33. 秘匿されし書物
「よし行くぞ! まずは黄金時代の錬金術書を探すのだ!!」
伯爵邸を出るや、アスラン様が仕切り出した。
ついさっきまでは機嫌が悪かったのに、よそ行きの服に着替えてきたと思ったら、コロッと態度が変わるんだから……。
「アスラン様。そのお洋服、ちょっと派手すぎやしませんか?」
「はん。聖女はセンスがないな。この僕の着ている服こそ、由緒正しい黄金時代錬金術師の装いなのだよ!」
妙に厚底になっているブーツ。
いくつものポケットに試験管が押し込まれたベストとズボン。
背中に金糸で何かの紋様が刺繍された白いマント。
ゴーグルのような物を縫いつけた帽子。
さらに、首から紐で吊るしたぶ厚い手帳。
……センスがないのは、どちらかしら。
「万聖節の装束じゃあるまいし、あまり常識はずれな格好をするなよな」
「失礼だな、アトモス先輩は。この服には様々な仕掛けが施されているんだぞ!?」
「アトレイユだっ!!」
こんな調子では、この先が思いやられるわね……。
◇
私達は、子爵邸にヴァナディスさんを送り届けてから、あらためてケノヴィー侯爵邸へと向かった。
「これはザターナ様! よくぞおいでくださいました」
門扉の前に馬車を停めるや、執事のソロさんが出迎えてくれた。
「ご無沙汰しております、ソロさん」
「私の名前を覚えていてくださったとは、光栄です」
「ルーク様はいらっしゃいますか?」
「ルーク様でしたら、書斎においでです。ザターナ様が訪ねてきたとあらば、お喜びになるでしょう」
ソロさんはアスラン様のこともご存じだったようで、彼の一見不審者のような服装も気にせず、邸内へと案内してくれた。
◇
書斎に入ると、紅茶のほのかな匂いが私の鼻に香ってきた。
執務机ではルーク様が大量の書類に囲まれて仕事に追われている様子だったけど、私達に気づくとすぐに手を止めてくれた。
「突然のご訪問、失礼いたします。ルーク様」
「ザターナ!? それに……アトレイユ、アルウェンまで!」
私はアスラン様の名前だけが呼ばれないことを不思議に思い、後ろに振り返ってみた。
すると、アスラン様はアトレイユ様の背中に身を隠していた。
……どうして?
「あと、アスラン様も一緒ですわ」
「アスランも!?」
ルーク様に呼ばれて、アスラン様がビクッとするのが見えた。
彼は、アトレイユ様の後ろから顔を覗かせると――
「ど、どうも。お久しぶりです、ルカ先輩……」
――なんだか遠慮がちにルーク様へと挨拶をする。
さっきまで私達に見せていた態度とまるで違うじゃない。
アスラン様って、ルーク様のことが苦手なのかしら?
「ははは。相変わらず人の名前を覚えるのは苦手なようだな、アスラン!」
「いやぁ、僕はそんなつもりないんだけど……」
「蔵書管理局で働く気にはなったか?」
「それはないです……」
「そうか。その気になったらいつでも言ってくれ。ウチにはおまえ向きの仕事が山ほどあるからな」
名前を間違えられたと言うのに、ルーク様ったらずいぶん親しげね。
苦笑いしているアスラン様を見て、なんとなく彼らの力関係がわかってきたわ。
「ルーク様。お話の途中で恐縮なのですが……」
「ああ、すまない。きみがその顔触れでわざわざ俺を訪ねてくるなんて、どんな相談事だい?」
私は、黄金時代の錬金術書を探していることをルーク様にお伝えした。
合わせて、カーバンクルちゃんのことや今までの経緯についても。
「……これがカーバンクルか。初めて見たな」
ルーク様は、私が抱いているカーバンクルちゃんのことを興味深そうに覗き込んでいる。
「この子を救うためには、黄金時代の錬金術に頼るしかないのです。どうか国立図書館の稀覯幻書の棚を見る許可をいただけませんか?」
「ザターナの頼みなら断る理由はない。喜んで協力させてもらうよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「そうと決まれば、こうしてはいられないな」
そう言うと、ルーク様は上着を羽織ってソロさんを呼びつけた。
「俺も同行しよう。きみが困っている時に、何もしないわけにはいかないからね」
「よろしいのですか? お仕事が残っているのでは……」
「気にするな。例の棚を見るには俺が同行するのが一番早いし、何より……後れを取るのは嫌だからな」
「遅れを取る?」
「こっちの話だ。なぁ、アトレイユ、アルウェン?」
……何の話かしら?
