58. いざ、監獄へ
監獄に訪問しての囚人面会。
私は颯爽とお屋敷を出たのだけど、さすがにすぐにとは行かず……。
正午を回った今も、騎士団の駐屯所で面会許可が下りるのを待たされている。
「クルルッ」
本を読んで時間を潰す私を、肩に乗るカーバンクルちゃんが邪魔してくる。
顔に当たるこの毛並み、相変わらず心地いい。
だけど、本を読んでいる時にじゃれついてくるのは困りものね。
「めっ!」
私が叱りつけると、カーバンクルちゃんはしょげたように耳を伏せてしまった。
……う~ん、可愛い。
そんな私と白玉ちゃんのやり取りを、ハリー様がじっと見入っている。
「その子、ザターナ嬢の言うことはなんでも聞きますね」
「この子ったら私にしか懐かないものだから、お屋敷ではよくメイド達とトラブルになるんですよ」
「いまだに僕にも牙を剥いてきますからね……」
「そのうちそんな粗相しなくなりますよ、きっと」
「だといいんですけど」
その時、部屋にアルウェン様が入ってきた。
「ザターナ嬢。ようやく許可が下りました」
「本当ですか!」
「ただし、面会には看守が同席するとのことです」
「かまいません」
これでようやくザターナ様捜索のスタートラインに立てるわけね。
あとは賊から国境を越える方法を聞きだすだけだけど、上手くいくかしら……。
「ところで、アスラン様はどちらに?」
「アスラン様なら、待ちくたびれて訓練場でポーションを調合するとか……」
「はぁ。しかし、なぜ訓練場で?」
「広い方が安全だって――」
その時、突然の衝撃が建物を揺らした。
ただ事ではない轟音と共に、廊下から騎士達の慌ただしい声が聞こえてくる。
「……調合に失敗したみたいですわ」
私が本を閉じるのと同時に、二度目の轟音が聞こえてきた。
◇
街路を走る馬車の中で、アスラン様が憤慨している。
「良質なポーションを作ってやろうとしたのに、なんで怒られなきゃならない!?」
「人様の敷地で、しかもありあわせの資材で、調合なんてするからだ!」
「うるさいぞハマー! 天才にもミスくらいはあるっ」
「ハリーだ! おまえ、人の名前ミスしまくりじゃないかっ」
この二人ったら、顔を合わせればしょっちゅう言い合っているわね。
これも男の子同士の友情……なのかしら?
「アスラン様。あなたを咎めなかった騎士団の温情に感謝してください」
「善意から出た行動に悪意はない! 捕まる理由がないじゃないかっ」
「善意だろうと悪意だろうと、人に迷惑をかけたら捕まります!」
「聖女! それ、おまえが言うのかっ!?」
「お願いですから、監獄では大人しくしていてくださいね?」
「僕に黙ってじっとしていろと言うのか!?」
「その通りです!!」
私の念押しが効いたのか、アスラン様は押し黙ってしまった。
その後は、ふてくされたように愚痴をこぼしながら手悪さを始める。
……なんだか反応がカーバンクルちゃんみたいで可愛い。
「ザターナ嬢! 監獄が見えてきましたよ」
御者台のアルウェン様から声がかかった。
窓の外に目を向けると、前方から少しずつ監獄の建物が見え始める。
黒くゴツゴツとした厳めしい外観。
幾重もの鉄柵に囲まれ、背の高い櫓の上から衛兵さん達が周囲を監視している。
なんて物々しい雰囲気なのかしら。
監獄には縁がないものと信じていたけど……。
今になって自分が訪れることになるなんて、人生わからないものだわ。
◇
監獄へと到着するや、私達はすぐに面会室へと案内された。
とは言っても、警備の都合で囚人との面会には私と、親衛隊から一人だけの同席という条件をつけられた。
私は迷いなくアルウェン様を指定し、彼女と共に面会室へと入った。
私達を見送るハリー様とアスラン様の不満げなお顔ときたら、お菓子をもらい損ねた子供のよう。
面会室では――
「聖女殿。囚人が来るまでしばしお待ちを」
――看守さんにそう言われて、さっそく居心地の悪い空気が流れ始めた。
面会室は、面会者側と囚人側で鉄格子に仕切られている。
両側にそれぞれ武装した看守さんが立っているけど、待っている間まったく微動だにしない彼らを横目に、私は余計そわそわしてしまった。
ガチャン、という重い音と共に鉄の扉が開かれる。
扉の奥からは、両手両足に枷をはめられた男性が連れられてきた。
その男性は、格子越しに私の前に立たされるや――
「なんだ。誰かと思えば聖女様ではありませんか」
――青あざだらけの顔を、私へと近づけてきた。
「……酷い拷問を受けているようですね」
「酷い? これがっ!? 冗談言っちゃいけませんよ聖女様。あまりにもお優しい拷問に、監獄生活を満喫しているくらいですよ」
「そうですか。それは良かった」
私はニコニコしながら、男性の皮肉に言い返した。
思いがけない返答だったのか、彼は訝しそうな顔を向けてくる。
「……何か企んでいます?」
「まさかそんなこと」
「で、ご用とは?」
「あなた方が、どうやって国境を越えてセントレイピアへと入国したのか。その方法を教えてくださいませんか」
私の問いを受けて、彼は明らかに警戒の色を浮かべた。
「それを聞けと言われたので?」
「いいえ。個人的な興味です」
「そんな馬鹿な……」
「教えてくださる?」
「しゃべらせてみるといい。そういう奇跡があるのでしょ?」
……どうやら私、読み違えたみたい。
聖女様の奇跡を知っている者なら、黙秘は無駄だとわかるはず。
つまり、彼は何も知らないんだわ。
「ならば質問を変えます。私を連れ去って、バトラックスは何を?」
「さぁ? 我々は一兵士に過ぎません。お国のために戦うのみですから」
「あなた方の起こす戦争の正当性を得るため、ですか」
「それはいささか浅慮ですなぁ、聖女様。世界はね、あなたが思っている以上に、あなたに価値を見出しているのですよ」
それを最後に、彼は私が何を聞いてもほほ笑み返すだけ。
結局、私の望む情報は得られなかった。
……その後、他の四名とも面会したけど結果は同じ。
◇
面会を終え、私とアルウェン様は休憩室でハリー様達と合流した。
「面会、どうでした?」
私はハリー様が縄を持っているのを見て、自然とその縄の先へと視線が滑って行ってしまった。
その縄は、猿轡を噛ませられ、手足を縛られ転がっているアスラン様へと繋がっていた。
「……ずいぶん大きな芋虫ですこと」
「ギャーギャーやかましかったので、看守から縄を借りました」
アスラン様は私が戻ってきたことに気がつくと、うーんうーんと唸りだした。
この方、まだ暴れたりないのかしら。
監獄では大人しくしてって言ったのに、もうっ!
