38. 正しき道を
古の錬金術師はかく語りき――
千年前に始まる魔法時代。
マゴニアには神々の遺産としてモンスターが残され、人間に猛威を振るった。
以来数百年、人々はモンスターとの共存を余儀なくされ、多くの武勇伝や悲劇が生まれた。
ある時、賢者達と錬金術師達が手を取り合い、モンスターの駆逐を画策する。
産み出されたのは群体生体兵器――アラクネ。
彼らは数千数万の群れをなし、マゴニア全土のモンスターと数十年に渡る戦乱を引き起こした。
後の世の人々が黄金時代と呼ぶ人類絶頂の時代。
……いつ歯車が狂ったのか、誰にもわからない。
黄金時代末期、アラクネは人々をも襲うようになる。
ある者は、アラクネを恐ろしいモンスターとして後世に伝え。
またある者は、命を賭してアラクネの殲滅を目論む。
血のティンクトゥラによって、七色のカーバンクルが産み落とされた。
創造者の命で、カーバンクル達はアラクネとの戦いに身を投じる。
大地を揺るがす壮絶な戦いの末、アラクネの社会性は崩壊した。
そして、生き残ったアラクネ達を、錬金術師達が地下深くへと封印することで、希望と絶望に彩られた黄金時代は終焉を迎える。
――これが、過ぎ去りし黄金時代の顛末。
そして、現在に残る禍根。
◇
「この地方のアラクネだけは根絶することはできなかった。女王をすべて滅ぼさねば、兵隊が無限に生み出されるからじゃ」
「マザー?」
「アラクネは女王社会を形成しておった。最後の女王を倒す前に、カーバンクル達は力尽きてしまったのじゃ」
「その女王が多くのアラクネを操っていると?」
「女王が生み出した兵隊は、すべて魔力の糸で繋がっておる。そのもとを断てば、兵隊には命令が届かなくなり活動を停止する」
「女王さえ倒せば、アラクネを根絶できるのですね」
「その通り。そして、女王の力の源こそが血のティンクトゥラじゃ」
「血のティンクトゥラ!」
「それは人類の生み出した代物ではない。神々の遺したわずかな血痕を結晶化したもの――神遺物なのじゃ。新たに生み出す術はない」
それを聞いて、私は胸元のカーバンクルちゃんをギュッと抱きしめた。
この子を助けられる。
でも……そのためには……。
「最後の女王はどこに?」
「宮廷近くにある遺構の地下じゃ。今では、兵隊がうようよするアラクネの巣と化しておるじゃろう」
彼女の言葉を最後に、私は口をつぐんでしまった。
せっかく希望が見えたと思ったら、絶望と共にあるなんて……。
アラクネの巣に飛び込むなんて自殺行為だわ。
「目的がひとつになったな。カーバンクルを連れて巣に乗り込み、女王から石を奪い取る。決着は蘇生したカーバンクルにつけてもらおう」
「ですね。僕達はただ、その子を守りながら兵隊どもを蹴散らして行けばいい」
「戦争だな。聖都を守るため、命を賭して戦う時がきた!」
……三剣の貴公子は絶望に沈んでいなかった。
それぞれ覇気に満ちたお顔をしている。
諦めかけていたのは、私だけだったんだ。
「馬鹿馬鹿しい! 騎士団もアラクネの対処に戦力分散してるのに……。まさかこのメンツだけでやる気か!?」
……私だけじゃなかった。
むしろ、私より遥かに諦めている人がいたわ。
「お三方の言う通り。そこに希望があるのなら、飛び込まずしてどうしましょう」
非常識な選択でも、そこには正しい道がある。
きっと歴代の聖女様だって私と同じ選択をするはずよ。
「フラメール様、感謝します。あなたのおかげで、やるべきことがハッキリしました」
「ザターナなら、そう言うと思ったよ」
「ですね。ザターナ嬢の無茶は今に始まったことじゃない」
「安心して無茶をしてくれ。そんなきみを守るのが、俺達の役目だ!」
……ありがとう。
ルーク様、ハリー様、アトレイユ様。
「まさか……おぬしら、本当に女王のもとへ行く気か!?」
フラメール様が当惑している。
私達の選択が、彼女にはそれほど衝撃だったのでしょうね。