私がお三方へと順に視線を向けてみると、それぞれ不敵な笑みを浮かべていた。
なんだか私だけ蚊帳の外な感じがするわ。
それからややあって、書斎へとソロさんが入ってきた。
「ルーク様。お呼びになられましたか?」
「今から出る。すまないが、後を頼んだぞ」
「え? しかし、夕方までに各所へ寄贈する本の割り振りを決めなければ……」
「おまえに任せる」
「えぇっ!?」
困惑するソロさんをよそに、私はルーク様に背中を押されて書斎を後にすることになった。
ルーク様ったら、ソロさんにお仕事丸投げ?
これ、もしかして私のせいかしら……。
◇
その後、私達はすぐに国立図書館へと訪れた。
前に私も来たことのある、バルコニーから聖塔がよく見えるあの図書館だわ。
「稀覯幻書の棚はどちらに?」
「地下だ。ついてきてくれ」
ルーク様に連れられて、私達は図書館の地下室へと案内された。
地下室と言うから、薄暗くて埃っぽい場所を想像していたけど、降りてみると綺麗に管理された部屋だったことに驚いた。
室内にはいくつかの机と、大きな本棚がふたつ並べられている。
「これが稀覯幻書の棚だ。現在は64冊の本が保管されている。写本ではなく、すべて原本だよ」
ルーク様の持ってきた煌々石のおかげで、室内は太陽光が照らしているかのように明るい。
本棚に収められている本もよく見えるわ。
「どの本の背表紙も、古めかしいものばかりですわね」
「どれも五十年以上前の本だからね。目当ての黄金時代の書物は、右棚の上段に収められている」
私は本棚に並ぶ書物を目にして、片っ端から読み漁りたいという衝動を必死に抑えていた。
こんな大昔の貴重な本を読む機会なんて、そうそうあるものじゃないわ。
……でも、ダメよ。
ここへ来た目的を見失ってはダメ。
「他の図書館にも、黄金時代の本が?」
「いいや。聖都にある国立図書館のうち、その時代の書物が保管されているのはここだけだ。個人で所持している者もいるだろうが、国で管理しているのはそこにある22冊しかない」
「22冊だけ……なのですね」
「百年ほど前の禁書騒動で、黄金時代以前の書物はほとんど失われてしまったからね」
たったの22冊……されど22冊。
大昔の貴重な書物の原本が完全な形で残っているなんて、先人達が丁重に扱ってくれたおかげだわ。
本を愛する者として、感謝が尽きない。
「素敵ですわ」
「そう言ってくれて嬉しいよ」
私が感激しているさなか、アスラン様が棚に張りついて書物を見入っている。
……本当に自由な人ね、この方は。
「そう言えばアスラン様、以前にもここにお入りになったのですよね?」
「えっ!? アスランが?」
知らなかったのか、ルーク様が驚きになった。
「おい! そういうことは言うなよなっ!?」
「ご、ごめんなさい。でも、その時に錬金術書は見つからなかったとおっしゃっていませんでした?」
「もう何年も前の話だし、あの時は手作りのランタンで忍び込んだから、ゆっくりと見ていく余裕もなかったんだ。もしかすると――」
言い終える前に、ルーク様が彼の肩を掴んだ。
「アスラン。その話、あとでゆっくり聞かせてもらえるかな?」
私の方からルーク様のお顔は見えないけど、アスラン様の引きつった顔を見る限り、なんとなく想像できるわね。
「では、さっそく目当ての本を探すとしようか」
振り返ったルーク様は、いつも通り爽やかな笑顔をたたえていた。
◇
その後、私達は22冊の書物を念入りに調べたけど――
「ダメね。錬金術書らしいものは見つからないわ……」
――どれも錬金術とは関わりのない内容だった。
「力になれなくてすまない、ザターナ」
「ルーク様が謝るようなことはありませんわ。当てが外れてしまったのは残念ですけど、仕方ありませんよ」
書物が見つからないとなると、パラケルスス史跡の飾り柱に望みを賭けるしかないわね。
「もう上がろうか。用が済んだ以上、あまり長居はできない」
「はい。……アスラン様?」
