49. 幽霊のような人間
お城の食堂で食事をとった後、各々自由時間となった。
と言っても、親衛隊で私のそばを離れているのはアスラン様だけ。
「まったく。アスランは本当に勝手なやつだな。親衛隊の自覚がない!」
「ハリー様も、ご自由に行動していただいて構いませんよ?」
「とんでもない! 僕はザターナ嬢から目を離しませんから!」
ハリー様がプリプリ怒っているわ。
やっぱりアスラン様とは仲がよろしくないのね。
「ザターナ嬢、どちらへ行かれますか?」
「レイア様のもとへ」
「承知しました。この四名でずっとザターナ嬢について回るのも物々しいでしょうから、護衛と情報収集の二組に分かれるのはいかがでしょうか?」
アルウェン様からの提案を受けて、私はそれを採用することにした。
ただし、揉めないように私が決めさせてもらいますからね。
「護衛にはルーク様とアトレイユ様。情報収集にはハリー様とアルウェン様。この組み分けでお願いします」
少々不満そうなハリー様を連れて、アルウェン様が街中へと歩いていく。
彼らにお願いしたのは、七年前の聖女来訪についての聞き込み。
今晩、辺境伯から当時のお話をうかがうことになっているけど、直接市民からお話を聞いておくのも重要なことよね。
「では、行こうかザターナ」
「選んでくれて嬉しいよ。ドラゴンが来ようが、アラクネが来ようが、必ずきみを守って見せる!」
「よろしくお願いします、ルーク様。心強いですわ、アトレイユ様」
クールなルーク様に、ホットなアトレイユ様。
このお二人は、やっぱり相性がよろしいみたいね。
◇
レイア様は、孤児院の一室で子供達に勉強を教えていた。
修道女のご厚意から、私はレイア様の授業にお邪魔することができたけど、彼女があまりにも自然に教師をしているものだから驚いたわ。
「姉ちゃん、レイア先生の友達って本当?」
「レイア先生って聖都でどんな暮らしをしていたの?」
「聖都ってどんなところ?」
子供達の興味は次第に私へと移ってきたようで、質問責めにされてしまう。
彼らの年齢は10歳から12歳あたりかしら。
「もう、みんな授業に集中してっ」
「「「はーい」」」
レイア様の一声で、子供達の視線が教壇へと集まる。
信頼されているのね。
授業の邪魔にならないように、そろそろ退散した方が良さそうだわ。
◇
孤児院から出ると、ルーク様がそわそわした様子で訊ねてきた。
「どうだった?」
「なんだか懐かしい気持ちになりました」
「懐かしい?」
「あっ! いえ、ほほ笑ましい気持ちになりました」
……危ない危ない。
うっかり私の素性に関わる発言をしてしまうところだったわ。
「ほほ笑ましい、か。楽しそうにしている、ということだな」
「ええ。レイア様の未来は明るそうですわ」
「……そうか」
その時、ルーク様はホッと安心したようなお顔を見せた。
どことなく遠い目をしているようにも感じられる。
きっと、彼の中ではずっとレイア様のことがわだかまりとして残っていたのね。
辺境都市に訪れたことを契機に、その心のしこりが無くなればいいのだけど。
「せっかくフロンテまでやってきたのですから、他の場所も見てみましょうか」
その後、私はお二人を連れて街を見て回った。
