17. 受けるお誘い、断るお誘い
ソーン伯爵の事件より一週間。
私はケノヴィー侯爵夫人からのお誘いを受けて、お茶会に招かれていた。
「まぁ。ザターナ嬢の投げた石がバスチアン坊やに?」
「それが事件解決の糸口になったなんて、すっごい偶然ですわねぇ」
「もしや、お狙いに? だとしたら大したものだわね!」
「それよりもその後の話を聞かせて。バスチアンからデートのお誘いの件!」
「私も気になります~。聖女様に年下の恋人なんて面白いわ~」
青空の下、侯爵家本邸の庭園テラスにて。
私はお茶会が始まってからずっと、社交界を代表するエレガントなご婦人方からの質問攻めにあっている。
ケノヴィー侯爵夫人だけでなく、そのご友人の伯爵夫人や子爵夫人から事件の一部始終をしゃべらされて、もうクタクタだわ。
「デートと言っても、子供の言うことですから……」
質問責めが延々と続いたおかげで、せっかくカップに注いでいただいた紅茶にも口をつけられていない。
もう冷めちゃってるわね、これ。
「それにしても、ザターナ嬢がそんなお転婆だったなんて驚きだわ」
「そうでしょうか」
「そうですよ。鉄の聖女とまで揶揄されたザターナ嬢が、レイア様やソーン伯爵の悪事を暴く活躍をするなんて、誰が思ったでしょう」
侯爵夫人の口から、気になる言葉が出てきた。
鉄の聖女って……そんな通り名がザターナ様についていたの?
「あの、その鉄の聖女というのは?」
「ご存じない? 外面は良いのに、何に対しても興味を示さない。笑顔のメッキをかけられた鉄の像のようだって、若いご令嬢の間では話題だったのよ」
それを聞いて、私は苦笑するしかなかった。
ザターナ様がそんな陰口を言われていたなんて初耳。
「本当、お変わりなさったわね。まるで別人のよう」
不意にそう言われて、私は全身が固まってしまった。
「何があなたの意識を変えたのかしら?」
「はは……」
乾いた笑いがひとりでに漏れてしまう。
別人も何も、別人ですし……とは言えない。
「……せ、聖女様の本を読んで感銘を受けまして」
「そうなの。たしかに聖女様の本には含蓄あるお言葉が散見されていますものね」
「はい。何冊か本を読むうち、私も歴代の聖女様のように世の悪を正すべきかと思い至ったのです」
「さすが聖女様ね。素晴らしい使命感だわ」
……どうしよう。
その場しのぎの大言を吐いてしまったわ。
こんなこと言っちゃって、ちょっと罪悪感が……。
「息子のルークが言っていました。本を読むことは、時も場所も超えて未知なる教えを授かる奇跡だ、とね。鉄の聖女だったあなたが、そこまで心を動かすほどなのだから事実なのでしょうね」
ようやく会話の流れが途切れたので、私は紅茶に口をつけた。
やっぱり冷めちゃってたわ……。
「あらやだ! もうこんな時間だわ」
侯爵夫人が庭にある小さな時計塔を見て、慌てた様子で席を立った。
何かご予定があるのかしら。
「午後から夫とオペラ鑑賞の予定を入れていましたの。わたくしったら、皆さんと話し込んでしまってうっかりしていました」
オペラ!?
オペラって、演劇と歌唱が合体した音楽劇のことよね!?
いいなぁ、いいなぁ!
侯爵夫人ってば、そんなものを観れるなんて……っ!
「オペラ鑑賞だなんて羨ましいですわねぇ」
「オペラねぇ。私も夫に連れて行ってもらいたいものだわね!」
「主演は誰かしら。今の時期だとオードリー女史かしら?」
「若くして天才女優と呼ばれる方ですね~。私もファンですわ~」
オペラの話題で、ご婦人方が盛り上がりを見せる。
でも、さすが侯爵夫人と言うべきか――
「……こほん。今日はお開きにしましょう。この埋め合わせは、また後日させていただきますわ」
――キッパリと解散を宣言して、お茶会は幕を閉じた。
ご婦人方とのお茶会、緊張したけどなかなか楽しかったな。
また、お誘いがあれば参加しましょう。
◇
ヴァナディスさんと合流して、侯爵邸の廊下を歩いていると――
「やぁ! 来ていたのかザターナ」
――ルーク様とばったり鉢合わせた。
「母上も人が悪い。きみのことを一言も知らせてくれないんだものな」
「ルーク様はご多忙ですから遠慮したんですよ」
「俺はきみのためならば、どんな予定も繰り上げて馳せ参じるぞ!」
「それは心強いですわ」
ルーク様ったら、私のためにそこまでなさらなくてもいいのに。
「そうだ。きみに贈った本はどうだった?」
「あ。〈在りし日の聖女の聖声〉ですね! まさに今、読んでいるところですっ」
「そうか。期待通りの本だったかな?」
「もちろんです! 〈聖声の儀〉の成り立ちや過去の聖女様の想いが綴られていて、感動の渦ですわ!」
「はは、面白い比喩だね。喜んでくれてよかった」
ルーク様の爽やかな笑顔を見ると、なんだかホッとするわね。
「せっかく会えたのだし、紅茶を飲みながら本について語り明かさないか?」
そう言われて、ルーク様からほぼ同じ文言の書かれた手紙を受け取ったことを思い出した。
私、言葉を選んでやんわりとお断りの返事を書いたはずだけど……。
「ルーク様。とても嬉しいお誘いなのですが、親衛隊の立候補者との接触は極力控えるよう言いつかっておりますの」
「手紙にも書いてあったね。宮廷からの通告なら、従うしかないだろうが……」
「立候補された方々から、不信を招くようなことは避けたいのです」
「……わかった。どうせ選抜後、俺はきみの親衛隊に選ばれている。その時、あらためて誘わせてもらうよ」
さすがルーク様、すごい自信だわ。
実際、最終候補にルーク様が残ったら、私は彼を選んじゃうだろうな。
「とは言え、俺の目が届かないところでまた無茶はしないでくれよ?」
「ソーン伯爵の件でもう凝りましたわ。ご心配なさらず」
「もっとも、きみのそういうところが魅力なのだがね」
ルーク様は私に優しくほほ笑んだ後、踵を返して廊下を歩いて行った。
私の無茶をするところが魅力って……。
変なことをおっしゃるのね、ルーク様ったら。
侯爵邸を出ようと廊下を歩き出した時――
「すまない、ザターナ。あの手紙のことなんだが」
――ルーク様が引き返して訊ねてきた。
「手紙?」
「……いや。なんでもない」
「?」
ルーク様は何も言わず、私に背中を向けて今度こそ去って行ってしまった。
手紙がどうかしたのかしら……?