「乗りかかった船。もちろん私達もご一緒します。ですよね、アスラン様」
「僕は行かないぞっ! おまえ達の自殺に付き合う義理はないっ」
「宮廷に向かう途中、ペベンシィ伯爵邸があります。再生液の件に加えて、お父上との遺恨に決着をつける絶好の機会です」
「はぁ!? ふざけんなっ!!」
「ここで退けば、あなたの望みは永遠に絶たれてしまいますよ」
「ぐっ。あんなクソ親父、僕には……関係……」
アルウェン様が、アスラン様を説得してくれるなんて……意外。
一見、何の共通項もなさそうなお二人なのに。
その時、フラメール様が椅子から腰を上げた。
「若者だけを死地に追いやるわけにもいかぬな。それに、今一度ペベンシィとは話をしなければなるまい」
一方、アスラン様は観念したのか急に大人しくなった。
「……僕は親父に別れを告げに戻るだけだ。それだけだからな」
渋々納得した様子のアスラン様だけど、何か思うところがあるのでしょう。
普段の彼なら、きっとてこでも動かなかったに違いないもの。
◇
私達は急ぎ馬車に戻り、聖都への帰路を急いだ。
私は、隣に座るフラメール様の手に例の錬金術書があるのを見て、ずっと気になっていたことを訊ねてみることにした。
「フラメール様、そのお料理本のことですが」
「これがなんじゃ?」
「アスラン様が解読したところ、愚痴ばかり書かれていたそうですが、なぜそんなものを残されたのですか?」
「……恥ずかしいね、まったく。まさかこの本が後生大事に取っておかれるなんて思いもせんかったよ――」
フラメール様が、パラパラと本をめくりながら続けた。
「――当時、人々はモンスターと共存していく過酷な道を選択した。にも関わらず、王がアラクネを造る方針を打ち立てた。民はモンスターの恐怖から解放されることを喜び、結果としてさらなる恐怖を招いてしまったんじゃ」
「それは当然の願いですよ」
「じゃが、身勝手な連中に対する怒りは抑えられん。そこで、わしはすべての愚痴をその本にしたためたのじゃ。声高に王を批判すれば処刑じゃからな」
「でも、その判断が私をあなたのもとに導きました」
「……こうなる運命だったのかもしれんのう。そなたの白虹眼は、あまりにもあの方に――」
「はい?」
「いや、なんでもない」
白虹眼……。
たしか、前にもアスラン様にそう言われたわね。
それについて訊ねようとした時、混乱する聖都の正門が見えてきた。
◇
アルウェン様が門兵を説得してくれて、私達は聖都に入ることができた。
「お偉方の耳に入ったら、どんな叱責を受けるかわかりませんね」
街路を走る際、御者台のアルウェン様が笑いながら言った。
……ありがとう。
「ペベンシィ伯爵邸まですぐです」
聖都の中央に向かうほど、騒ぎが大きくなっている。
家財を積んで街路を走る馬車。
逃げ惑う市民。
そして、あちこちから立ちのぼる火の手。
取り返しのつかなくなる前に、私達で女王を倒さなければ。
◇
三剣の貴公子には、先に遺構へと向かってもらった。
その一方で、私達はペベンシィ伯爵邸へと踏み込んだところ。
お屋敷では使用人達がてんやわんや。
そんな中、廊下を歩きながらアルウェン様がアスラン様に話しかけている。
「あなたのお父上は、おそらく再生液を処分せずに残してある」
「なぜわかる?」
「人の道を踏み外すほどの家族愛……その果てに手に入れた希望です。結果が実らなかったとしても、軽々と手離せるものではありません」
「そりゃ素晴らしい根拠だな。涙が出るよ」
……アルウェン様のお言葉、私にはわかる気がする。
しばらく廊下を進むと、メイド長のスーザンさんと鉢合わせた。
「聖女様!? 一体こんな時に何用で……!?」
「ペベンシィ伯爵のもとへ案内してください」
「しかし……」
「早くなさいっ!」
「は、はいっ」
私達はスーザンさんに連れられ、寝室へと案内された。
てっきり書斎にいるものと思ったけど、お体が悪いのかしら?