先々で出会った方に七年前のお話を聞いてみたけど、気になるような情報は得られなかった。
◇
フロンテの半分ほどを見て回って孤児院に戻ってくると、レイア様が私のことを待っていた。
「ザターナ。これからわたくしとお話はいかが?」
「もちろん」
私はレイア様に頷くと、彼女の後について歩きだした。
「俺達も一緒でいいのか?」
「ルークもアトレイユ様もザターナの親衛隊なのでしょう。なら、ご一緒がよろしいですわ」
レイア様に案内されたのはパナギア岬だった。
祈りを捧げる聖女像の先――岬から見える海は穏やかで、空から白い鳥の鳴き声がひっきりなしに聞こえてくる。
「これは絶景だな!」
「ああ。美しい海だ」
アトレイユ様とルーク様が、海を見渡しながら感嘆の声をあげた。
海を見るのが本当は初めての私も、同じ気持ち。
「……海。とても綺麗ですね」
「去る黄金時代、海は赤黒く汚れてしまっていたそうですが、今では青く美しい。時と共に自然の汚れは癒されていく。それは人の心も同じ」
「レイア様?」
「ザターナ。あなたには恩がある――」
レイア様が突然、私の手を掴んだ。
そして、頬を赤らめながら顔を近づけてきて……。
「――これからは友達としてお付き合いしてくださらない?」
「えっ……えぇっ!?」
「ダメかしら?」
「……ぜんぜん! ダメじゃありませんっ!」
「本当!?」
「もちろんです」
「それじゃあ、今からはレイアって呼び捨てにしてね」
「よ、よろしいのですか?」
「当然よ。だって今のわたくしは王族どころか貴族でもないのだから」
「あ。たしかに……そうでしたね」
「今からわたくし達はお友達よ、ザターナ!」
「はい。お友達です、レイア」
レイア様――いいえ。レイアが満面の笑みで私を抱きしめた。
はしゃぐ彼女を見ていると、なんだか気恥ずかしくなってしまう。
「では、さっそく本題に入りましょう。手紙には、私に聞きたいことがあると書かれていたけど?」
「はい。実は……」
私は聖都で今起こっていることをレイアに話した――
私の婚約者がジュリアス王子殿下に内定したこと。
親衛隊の五名がそれに異議を唱えたこと。
本当に王子殿下との婚約を受け入れるべきか、少しでも彼の人となりを知りたいということ。
――ほんの少しだけ話を盛ってしまったけど、嘘ではないしね。
「ふふっ。羨ましいわ、ザターナはモテるのね」
「笑い事じゃありませんっ。私としては一度しか会ったことのない殿方と婚約させられて、困惑しているのです」
「ジュリアスお兄様は、一言で言うと……人形のような人ね」
「人形……!?」
あの容姿端麗で爽やかなお方が、人形のような人だなんて。
レイアは彼のどこを見てそう思ったのかしら……。
「お兄様はいつも笑顔を絶やさない人だったけれど、話しかけても笑い返すばかりでほとんど口を利いてくれなかったわ」
「仲がよろしくなかったのですか?」
「どうなのかしら……。あの人は誰に対しても同じだった。会話に加わるのはご自身に明確な意図がある時のみで、それ以外は話をしていてもたまに相槌を打つだけ。感情の起伏がないせいで、お父様や他のお兄様からも気味悪がられていたわ」
王子殿下って、そんなお方だったの!?
