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37. 出会いは巡る

 聖都への帰り道。

 赤焼けに照らされながら、私達の馬車は街道を駆けていた。


 パラケルスス史跡の実験室(ラボ)で回収した数冊の手記は、ずいぶん痛んでいてすべてのページを読むことはできなかった。

 でも、幸いなことに新たにわかったこともある。


 アラクネについて――

 人のコントロールを離れた後、蟻に似た独自の社会性を築いた。

 栄養源の魔法エネルギーを長期間摂取できない場合、冬眠状態に陥る。

 黄金時代(ゴールデン・エイジ)末期、決起した古の錬金術師達によってマゴニア大陸に点在する秘密の実験室へと封じ込められた。


 カーバンクルについて――

 アラクネの天敵として、数匹のみ造り出された。

 通常(小動物)形態、戦闘(ドラゴン)形態、殲滅(せんめつ)形態がある。

 額の石が砕かれると衰弱死するが、本体と新たなティンクトゥラを再生液に浸すことで、石は再構成される。


 ……当初の目的だったカーバンクルちゃんを助ける方法はわかったわ。

 でも、血のティンクトゥラと再生液って一体何?


「アスラン様。血のティンクトゥラと再生液というものに、心当たりは?」

「血のティンクトゥラの正体はいまいち判然としないが、錬金術師の間では賢者の石と同一視されている」

「賢者の石?」

「不老不死や深淵の知識が得られるとされる伝説の石だ。僕がカーバンクルを欲した理由もそこにある」

「手に入れる方法は?」

「製造方法はもとより、どこで入手できるかも定かじゃない。アトリー先輩が砕いたのが、世界で最後のひとつだったかも」


 アスラン様の視線を受けて、アトレイユ様がバツの悪そうな顔をする。


「再生液は、手記を読む限り親父の作った秘薬と同じ物っぽいな」

「それはすでに処分されてしまっているのでは?」

「だろうな。いくら天才の僕でも、一から製造するのは時間がかかる。この手記にも厳密な製造過程は書かれてなかったし」

「でも、レシピはお父様の頭の中に残っているのですよね?」


 私がそう言うと、アスラン様が顔色を変えた。


「い、嫌だからな。親父に協力を乞うのだけは絶対に嫌だ!」

「私から頼んでも聞き入れてくれないでしょう。でも、あなたなら――」

「冗談じゃないっ! 誰があんなクソ親父に!」

「ですが、もしも各地のアラクネが目を覚ましていたとしたら、カーバンクルちゃんの力は絶対に必要になります」

「この国がどうなろうが知ったこっちゃないね。いざとなれば、山でも海でも越えて、遠くの国に行くさ」


 ……本当ブレないわね、この人の身勝手さは。

 でも、それは大きな間違いだわ。


「アラクネが手記にある通りの存在なら、山も海も越えてきますわ」

「……そうなったら、そうなっただ」


 その時、私は彼のカバンから本が覗いていることに気がついた。

 それは聖都の図書館から持ってきた錬金術書だった。


「その錬金術書の解読はどうなったのです?」

「ああ、この料理本? ついさっき終わったよ」

「何が書いてあったのですか?」

実験室(ラボ)で見つけた手記に比べたら、ガッカリする内容だ。著者はアラクネの製造にも関わった人物らしいんだが、自分の半生と当時の為政者への恨みつらみばかり書き(つづ)られてたよ」

「愚痴……?」

「後悔ばかりの人生だった。すべてが終わったら、湖の先にバプティスの山脈を一望できる場所に家を建てて、ひっそりと時の流れを見守りたい。……これが結びの文章だ。なんでこんなもんを暗号文で書きやがったのか理解できないね」


 アスラン様が、乱暴に錬金術書を叩く。

 それを見て、ルーク様が口を尖らせて言った。


「おい。どんな内容であれ、本が傷むような真似をするな」

「す、すみません……」


 ルーク様にはやっぱり弱いのね、アスラン様って。

 部屋を吹き飛ばした時にこっぴどく怒られでもしたのかしら。


「アラクネの件がどうであれ、当面の目的はカーバンクルの治療だ。都に戻り次第、血のティンクトゥラについては俺も調べてみる。アスラン、おまえは再生液の製造を最優先に考えろ」

「それじゃ静かな場所に僕の研究室でも用意してよ。聖都にはもう帰る家がないんだ」

「そろそろおまえも、お父上と向き合うべきじゃないのか」

「……ちっ」


 ルーク様の言葉に、アスラン様は黙り込んでしまった。

 車中に気まずい空気が流れる中、私達の馬車が別の馬車とすれ違った。


「……さっきから、街道を走る馬車が多いですわね」

「今すれ違った馬車も、騎士団のものだったな」


 今日に限って、どうして騎士団の馬車ばかり?

