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48. 自由を得た女

 聖都を旅立ってから三日、私は親衛隊と共に辺境へと到着した。

 遠目に広がる青い海を見渡しながら、私達を乗せた馬車はなだらかな坂道を登っていく。

 街道に沿って関所を通過した先に、丘陵の斜面に建てられた民家群が見えた。


「牧歌的な街並みですね。都市というより、広い田舎町という感じ」

「グリトニル辺境伯は、聖都のような狭苦しい街がお嫌いなようでね。あえて広い土地を整備せず、市民に自由に使わせているそうだ。好き勝手する者がいないのは、辺境伯のお人柄ゆえかな」

「きっと心優しいお方なのですね」

「きみは昔、ここに来たことがあるのだろう? その時、辺境伯にはお会いしなかったのかい」

「えっ」


 ルーク様に訊ねられて、私は答えに窮してしまった。

 ザターナ様は過去に聖女の役割でこの地を訪れているのだから、辺境伯にお会いしていても不思議ではないわよね。

 でも、うかつに会ったと口にして、実は初めましてだったりしたら……。


「ザターナ嬢! パナギア岬が見えてきましたよ。昔、聖女が海神の怒りを鎮めるために祈りを捧げたとされる聖地です」


 御者台からアルウェン様が助け船を出してくれた。


「本当ですわ! 何か彫像のようなものも見えますね!?」

「あれは海神へと祈りを捧げている聖女の像だな。もう百年以上も昔に建てられたもののはずだよ」

「お詳しいのですね、ルーク様」

「今、聖女の歴史にまつわる書物の検閲を行っていてね。辺境についてもちょうど学ぶ機会があったんだ」


 ルーク様がこの話に乗って来てくれて助かったわ。

 彼はその後も辺境の歴史について語らってくれたので、なんとか質問の答えをうやむやにすることができた。

 ……あと、その本もぜひお貸しいただきたいわ。



 ◇



 私達を乗せた馬車は、辺境伯が住まわれているお城の前で停まった。


「聖都のお城に比べて、ずいぶんこじんまりしているのですね」

「元は国境線を見張る砦としての役割があったそうだ。辺境伯は、およそ七十年前に起こったバトラックスの最初の侵攻を食い止めた英雄なんだよ」

「はぁ。英雄ですか……」


 辺境伯は、その英雄のご子孫ということなのね。

 英雄なんて物語の中でしか知らないから、実際にその血筋の方とお会いするのはドキドキしてしまうわ。

 そんな浮ついた気持ちでいたところ、お城の兵士さんに話しかけられた。


「聖女ザターナ様と、親衛隊の方々ですね」

「はい。私からの手紙はすでに?」

「ええ。すでに辺境伯がご覧になられておりますよ。お会いになりたいと言われていた方も、城内にお呼びしております」

「ありがとう。ご案内いただけるかしら?」

「どうぞこちらへ!」


 兵士さんに連れられ、私達はお城の中へ――


「おい、聖女。この付近に未発掘の古い遺跡があるんだ。ちょっと調べに――」

「おやめなさいっ」


 ――何事もなく、入城することができた。



 ◇



 お城の二階に上がると、赤い絨毯(じゅうたん)の敷かれた先に玉座が置かれていた。

 玉座には誰も座っていない。


「……辺境伯はどちらに?」


 私がそうつぶやいた後、ふわりと頬を風が叩いた。

 風の吹いた方向に目を向けると、窓の開いたテラスが目に留まった。

 カーテンがひらひらする中、目を凝らしてみると――


「あっ」


 ――テラスには、ボードゲーム((チェスかしら?))に興じる人達の姿があった。


 それは白いお髭を蓄えた、山吹色のローブを身にまとった老人。

 まるで古い物語に出てくる預言者のような風貌に、私の胸はドキリとした。


 そして、その老人と向かい合っているのは年若い女性だった。

 女性の顔はちょうどカーテンで隠れていて、確証はなかったけど――


「……レイア様?」


 ――思わず、私はその名前で呼びかけてしまった。


