24. ある聖女の名推理Ⅱ
私達は人気のないテント裏に場所を移して、今後の方針を話し合っていた。
そんな中――
「ところでザターナ嬢。そのモンスターはなんです?」
「ああ。この子ですか」
――ハリー様は私の肩に乗るカーバンクルちゃんが気になるみたい。
この子のこと、どう説明したものか……。
「見世物小屋の商品として捕らえられていたのですが、新世界秩序から逃げる時に私を助けてくれたのです」
「ふぅん。モンスターが人助けを……」
「はい。最初は私も驚きましたわ」
「モンスターの中には、自分を助けた人間に懐くものもいるという話を聞いたことはありますが……」
「そういうことなら、アルウェン様に懐きそうなものですけど」
「まぁ、モンスターの生態はよくわかっていませんからね」
カーバンクルちゃんのことは、〈マゴニア魔物図鑑〉にも書かれていなかった。
見た目は可愛いけど、得体の知れないモンスターではあるのよね。
「それよりも、新世界秩序の対策を」
「あ、そうですね。失礼しました」
ハリー様は、セントレイピア周辺の地図を広げた。
「まず連中の目的を整理しましょう」
「はい」
「やつらは現在の貴族中心主義を崩壊させて、秩序ある正しい世界へと回帰させるという目標を掲げている」
「その世界は、きっと格差のない平等な社会ということなんでしょうね」
「それを実現するためには、貴族主義を先導する各国の為政者を倒すか、その思想を是正するしかない」
「リーダーは武力は用いず、対話で事を進める意向のようですわ」
「そのために、ラディアト忌光石をマゴニア大陸の街道各地へと隠し、毒を拡げて通商路を断絶させる計画に出た」
「各地の人流と交易が断たれれば、確実に悲劇が訪れます」
「それを止めたければ、交渉の席を用意しろ……と言うわけか」
「リーダーの男だけが石の隠し場所を知っているそうですし、交渉とは名ばかりの一方的な改革が予想されますわ」
「まさに革命……」
「絶対に対話だけでは済みませんよね……」
「と言うか、無茶苦茶な話ですよ」
……やっぱりそう思いますか。
「この地図を見てください――」
ハリー様が困惑した面持ちで地図を見入る。
「――通商路とは、行商や旅行者が移動する街道すべてを指します。セントレイピア周辺だけでも百本近くありますよ。しかも道幅は街道ごとに違うし、馬車がすれ違うことができるほど広い道もある。そんな街道に忌光石を仕掛けても、毒の被害が顕在化するには何年もかかります!」
「街道の要所――例えば、橋の上とか分岐路とか、必ず人が通過する場所に埋めておくのは?」
「忌光石は、傍にあれば直ちに毒に侵されるわけではないんです。石と接触した時間が長いほど発症率は上がるそうなので、ただ通り過ぎるだけでは……」
「でも、テントには明らかに石の毒を受けた方がいらっしゃいました。厩舎で馬が倒れたという話も聞きましたし」
「厩舎の件は、僕も競売会場で耳にしました。馬や御者が原因不明の体調不良を起こしていて、停留所はちょっとした騒ぎのようです」
「普通に通過するだけでも毒に侵されるほど、大量の忌光石を埋めたのかも」
「そんな大規模な動きがあれば、各国の道路保全局が気づかないわけないと思いますが……」
私もハリー様も、頭を抱えてしまった。
これは不可能犯罪というやつだわ。
事件推理という珍しい分類の小説を読んだ時に、実現不可能と思わせる事件が描かれていたもの。
……でも、その小説では意外な方法で事件が解決されていたのよね。
「何かトリックがあるのでしょうか」
「トリック?」
「ペテンとか、イカサマとかを指す言葉ですわ」
「どうだろう……。現に被害者が出ているので、どこかに忌光石が仕掛けられたことは事実でしょうけど」
私達の知らない、何か効率的な方法でもあるのかしら。
まったく想像がつかないわ……。
「あの。そのカーバンクル、さっきから何をしているんです?」
「え? ああ――」
なぜだか、カーバンクルちゃんがさっきからずっと私の胸に頭をこすりつけてるのよね。
首から下げたルビーのネックレスを、服の内側に入れているからかしら。
「――ルビーをかじりたいんでしょうね」
「ふぅん。そいつ、オスなんですか?」
「え? さぁ……」
私がカーバンクルちゃんを撫でていると、ハリー様が睨むような目を彼に向けている。
もしかして、モンスターに嫉妬なんてしてませんよね?
