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26. 最後の言葉

 すさまじい風が、テントの内側で渦巻いている。

 ローブの男達は最初こそ風に抗っていたけど、すぐに吹き飛ばされてしまった。


「な、なにこの風はっ……きゃあああっ」


 オードリー様も同様。

 新世界秩序ニュー・ワールド・オーダーの連中は全員、風に(あお)られてテントの隅へと転がって行った。

 彼らの中、両足で立っているのはただ一人――


「何事だぁーーっ!?」


 ――彼らのリーダー、ヘルモーズだけだわ。


「邪魔者は隅に避けさせてもらった」

「ぬううっ。まさかこれほどの魔法素質(マージセンス)を持っていようとは」

「お褒めに預かり恐縮する」

「無傷では勝てんな」


 ヘルモーズが、剣の柄へと手をかける。


 一方、アルウェン様は丸腰。

 しかも風を操っているからか、両手を掲げている状態。

 どうするつもりなの……!?


「残念だが、あなたの相手は私じゃない」

「何?」


 剣を抜こうとしたヘルモーズが、その手を止めた。


 今気づいたけど、アルウェン様とヘルモーズの間には、目に見えない風の幕のようなものができあがっていた。

 ……いいえ。違うわ。

 ヘルモーズの周囲だけ、砂塵を巻き込んだ風がぐるぐると取り巻いているのね。

 まるで、彼を閉じ込める檻のように。


「ありがとう、アルウェン。最高の舞台を用意してくれて」


 ハリー様の声は、その風の内側から聞こえてきた。

 ……いつの間にか、彼がヘルモーズの後方にたたずんでいる。


外のこと(・・・・)はお任せを。美味しいところはハリー様に譲ります」

「借りができちゃったな」


 ハリー様が、鞘からスラリと剣を引き抜いた。

 それに合わせて、ヘルモーズも剣を抜いて身構える。


 ハリー様の身長が170cmくらいなのに対して、ヘルモーズは2mほど。

 向かい合うと、体格差が歴然だわ。


「象に蟻が挑む……こんな無謀な戦いは避けたかったが」

「ご心配なく。象すら倒す毒を持つ蟻がいることを、ご教授します」

「意気込みだけは見事! 真剣勝負となれば自分は手加減できん男だ。それでもやるのか、少年よ?」

「格好つけたい人がいるんです」

「ならば、何も言うまい!」


 ヘルモーズがじりじりと間合いを詰めていく。

 一方、ハリー様は剣を構えたまま微動だにしない。


 ……息が詰まりそう。

 場が張り詰めてきて、立っているだけなのに緊張で体が強張ってしまう。


 二人の距離が2mを切ろうという時――


「はぁっ!!」


 ――ヘルモーズが渾身の力を込めて、ハリー様の頭上へと剣を振り下ろした。


 私は思わず目を閉じそうになった。

 けど、目を閉じる前にハリー様の剣が走り、ヘルモーズの剣の腹を叩いてその体勢を崩した。

 彼の剣はハリー様から狙いが逸れて、地面へと突き刺さる。


小癪(こしゃく)な!」


 叫び声と共に、ヘルモーズが剣を持ち上げようとした瞬間。

 私の目にはとても追えない速さで、ハリー様が何度か剣を振った。


「……っ!!」


 すると突然、ヘルモーズが両膝をついた。

 彼の利き腕と両足からは、血が滴り落ちている。


「馬鹿な!? なんて速さ……っ!」

「象すらひざまずかせる毒。いかがでしたか?」

「……フッ。恐ろしいな。よその国に、まさかこんな男がいようとは」


 決着……したのね。


 時間にすれば、たった数秒の短い戦いだった。

 だけど、私には二人の殿方が死力を尽くした濃密な時間だったように思える。


「ヘルモーズ様……」


 風の幕の外では、オードリー様とローブの人達が意気消沈した様子でヘルモーズを見据えている。

 リーダーの敗北を受けて、すっかり心が折れてしまったようね。


 アルウェン様も私と同じ空気を感じ取ったのか、魔法の構えを解いた。

 その途端、二人を取り巻いていた風の幕が消え去った。


 見れば、彼の肩にはフェアリーちゃんがちゃっかり腰を下ろしているわ。

 なんだか仲睦まじい感じ。


「我々の負けだ」

「次は、力ではなく言葉で戦ってください。我がセントレイピアは法に手厚い国。監獄の中でも、裁判を起こすことはできるでしょう」

「……フッ。それこそ、象に蟻が挑むようなものだな」


 その時、耳をつんざくような音がテント内に響き渡った。

 と、同時に――


