12. ソーン伯爵自慢のご子息
「伯爵のご子息が立候補を?」
「そうじゃ。聖女の身を守るという大役、我が誉れあるソーン伯爵家の嫡男が務めずして、誰が務めるというのか!」
よほど自慢のご子息なのね。
でも、立候補したからと言って、誰でも採用されるわけじゃないと思うけど。
「ご子息の立候補は光栄に存じますが、親衛隊の選抜は宮廷やエルメシア教の方が全権を担っています。私は結果を待つだけの身ですわ」
「まだ聞いておらぬようだな。たしかに選抜は宮廷が行うが、最終決定権はおまえにあるのだよ、ザターナ!」
「はぁ」
「優秀な人材を戦闘面、経歴面、人格面から絞り込む。おまえには、最終候補に残った者から親衛隊を選ぶ権利が与えられるのじゃ」
なぁんだ、安心したわ。
最終的に私の裁量で決めていいのね。
だったら全員落としてしまえば解決じゃない?
「これはまだ公表されておらぬが、国王と主教は親衛隊を五人定めると決定しておる。その五人を選ぶ際、我が息子を指名してほしい!」
えぇ……。
もしかして五人、絶対に選ばないとダメってこと?
それに今、この人なんて言ったの。
私にご子息を選べだなんて……それって不正じゃない!
「伯爵。そのような申し出は……」
「なぁに、心配いらん。わしの息子は優秀じゃ。国内外の青二才どもに選抜で遅れは取らん!」
「はぁ」
「まさか断らんよな? トバルカインはわしに大きな借りがある。これを機に、その借りを返してもらおうではないか」
この人に、旦那様が借りを作っているの?
もしそれが事実なら、私の返答次第で旦那様にもご迷惑が……?
私は考え込むふりをして、後ろにいるヴァナディスさんに目配せする。
すると、彼女は強張った顔のまま小さく頷いた。
……どうやら事実みたいね。
これは困ったわ。
断れば旦那様にご迷惑が。
かと言って承諾すれば、不正の片棒を担がされる。
なんて答えるのが正解なの……!?
「……」
「どうした? 一言、わかりましたと言ってくれればそれでよい!」
……ちょっとした賭けになるけど。
この場を切り抜けるには、この方法しかなさそうね。
「そのお話、少々遅かったですわ」
「遅かったじゃと……?」
「実は、事前にケノヴィー家、コリアンダ家、リンデルバルド家、ヴァギンス家からも立候補すると聞き及んでおりますの」
「なんじゃと! あやつらも親衛隊の件を知っておったのかっ」
「もちろん候補者には、私も配慮するつもりです」
「忖度か!」
「どうでしょう」
「……ん? それでも一枠空いておるじゃないか!」
「私からはもう一人、そこにいるヴァナディスを推すつもりでしたから」
「なんじゃとぉぉっ!?」
私がおそるおそる振り返ると――
「??? ……? ……!?」
――顔を引きつらせたヴァナディスさんと目が合った。
ごめんなさい、どうか合わせて!
親しい殿方の名を勝手に使うのも心苦しいけど、この場を乗り切るには博打並みのハッタリをかますしかないの!
「たかがメイドが親衛隊に立候補とは、どういうことじゃ!?」
「伯爵だから申し上げますが、実は彼女、剣の腕は三剣の貴公子並みの超一流。魔法素質においては、さながら神話のドラゴンの如く炎魔法の扱いに長けております」
「馬鹿な……! それほどの手練れが、なぜメイドなどに!?」
「常に私の傍に仕えるメイド。聖女を守るのに、それほど相応しい立場の者が他にありましょうか」
「し、しかし、いくらなんでも信じがたい……!」
「では、試しにそちらの執事さんとお手合わせをさせてみては? ここはちょうど中庭。模擬戦には都合がよろしいでしょう」
私はあくまで澄ました顔のまま、伯爵を煽る。
彼の表情から察するに、私のハッタリに飲まれて疑心暗鬼に陥ってるわね。
これならいけるわ!
……背中にチクチク視線が刺さる気配がするけど、気にしない。
「た、たしかにあり得ぬ話ではないな。先代の聖女も、侍女達が戦闘訓練を受けた守り人だったと聞くし……。誇張はあろうが、デタラメでもなさそうじゃな」
デタラメです!
でも、完全にこっちのペースに引き込んだわ。
このまま指名の件は煙に巻けそう!
「今の話はどうかご内密に。彼女の正体を知られると、私も困りますので」
「誰にも言わんよ……」
伯爵はコホン、とわざとらしく咳き込んだ後、話を続けた。
「しかし、だ。ケノヴィー、コリアンダ、リンデルバルドは納得いく。だが、ヴァギンスは男爵家じゃぞ。わしよりも格下の家を優遇する気か?」
「爵位では格差がありましょうが、彼は王国騎士団の金等級騎士。実力、経歴ともに申し分ありません。十分に選抜を通過する器がおありですわ」
「たしかに、な……」
「この五名が選抜を通過することに疑いはありません。私としても、同じ最終候補に残った者から選ぶなら、見知らぬ人物よりも、見知った相手を選びますわ。ご子息の指名の件は、遺憾ながらお答えしかねます」
これなら筋は通るでしょう。
お願いだから、もう諦めてお帰り下さい伯爵!
