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05. 騒ぎの後で……

 夜空に星が煌めく中、私は馬車へと向かっていた。


「私としたことが不覚だったわ。ごめんなさい……」


 すぐ後ろをついてくるヴァナディスさんが、しゅんとしている。


「まさか、あんな話の合う殿方がいると思わなくて」

「いえ。でも、たしかに意外でした」

「ええ? 何がよ」

「ヴァナディスさんも、あんな女っぽい顔するんだなって」

「き、聞き捨てならないことを……っ」


 うっかり余計なことを言ってしまった。

 ようやく堅苦しいしゃべり方から解放されたので、つい。


 舞踏会も終わって、庭には人気もまばら。

 小声であれば、今は私達の会話を誰かに聞かれる心配もないのだ。


「でも、今日のことで私なんだか自信がついて――」

「黙って!」


 口上の途中で、ヴァナディスさんが声を荒げた。

 どうしたのかしら、と思っていると――


「あっ」


 ――少し離れた馬車の窓から、私を見ている女性がいた。


 あの銀色の髪は忘れられない。

 舞踏会の始まる前、侯爵邸の玄関口で見た人だわ。


「気をつけて、彼女は」

「大丈夫。声をかけられたら挨拶するだけです」


 耳打ちしてきたヴァナディスさんは、緊張した様子だった。

 この反応から察するに、彼女のことを知ってるみたいね。


「あなた、ザターナ・セント・トバルカインでしょう?」


 私が馬車の前を横切ると、銀色の髪の女性が声をかけてきた。


「お初にお目にかかります。わたくし、レイアと申しますの」


 馬車の上から自己紹介だなんて、あまり褒められたものじゃないわね。

 でも、お互い初対面ということなら対応も楽だわ。


「初めまして、レイア嬢。素敵な髪の色ですわね」

「……このわたくしに向かって、レイア嬢、だなんて。聖女様は貴族平民分け隔てなく接すると聞き及びましたが、まさか王族までもとはね」


 えっ!?

 王族? 王族……っ!?


「も、もも、申し訳ございませんっ、レイア王女殿下! お嬢様は舞踏会で少々気疲れしておりまして!!」


 ヴァナディスさんが、私を押し退ける勢いでフォローに入ってきた。

 今回ばかりは、もっと早くフォローしてほしかったわ……。


「気疲れですって? そうですわね、たしかにハリー様へのダンスレッスンは大変だったでしょうね。でも、それがこのわたくしを軽々しく呼んでいい理由にはなりませんのよ?」


 車上から、まるで射抜くような鋭い視線を向けてくる。

 呼び方に無礼があったのは認めるけど、初対面でそんな態度はないんじゃない?


「謹んでお詫び申し上げます、レイア王女殿下。なにとぞお許しを――」

「ああ、もういいわっ!」


 謝罪の意を表明しているのに、遮ってくるなんて。

 王族とは言え、いくらなんでも無礼よね。


「そんなことよりも、ザターナ。……ザターナって呼ぶわよ? あなた、聖女という立場を笠に着て、殿方にずいぶんチヤホヤされているようね」

「え……」

「聖女が我が国で優遇されるべき存在であることは認めます。でも、あまり大きな顔をするのもどうかと思いますわ」

「そんなつもりは……」

「まぁ、子爵の家柄では聖女の権威にすがるのも無理からぬこと」

「あのぅ……」

「分不相応な振る舞いばかりしていると、思わぬ苦汁を味わうことになるかもしれませんわよ?」


 どうやら私は脅されているみたい。

 名前の呼び方ひとつでここまでされるなんて、王族って怖いのね。


偶然拾ったに等しい(・・・・・・・・・)権威、せいぜい時が来るまで(・・・・・・)役立てるがいいですわ!」


 言うだけ言って満足したのか、王女殿下は馬車を走らせて去って行った。


 一体なんだったのかしら……。

 とりあえず、人の話をまったく聞かない方だということはわかったわ。


「はぁ……っ! 寿命が縮んだわ」

「大丈夫ですか。ゆっくり深呼吸してください」

「あなた、よくそんな呑気にしていられるわね……」


 呑気してるつもりはないんだけど、今回のことで身に染みたわ。

 私自身、もっと外のこと(・・・・)を知らなければならない。

 お屋敷に戻ったら、陛下のご親族についても調べなくちゃ。



 ◇



 私は今、馬車に揺られながら窓の外を眺めている。

 おかしいと思ったのは、二つ目の交差点を曲がった時だった。


「ヴァナディスさん、この馬車、道を間違えてます」

「え? そんなわけないでしょう」

「さっきの交差点、北に曲がらないといけないのに、逆方向に曲がってます」

「そんな……」


 うつらうつらしていたヴァナディスさんは気づいていない様子だけど、たしかに間違った方向へと馬車が走っている。

 御者のおじさんが、うっかり道を間違えちゃったのかしら?


「ちょっと、あなた!」


 ヴァナディスさんが、御者台のおじさんに話しかける。

 ……でも、何も答えてくれない。


「聞いているの!? 子爵邸は逆の方向よ、戻りなさい!」

「うるせぇっ!!」


 突然、御者のおじさんに怒鳴りつけられた。

 ヴァナディスさんも私も、驚いて声が出ない。


 ……何?

 これは一体どういうこと?


「あなた、旦那様が雇った御者じゃないわね……!?」

「黙って座ってろ。死にたくなければな!」


 すごいっ!

 今の、無法者(アウトロー)が使うような脅し文句だったわ!