 ……なんだか胸騒ぎがするわ。


「おい。あの煙はなんだ?」


 アトレイユ様が窓の外を指さして言った。

 見れば、遠目に見えている聖都から黒い煙が立ち上っている。

 その煙の数は、ひとつやふたつじゃないわ。



 ◇



 聖都の正門は落とし格子が下りていて、封鎖されていた。

 正門前には、私達の他にも行商や貴族達の馬車が立ち往生していて、騒ぎになっている。


 アルウェン様が、門兵に話を聞いて戻ってきた。


「どうでした?」

「宮廷と王立公園にモンスターが現れたとかで、聖都はパニック状態のようです」

「モンスターが!?」

「しかもそれが巨大な蜘蛛とのことで……」

「蜘蛛……アラクネだわ!」

「加えて、各地の町や農村にも同様のモンスターが現れているらしく、騎士団も混乱しています」


 ……考え得る最悪の事態が起こってしまった。

 私がアスラン様に視線を向けると、彼は肩をすくめるだけで何も言わない。


「宮廷の敷地には旧時代の遺構が、王立公園には地下遺跡が。他にも聖都には同様の遺跡があるぞ」

「まさか、そのすべてにアラクネが……!?」

「ひとつの遺跡に一匹とも限らない。どれだけ生き残っているのか見当もつかないが、一部でも地上に這い出てくれば……」


 ルーク様が眉間にしわを寄せて、閉口してしまう。


「警備の手薄な町村にアラクネが現れたら、被害は甚大だ! アスラン、なんとかならないのか!?」

「無茶言うなよ、アッティカ先輩。それより僕達だけでも安全な場所に逃げよう」

「この期に及んで、おまえは責任を放棄するのか!」

「僕に責任言うなら、あんたは戦犯だろっ」


 アトレイユ様とハリー様が揉め始めてしまった。

 もう、今はそんなことしている場合じゃないのに……!


 興奮したハリー様がカバンを落とした拍子に、中に入っていた錬金術書が私の足元まで滑ってきた。

 私の足に当たるや、衝撃でパラリと表紙がめくれる。

 その時、最後のページのあるもの(・・・・)が私の目に留まった。


「あら? この押印……」


 ページの隅に、小さく押印されている絵。

 それは、蛇が輪になって、自分の尻尾をかじっている絵だった。


 私は、今まで存在を忘れていた羊皮紙を懐から取り出した。

 表面には鼻血を拭った汚れがそのまま残っているけど、間違いなく本に押印されているものと同じ絵だわ。


 ……その時、私は思いがけないことを閃いた。


「ザターナ嬢、どうしたんです?」

「……ハリー様。聖都の近くに、バプティス山脈を見渡せる湖はありますか?」

「え? どうしたんです、突然」

「教えてください」

「……たしかバプティス聖山がよく見えると言う理由で、エルメシア教徒の巡礼地に選ばれた町がありましたね。湖のすぐ傍に築かれた町で、名前はセイントレイクだったかな」

「そこです。そこに行きましょう!」


 私は困惑するハリー様をよそに、御者台に座るアルウェン様に呼びかける。


「アルウェン様、今すぐセイントレイクへ向かってください!」

「セイントレイクですか。もうすぐ夜になりますが……」

「いいから早く!!」

「は、はいっ!」


 弟子をとるほど優れた錬金術師。

 カーバンクルちゃんの知識。

 黄金時代(ゴールデン・エイジ)の書物と同じ紋章。

 そして、不老不死……。


 私は今、非常識な想像をしている。

 でも、私は自分の直感を信じようと思う。


 あの人(・・・)の助言から始まったこの旅も、巡り巡ってあの人のもとへ。

 羊皮紙の絵にある、輪になって尾を噛む蛇のように――



 ◇



 私達が目的地(セイントレイク)に着いた頃には、すでに夜の(とばり)が下りていた。

 通りには人気もまばらで、立ち並ぶ民家からは明かりが漏れている。

 耳をすませば、民家からは楽しげな声が聞こえてくる。


 ……平和だわ。

 この平和を壊すわけにはいかない。


「すみません。この町にフラメールという方はいらっしゃいませんか?」


 私は馬車を降りてから、街路を歩く人々に訊ねて回った。

 ルーク様達も私を手伝ってくれたけど、アスラン様だけは手記を読んでばかりで手伝う素振りも見せない。

 まったく、協調性のない人なんだから!


