28. 黒幕は誰?
「お婆ちゃん、錬金術師……なのですか?」
「昔のことじゃ。もう引退しておるよ」
目の前のお婆ちゃんは、錬金術師っていうより魔女っぽい印象なんだけど。
とにかく、この人が知っていることを聞きだしたい。
「そのお弟子さんて、さっきおっしゃっていた黄金時代の研究にのめり込んでいる錬金術師と同じ人、ですよね?」
「いかにも」
「その人がなぜカーバンクルちゃんをさらわせたと思ったんですか?」
「この広いセントレイピアでも、黄金時代の研究に躍起になっていた錬金術師はあやつだけじゃからの」
「黄金時代とカーバンクルちゃんには何か関係が?」
「聖女様は知らなくてもよいことじゃ。それよりも――」
お婆ちゃんは、懐から取り出した紙を私に手渡してきた。
……紙、と言うより古い羊皮紙だわ。
蛇が輪になって、自分の尻尾をかじっている絵が描いてある。
なんだか間抜けな絵面ね。
「――それをリンデルバルド伯爵家のルビウスという執事に見せるのじゃ。カーバンクルをさらった人物の所在は、その者が語ってくれるじゃろう」
「えっ。ちょ……」
お婆ちゃんは踵を返すや、雑踏の中に消えていってしまった。
「お嬢様。まさかあのご老人の言う通りにするつもりでは……?」
ヴァナディスさんに向き直ると、引きつった顔で私を見つめていた。
この目、絶対にやめておけって訴えてるわよね。
……私同様、彼女も嫌な予感を抱いたみたい。
でも、カーバンクルちゃんを取り戻すには他に手掛かりもないし、あのお婆ちゃんの助言に頼るしかないわ。
「リンデルバルド家なら知らないお家じゃないし、その執事さんに訊ねるだけは訊ねてみましょう」
「ほ、本気ですかっ?」
「ええ!」
私はにこやかに答えた。
ヴァナディスさんは私が折れないと悟ると、深い溜め息をついた。
「リンデルバルド伯爵邸なら、お屋敷に戻る途中に立ち寄れます。今から向かいますか、ザターナ嬢?」
「そうしましょう!」
私は羊皮紙で鼻血を拭いて心機一転、ライラとヴァナディスさんに先立って歩き出した。
「さぁ、行きましょう。カーバンクルちゃんを取り戻さなくちゃ!」
あ。しまった。
うっかりお婆ちゃんからもらった羊皮紙で血を拭っちゃった!
……ま、まぁ大丈夫よね?
◇
正午を迎える頃に、私の乗る馬車はリンデルバルド伯爵家へと着いた。
大きな庭に、大きなお屋敷。
子爵邸にはいないガッチリとした番犬までいて、すごい警備ね。
「ハリー様はいらっしゃるかしら?」
私が門の前でキョロキョロしていると、ライラが話しかけてきた。
「この時間、ハリー様は王立騎士学院にいると思いますよ」
「え? あの方、お役所勤めをしているのでは……」
「まだ学生ですよ。彼は17歳ですから、本来ならまだ寄宿学校にいるはずなのですが、天才的な剣の腕を見込まれて騎士学院に招かれたのです」
「まぁ。知らなかったわ」
たしかにルーク様やアトレイユ様に比べると子供っぽいところがあったけど、まだ学生だったのね。
でも、在学中なのに舞踏会に参加したり聖都の外に出たり、ずいぶん自由に過ごされているわね……。
「すでにあの方は、王国騎士団への入団は確実視されているとの噂です」
「すごいのね、ハリー様って」
でも、今はそんなことはどうでもいいわ。
とりあえず執事のルビウスさんとお話がしたいけど、どうしようかしら。
「お嬢様が突然よその執事を呼び出すのも変ですし、まずは私が訪ねて事情を説明し、外に出てきてもらうのはいかがでしょう?」
「あっ。それがよさそうですね! ……よさそうね」
私はヴァナディスさんの提案を採用して、ライラと一緒に近くの公園で待つことにした。
◇
……しばらくして。
「いやはや。聖女様のお呼び出しにあうとは、いささか緊張いたしますな」
気の良さそうな顔をした、毛むくじゃらのお爺さんがやってきた。
燕尾服を着ているので、彼が執事のルビウスさんね。
「初めまして、でございますな。私はリンデルバルド伯爵家で執事長を務めておりますルビウスと申します」
「初めまして、ルビウスさん。お忙しい仲、このような場所にお呼び立てして申し訳ございません」
「いいえ。聖女様には、ハリー坊ちゃまのことでお礼を申し上げたいと思っておりましたので、都合がようございました」
「ハリー様のことで?」
私、ハリー様のことでお礼されるようなことしたかしら?
