14. 月夜の告白
私とヴァナディスさんは王国騎士団に保護された。
縄で縛られたダミアンと、その取り巻き達は、一人残らず連行されて行った。
「護衛の騎士に何も言わず屋敷を飛び出した件については、また今度お叱りをさせていただきます」
「はい……」
「今は屋敷に戻って、心と体をお安めください」
「ご迷惑をおかけしました。アルウェン様」
「本当に無事でよかった」
アルウェン様に見送られながら、私とヴァナディスさんは馬車に乗せられた。
御者を務める女性騎士さんが馬車を走らせると、窓から見えるスレイヤーズギルドの建物がどんどん小さくなっていく。
「ヴァナディスさん。ごめんなさい」
「ダイアナ。もうあんな冒険は嫌ですからね」
今日のことは反省しかない……。
なんとかなると思って、自分のワガママを貫いた結果が、あの様。
彼らが現れなければ、取り返しのつかないことになっていた。
ヴァリアントって一体、何者なんだろう?
◇
翌日、社交界に激震が走った。
ソーン伯爵の息子ダミアンが王国騎士団に逮捕され、彼がスレイヤーズギルドを隠れ蓑に様々な犯罪に手を染めていたことが明るみに出たのだ。
彼らの犯罪を白日の下にさらしたのは、ヴァリアント。
私達を助けてくれた彼らは、ダミアン達を拘束してすぐに立ち去って行った。
あの場に表れたヴァリアントは六名。
全員が覆面に黒ずくめの装束を身にまとい、腰に剣を差していた。
私は覚えている限りのことをアルウェン様にお話したけど、ひとつだけあえて話さなかったことがある。
それは、赤い瞳をした覆面男のこと。
あの人の正体は、間違いなくアトレイユ様。
覆面でくぐもっていたけど、今思えば声も彼のものだったわ。
「聖都は大騒ぎですね」
「そうだな。ソーン伯爵は、土地と家財の没収、並びに爵位剥奪の上、国外追放だそうだ。息子は40年の禁固刑。しかも、ヴァリアントに斬りつけられた利き腕の腱は二度と元には戻らんそうだ」
「……自業自得、と切り捨ててしまって良いものでしょうか」
「ああ。自業自得さ」
書斎で、旦那様とヴァナディスさんが話している。
私はそんな二人を見据えながら、じっと黙り込んでいるだけ。
「ダイアナ、そう気を落とすな。結果論ではあるが、おまえの無茶があったからこそ、聖都セントラのダニが一匹――いや、二匹減ったのだ」
「ですが、私の無茶でヴァナディスさんの身にまで危険が……」
うつむく私の顎を、ヴァナディスさんが持ち上げた。
「へこむなんて、あなたらしくないわよダイアナ! しゃんとなさいっ」
「ヴァナディスさん……」
「失敗は次に活かせばいいの。それにお嬢様なら、あんなことがあってもくよくよしないわ。むしろ、なんて役に立たないメイドなの! って私を怒鳴りつけていたに違いないもの」
コホン、と咳き込む旦那様。
ヴァナディスさんは慌てて取り繕おうとしたけど、後の祭りだった。
「……ふふふ。ありがとう、ヴァナディスさん。元気になりました」
そう言うと、ヴァナディスさんは安堵した表情を見せた。
「とは言え、今度のことで私も宮廷から睨まれてしまってな」
「えっ。旦那様がですか?」
「ああ。私が屋敷を空けることが多いことに対して、監督不行き届きだと言われてしまったよ」
「そんな! 旦那様はザターナ様をお捜しになられていただけなのに……」
「宮廷連中にはそんなこと言えんしな。仕方ないさ」
……う~ん。
元気になったつもりだったけど、旦那様の迷惑になっていることを知ってしまったら、また気が沈んできた。
「ダイアナ。そんなわけで、おまえには当分、謹慎を申しつける。もうこっそりと屋敷を出るような真似はしないでくれよ」
「はい。お約束します」
こんなに周りに迷惑をかける聖女なんて、他にいないわ。
私も歴代の聖女様を見習って、もっと慎ましやかな女性にならなきゃ。
◇
三日後。
私はザターナ様の部屋で、とうに読み飽きた本に目を通していた。
その本は、百年以上前に書かれた当時の世界をモチーフにした冒険小説。
数ある写本のひとつだけど、私が何度も読み返したものだから、けっこうボロボロになってしまっている。
この本によれば、かつて世界には神々の恩恵を受けた英雄が存在し、ドラゴンやデーモンといった強大なモンスターと戦いを繰り広げていたという。
これは英雄の一人が、ヒロインの魔法使いと共に闇のドラゴンを倒すまでのお話だけど、今の時代はドラゴンなんて存在しない。
英雄達が活躍したのは、すでに遠い過去のこと。
かつて猛威を奮ったモンスターもことごとく駆逐され、今では力の弱い種族が細々と生きながらえているのみ。
人類の文明が発展する陰で魔法も衰退していき、今ではほんの一握りの人しか使えなくなってしまった。
聖女に与えられた〈聖声の儀〉も、その時代の名残らしいけど、実際にはどんなものなのかしら。
……そこらへんについて詳しく記載されている本、読みたいなぁ。
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「お嬢様、ご本のお届け物です」
「本? どなたから?」
「ルーク様です」
それを聞いて、私はハッとした。
いつぞや、図書館で聖女の本を譲ってくれるという約束をルーク様としていたことを思い出したから。
私はドアを開くや、ヴァナディスさんが抱える本をひったくった。