「……ザターナ?」

「はい」

「ザターナ! よくきてくれましたね!!」


 テラスから顔を出したのは、空色のドレスに身を包んだ銀髪の女性。

 日の光に当てられて、その髪は美しく輝いている。


 ……間違いない。レイア様だわ。


「お久しぶりです、レイア様。このたびは――」

「久しぶりね、ザターナッ!」

「――きゃっ!?」


 私が挨拶をしようとした時、突然レイア様に抱き着かれた。


「あなたから手紙が届いた時、飛び上がるほど嬉しかったわ!」

「れ、レイア様っ!?」

「わたくしを頼ってくれて、とても嬉しい。微力ながら、ぜひあなたの力にならせていただけるかしら!?」


 ……混乱。


 事実上、レイア様を聖都から追い出したのは私。

 だから彼女は、私を恨み骨髄に徹して余りある仇敵と思っているだろうと考えていた。

 聖都を旅立つ直前にレイア様宛てに送った手紙だって、むしろ破かれて読まれておらず、到着早々に揉める覚悟もしていた。

 なのに、どうしてこんな明るく出迎えられたの!?


「レイア。落ち着きなさい」

「はっ! ご、ごめんなさい、ザターナ。驚かせてしまったわよね」


 私はテラスからゆっくりと出てくる老人に視線を移した。

 彼は背中も曲がったよぼよぼのお爺ちゃんで、杖をついて私達のもとへと歩いてくる。

 この方は、辺境伯のお父様かしら?

 それともお爺様?


「紹介するわ、ザターナ。この方がフォルセティ・サン・グリトニル辺境伯よ」

「へ、え……辺境伯……っ!?」


 ……また驚かされたわ。

 私、てっきり辺境伯はもっと若いお方だとばかり。

 さっきルーク様がおっしゃっていた七十年前の英雄というのが、まさか辺境伯ご本人だったなんて……。


「失礼ですが、お年は……?」

「御年97歳のご高齢よ。だけど、まだまだ元気いっぱいね」

「そ、そのようで……」


 97歳……きゅうじゅうなな歳!?

 人間て、そんな長生きできるものなのね……。


 私が唖然としている時、また別の再会がその場では起こっていた。


「ルーク……」

「レイア……」


 ああっ!

 混乱してしまって、フォローをするのを忘れていたわ!

 ルーク様とレイア様……この二人が顔を会わせる時には注意しないとと思っていたのにっ!


「あの、レイア様。ルーク様は――」

「いいのよ、ザターナ」


 彼女は平静さを保ったまま、私にニコリとほほ笑みかけた。 


「ルーク。あなたの活躍は伝え聞いています」

「……」

「ザターナと、聖都を襲った災厄を退けたとか。さすがは、わたくしが愛した男性です」

「レイア。俺は――」

「おっしゃらないで。すでにわたくしにとっても、あなたにとっても、あの頃のことは思い出に過ぎません。互いに縛るものはありませんから、ルークも自分の気持ちを貫いてください」

「……そうだな。そうだ」

「ルーク。また会えて嬉しいです」

「俺もだ。レイア」


 レイア様はニコリとルーク様にほほ笑みかけると、パタパタと階段へと向かってしまう。


「辺境伯! わたくし、皆とお客様のお食事の準備をして参りますわ!」

「うむ。任せたぞ」

「はいっ」


 辺境伯の返事を受け取った彼女は、元気よく階段を駆け下りて行った。

 ……まるで別人だわ。


「驚いたかな、聖女殿」

「はっ!? え、あの、はい……」

「あの子は生まれた時からセントレイピアの戒めに囚われていた」

「戒め……?」

「王族の子として生まれるということは、がんじがらめに縛られることも同じ。男子ならば、次代国王を巡っての骨肉の争い。女子ならば、政略結婚による定められた人生。いずれも辛いものを背負って生きなければならぬ茨の道よ」

「茨の道、ですか」

「しかし、レイアはその戒めから解き放たれた。今の彼女を縛るものは何もなく、平民の町娘のように明るく笑い、日々を精いっぱい楽しく過ごしている。王城に居た頃より、彼女は生き生きとしておるよ」


