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50. 世界の歯車

 夜になり、空には月が昇った。

 私はお城の寝室からこっそり抜け出して、二階の玉座の間へと向かう。

 腕の中には、うつらうつらしているカーバンクルちゃんを抱いて。


 薄暗いお城の中は少々不気味。

 時折ランタンを持って巡回している兵士さんに隠れながら、私は足音を立てないように玉座の間へとたどり着いた。


「辺境伯?」


 玉座には誰も座っていない。

 その一方で、テラスのカーテンが風に揺られているのが見えた。


「おいで」


 テラスから辺境伯の声が聞こえてくる。

 私がテラスに入って最初に見たのは、月を見上げている辺境伯のお姿だった。


「こんな夜分に時間を作っていただき、感謝しておりますグリトニル辺境伯」

「わしは七年前の出来事を話すだけだ。礼には及ばぬよ、聖女殿」


 辺境伯は私に向き直るや、神妙な面持ちで話し始めた。


「聖女の力を得たザターナ・セント・トバルカインは、七年前に宮廷の真贋(しんがん)裁判において、正式に聖女だと認められた」

「おっしゃる通りです」

「その後、数ヵ月に渡って彼女が起こした奇跡により、国中が新たな聖女の誕生に湧いたわけだが、そなたは聖女の力が顕現(けんげん)するのはどんな条件が揃った時だと思うかね?」

「先代の聖女様がお役目を終えた時、選ばれし少女へと引き継がれる……と認識しております」

「ならば、先代の聖女から力が引き継がれる時――つまり聖女の力を失うのは、どんな場合だと?」

「……純真と純潔を失った時でしょうか」


 旦那様は聖女の奇跡の源泉は、純真と純潔だとおっしゃっていたわ。

 本にも同様のことが書かれているし、間違いはないでしょう。


「違う」


 ……違うのっ!?


「そんなもの、聖女をより神聖視させたがったエルメシア教が広めた偽りの定めに過ぎぬ」

「それは知りませんでした……」

「不純な心を持っていようと、清い体でなかろうと、聖女の力は一度与えられれば使命を果たすまでその身を離れぬ」

「聖女の使命というと、人々を正しき道へと導く役割のことですよね。それに終わりなどあるのですか?」

「それも厳密には違う。聖女の使命は、次なる世代へと正しき心を引き継ぐこと」

「心を引き継ぐ……」

「聖女が正しいのは当然。しかし、その言葉に頼ってばかりでは、人々は成長するどころか怠慢に堕ちていくばかり。ゆえに、人々の内に正しき心を芽生えさせ、次世代へとその心を引き継がせていくことこそ、聖女の真の使命と言えよう」

「人々の内に正しき心を、ですか」

「そして、心を引き継ぐということに対する集大成が、子を産むということ」

「こ、子供……っ!?」

「女として生まれ、聖女の使命に半生を捧げた者が、最後には母としてその使命から解放される。母の意思を継いだ子が聖人になるわけではないが、彼らがさらに人々の心に革新の伝播(でんぱ)をもたらし、世界を変えていく。聖女は、世界を正しく回すための大きな歯車なのだ」

「本にも書かれていないことです」

「人の残す記録がすべて正しいわけではない。そして、その行いも――」


 辺境伯は深い溜め息をついて、続けた。


「――七年前、エルメシア教の聖地巡礼でザターナはこの地へと訪れた」

「あっ。本題……」

「この地は聖都から遠く、自然にも恵まれている。国境線近くとは言え、バトラックスとの間にも山岳がそびえていて、セントレイピアでもっとも安全と言える。過去、使命を終えた聖女の多くがこの地へと逗留(とうりゅう)しにきた」