ルーク様に退去をうながされた時、私は本棚の前から動こうとしないアスラン様が目に留まった。
手に取った本をじっと眺めながら、親指の爪を噛んでいる。
「アスラン様、どうかされましたか」
「……これだ」
「え?」
「この本が、錬金術書に違いない」
「えぇっ!?」
アスラン様が私のもとへとその本を持ってきた。
それは、当時のマゴニア大陸で親しまれた民間料理について書かれた本だった。
挿絵こそないものの、料理のひとつひとつがレシピまで細かく書き記されていて、料理の手順や、食材とその調達場所すらも網羅されている。
どこからどう見ても、熱心な料理研究家の手記にしか見えないけど……。
「なぜ、これが錬金術書だと?」
「ここを見ろ。この節で使われている単語と、他のページの文章に共通項がある。法則があるんだ。かなり古い形式だが、単一換字式暗号が使われている」
「???」
「はは……すげぇ。他にも高度な暗号が組み合わされてやがる。当時の錬金術師は、こんな高度な暗号文を操っていたのか!」
「……なるほど」
さっぱりわからないわ。
アスラン様は、この手記が暗号で書かれていると言いたいみたい。
「先に上がっていよう、ザターナ。アスランに火がついたら、てこでも動かない」
「は、はい」
結局、監視役にアトレイユ様だけが残ることになり、私とルーク様とアルウェン様は先に上へと戻った。
◇
外はすでに日が傾き始め、街に影を落としていた。
バルコニーに出てアスラン様を待つ傍ら、私とルーク様は地図を広げてパラケルスス史跡への道程を話し合っていた。
「この様子だと、史跡へ向かえるのは明日になりそうだな」
「ハリー様には、今日中に連絡をしておいた方がよいでしょうか?」
「連絡は早い方がいいだろう。重要なのは、通行証を発行できるリンデルバルド伯爵の都合がつくかだからね」
ルーク様の言う通りだわ。
学生のハリー様より、多忙な伯爵に連絡を取りつける方が大変だもの。
「……では、私がハリー様へその話を伝えに参りましょう」
「今から? でもアルウェン様は……」
「護衛の心配なら無用です。ルーク様がいらっしゃいますからね」
「そうですね。では、お願いできますか?」
アルウェン様はにこやかに敬礼すると、バルコニーから出て行った。
「点数稼ぎに余念がないな、アルウェンは」
「はい?」
「こちらの話だよ、ザターナ」
ルーク様が地図を折りたたみ始めたので、そのまま話は途切れてしまった。
点数って、何のことかしら……?
あたりが少しずつ暗くなっていく中、私はルーク様と二人きり。
しばらく当たり障りのない話をしていたけど、ふと気になったことを訊ねてみることにした。
「アスラン様と親しいのですね。ご学友だったと聞きましたが」
「ああ。寄宿学校では彼と同室だったんだ」
「……彼、昔からあんな感じだったのですか?」
私の言葉を受けて、ルーク様が声を出して笑った。
「あいつは、その頃から風変わりなやつでね。ずっと部屋に引きこもって、錬金術に夢中になっていた」
「学生時代からですか」
「ああ。誰から教わったのかは知らないが、寄宿学校に入った時には錬金術の基礎は修めていた。図書室から教本を持ち出しては、勝手に実験の真似事をしていたよ。俺が寮に戻った時、部屋が丸焼けになっていたこともあった」
「そ、そんなことが……」
「卒業まで何度も学校を追い出されそうになったが、そのたびにメイド長が平謝りしにやってきて、重い罰だけで済んでいた。父親が顔を出したことは一度もない」
「一度も!?」
「あいつは常々言っていたよ。錬金術師として大成すれば、自分が存在することを証明できる……とね」
「それ、どういう意味でしょうか」
「思い出ばかりだけでなく、自分を見つめてほしいということだろう」
「……誰に?」
私の問いに、ルーク様は静かにほほ笑むだけで答えてはくださらなかった。
……気づけば、太陽はすでに都の陰へと沈んでいた。