「がはっ!?」


 ――ヘルモーズの胸を何かが貫いた。


 彼は吐血してその場に倒れ伏し、オードリー様が悲鳴を上げた。

 間近にいたハリー様も、戦いを見届けていたアルウェン様も、突然のことに目を丸くしている。


「……危ないところでしたな、ハリー坊ちゃま!」


 聞き覚えがある、この声。

 私がとっさに振り向いた先には――


「あ、あなたがなぜここにっ!?」


 ――アルラシード市長がライフル銃を手に、テントの入り口に立っていた。


「所用で停留所に赴いたところ、駅員から事の経緯を聞きましたっ! すでに近衛師団に命じて、外にいる賊の確保を進めております!!」


 テントの外にいるヘルモーズの部下達も全員捕まりそうね。

 これで、新世界秩序ニュー・ワールド・オーダーもお終いだわ。

 でも……!


「カシム市長、なぜ撃った!? 彼にはすでに戦意はなかった!」


 私が言いたいことを、ハリー様が代わりに言ってくれた。


「なんですと。しかし、彼は剣を握っていたではないですか」

「まさに剣を手離そうとしていたところです!」

「……ならば、わたくしは正当な決闘に水を差したわけですな。お詫びのしようがない」


 市長は顔を曇らせて、銃を下ろした。


 せっかく事件が解決したと言うのに、後味の悪い結果になってしまった。

 仕方ないこととは言え、こんな終わり方は切ないわ……。


「わざとでしょう! わざとこの人を撃ったっ!!」


 ヘルモーズに泣きすがるオードリー様が、市長さんに非難の視線を送る。

 そうか。この人は彼のことを……。


「言いがかりはよしなさい、オードリー女史。きみこそ、よくもわたくしの顔に泥を塗ってくれましたな!?」

「黙れっ! この人殺し!」

「哀れな。かの天才女優も堕ちたものですな」

「ううぅっ……。ヘルモーズ様ぁぁっ!」


 テントの中に、続々と近衛師団の兵士が入ってきた。

 人質の貴族達は拘束を解かれ、逆に新世界秩序ニュー・ワールド・オーダーの連中は次々と手縄をかけられていく。


「ザターナ嬢。最後は望まぬ形になりましたが、これが我々にでき得る最良の結果だったと考えてください」


 ハリー様が私の傍にやってきて、慰めの言葉をかけてくれた。

 でも、私がもっと早く行動を起こしていれば、こんな結末にはならなかったかもしれないと考えると、やりきれない。

 泣きじゃくるオードリー様を見ていると、胸が張り裂けそうになる。


 ……そう思った時。

 ヘルモーズの指先がピクリと動くのが見えた。


「い、生きてるっ! まだ生きてるわっ!!」


 私がヘルモーズに駆け寄ると、ちょうど彼が息を吹き返した。


「ごほっ、ごほっ」

「ああっ! ヘルモーズ様っ!!」


 オードリー様のお顔に笑顔が戻った。


「喜ぶのはまだ早いですわ。すぐに傷の手当をしないと!」

「ええっ。わかってる! わかってるわっ!!」

「市長さん。どうか彼を今すぐ医療院へ連れて行ってあげてください」


 市長さんに向き直るや、私は自分の目を疑った。

 彼が倒れているヘルモーズに銃口を向けていたのだから。


「何を!?」

「しぶとい男だ」


 市長さんが引き金を引こうとした瞬間――


「うぬっ」


 ――突然、ライフル銃が彼の手元から弾き飛ばされた。


「アルラシード市長、何の真似です! トドメを刺す必要はないでしょう!?」


 アルウェン様が叫んだ。

 きっと、彼が風の魔法で銃を弾いたんだわ。


「ちっ!」


 市長さんが地面に落ちた銃を取りに駆けだした。

 ……何か妙だわ。


「うおっ」


 彼が銃を拾い上げようとした時、剣が落ちてきて銃身を突き刺した。


「カシム市長。何を考えているんです!」


 今、剣を放ったのはハリー様ね。

 あの角度で投擲して、よくぞ銃身に命中させたものだわ。


「停留所で話を聞いたのなら、彼を殺せばラディアト忌光石(きこうせき)の隠し場所が聞き出せなくなるとおわかりのはず!」


 ……そうだわ。

 時間がなくて、駅員さんには端折(はしょ)った説明しかしていない。

 彼から話を聞いたのなら、市長さんも石の隠し場所はリーダーしか知らないと認識しているはず。

 それなのに、彼を(・・)殺そう(・・・)とするなんて……。


 おかしいのは、それだけじゃない。

 この人は『正当な決闘に水を差した』と言った。

 あの瞬間にテントに飛び込んできた人が、なぜ正当な決闘だったとわかるの?