「歴代の聖女様がっ!?」

「先代の聖女が訪れたのは、ザターナがやってくる一年ほど前だった……。


 聖女は使命を終えた後、その身を守るために姿を隠す。

 宮廷とエルメシア教の選ばれた人間のみがその後の動向を知るのみで、世間的には誰もその行方を知ることはない。


 フロンテにやってきた時、彼女は子を宿していた。

 この百年で、この地に聖女がやってきたのは彼女で五人目。


 指名から解放され、そして母親となった彼女は幸せだった。


 ある時、彼女の存在を知って会いに来た少女がいた。

 ……それが、ザターナだった。


 ザターナは彼女と話すのがよほど楽しかったようで、巡礼行事の合間にたびたび彼女の下を訪れていた。


 わしは彼女の後見人だった。

 そのため、二人が話している場に同席していたよ。

 まるで母親と娘のようだった。


 ……しかし、人の行いは正しいことばかりではない。


 バトラックスの間者(スパイ)が、ザターナをさらうためにフロンテに入り込んでいたのだ。

 やつらは自国の引き起こす戦争に正当性を持たせるため、聖女を欲していた。

 虎視眈々(こしたんたん)と聖女を奪う機会を待ち続け、ついに実力行使に出たのだ。


 その時、やつらにとっても予期せぬ事故が起こった。


 彼女(・・)が、命懸けでザターナの身を守ったのだ。

 彼女は間者(スパイ)と揉み合いの末、高所から落ちた。

 すべての賊は捕らえられ、幸いなことにザターナは無事だったが――


 お腹の子は助からなかった。


 ――その時、ザターナの歯車は壊れてしまったのだ」


 私は絶句した。

 ザターナ様にそんな過去があったなんて。

 ご自分が先代聖女様の未来を壊してしまったから、ザターナ様は自ら聖女であることを拒絶した……そういうことなの?


 でも、おかしいわ。

 そんな痛ましい事故があったならば、元聖女だと伏せられていても、何らかの記録として残っているのでは?

 アルウェン様が七年前の記録を調べた時には、何もなかったって……。


 ……まさか!


「あなたは、その事故を無かったことにしたのですね」

「そうだ。あまりに痛ましい記憶は、記録と共に消し去りたいと思うのが人情だろう」


 ……やっぱり。

 だから旦那様もそのことを知らなかったんだわ。

 エルメシア教のお偉方が介入しなかったのも、犠牲になったのが元聖女だから?

 だったら……酷過ぎる。


「大人ってずるいのですね」


 そのことが原因でザターナ様が姿を消したのだとしたら、彼女はどこに?

 彼女がご自身の立場を投げ打ってまで、行きたい場所なんてあるの?


 ……っ。……もしかして!?


「それが社会ってやつでさぁ、聖女様」

「!?」


 突然、聞き覚えのない声が私の耳に届いた。


「な……っ! 誰っ!?」


 いつの間にか、テラスの柵の上に数人の男達の姿があった。

 彼らは私と辺境伯を囲むようにして、じっとこちらを見下ろしている。


「……来たか」


 男達を見て、辺境伯がつぶやいた。


「かつては猛将と恐れられたグリトニル辺境伯も老いぼれたものですなぁ」

「私らの侵入をこうもやすやすと許すとはねぇ」

「将軍の昔話は、やはり老人の戯言(たわごと)でしたか」

「何にせよ、我らには役不足な任務だ」

「高いところより失礼します、フォルセティ・サン・グリトニル辺境伯。単刀直入に申し上げますが、聖女様をお渡しください」


 五人の黒ずくめの賊……!?

 この人達、バトラックスの人ね!


「貴様らがフロンテの周辺に潜んでいたことはわかっていた。だが、こうも真っ向からやってくるとはな」

「こんな月夜の晩だからこそ、ですよ閣下。静かに事を運ぶには都合がいい」

「聖女殿を渡すと思うか?」

「元バトラックスの軍人家系ではないですか。そのよしみで、命までは奪わずに済ませましょう」

「九十年前の話を持ち出すな、馬鹿者め。わしはすでにセントレイピアのグリトニルだ。貴様らに(くみ)する意思など微塵もない!」

「左様で。ならば――」


 キラリと刺客の背後が煌めいた。

 腰の鞘から抜き放った刃が、月明かりに反射したのね。


「――死ね、老いぼれ」


 いけないっ!

 彼らが刀を抜き放った瞬間、私は辺境伯の前に出た。


「カーバンクルちゃん、あいつらやっつけてっ!」

「すぅすぅ」

「……寝てるぅっ!?」


 しまった!

 この子、この時間にはもうぐっすりだったわ!


「ご安心を、聖女様。そのペットも一緒に連れて行って差し上げますよ。我が偉大なるバトラックスへとね!」

「ちょ、ま、待ってくださいっ!」


 どうしよう!?

 カーバンクルちゃんがこんな調子じゃ、とても身を守ることなんて……。


「バトラックスより派遣された刺客も思いのほかレベルが低い」

「そんなバレバレの隠形術で、ずいぶんでかい口を叩いてくれるな!?」

「ですね。僕らを馬鹿にしていますよ」

「賊の分際で、聖女に触れようなど言語道断」

「僕のポーションガンが火を吹くぜぇっ!!」


 聞き覚えのある声が、五つも一度に!