私は、肩で丸まっているカーバンクルちゃんをそっと彼の顔に乗せてあげた。
……静かになってくれたわ。
「面会は、見事に空振りでしたわ」
「バトラックスの軍人と言えども、時間をかければ口を割りますよ。わざわざザターナ嬢が来る必要もないのに、何を聞き出そうとしたんです?」
アルウェン様以外の親衛隊には、私がバトラックスへ行こうとしていることはお知らせしていない。
それを教えてしまったら、その目的まで話さなければならなくなるもの。
本物のザターナ様を捜すため……とは、さすがに言えないわ。
「彼らが私を拉致しようとした理由を知りたくて」
「グリトニル辺境伯が言っていた通りでは? やつらは聖女の権威を利用して、戦争の正当性を主張したいだけなんですよ」
「まぁ、悪逆国家……と揶揄されるのはよく聞きますけど」
「なぜ今そんなことを訊きに? もうすぐバプティス聖山へ入る時期だし、トバルカイン子爵からも屋敷を出ないように言われていたのに」
ハリー様からしてみれば、疑問に思うのも無理ないわね。
どう答えたものかと悩んでいると――
「ハリー様もザターナ嬢の性格はご存じでしょう。この世の悪は放っておけない性分なのですよ」
――アルウェン様が助け船を出してくれた。
「……ああ、やっぱりいつもの。ザターナ嬢が素直に周りの決め事に従うなんてほとんどなかったもんな」
「その通り。無茶を押して正義を成し、身を切って平和を招く――もうそれがザターナ嬢の主義と言ってもよいのでは?」
「うん、わかる。周りで振り回されるのは大変だけど、それも親衛隊の務めだね」
「やりがいのある使命ではないですか」
アルウェン様のフォローのおかげで、ハリー様も納得してくれたみたい。
私としては、今の会話でちょっと複雑な気持ちになったけど……。
「狙われる身としては、敵がどこから攻めてくるのかを知る必要があります。彼らがこっそり国境を越える手段を持っていることは明白ですし、なんとしてもそれを調べたいのです!」
私一人で考えていても埒が明かない。
お二人の知恵も借りて、なんとか妙案を得られないかしら。
「アルウェン様のお考えは?」
「聖女の拉致を目当てに派遣された兵士であれば、必要以上の情報は持っていなくても不思議ではありませんね」
「捕まった時の保険、というわけですか」
「ええ。さらに言うなら、あの五人は実行部隊で、運び屋は別にいるのかも」
運び屋が介在しているのなら、あの五人が方法を知らないのも頷けるわ。
でも、国境越えまで行う運び屋なんて存在するのかしら。
「ハリー様はどうお考えです?」
「運び屋がいるにしても、国境警備の監視をかいくぐって東の丘陵を越えるのは不可能ですよ。でも――」
「でも?」
「――丘陵の地下に坑道でもあれば、不可能じゃないかも」
「そうか。地下からなら、誰にも気づかれずに国境を行き来できますね!」
「……いや、さすがにそんな大規模な坑道は無理かなぁ」
……期待させておいて、あんまりだわ。
「他に何か手掛かりがあれば……」
ここは、やっぱりグリトニル辺境伯にすがるしかなさそうね。
彼はザターナ様をバトラックスに送り込んだ第一容疑者。
辺境伯なら、こっそり国境を越える方法をご存じかもしれない。
「辺境伯をなんとか説得して――」
「「あっ」」
私が言い終えないうちに、アルウェン様とハリー様が同時に声を上げた。
「もう一人いましたよ!」
「ですね。たしかに彼もバトラックス軍の人間だ」
「彼も今、この監獄に入れられています」
「そりゃいい。彼はザターナ嬢に借りもあるし、バトラックスの軍部とは切れているはずだから、情報を得られるかも」
お二人で納得しているけど、私には話が見えてこない。
一体誰のことを言っているの!?
「ザターナ嬢、その様子だとお忘れですか?」
「この監獄にもう一人いるんです。ある意味、きみと縁深いバトラックス人が」
そう言われても、覚えがないんだけど。
そもそも私がバトラックスの人と関わったのは辺境の件くらいだし……。
「それは誰のことなのです?」
「名前はたしか……ヘルモーズ。新世界秩序のリーダーだった人物」
……思いだした。
オアシスで出会ったバトラックスの元軍人。
世界の秩序を変えようと、世界を敵に回そうとした男だわ。