むしろ、失礼なことをしてしまったことくらいしか覚えがないけど……。
「ハリー様はここ最近、ずっと聖女様に夢中になっておりまして。そのため学業も疎かとなり、騎士学院からもその姿勢を問題視されておりました――」
……ああ、やっぱりよろしくない感じだったのね。
「――しかし、オアシスから帰ってきてからの坊ちゃまは、まるで人が変わったかのように学業に打ち込むようになったのです。今朝も、聖女様に認められるような男になる、と張りきって家をお出になられました」
告白をお断りしたことが返ってよかったのかしら。
たしかに、あの前後でちょっと雰囲気が変わったような気がしたものね。
「私は、私らしく彼と接してきただけですわ。お礼なんて」
「はい。それがようございましょう。これからも、ハリー様をよろしくお願いいたします」
ルビウスさんが深々と頭を下げる。
そこまでされると、さすがに気恥ずかしいんだけど……。
「と、話が逸れてしまいましたな。ヴァナディス嬢からは、聖女様が私に訊ねたいことがあるとだけ聞いているのですが」
「そんな、ルビウスさんったら。ヴァナディス嬢だなんて……!」
ヴァナディスさんが頬を赤らめて、照れ始めた。
お嬢様扱いされたことが嬉しかったみたい。
「はい。実は――」
私はカーバンクルちゃんをさらわれた経緯を説明した。
「――というわけで、そのお婆ちゃんがあなたを訪ねろと」
私が話を終えると、ルビウスさんが驚きの表情で固まってしまっていた。
「あの、ルビウスさん?」
「あ……! し、失礼しましたっ」
「どうかなさいましたか?」
「ま、まさかフラメール様がまだ聖都にいらっしゃったとは……」
フラメール……。
きっと、あのお婆ちゃんの名前ね。
「その時、彼女からこれお預かってきました」
「……これは?」
私はお婆ちゃんから渡された羊皮紙をルビウスさんに渡した。
……鼻血を拭ったせいで、蛇の絵がかすんじゃってるけど。
「おおっ! フラメール様の紋章ですね。懐かしい……」
「はい。あなたに見せろと」
「これは……血っ!? ま、まさかフラメール様に何か――」
「あ。それ、私が鼻血を拭った血です」
「……そ、そうでしたか」
想像してた以上に気まずい空気が……。
話を戻さなくちゃっ!
「失礼ですが、彼女とのご関係は?」
「かつて錬金術の指導をしていただいておりました」
「ルビウスさん、錬金術師なんですか?」
「いいえ。私には才能がなく、その道は諦めました。ポーション精製に挑戦して、研究室を吹き飛ばしたことで破門されましてなぁ」
……。
錬金術師って、爆弾でも作るお仕事なの?
「出来損ないの私と違って、共に師事していた錬金術師達の中には、今では宮廷に勤めている者もおりますよ」
「た、大変だったのですね」
「昔のことです。私をお訪ねになったのは、カーバンクルをさらわせた人物のことを知っていると考えたからですね」
「はい。その人物のこと、あなたなら心当たりがあると……」
ルビウスさんが口をつぐんでしまった。
もしや、知らないなんてことはありませんよね……!?
「黄金時代の熱心な研究をしていた錬金術師、となると彼のことでしょうなぁ……」
「ご存じなんですねっ!?」
私は思わずルビウスさんに詰め寄ってしまった。
「お、落ち着いてください聖女様――」
ルビウスさんは一瞬驚いたものの、すぐに平静を取り戻した。
「――詳しいことは存じませんが、かの黄金時代、錬金術師はカーバンクルと共にモンスターと戦っていたそうです。そんなこともあり、見つけたらぜひ飼育観察してみたいと彼が言っていたのを覚えています」
「その彼とは、誰のことですっ!?」
「ペベンシィ伯爵です。私よりも十も年下でしたが、彼はまさに天才で、フラメール様のお気に入りでした」
ペベンシィ伯爵……。
聞いたことのない名前だわ。
「ヴァナディス、ペベンシィ伯爵のことを?」
「面識はありません。が、ペベンシィ伯爵は数年前に奥様とご長男様を同時に亡くされて、床に伏せていると聞き及んでおりますが……」
ヴァナディスさんがほとんど情報を持っていないと言うことは、ザターナ様に執心していた殿方ではないということね。
ご長男が亡くなったと言うことは、ご家族に同世代の方はいないのかしら。
「今までの話をまとめると、ペベンシィ伯爵が黄金時代の研究のためにカーバンクルちゃんをさらったという仮説が成り立ちますが……」
「そんなまさか! それは有り得ません!」
ルビウスさんが血相を変えて反論してくる。
そこまで否定する根拠があると言うの……?
「ペベンシィ伯爵は誠実な男です! よそ様の物を身勝手に奪うような人物ではありませんっ」
「でも、お婆ちゃ――フラメール様は、邪道に堕ちたと評していましたよ」
「邪道? 彼が……?」
ルビウスさんが考え込んでしまった。
彼がフラメール様の元にいたのは若い頃のようだし、もしかしたら二人の間でペベンシィ伯爵の人物評に乖離があるのかもしれない。
「今でも伯爵とはお付き合いが?」
「はい。彼は、私がリンデルバルド伯爵家で働けるように口を利いてくれました。以来、たまに酒を飲み交わす仲でもあります」
「それは今でも?」
「もちろん。つい先週も彼の屋敷に招かれましたから。私もハリー様のことを話したくて高揚していましたし」
お酒の席でハリー様の自慢でもしたのかしら……。
この人、ハリー様のこと大好き過ぎだわ。
「でも、現時点では伯爵がもっとも怪しい人物に違いありません。私も疑いたくはありませんが、どうしてもカーバンクルちゃんを取り戻したいのです」
「……わかりました。私に考えがあります」
「考え?」
「不幸があって以来、伯爵はたくさんの動物を飼っています。最近、ますますその数も増え、使用人不足で新しいメイドの募集を始めたと聞きました」
「はぁ。たくさんのペットをお飼いに……」
「私が口を利きますので、どなたかをメイドとして伯爵邸に送り込まれてはどうでしょう。邸内にカーバンクルがいるかどうかを直接調べるのです」
ルビウスさんが言った直後、私の肩を誰かが掴んだ。
振り向くと――
「……っ」
――ヴァナディスさんが引きつった顔で私を見つめていた。
さすが私のお世話係。
もう私が何て答えるか、察していたわけね。
「それは名案! では、私が参りますっ!!」
その返答に、ルビウスさんは目を丸くした。
ヴァナディスさんは両膝を落とし、ライラは頭に手を当てている。
……いつものことなのに、みんなどうしたのかしら。