「兄上の部屋だ」
アスラン様が言うのを聞いて、私はハッとした。
このタイミングでそんな部屋にいるなんて、何かの意図を感じざるを得ない。
私達が扉を開けると、伯爵が窓から外の喧騒を覗いていた。
「……またきみ達か。今さら私に何の用かね」
伯爵が向き直って早々、フラメール様に気づいて硬直した。
「な、なぜあなたが……!?」
「久しいのう、ペベンシィ。じゃが、まず先に聞いてほしいことがある」
フラメール様が私に目配せしてきた。
私は彼女に頷くと、さっそく話を切り出す。
「単刀直入に申し上げま――」
「顔を合わせるのは久々だな、親父」
……アスラン様に割り込まれてしまった。
「アスラン。もう屋敷には入るなと言っておいたはず」
「兄上の部屋、メイドにも立ち入りを禁じていたな。それなのにこんなに綺麗なのは、あんたがわざわざ掃除していたわけか」
「おまえに何の関係がある。今すぐ出ていけ!」
「聖都では化け物が徘徊してるってのに、よくもこんな場所にいられるな」
「黙れ」
「まさか過去の思い出に浸りながら、今際の際を迎えようとでも?」
「黙れっ!!」
激昂する伯爵を無視して、アスラン様が壁際のハンガーに掛けられている制服を手に取る。
「兄上はとっくに死んだ」
「それを離せ、アスランッ!」
「兄上はもういないんだっ!」
アスラン様は制服を床に叩きつけると、それを足蹴にして踏みしだいた。
それを見た伯爵は、青白いお顔が紅潮するほどに怒り心頭の様子。
……止めるべきかしら。
「僕が作ったポーションは、宮廷の錬金術師どもをしのぐ評価を得た! 大学の教授らも、僕の書いた実験レポートを認めて術士号を贈った! 僕はとっくに、あんたも兄上も越えている!!」
アスラン様の感情が爆発した。
「何が不満だ!? これ以上何を求める!? なぜ僕を認めない!?」
アスラン様が父親に反発するのは――
「僕を見ろっ!!」
――自分を認めてほしいという気持ちの裏返しだったのね。
「私にはおまえは見えん。私の理想を否定した者など、見る価値もない」
「理想ぉ!?」
「私の隣にリオンがいて、妻がいる。それが理想の世界だった」
「それが生ける屍でもか!!」
「生ける屍でもいい。二人が私の傍にいることに意味があるのだ。それがペベンシィ家なのだ。私の望む世界なのだ」
「ならば! あんたも兄上達のもとに送ってやるっ」
突然とんでもないことを言いだしたと思ったら、アスラン様がズボンのポケットから試験管とガラス容器を取り出した。
試験管には紫色の液体、ガラス容器には白色の液体が入っている。
「……最終調合前のポーションじゃな。白霊液の量を1mmでも誤れば、爆発物に早変わりというわけか」
「当然、フラメール先生はご存じだよな。そうさ、俺の気持ちひとつでこの部屋は吹っ飛ぶ。化け物に食い殺されるより、黒焦げで死ぬ方がマシだろ?」
私が足を踏み出そうとした時、アルウェン様に肩を押さえられた。
彼は額に汗を滲ませながらも、じっとアスラン様と伯爵を見入っている。
……静観が吉、ということなのね。
「懐かしいのうペベンシィ。グリフィンのやつが、わしの研究室を吹き飛ばした時を思い出すわい」
「私の嘆願も聞かず、あなたはルビウスを――私の友を破門した。今にして思えば、あれがあなたの最初の否定だったな」
「否定ではない。錬金術師になるべき者は、正しき眼で見定めなければならん。素質無き者、分不相応な野望を持つ者に、技術は伝えられん」
「ならば、その正しき眼とやらも曇っていたわけだ」
「……おぬしが道を誤るとは思わなんだ。わしも耄碌していたのじゃろう」
「もう過去も未来もどうでもいい。ようやく私に終わりを招いてくれる者が現れたのだから――」
伯爵は杖をつきながら、また窓へと向き直ってしまった。
「――私を殺すなら殺せ、アスラン。それで勝手に満足するがいい」
その時、お屋敷がグラグラと揺れ出した。
何かが外を這うような気味の悪い音までも聞こえてくる。
窓際に寄って外を見た時、私は背筋が凍りついた。
何匹ものアラクネが中庭を這っていたのだから。
「ザターナ嬢、あとを頼みますっ」
アルウェン様が剣を抜いて部屋を飛び出していった。
……もうすべてにおいて時間がない。
「伯爵! もしもあなたが再生液をお持ちなら、私に――」
言い終える前に、部屋の壁が引き裂かれた。
その割れ目から伸びてきた糸が、伯爵の体を捕らえたかと思うと――
「おおっ!?」
――外へと引っ張られ始めた。
それを見て最初に動いたのは、私でもフラメール様でもなかった。
「親父ぃぃーーっ!!」
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