ご家族から不気味がられるって、よっぽどじゃないかしら。
「私と話していた時は、まったくそんな感じは……」
「掴みどころがない性格なの。寄宿学校に入られてからは会う機会もめっきり減ったけど、たまに城の宴で顔を会わせる時も、お変わりないように思えたわ」
そう言えば、アスラン様も王子殿下のことを、いいやつだけどつまらない、と言っていたわね。
「ルーク様。王子殿下は、寄宿学校でアスラン様と同じ学年でしたよね?」
「ああ。殿下も同じケテル校出身だ。俺とアトレイユは挨拶程度しか面識はないが、優秀な生徒だったと聞いている」
「アトレイユ様。アスラン様と王子殿下のご関係について何かご存じですか?」
「関係も何も、アスランは王子殿下にパトロンを頼んで断られたという関係でしかないはずですよ」
……王族とは言え、学生時代の王子殿下にパトロンを頼むなんて。
アスラン様の身勝手ぶりはその頃から健在なのね。
「家族以上にお兄様と親しい人はいないと思います。家族でさえ、お兄様が何をお考えなのかわからなかったわけですし」
「そうですか……」
ジュリアス王子殿下って、まったくもってよくわからない人物ね。
人形みたいな人だと例えられるのもわかる気がするわ。
「なんでも卒なくこなすから、世間的な評価は高いはずよ。でも、あまり人間味を感じられる人じゃないから、深く付き合うのも難しい……」
「そう思います」
「そんなお兄様との結婚生活、ザターナは想像できるかしら?」
「えっ。……正直、よくわかりません」
「でしょうね。わたくしも、あの人の結婚生活だけは想像できないわ。ただ――」
不意に、レイアが私の肩に乗っているカーバンクルちゃんの頭を撫でた。
途端にそっぽを向く彼に、レイアは苦笑いを浮かべる。
「――お兄様は変な動物に好かれていたわ」
「変な動物?」
「そう。あれは十年も前のことだったかしら……。
春先のこと、わたくしは中庭で蝶々を追いかけていたわ。
その時、噴水の傍で動物と戯れているお兄様を見かけたの。
……それは当時のわたくしにとって、奇妙な動物に映ったわ。
黒くて、体が嫌に細長い動物。
それはお兄様の体に巻きついて、じゃれついているように見えた。
最初こそ不気味だったけれど、兄が珍しくはしゃいでいるのを見て、わたくしは彼らに近づいていった。
その当時は、わたくしにも兄と仲良くなりたいという気持ちがあったのね。
でも、わたくしを視界に入れると、お兄様は笑みを消して言ったわ。
ここで見たことは忘れてあっちへ行け、って。
子供心にムッとしたわたくしは、兄からその動物を取り上げようとした。
お兄様の顔や首にひっかき傷がたくさんあるのが見えたから、まだ懐かれていないと思ったの。
兄より早く懐かせることができれば、彼に見直されるかもしれない。
そんな期待を抱いた矢先、わたくしはそれと目が合ったわ。
真っ赤な瞳に、真っ青な瞳。
綺麗と言うより、不気味な相貌……。
それを意識した瞬間、私は突然息苦しくなって、気を失ってしまった。
目が覚めた時、わたくしはベッドの上にいた。
あとでお兄様に何が起こったのかを訊ねても、ニコリとほほ笑むだけで何も教えてくれなかった。
わたくしは怖くなって、誰にもそのことを話していない。
……それから、その動物を見ることはなかったわ」
赤い瞳、黒くて細長い体。
それって、王子殿下が肩に乗せていたあのイタチのことじゃない?
「レイア、それはきっとイタチですよ。先日、王子殿下にお会いした時、まったく同じ容貌の動物が一緒に居ましたもの」
「あれがイタチ? 想像していたより不気味な動物でしたのね」
レイアの考えるイタチがどんなものかはわからないけど、少なくとも殿下と一緒にいたものよりは可愛げがあるはずよ。
そんなことを考えていると、ルーク様が会話に入ってきた。
「レイア。その黒いイタチを見たのは十年ほど前なんだな?」
「ええ。わたくしが七つか八つの頃ですから、間違いありませんわ」
「イタチの寿命は数年と聞く。十年前の個体が今も生存しているとは考えにくいな。それに、赤い瞳に青い瞳……ましてや瞳の色が左右で違うイタチは聞いたことがない」
「はい。わたくしもあの両目が印象的で、今まで忘れられずにいたのです」
「年齢を考えると同一個体ではないだろうが、イタチの突然変異的な特徴が子供にも引き継がれるとは知らなかった」
……ルーク様はそうおっしゃるけど、本当に別の個体なのかしら。
『僕もアントワーヌを手懐けるまではよく引っかかれましたから』
王子殿下のお言葉が脳裏によみがえる。
私は思い出した。
初めてあの姿を視界に入れた時、ざわりと胸騒ぎを感じたことを。