「な、何者っ!?」

「貴様らがフロンテに入り込んだのを看破したのは彼ら(・・)だ。さすがは親衛隊……悪い虫に対する感覚は一級品だ」


 辺境伯が言った直後。

 玉座の間から、屋根の上から、テラスの下から、五人の殿方が飛び込んできた。


「「「「聖女親衛隊(セイントオーダー)参上っ!!!!」」」」

「死ねぇ、クズどもぉぉぉっ!!」


 ……最後の一言はアスラン様ね。

 と言うか、辺境伯ったら彼らまで呼んでいたのね!


 狭いテラスにて、五人の刺客と五人の親衛隊が一斉に鍔迫り合いを始めた。


「くっ。三剣(みつるぎ)の貴公子のルーク殿とお見受けする。我らの動きを看破したからと言って、その実力まで舐めてかかるのはいかがなものでしょうな!?」

「つい最近、大きな蜘蛛と嫌というほどやり合ってな。人間相手(・・・・)では役不足だ」

「な、なんですと――」


 ルーク様が刺客のお腹を蹴りつけた直後、目にも止まらぬ剣閃が彼を刀もろとも斬り裂いた。


「――ぐはぁっ!」

「殺すなよ! こいつらからは聞きたいことがある!」


 ルーク様の攻撃が合図となったかのように、アトレイユ様が、ハリー様が、アルウェン様が動いた。

 四つの剣閃が駆け巡った次の瞬間、うめき声を上げながら刺客達が倒れていく。


 ……すごい。

 辺境伯とテラスから逃げる必要もなかったわ。


「ぐぐっ……! こ、こんな若造どもがこれほどの実力を……!?」

「どうです、これが私の親衛隊の実力ですっ! 素直に投降なさいっ」

「ぐっ。そんな(ほまれ)無き真似、バトラックスの戦士ができるものかっ」

「なら、死ぬしかねぇな」

「おうよ、その覚悟があってこその戦士!」

「とっておきのをぶっ放してやるから、綺麗な花火になりな」

「はっ!? 誰だ、今のは! 聖女では――」


 いつの間にか私の代わりに話していたのは、アスラン様だった。

 彼は大きな筒を肩に乗せて、その先端を最後の刺客へと定めていた。

 ……何をしているのかしら?


「――なっ!?」

「ドカーンと咲き乱れろ! 月夜の花火!!」


 アスラン様が手元で引き金のようなものを引いた瞬間――


「ま、待て――」


 ――ポンッ、という音と共に筒の先端から丸い弾が飛び出した。

 それは刺客の胸へと飛んでいき、触れた瞬間。


 ……大爆発を起こした。



 ◇



 次の日。

 兵士さん達が全壊したテラスの修繕を行っているのを見上げながら、私はお城の入り口にいた。

 その場には私と親衛隊の皆、そして辺境伯とレイアの姿があった。


「短い間だったけど、会えて嬉しかったわザターナ」

「私もあなたに会えてよかった。また手紙を送ります」

「必ずよ、ザターナッ」


 レイアに抱き着かれて、私も彼女をギュッと抱きしめた。

 その時――


「ルークのこと、お願いね」


 ――そっと耳打ちされた。


「昨晩話したことは、そなたの成長に良からぬ影響を与えると思い、記録することを伏せていたのだ。現に、あの時のことはよく覚えておらぬようだしな」

「……」

「嫌なことは忘れてしまうのが人間というものだ。だが、思い出したのならば、心の隅に大切にしまっておいておくれ」

「……はい」

「親衛隊の皆も、昨晩のことは他言無用で頼むぞ」


 辺境伯の言葉に、親衛隊の四人がこくりと頷く。

 アスラン様だけはポーションガン(花火を打ち上げる兵器)をいじっていて、まるで話を聞いていないわ。


「聖女殿。壊れた歯車も、時を経て元に戻る。しかし、完全に修復するには誰かの支えが必要となろう」

「支え、ですか」

「バトラックスの動きには注意せよ。やつらは、これからも聖女を狙ってくる」

「重々警戒を怠らぬようにいたします」

「片やその力を欲し、片やその国家思想を拒絶する。バトラックスと聖女の因縁は、どちらかが消え去るまで続くのかもしれんな」


 辺境伯は最後にそうおっしゃると、お城の中へと戻って行った。


 私達の馬車はレイアと兵士さん達に見送られながら、聖都への帰路に着いた。

 短い間だったけど、大事なことがわかった旅だった。


 ……ザターナ様。

 私の知るあなたは、誰よりも真っすぐで純粋な人。 

 そんなあなたが憧れの人の未来を奪われたなら、何を思うか――


「バトラックス、か」


 ――私は、彼女の行き先(・・・)と、その目的を察した。

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