◇
その後、アルウェン様に護衛されてお屋敷へと帰宅。
お部屋でゆっくり本の続きを読もうとした時、ヴァナディスさんが私に来客だと伝えに来た。
「どちら様です?」
「バスチアンくんだけど……どうする? 会う?」
「弟くんですか」
アトレイユ様の弟のバスチアンくん。
彼は親衛隊の立候補者でもないし、寄宿学校も入学前。
立場上はただの貴族の子供だから会っても問題ないんでしょうけど、デートの誘いがしつこいから面倒くさいのよね……。
「……会います。邪険にするのも可哀そうですし」
「あの年頃の男の子はワガママで扱いにくいから、振り回されないようにくれぐれも注意するのよ」
「はぁい」
◇
弟くんに会うと、彼は公園に行きたいと言ってきた。
ヴァナディスさんとアルウェン様を伴って、王立公園まで赴いてみれば――
「お久しぶりです、ザターナ嬢!」
――ハリー様が花束を持って待っていた。
「ハリー様、なぜここに?」
「僕が直接訪ねても、親衛隊のことで会ってくれないと思って」
弟くんがハリー様とハイタッチした。
もしかしてこの二人、グルになって私を誘い出したの!?
「弟くん、これはどういうこと!」
「ご、ごめんよザターナ様。ハリーさんに頼まれたら、俺も断れなくって」
弟くんたら、ハリー様と特別親しい仲みたいね。
まさか私を連れ出すためにハリー様が弟くんを利用するなんて、夢にも思わなかったわ。
「どうぞ、ザターナ嬢。あなたのためにシルドライトから取り寄せたブーゲンビリアです」
ハリー様が、花束を私に手渡してきた。
赤色のブーゲンビリア……セントレイピアでは見ない花ね。
「ありがとうございます、ハリー様」
「喜んでくれて幸いです」
「でも、今回のようなやり方で私を呼び出すのはズルいです」
「怒らせちゃいましたか? ごめんなさい!」
ハリー様が困った顔をしながら、平謝りしてくる。
困ってるのは私の方なんだけどなぁ……。
「それで、ご用はなんでしょう。ハリー様も親衛隊に立候補されているのであれば、私とこうして会うのも本来は――」
「息苦しくないですか、ザターナ嬢?」
私の言葉を遮って、ハリー様が妙なことを言い始めた。
「お父上の言いつけで、ずっと屋敷に閉じこもっているのも辛いでしょう。僕は聖女様にも気分転換が必要だと思うのですよ」
「はぁ」
「あなたのストレスを吹き飛ばす、まさに楽園と呼べるような場所を知っています。そこへ行ってみませんか?」
「ら、楽園……?」
「はい。その名もオアシス! セントレイピアとシルドライトのちょうど国境線にある小都市です」
ハリー様、急に何を言っているの?
聖都の外の話をされても、私にはどうしようもないのに。
「オアシスには、大陸中から人や物が集まってきます。聖都では見られない逸品や珍品、奇想天外なイベントも盛りだくさん! 自由の利かないザターナ嬢のストレスを発散するには、最適な場所ですよ!!」
「……私をそこに連れて行ってくださる、ということでしょうか?」
「その通りです! 聖女とは言え、あなたも一人の人間。たまにはパァーッと遊んで気分転換しましょう!!」
今日のハリー様はグイグイ来るわね……。
私のためにそこまでしてくださるのは嬉しいけど、いくらなんでも聖都を出ることなんてできないわ。
親衛隊選抜の時期だし、何より旦那様がお許しになるはずないもの。
「各国の王族もお忍びで訪れるほどの場所です!」
「はぁ。でも――」
「世にも珍しい幻獣を観賞できる見世物小屋だってあります!」
「はぁ。しかし――」
「天才舞台女優オードリー主演の出張オペラも催されます!」
「行きますっ!!」
……ああ。
私の背中に、チクチクとヴァナディスさんの視線を感じるわ。