「もうっ。そんな慌てなくても、本は逃げませんよ」
言いながら、ヴァナディスさんが部屋の中へと入ってきた。
本を開く私の横から、彼女が覗き込んでくる。
「何の本なの?」
「〈在りし日の聖女の聖声〉っていうタイトルみたいです」
「あの〈聖声の儀〉のこと?」
「たぶん。読んでみないとわかりませんけど」
「それにしても古い本ね」
「発刊の日付を見るに、250年前の本みたいですね。当時の写本にしては綺麗な方だと思いますよ。いくらくらいするのか、想像つきません」
「あなた、意外と本に詳しいわよね」
「ザターナ様の代わりを務める前から、本で暇を紛らわせていましたから!」
パラパラとページをめくっていると、ハラリと白い紙が抜け落ちた。
「……手紙、みたいね」
「ルーク様のサインがありますね」
ざっと目を通してみると――
ソーン伯爵や、ダミアンのことは聞いた。
きみが無事でよかった。
いざという時に、傍にいてやれなくてすまない。
必ず親衛隊の選抜に通過し、きみの傍できみを守ることを約束する。
近々、二人きりで紅茶でも飲みながら本のことを語り明かそう。
――といったことが書かれていた。
嬉しい申し出だけど、二人きりはちょっと困るのよね……。
やんわりとお断りすることはできないかしら。
「私、ルーク様にお返事を書こうと思います」
「そうね。返答がないと、届いたかどうか不安だ――とか言って、屋敷に来る口実になりかねないし」
「そんなことルーク様が考えますかね……?」
「お返事を書くなら、気をつけなさいよ。あなた、癖字が酷いんだから」
「はぁい」
生返事をしつつ、私はルーク様の手紙を見て思う。
ルーク様、字、上手すぎ……!
◇
その夜、私はふと目が覚めてしまった。
寝つけなかったので、気分転換にお屋敷を散歩することに。
灯りが消えて真っ暗になった廊下は、何年も住み慣れたお屋敷と言えど、やっぱり不気味に感じてしまう。
そんな中、窓から花壇が月明かりに照らされているのを見て、私は何気なしに中庭へと足を踏み入れた。
「綺麗」
月明かりに照らされて、花壇に咲くツキボタル草が輝いている。
その輝きを見渡していると、一ヵ所だけ輝きが欠けている場所があった。
……変ね。
ひとつの花壇には、同じ花だけを植えているはずなのに。
ツキボタル草が一部だけ輝いてないってことは、そこだけ枯れてしまっているのかしら?
私が様子を見に行こうとした時――
「!? 誰っ!?」
――暗がりに人の気配を感じた。
「驚かせてしまって、すみません」
暗がりから声が聞こえてきた。
ゆっくりと近づいてくる人影を、ツキボタル草の輝きが照らしだす。
それは……。
「アトレイユ様」
彼は物寂しい表情を浮かべながら、私を見つめていた。
その腕には、ガーベラの花束を抱えている。
「王国騎士団に俺のことを伝えなかったんですね」
「……はい」
「なぜです? 俺がヴァリアントだと気づいていたでしょう」
……やっぱり。
あの時の覆面男は、アトレイユ様だったのね。
「命を助けていただきました」
「偶然でした。かねてよりマークしていたダミアンのアジトに、まさかあなたがいるなんて……」
「それに、ヴァリアントは義賊なのでしょう。アトレイユ様が所属しているのなら、必ず何か正しい目的があるはずだと思いました」
「その通りです。ヴァリアントの存在意義は、正義の行使ですから」
「理由を……聞かせてくれますね?」
アトレイユ様はこくりと頷くと、私の傍まで歩み寄ってきた。
「ヴァリアントは、俺が聖都の悪徳貴族をこらしめるために結成しました。メンバーの名まで俺の口からは明かせませんが、全部で九名。彼らは皆、俺と同じ志を持った貴族令息です」
「まぁ。そんな同志達を募って、日々あんなことを?」
「腐ったリンゴを放置すれば、その腐敗は拡がる一方。親友の口癖を聞いているうちに、俺も何かできないかと思ったのです」
「……それで、何か変わりましたか?」
「どうでしょう。一匹ダニを潰しても、他からいくらでも現れる。この数年、それの繰り返しでした。こんな草の根運動は、徒労なのかもしれません」
アトレイユ様は、とても沈んだ顔をしているように見える。
お会いするたびに彼の覇気には圧倒される思いだったのに、今はひどく頼りない印象を覚えてしまう。
「ザターナ嬢には、知られたくなかったな」
「アトレイユ様……」
「でも、これだけは信じてほしい。ヴァリアントは、この国の腐敗を嘆く者同士が手を取り合い、未来に憂いを残さぬために立ち上がった正義の一党であることを」
「信じます。でも、その方法が正しいのでしょうか」
「……わかりません」
アトレイユ様が、私にガーベラの花束を手渡してくる。
私がそれを受け取ると――
「俺も、ずっと答えを探しています」
――そう言って、暗がりの中へと姿を消してしまった。
「アトレイユ様……?」
私の呼びかけに応じる者は、もういなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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明日は2話更新する予定です。
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