「この子、ハリー様のもとにルビーがあることを、遠くから匂いでわかっていたみたいなんです」
「へぇ。鼻がいいんですね」
「あの時、テントからはずいぶん離れていたんですけどね。よっぽど宝石が好きで、鼻が敏感になっちゃったのかしら」
「ああ。それなら僕もわかるかも」
「ハリー様も?」
「ええ。聖遺物はすべて百合の香りがするんです。その匂いを嗅げば、壁の裏だってどこだって、聖遺物があるかどうか一発でわかりますよ!」
「はぁ」
「……すみません。今の発言は忘れてくださいっ」
ハリー様ったら、顔を真っ赤にしてうつむいてしまったわ。
「でも、探し物をする時に便利ですよね。匂いでわかる……なんて……」
「ザターナ嬢?」
「……壁の裏。……匂い。……待って?」
私、閃きが起きそうな感じがする。
あとひとつ何かが私を刺激してくれれば、重要なことを閃けるような……!
「ハリー様!」
「は、はいっ」
「匂いって不思議ですよね?」
「はい?」
「お料理でもお花でも、元となる物質から外に漏れてきて、鼻を刺激してくる不思議な現象ですわ」
「そんな風に考えたことありませんが、不思議と言われれば不思議かな……?」
「毒って、匂いあります?」
「毒にですか? ……あると思いますけど」
「忌光石って、置いてあるだけで猛毒を放つのですよね。匂いとは違うのかもしれませんが、何かが外に漏れていることに変わりはない」
「おそらく……」
その時、私の頭の中で閃光が煌めいた。
「そうか。そういうこと!」
「何です、急に……?」
「謎はすべて解けましたわ!」
「えぇ!?」
ハリー様がキョトンとした顔をしている。
私の推理が正しければ、今すぐあそこへ向かわないと大変なことになるわ!
急いでハリー様に説明して差し上げないと。
「先ほどの話では、通商路に忌光石を隠すやり方では、毒の被害が知られるのに時間が掛かりすぎると言うことでしたね」
「ですね。まったく非効率なやり方だと思います」
「と言うことは、今になってオアシスだけで被害者が出てくるのはおかしいと言えませんか」
「たしかに……そうですね。連中のやり方なら、すでに聖都や他の町でも同様の被害が出ていないと不自然だ」
「彼らはきっと、オアシスに来る人達だけを狙い撃ちして毒を使っているのですわ。そうすれば、通商路各地に石をばらまく必要なんてありません!」
「でも、どうやって? オアシスはセントレイピア以外にも、シルドライトやスフィアなどの街道と繋がってるんですよ」
「忌光石を仕掛ける場所は、道である必要はありませんわ!」
「???」
ハリー様はまだ理解できていないみたい。
「通商路に忌光石を仕掛けず、オアシスにいる者だけが毒に侵された理由――」
今なら、確信を持って言える。
「――それは、彼らの乗る馬車にこそ忌光石が仕掛けられていたから!!」
「な、なんですってぇっ!?」
ハリー様、私の想像以上の反応をしてくれたわね。
「た、たしかに! 最寄りの街の駅逓にやつらの仲間が入り込んでいれば、労せず石を仕掛けることも可能だ。しかも、何時間も馬車に揺られていれば、確実に毒に侵される。馬や御者に体調不良が多く出たのも、常に車体の傍にいるからだ!!」
「そうです。そして、馬車に乗る人が絶対に気にかけない場所が、一ヵ所だけあります! 忌光石が仕掛けられているのは、そこですわ!!」
「そ、それは一体……!?」
「車体の裏っ!!」
「な、なるほどっ!!」
目から鱗が落ちたという感じのハリー様。
私ってば、ちゃんと推理できたんじゃない?
「ザターナ嬢。もしや、やつらの目的は……」
「ええ。新世界秩序の真の目的は、忌光石を積んだ馬車で貴族達を国へ帰らせること!」
「それで毒の被害を拡大させる気か!」
「間違いありません。すぐに停留所へ行き、帰国を命じられた方々の馬車を止めないと!」
目的を新たにした私達は、すぐに停留所へ向かった。
でも、いつの間にかオアシスには真緑のローブ姿の人物が増えていて――
「いたぞ! あの女だ!!」
「捕まえろっ」
――また私達に襲いかかってきたわ!
