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19. 楽園オアシス

 小都市オアシスの停留所で、私達は足止めを食っていた。

 道往く人があまりに多く、車上から降りることもままならなかったのだ。


「一向に人の往来が止まないですね」


 御者台のアルウェン様が、うんざりした様子で言った。


 すでに三十分近くこの状況が続いているので、私も気持ちは同じ。

 いつになったらオアシスの地を踏めるのかしら……。


「こんなに大勢の人が集まる光景を目にしたのは、初めてですわ」

「おや。初めてですか? 毎年、〈聖声(せいせい)の儀〉ではこのくらいの群衆が聖塔の前に集まっているはずですが……」


 思わず口にした本音に、アルウェン様からの突っ込みを受けてしまった。

 たしかに聖塔の前は広かったけど、オアシスと同じくらい人が集まるなんて知りませんでしたよ……!


「聖都の外で、と言うのが抜けていましたわ。私、よその街に行く機会なんてほとんどありませんでしたから」

「そうですよね。その分、オアシスでは存分に楽しんでください」

「ありがとう、アルウェン様」


 うまくごまかせたかしら……?

 齟齬(そご)が出るような発言は、できるだけ控えなきゃ。


「まだ日も高いですし、オアシスは市長の意向で通行税を取ってませんから。人の出入りはきっと大陸一ですよ」


 ハリー様が人の波を眺めながら言った。

 彼には見慣れた光景なのか、さして驚いた様子でもないわね。


「それにしても、国境にこれほどの人が集まるなんて驚きですわ」

「オアシスのイベント目当てにやってくる人も多いです。市長は賑やかしに命を懸けてますから」


 さらりと、すごいことをおっしゃるのね。

 市長さんて一体どんな人なのかしら。


 私も出張オペラを目当てにオアシスにやってきたわけだから、きっと市長さんの手のひらの上なんでしょうね。


「……人がはけてきました。今のうちに馬車から降りましょう」


 アルウェン様が御者台から降りて、客車のドアを開けると――


「ザタ――」

「ザターナ嬢、エスコートは僕にお任せを!」


 ――先にハリー様が降りて、外から私へと手を差し出してきた。


「むっ」

「ふふん」


 渋い顔になるアルウェン様と、勝ち誇ったような笑みを浮かべるハリー様。

 お二人とも、何を競っているの……。


「え、えぇと……」


 この場合、ハリー様の手を取って降りるべきかしら。

 そうなると、アルウェン様に角が立つ?


 それとも、アルウェン様に気を使って一人で降りるべきかしら。

 そうすると、ハリー様に恥を掻かせることに……。


 ど、どうしよう……!?


「行こうか、ザターナ様!」

「あっ」


 突然、バスチアン(弟くん)が私の手を握ったかと思うと、強引に客車の外へと連れ出されてしまった。


「オアシスでは俺がエスコートしてあげるよ、ザターナ様!」


 あらら。

 一番年下の男の子が、この場の主導権を握ってしまうなんて。


 ハリー様とアルウェン様が呆気に取られた顔をしているのを横目に見て、思わず吹き出しそうになっちゃったわ。

 まぁ、ここは親衛隊候補者でもない弟くんにエスコートを任せるのが、公平かもしれないわね。


「わかりました。では、エスコートは弟くんにお任せしますね」

「やったぁっ!」


 弟くんたら、はしゃいじゃって可愛い。


「ま、まぁ、我々は立場上、護衛ですからね」

「そ、そうだね。僕達はザターナ嬢の身の安全を第一に考えるべきだね」

「その通りです。ハリー様、ここはしっかり協力しましょう!」

「もちろんだよ。お互いに抜け駆けは無しにしよう、アルウェン!」


 なんだかハリー様とアルウェン様が、ぎこちない笑みを浮かべ合ってるわ。

 そのお顔はさておいて、お二人が一緒に私を守ってくださるのなら剣鬼に聖剣((※慣用句))というやつね。


「お嬢様!」


 ヴァナディスさんからお声が掛かった。

 彼女、いつの間にか御者台へと移動していたのね。


「お気をつけて。くれぐれもご自身の立場(・・・・・・)をお忘れずに!」

「だ、大丈夫。わかってる」


 ヴァナディスさんが訝しそうな目で私を見つめてくる。

 つい今しがた、やらかしそうになったから疑うのはわかるけど……。


「では皆さん。私はこのまま国境を越えて、シルドライトへ向かいます」

「ヴァナディスさん、お気をつけて」

「ええ。アルウェン様も、お嬢様をよろしくお願いしますね」


 ヴァナディスさんは、アルウェン様にニコリと笑いかけた直後、あらためて私へと怪訝な視線を向ける。

 よっぽど信用ないのかしら、私……。


 ヴァナディスさんの走らせる馬車を見送りながら、私は祈った。

 ザターナ様が無事に見つかりますように……と。


「さて。まずはオアシスの市長に挨拶に行きましょう。彼から準特命大使の権限をいただけば、自由に都を見て回れますから」

「まぁ。それは素晴らしいですね!」

「ザターナ嬢には、オアシスを存分に堪能していただきますよ!」



 ◇



 ハリー様に連れられて、私達はオアシスの中心にある湖へと向かう。

 市長さんは、湖の傍にある一等地にお住まいだとか。


 途中、煌びやかな織物に飾られたテントが張られていて、中では踊り子が踊っていたり、見たこともない四足歩行の動物が火の輪をくぐっていたりと、なんだか夢の国みたいな光景が広がっていた。


 未知なるものを見ると、気になって気になって仕方なくなってくる。

 でも、ここは聖女としての体面をしっかり保っておかなきゃ!