 それに、こんな夜遅くに停留所に行くのも不自然よ。


「まさか……」


 私は今、ある恐ろしい考えが頭をよぎった。


「ハリー様。あなたが私に渡してくれた通魔石、あれは聖都からお持ちに?」

「いいえ。市長のテントに立ち寄った時、もしものためにと受け取ったものです」

「……誰から?」

「それは……馬鹿な……そんな!?」


 ハリー様も気づいたみたいね。

 市長は、通魔石を通じて私達の動向を監視していたんだわ。


 そもそも、ヘルモーズの力でオアシス周辺の町にある駅逓(えきてい)に仲間を送り込めるとは思えない。

 駅逓(えきてい)の運営に口を出せるほどの権力を持つ協力者がいる(・・・・・・)、と考えた方が自然じゃない?


「市長さん。あなたも新世界秩序ニュー・ワールド・オーダーの一員ですね」


 オードリー様を始め、ローブの人達からざわめきが起こった。


 市長は、ヘルモーズに自分との繋がりを伏せさせていたのね。

 計画失敗を確信した彼は、この機に乗じてヘルモーズを殺し、計画に自分が関与している証拠を消そうとしたんだわ。


「市長。あなたの隠し事、私には全部お見通しですよ!」

「……ふっ。ふふふっ」


 市長が肩を揺らして笑い始めた。

 あの陽気な人が、こんな邪悪な笑みを見せるなんて。


「あなたのような小娘に見破られようとは。さすが聖女、といったところか」


 市長は懐から通魔石を取り出し、地面に投げ捨てた。

 直後、ハリー様が血相を変えて市長の胸倉を掴み上げる。


「なぜです!? あなたが……こんなっ! こんな犯罪に手を染めるなんて!!」

「坊ちゃんには、まだ政治の話は早いでしょうが――」


 市長が、とつとつと話し始める。


「――わたくしがシルドライト出身だとはご存じでしょう。私の家はあちらで政争に敗れて、国を出ざる得なくなりました。セントレイピアに亡命を試みましたが、国を出た時には裏から手が回っていたようで、亡命も不可能でした」

「そんなこと今までなぜ黙って……!」

「誰にだって、知られたくない過去くらいありますよ」

「……」

「両国間に放逐されたわたくしの一族は、行く当てもなく砂漠を彷徨(さまよ)ううちに湖へとたどり着きました。幸い近くに通商路(キャラバンロード)が通っていたので、旅の行商を相手に商売を続け、二十年以上かけて今のオアシスを築き上げたのです」

「それがどうして、忌光石(きこうせき)を使った計画に加担する理由になるんです!?」

「気に入らなかったんですよ」

「え?」

「オアシスが金になると気づいた為政者どもは、オアシスを通商路(キャラバンロード)の正統経路に加えてやると言ってきたんです。過去のことは水に流して仲良くやっていこう。なんなら剥奪した爵位も返してやる、と――」


 市長は沸き起こった怒りに全身を震わせた。


「――これ以上の侮辱があるかっ!!」


 それが市長の動機なのね……。


「市長さん。どんな理由があろうとも、あなたのやったことは間違っています」

「ふっ。ふふふっ。二十年前、巡礼の途中でオアシスに立ち寄られた聖女にも似たような言葉をかけられました」

「前の……聖女様に?」

「あの頃は私設軍隊を組織して、直接的な報復をする考えがありました。それをあの方に看破され、考えを改めさせられたのです」

「でも、あなたは再び道を誤った」

「しかし、瀬戸際で止めていただきました。取り返しは……つきませんがね」


 市長が力なくその場に崩れ落ちた時。

 私の肩に、カーバンクルちゃんが飛び乗ってきた。

 ザラザラした舌で、私の頬を舐めてくる。

 私を見つめるつぶらな瞳を見て、彼が慰めてくれているのだとわかった。



 ◇



 その後、ライラも無事に帰還し、忌光石(きこうせき)の被害は未然に防ぐことができた。

 彼女が連れてきてくれた王国騎士団によって、新世界秩序ニュー・ワールド・オーダーのメンバーは全員拘束され、忌光石(きこうせき)もすべて回収された。


 オアシスは、セントレイピアとシルドライトが共同統治することになった。

 事態を知った両国の為政者は、一命を取り留めたヘルモーズや市長から、忌光石(きこうせき)の入手経路を聞きだすことに躍起になっているという。


 ……そして。

 オードリー様が連行される際、彼女と少しだけ話すことができた。


「あなたのオペラが観られなくなるのは残念です」

「あたしの代わりなんて、いくらでも出てくるさ。今だって、目の前にいるんだ」

「……私が?」

「あんたの演技、良かったよ。将来は女優になりな」


 それは、私が聖女に扮してからもっとも心に響いた言葉だった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


〈オアシス騒乱編〉はこれにて完結!

次話より、幕間を挟んだ後に新章が始まります。



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