「いいねぇ! あのババァに借りを作るのも悪くない!」

「アスラン様なら乗り気になってくださると思っていました」


 アルウェン様とヴァナディスさんは、唖然として言葉もない様子。

 まさかこんな理由(・・・・・)で、私が親衛隊にバトラックスへの同行を要請するとは思わなかったでしょう。


「大恩あるフラメール様は今、バトラックスにて追われる身。彼女がいなければ、今の私達もセントレイピアもありません。彼女から救出を乞う手紙が届いた以上、私達は危険を冒してでも彼女を救う理由があります!!」


 フラメール様はアラクネ騒動の後、バトラックスへと渡っていた。

 向こうでトラブルに巻き込まれた彼女は、独力でバトラックスから逃げることに苦慮し、私に助けを求めてきたのだ。


 ちょっとズルいけど、フラメール様をお救いしたい気持ちは事実。

 その目的に便乗させてもらうわ!

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