「テントの中もすごいけど、道端には見たこともない物やら動物やらが売られてんねぇ」


 弟くんは、道すがら目につく露天商に興味深々のようだわ。

 角の生えたウサギに、火を吹くトカゲ……比較的温厚なモンスターの(ひな)を取り扱っているみたい。

 他にも、氷菓子や甘い匂いの飲み物が売られてるわね。


「あとで何か買ってあげるわ」

「いいよ! 子供じゃないんだ、自分で買うさっ」

「それは頼もしいわね」


 弟くんたら、強がっちゃって可愛い。

 私もお姉さんとして、少しは見直されるようなことしてみようかしら。


「ハリー様! せっかくですし、露天商を見ていきませんか?」

「ええ。かまいませんよ」


 ハリー様を呼び止めて、露天商を覗く時間を確保!

 これはお姉さんポイント高いんじゃない?


「ほら、弟くん。こっちのウサギさんなんて可愛いわよ♪」

「俺、どっちかって言うとこっちのドラゴンの方が好みだなぁ」


 ドラゴンて……。

 それは火を吹くだけの小さなトカゲ――サラマンダーよ。

 〈マゴニア魔物図鑑〉に描かれていた挿絵そっくりだから、間違いないわ。


「兄ちゃん、なかなか目の付けどころがいいねぇ。まさにこいつは、伝説のドラゴンの幼体だ!」

「だよなぁ! 超かっこいいもんよっ!!」


 えぇ……。

 ドラゴンだなんて、嘘じゃないの。


 私はチラリとハリー様を見やると――


「まぁ、こういうのがオアシスではご愛嬌というやつでして」


 ――苦笑いを浮かべているだけだった。


 これって詐欺じゃないの……っ!?

 もしかして、私が野暮なだけ!?


「今なら、ドラゴン幼体を二匹セットで300エルだよ!」


 いやいや。

 ドラゴン、安すぎでしょ……。



 ◇



 結局、弟くんは200エルでサラマンダーを一匹買ってしまった。

 今は彼の頭の上にちょこんと乗っているけど、時たま吐き出す炎が危なっかしい。


「着きました。ここが市長のテントです」


 ハリー様が指さしてるのは、お屋敷くらいの大きさのテント。

 入り口を守る男の人達にハリー様が話しかけるや――


「聖女様御一行、お待ちしておりました」


 ――と言われて、中へと通された。


 テントの中は天幕で細かく仕切られ、実際のお屋敷みたいに部屋と通路とに分けられていた。

 化粧水のような心地いい芳香も漂っていて、なんだか不思議な感じ。


「応接間はこの先となります」


 迷路みたいな通路を進んでいくと、要所要所で小麦色の肌をした露出度の高いお姉さん達が案内してくれる。

 こういう色っぽい雰囲気は、子供(弟くん)には目の毒ね。


 応接間と呼ばれる広間に入ると、ようやく市長さんのお顔を拝見できた。


「我が居城へようこそ、聖女ザターナ様! わたくし、オアシスの市長を務めますカシム・アルフ・アルラシードと申しますっ!」


 市長さんは、ド派手な衣装と独特な踊りで私達を迎えてくれた。

 ずいぶん陽気なオジサマだこと。


「……初めまして、アルラシード市長。オアシスは、私にとって何もかもが未体験の世界で、楽園に訪れたかのような夢心地ですわ」

「お褒めに預かり光栄ですっ! 先代の聖女様が訪れて二十年余りっ! わたくしどもアルラシード一族は、聖女様のご来訪を心待ちにしておりましたっ!!」


 くるくる踊りながら、よくしゃべれるわね。

 本当、器用な人……。


「カシム市長。今回、ザターナ嬢はお忍びで来ていますので、このことはどうか内密に願います」

「おお、ハリー坊ちゃまっ! お懐かしゅうございますなぁっ!!」


 一足飛びでハリー様に近づくと、彼の手を取ってくるくると回り始めた。

 市長さんがピタリと動きを止めるや――


「ダンスは上達しましたか?」

「も、もちろん……っ」


 ――ハリー様が顔を引きつらせながら答えた。


「ほっほっほ。嘘が下手ですなぁ!」


 くるくると回転しながら、市長さんが元の位置へと戻って行く。


「お客様に例のものをっ!」


 足を止めた市長さんが言うと、お姉さん方が部屋の中へと入ってきた。

 その手には小さな箱を抱えている。


「ザターナ様、並びにハリー坊ちゃまとそのご友人方に、準特命大使を任命いたしますっ!」


 箱の中に入っていたのは、銀色に輝くブローチだった。

 私達は一人一人、お姉さん方にそれを衣服へとつけてもらう。


「光栄に存じます、市長。準特命大使の任、謹んでお受けいたしますわ」

「さら~にっ! 聖女様には我々からささやかな贈り物がございますっ!!」

「は、はい?」


 その後、市長は聖女来訪記念パーティーを唐突に開き、私達は延々と彼の不思議なダンスを見させられた。


 解放されたのは、日も暮れた頃。

 あのパワフルさは、オアシス特有のものなのかしら。

 それとも、市長さん独特のもの……?


 とりあえず、可愛い動物でもモフモフして癒されたいわ……。

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