「ならば、わしの息子を知ってもらえれば、立場は同じになるわけじゃな」
「え?」
「我が息子ダミアンは、先の小倅どもに劣らぬ実力と経歴を持っておる! 近々、顔合わせする機会を設けようではないか。きっと傍に置くべき男だと認識を改めることとなろう!!」
「そ、そうですわね。それなら……」
し、しまったぁー!
私の理屈だと、面識があればよかろうってことになるわよね。
「至急、息子にはその旨を伝える。指名の件はその後、答えてくれればよい!」
そう言い残して、伯爵はお屋敷を後にした。
彼の姿が中庭から消えてすぐ、私はヘナヘナとその場にお尻をつけてしまう。
ヴァナディスさんも、それは同じ。
◇
ザターナ様のお部屋に戻って早々、私はベッドに倒れ込んだ。
なんとかハッタリであの場をやり過ごしたけど、いざ伯爵のご子息を紹介されても困るわ。
事前に何とか対策を打たないと……。
「ダイアナ……」
ヴァナディスさんの暗い声が聞こえてきて、私はびっくりした。
私がおそるおそる振り返ると――
「私をとんでもない役回りにしてくれたわね」
――眉間にしわを寄せたヴァナディスさんと目が合った。
「だ、だって! ああでも言わないと、あの場で理不尽な約束をさせられていたんですよ!? 聖女が不正なんて絶対にダメですっ」
ヴァナディスさんは静かに溜め息をつくと、表情を崩して私に向き直った。
「あなた、すごいわね。ダイアナの時は抜けてるのに、お嬢様に扮した時は、なんと言うか……鬼気迫るものを感じることがあるわ。女優にでもなれるんじゃないの」
「女優だなんて。えへへ」
「褒めてないわよ……」
でも実際のところ、私の演技はどうなのかしら。
身ぶり手ぶりはザターナ様を倣っているつもりだけど、いざと言う時に思い至るのは、本で読んだ歴代聖女様のお振る舞い。
だから、ザターナ様が外では旦那様に口答えしないとか、厄介ごとに関わらないとか聞いた時は、とても驚いたもの。
当たり前だけど、聖女って人によって考え方が違うのねぇ……。
「それより、伯爵のご子息と会う件はどうするの?」
「そりゃあお会いしますよ。そういう話になっちゃったし」
「ダミアン様のお噂はほとんど聞かないわね。お父上には悪い噂が絶えないのに、まったく逆だわね……」
「ヴァナディスさんは、蛙の子は蛙だと思います?」
「何それ? 何かの慣用句?」
おひげ伯爵のご子息が真っ当かは疑わしい。
貴族の世界じゃ、猫をかぶったり外面を良くすることは珍しくない。
ザターナ様やルーク様もそうだったし、私自身もそう。
正式な場でご子息と会えば、いくらでも紳士を装うことができそうじゃない?
なら、素のご本人を確かめるには……。
「ヴァナディスさん。私、決めました」
「どうしたの急に?」
「今から、ダミアン様の素行調査に出向きます!」
「え。待って。聞き間違いかしら……今、素行調査って?」
「はい。こっそり観察して、素の人間性を確かめるんです!」
その後、ヴァナディスさんに素行調査の重要性を説いて、渋々だけど彼女の了承を得ることができた。
これって、きっとザターナ様らしからぬ行動なんでしょうね。
でも、私の憧れる聖女様はきっとこうするわ!
◇
ダミアン様の居場所は、意外とすぐに判明した。
前に立ち寄った国立図書館の区画が、おひげ伯爵の管轄区。
ご子息もその区画で生活していると踏んだら、ドンピシャだった。
「ダミアン様のスレイヤーズギルドは、この付近のはずよ」
「抗議運動はすっかり止んだみたいですね」
私とヴァナディスさんは地図を頼りに、スレイヤーズギルドなる場所を目指して歩いていた。
もちろん、私も彼女も怪しまれないように変装中。
騎士団の駐屯所でもらった庶民服が役に立ってくれたわ。
「ダイアナ、いいわね? チラッと様子をうかがったら帰りますよ。護衛の騎士様にも内緒で出てきたんだから」
「もしもの時は、一流の剣術とドラゴン並みの炎魔法でなんとかしてください」
「……あなたね。そんなデマカセが万が一にでも広まったら、私の立場がどうなるかわかってるんでしょうね?」
そうこうしているうちに、目的の場所にたどり着いた。
スレイヤーズギルド――
それは、ダミアン様が害獣駆除を目的に創設した団体。
聖都近隣に現れるモンスター退治がお仕事で、市民からの依頼を受けて活動しているらしい。
「あ。誰かギルドに入って行ったわ」
「ちょうどいいですね。どんなお仕事なのか拝見しましょう」
私達はギルドに面した路地へと入り込んだ。
窓からギルド内の様子を覗き見るにはうってつけだわ。
「たぶんあの腕章をつけてる殿方が、ダミアン様ですね」
「どうしてわかるの?」
「私が読んだ冒険小説に出てくるギルドは、腕章をした人がリーダーでした」
「あそう……」
ギルドを訪ねてきたのは、おじいちゃんね。
どんな依頼で来たのかしら。
聞き耳を立てていると――
「おい、ジジイ。これっぽっちの金で、俺を働かせる気か?」
――さっそく私は閉口した。
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