 しばらく聞き込みを続けていると――


「フラメール、という家は知らないけど。この先にニコラ・フラメルズというお婆さんのお家があるわ」


 ――手掛かりを掴んだ!


「この先、ですね?」

「湖のほとりにある古い民家よ。あまり人付き合いのよい人じゃないけど」

「ありがとう!」


 私はすぐさま馬車に飛び乗ると、アルウェン様に行き先を指示した。



 ◇



 静寂の漂う湖のほとりに、ポツリとその民家はあった。

 窓は閉ざされているけど、隙間からわずかに明かりが漏れている。


 私は馬車から降りるや、すぐにその家のドアを叩いた。


「フラメルズさん。お話したいことがあるのです」


 ……返事はない。

 何度名前を呼んでも同じだった。


「錬金術師フラメール様! アラクネのことで至急お話したいことが!!」


 私がそう叫ぶや、いきなり扉が開いた。

 中には、目を丸くした老婆――フラメール様が立っていた。


「……あんた、あの時の聖女様じゃないか」

「やっぱりあなたがフラメール様だったのですね!」

「どうして……どこでわしの名を知った? それより、なぜアラクネのことを?」

「積もる話がございます。中に入ってもよろしいでしょうか?」

「……入られよ」


 私達はフラメール様の家にお邪魔して、今までの経緯をすべて話した。

 彼女は無言で私の話を聞いていた。

 でも、アラクネが各地に現れ始めたことに触れた途端、彼女は頭を抱えて深い溜め息をついた。


「すべては、私の責任です」

「いいや。聖女様に責はない。責めを負うべきはわしら(・・・)じゃ」

「どういう意味です?」

「過去からは逃げられない……ということじゃな」


 フラメール様は、私の抱くカーバンクルを優しく撫でる。


「この子を見た時、こうなるのではないかと思っていたんじゃ……」


 その時、アスラン様が机の上にドン、と錬金術書を投げ置いた。

 彼は敵意のこもった眼差しをフラメール様に向けている。


「あんたが、親父に進む道を誤らせたコニー・フラメールか」


 ……あら?

 アスラン様が人の名前を間違わずに言ったのって初めてじゃないかしら。


「おまえさん、ペベンシィの(せがれ)か?」

「次男のアスランだ」

「……そう、か。弁解の余地はない。わしはあの子を止められなかった」

「まぁ、それは済んだことだ……もういい。だが、追放されたはずのあんたが、なぜいまだに国内にいる?」

「宮廷には顔が利いてね。あれから数年の後には、わしの財産と引き換えに国外追放は免罪となっておるよ」

「ならば別の質問だ。親父が若い頃、初めてあんたに師事した時。コニー・フラメールは、すでに背中を丸めるほどの老齢だった。あんた、今いくつだ?」

「……あんた達、すでに察しがついておるんじゃろう」


 いよいよアスラン様が核心に触れようとしている。


「さっき聖女に見せてもらったよ――」


 彼は錬金術書を開いて、私の鼻血付きの羊皮紙をその隣に置いた。


「――本を調べた時は見逃してた。この絵は、円環の輪を示す無限竜(ウロボロス)の図案。黄金時代(ゴールデン・エイジ)の錬金術師達が好んで使った紋章だ」

「そうさ。よく勉強しているね」

「血のティンクトゥラ――賢者の石には、不老不死の伝説がある。あんたは、石の力でこの数百年を生き続けてきた古の錬金術師だな!?」


 ……そう。私もそれを思い描いた。

 極めて非常識なことだけど、その方が色々としっくりいくもの。


「フラメール様。もしも間違いがあれば、お詫びします。でも、私達は――」

「何も間違っちゃいないよ、聖女様」


 フラメール様は、羊皮紙を手に取って遠い目を見せた。


「ティンクトゥラで不老不死を得た、黄金時代(ゴールデン・エイジ)錬金術師(・アルケミスト)最後の生き残り。アラクネを造り出して世界を滅ぼしかけ、カーバンクルに望みを託して逃げ出した……愚かで罪深い老いぼれさ」

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