 本でしか読んだことのないセリフ回しだけど、実際に使う人がいるのね!


「大声を出すな。逃げようとするな。わかったら口を閉じてろ」


 これまた典型的な悪者のセリフだわ。

 ちょっとドキドキしてきちゃった。


「なんてこと……」


 私の耳に届く程度の声で、ヴァナディスさんがぼそりとつぶやいた。

 気丈な彼女でも、顔を真っ青にすることがあるのね。


 ……う~ん。

 でも、冷静に考えるとこれは非常事態ね。


 本では、こういうパターンでは展開が決まってるものよ――


 人質にされて、身代金を要求される。

 人買いに売られて、よその国で奴隷生活を強いられる。

 売春宿に送られて、あんなことやこんなことに。


 ――私が読んだことあるのは、このくらいかしら。


 ……さすがに売春宿はいけないわね。

 仮にも聖女に扮している以上、なんとか貞操は守り通さなければ。


「魔法でなんとかなりませんか? たしか火を出せましたよね」


 小声でこっそり、ヴァナディスさんに耳打ちしてみる。

 すると――


「蝋燭に火を灯す程度の火力で、男をやっつけられるわけないでしょっ」


 ――即答されてしまった。



 ◇



 私達を乗せた馬車は、聖都の東側にある貧民街へと入った。

 この辺りには街灯も置かれておらず、夜は星明りしか頼るものがない。


 ……しばらくして、馬車が路上に停まった。


「降りな、お嬢さん方」


 おじさんの言葉に従い、私達は馬車を降りた。

 ヴァナディスさんが私をかばうようにして、おじさんと向かい合う。


「こんな場所に連れてきて、何をするつもり!?」

「聖女様を殺そうってわけじゃねぇ。ちょっとだけ怖い思いをしてもらうだけだ」


 おじさんは懐からナイフを取り出して、ゆっくりと近づいてきた。


「へ、変態っ! いやらしいことをしたら、大声出すわよ!?」

「変態って……。別に襲いやしねぇよ」

「行動と言葉が一致していないじゃないっ!」

「聖女様の髪の毛を切るだけだ」

「へ、へへへ、変態だわぁ~~~っ!!」


 叫びながら、ヴァナディスさんが私に抱きついてきた。


 でも、おかしな話ね。

 わざわざ御者に化けてまで私達をさらったのに、髪の毛を切るだけ……?

 創作物の人さらいの方が、よっぽどあくどいことしてるじゃない。


「……あのぅ。もしかして、私の髪が高値で売れるとかですか?」

「ぎゃははははっ!! 聖女様は肝が据わっていらっしゃるっ」


 私、そんなに面白いこと言ったかしら。


「はぁー、笑った。仕事中に笑ったの初めてだ」

「本当に髪が目的で、私達をさらったの?」

「本当に髪を切るだけだ。それ以外、服にも肌にも触れないから安心しな。事が済んだら、灯りのあるところまで送ってやるから」


 あら。意外と紳士的な方ね。

 強面だけど、それほど悪い人には思えなくなってきたわ。


「し、しし、信用できるわけないじゃないっ! きっと私達にあんなことやこんなことを……この、ケダモノッ!!」


 ヴァナディスさん、さては私と同じ本を読んだわね。

 一時期、ザターナ様が使用人に無理強いしていたものね。


「誰かに頼まれたんですか?」

「……それ以上は聞かねぇ方がいいぜ」

「気になりますもの。聞きたいわ」

「ダメだ。話せねぇし、もし知られたら本当に殺さなきゃならなくなる」

「そこをなんとか」

「無茶言うなや」


 おじさんが足取りを早めて、私に手を伸ばしてきた。

 これはもう観念して、髪の毛を差し出すしかなさそうね……。


 その時――


「どう見ても、ゴロツキが淑女を襲ってる現場だな」


 ――闇の中から、澄んだ声が聞こえてきた。


 声のした方を見ると、いつの間にか人影が立っていた。

 しかも、傷だらけの甲冑をまとった殿方だわ。


「な、なんだてめぇはっ!?」

「通りすがりの正義の騎士さ」

「ふざけんじゃねぇっ!!」

「大真面目だ」


 薄紅色の髪の毛。

 中性的だけど凛々しい顔。

 そして、睨みを利かせる三白眼。


 ……どう見ても、正義の味方といった風情だわ。


 自称・正義の騎士さんは、軽やかな足取りでおじさんへと向かう。

 これは、捕り物の予感……!


「今からあなたを制圧する。抵抗は自由だ」

「やってみろ、青二才がっ!!」


 おじさんはナイフを振りかぶって、騎士さんへと斬りかかった。


 でも、あっさり返り討ち。

 騎士さんは避けるまでもなくナイフを叩き落として、おじさんを地面へと組み伏せてしまった。


「ぐがっ……ちくしょうっ! てめぇ、何モンだぁっ!?」

「聞かれたならば答えよう――」


 おじさんを組み伏せたまま、騎士さんは名乗りを上げた。


「――セントレイピア王国騎士団、東方国境警備隊所属、金等級騎士アルウェン・アールヴ・ヴァギンス」


 セントレイピア王国騎士団ですって。

 そんな人が、どうして独りでこんな貧民街に……?


「馬車に乗り損ね、国境から数日かけて戻ってきたと思ったら、道に迷って見知らぬ街に。おかげでこの場に居合わせたと思うと、運命を感じるな」


 ……この人、ドジっ子というやつだわ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


続きは明日の更新をお待ちください。

〈ある貴公子の憂い編〉のラストまで更新します。



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