「俗物ども、そこをどけーっ!!」
瞬間、ハリー様の剣閃が煌めいた。
◇
夜ということもあって、停留所は静かなものだった。
考えてみれば、夜に馬車を出す人なんているわけがないわ。
貴族の皆様を国に帰し始めるのは日が昇ってからでしょうし、急ぐこともなかったかも。
「とりあえず、止まっている馬車を手あたり次第調べましょう」
「了解です。ザターナ嬢」
私とハリー様は、駅員に不審な顔をされながらも、準特命大使の権限で停留所の馬車を調べ続けた。
その結果――
「私の考えに間違いはありませんでしたね」
「ええ。驚きが隠せません」
――留まっていた七十両のうち、半数以上が車体の裏に忌光石が取りつけられていた。
ちなみに、私達の乗ってきた馬車にはその細工はなかったわ。
リンデルバルド伯爵が手配してくれた駅逓を利用したからかしら。
聞けば、忌光石の見つかった馬車からは、馬や御者が体調不良を起こす者が多かったとのこと。
そして、それらの馬車は一度以上、駅逓に立ち寄っていることが判明した。
「記録を照合すれば、どの駅逓にやつらの仲間がいるかわかるかもしれません。お手柄ですよ、ザターナ嬢!」
「えへへ」
私が満面の笑みを浮かべていると、駅員さんが話しかけてくる。
「あのぅ。先ほど一両、シルドライトへ出発した方がいらっしゃるんですが……」
「「なんですってぇーーーっ!?」」
ハリー様が慌てて駅員さんに掴みかかる。
「いつです!? 誰がその馬車に!? こんな夜間になぜ許可したのですか!」
「そ、そう言われましても……。火急の場合、本人の責任で馬車を出すことを市長様がお許しになられたので」
「なんてことだ!」
本当、なんてことだわ。
このままシルドライトに帰してしまえば、毒が広がる可能性が高い。
「すぐに後を追います! 馬車を出してください!!」
「ハリー様、お待ちをっ」
「なぜです!? すぐに追いかけないと、取り返しのつかないことに……っ」
「あなたがいなくなってしまったら、誰が新世界秩序を制圧するんです!?」
「し、しかし……!」
とんだ誤算だわ!
私は馬車の運転なんてできないし、ハリー様には口髭の人をやっつけてもらわないといけない。
せっかく謎が解けたのに、犯人を捕まえるか、犠牲者を出さないかのどちらかを選ぶしかないなんて!
その時――
「あら? ザターナ嬢? ハリー様も……」
――私は、女神様の導きに感謝した。
「ライラ!」「ライラさん!」
「ど、どうしたんですっ!?」
二人掛かりで詰め寄ったので、ライラを驚かせてしまった。
「ライラ! なぜあなたが停留所に!?」
「馬車馬が相次いで倒れてると聞いて、様子を見に来たんですが」
「ライラさん! きみにしか頼めないことがあるんだ!」
「は、はい……?」
私は簡潔に事情を説明し、ライラに馬車を追いかけてもらうよう頼んだ。
彼女は動揺が隠せない顔をしていたけど――
「情報量が多すぎて、何が何やらですが……。とりあえず、私がやるべきことは理解しました」
――最後には納得してくれた。
「シルドライトへ向かった馬車は、私にお任せを。ザターナ嬢とハリー様は、見世物小屋に潜伏している主犯の確保をお願いします」
私はどうしても聞きたいことがあったので、御者台へ飛び乗ったライラさんへと声をかけた。
「あの! 弟くんは大丈夫ですかっ!?」
「あの子ならすっかり元気ですよ。明日、すべてを解決した後に医療院へ迎えに行ってあげてください」
「……ありがとう!」
ライラの馬車が走り去るのを見届けた私とハリー様は、互いに顔を見合わせた。
「行きましょう、ザターナ嬢。この都の憂いを払いに!」
「はい。間違った思想を挫くのも、聖女の務めです!!」
「クルルッ!」
私達――二人と一匹は、絶対に負けられない戦いへと挑む。