 たしかに、堅苦しい印象のなくなったレイア様は一介の町娘のよう。

 王位継承権を失い、辺境へと追放された身でありながら、彼女はここで新しい自分に生まれ変わったのね。


「たしかに、あんな顔で笑うレイアを初めて見た」

「ルーク殿のことも、すでにあの子は引きずっておらんよ。憎しみも後悔も乗り越えて、あの子は新しい人生を歩んでおる。もうおぬしが気に病むことはない」

「強いですね……レイアは」


 辺境伯は兵士さんの手を借りて、玉座へと腰を下ろした。


「そして、彼女を救ったのは他ならぬそなた(・・・)だ、聖女殿」

「私が? そんな……私は彼女を傷つけて……」

「生きるなら、心にも体にも傷がつこう。その上で立ち上がり、前を向いて歩き続ける。それが、生きるということだ」

「……生きる」

「セントレイピアの歴史は深い。聖女を抱え込む前は、それこそ血みどろの歴史があったと聞く。そんな一族から解放されたのだ。レイア(あの子)の人生は、これからは明るいだろう」


 辺境伯のお顔は、穏やかな笑みをたたえている。

 私はそれを見て、やっぱりお優しい方なんだ、と確信した。


「辺境伯。実は私達は――」

「皆まで言うな。用件はわかっておる」

「いいえ。手紙には、レイア様にお会いしたい旨をしたためましたが、本当の目的は――」

「わかっておると言った。ジュリアス王子殿下の素性を、レイアから聞きだすのが目的なのだろう」

「……よくおわかりに」

「辺境とは言え、聖都の情報は入ってきよるよ。今あちらでは、ずいぶん聖女殿のことが盛り上がっているようだな」

「はい。恥ずかしながら……」

「だが、もうひとつ。真の目的が他にあろう?」

「えっ」


 もしやこの方、七年前の巡礼について調べにきたことを……?

 いえ、まさか、そんなことわかるわけない。


「七年前も、こんな天気の良い日だった」

「う……」


 どうして……!?

 何も言っていないのに、どうしてそこまで?

 まるで私の心を読まれたみたいだわ。


「七年前? 何の話なんだい、ザターナ嬢」

「七年前のフロンテって言うと、たしかザターナ嬢が聖地巡礼で立ち寄っていましたよね。そのことですか?」


 アトレイユ様とハリー様が、食いついてきてしまった。


 ど、どうしよう。

 この流れで七年前の話をされたら、私の正体がみんなの前で明るみに……!


「七年前の――」

「ああっ! 辺境伯、それ以上はっ」

「――わしの玄孫(やしゃご)との婚約の返事だが、あれはもう忘れてよい」

「へ?」

「あれから七年。すでにあの子も結婚して、近々子供も生まれる。今さらだが、せっかく顔を見せに来てくれたのだ。わしの口から返答したいと思ってな」

「そ、そうでしたっけ……。そう、そうでしたわっ!」


 私は引きつった顔を無理やり笑わせて、辺境伯の話に乗じた。


「七年前と言うと、ザターナが10歳の時か」

「10歳のザターナ嬢……どんな感じだったのか見てみたいな」

「ですね。きっと今と変わらぬお転婆だったに違いありませんよ!」


 三剣(みつるぎ)の貴公子が、声を揃えて笑っている。

 アルウェン様に視線を向けると、彼女も必死に笑いをごまかしている様子。


 ……もうっ!

 焦って損しちゃったわ。


「食事までは、まだしばらくかかる。その間こんな老いぼれと話していてもつまらんだろうから、自警団の屯所にでも行って訓練の相手でもしてやってくれぬか」

「自警団があるのですか」

「騎士団の駐留所もあるにはあるが、国境が近いゆえ、常に街にいるわけではないのでな」

「わかりました。我々聖女親衛隊(セイントオーダー)が、聖女の名に懸けて鍛えてやりましょう!」


 言いながら、ルーク様が親衛隊を連れて階下へ下りて行ってしまった。

 そんなことにザターナ様(わたし)の名を懸けなくても……。


「では、私も殿方にお付き合いしてきますわ。失礼いたします」

「うむ」


 私は親衛隊を追いかけて階段へと向かった。

 その時、私の背中に辺境伯が声をかけてきた。


「今宵、月が出た後にここへ来なさい」

「え?」

「七年前に起こった出来事を、そなたに伝えよう」

「辺境伯……? 今、なんて?」

「……」


 辺境伯は私の問いに答えることなく、うつむいたまま寝入ってしまった。


 ……知っている。

 この方は、私の訪れた真の目的を知っている。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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