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11. 親衛隊の噂

 図書館に到着して、私は胸の高鳴りが収まらない自分に気がついた。

 何せ、実際に図書館へと立ち入るのは今日が初めてのこと。


 めくるめく本の世界!

 わくわくが止まらない!!


 と、心躍らせていた矢先――


「納得いくように説明してくれ!」


 ――静寂よりも喧騒が出迎えてくれたことに、私は閉口してしまった。

 何やら、館内の一角で数人の男女が口論している。


「よりによって、稀覯幻書(きこうげんしょ)の棚から本を紛失させるとは、警備は何をしていた!?」

「我々としましても、館内の警備の見直しを――」

「あなた方は、貴重な資料を紛失させたという自覚がないようだな」

「返す言葉もございません。ルーク様……」


 ……あそこにいらっしゃるのは、ルーク様だわ。

 普段クールなルーク様も、あんなふうに声を荒げることがあるのね。


 それにしても、私の行く先ではどうして揉め事ばかり起きてるの……。


「あれはルーク様。何か揉めているようですが、お声がけしますか?」

「そう、ですね……」


 アルウェン様が確認してくるけど、声をかけるしかないでしょう。

 見て見ぬふりするのもおかしいし。


 私は口論する彼らの傍まで歩み寄り、ルーク様に声をかけた。


「こんなところでお会いするなんて、奇遇ですわねルーク様」

「! ザターナ!?」


 ルーク様は私を見て驚いた様子。

 彼はすぐに襟を正すと、図書館員に向き直って――


「この話は、また今度させてもらう」

「か、かしこまりました」


 ――解散を宣言した。

 話が終わるや、図書館員は蜘蛛の子を散らすようにして、館内へと散って行く。


「恥ずかしいところを見せてしまったな」

「何があったのです?」

「図書館から本が大量に盗まれてしまってね。そのうち何冊かは、取り返しのつかないものだったんだ」

「まぁ。本泥棒が出たのですか?」

「ああ。聖女について書かれた写本ばかりやられてね。おかげで、この図書館には聖女の本が一冊もなくなってしまった」

「それは残念です。聖女に関する本を借りようと思っておりましたのに」


 ルーク様はいまだ苛立ちが収まらないようで、拳を震わせている。

 彼は蔵書管理局に勤めているから、貴重な本が何冊も紛失したことを憤慨しているのね。


「……立ち話もなんだ。バルコニーにでも行こう」


 ルーク様に連れられて、私達は図書館のバルコニーへと移動した。

 バルコニーは図書館の一部であるにもかかわらず、私達が足を踏み入れた時には誰の姿も無かった。


「ここからは聖塔が見えるのですね」


 遠目に聖塔が臨めるなんて、良い立地だわ。

 まるで、聖塔までの建物が道を開けて配置されているみたい。


「バルコニーは本来、聖職者のみ入場を許可される特別な場所だ。聖塔がよく見えるだろう?」


 普通の人では入れない場所ということなのね。

 そんな場所に入る権限を持っているルーク様が羨ましいわ。


「さて。話の続きだが――」


 私に向き直るや、ルーク様が続ける。


「――きみとレイアの一件、すでに一部の者には知れ渡っているようだ」

「そのようですわね」

「おそらくはそれが原因で、聖都各地の図書館で聖女の本が盗難に遭っている」

「? 本泥棒と私に何の関係が……」

「我が国では、歴史の節目で聖女が変革をもたらしてきた。ゆえに聖女が関わる事件が起きるたび、その求心力は増していく。結果、聖女にまつわる物品を欲する者達が現れる」

「私が悪目立ちしてしまったから、と言うことでしょうか」

「断言するが、きみは悪くない。今の王家や、国の体制を良く思っていない者は多い。そういった連中が、聖女を改革の口実にしようとしているんだろう」

「あまり気分の良いことではありませんね」

「暗い話は、ここまでにしよう――」


 そう言うと、ルーク様は私に寄り添ってきた。


「――実は、聖女の親衛隊を結成する話が宮廷で出ている」

「親衛隊……?」

レイア(先日)の件に加えて、本の盗難やヴァリアントの躍進。〈聖声(せいせい)の儀〉も近づき、聖女を取り巻く環境は混迷を極めていくだろう。きみの安全を危惧しての判断だと思う」

「そ、それは、ありがたいことですね……」


 えぇ~!?

 親衛隊なんて、ありがた迷惑な話だわ!


「正式に結成が発表された暁には、俺もメンバーに立候補するつもりだ」

「えっ」

「きみは俺の間違いを正してくれた。その恩に報いるためにも、この身を賭してきみを守りたい」

「それは……もったいないお言葉ですわ」


 そこまで言ってくれるのは嬉しいんだけど、なんか複雑……。

 この先、ますます悩み事が増えそうだわ。


「名残惜しいが、この後も予定が詰まっていてね。そろそろ行くよ」

「会えて嬉しかったですわ」

「そうだ! 聖女の本を借りに来たと言っていたね」

「はい。ですが、それはまたの機会にします」

「今、ちょうど他国の書物商から紹介された本を選定中でね。聖女の本が見つかれば、きみに進呈しよう」

「まぁ! よろしいのですか」

「ああ。約束する」


 ニコリと私にほほ笑むと、ルーク様は足取り軽くバルコニーから出て行った。

 その背中を見送った後、アルウェン様が口を開く。


「親衛隊とは初耳です」

「はぁ」

「このタイミングで聖都に帰ってきたこと、やはり運命でしょうか」


 アルウェン様の意味深な発言。

 そんなこと、私に聞かれてもわかりませんから。



 ◇



 お屋敷に戻った後、私は旦那様に親衛隊の件をお伝えした。

 どうやらその話は寝耳に水の様子で、旦那様は頭を抱えてしまった。


「親衛隊とは、これはまた厄介な……!」

「その話、ともすればお屋敷内での護衛にまで及びそうですね」


 ヴァナディスさんは不安げな表情で私を見つめた。

 はい。私だって不安です。


「身辺警護はやぶさかではないが、警備が厳重だとかえってザターナ捜索にも支障が出る。どうしたものか」

「旦那様の権限で、一時保留にはできないものでしょうか?」

「無理だろうな。宮廷の決定には逆らえんよ」


 もう親衛隊の結成は確定事項ね。

 となると、次はどんな方々が選ばれるのかに興味が移るわ。


「親衛隊候補はどうなると思われますか?」

「ルーク、アトレイユ、ハリーの三人は確実に立候補するだろう。他にも、国中から候補者が名乗り出るだろうな」

「今後ダイアナには、中でも外でもお嬢様の演技を徹底してもらう必要がありますね」

「そうだな。……ダイアナ、頼んだぞ」


 不安はあるけど、旦那様のご期待に添えないわけにはいかないわ。

 ザターナ様がお戻りになるまで、替わりをやり遂げてみせる!


「がんばります!」


 旦那様は私を一瞥した後、ヴァナディスさんに言う。


「当面、来客はすべて断るように。食事と入浴以外は、部屋から出ることも控えることを徹底させろ」


 ……それは、あんまりです。



 ◇



 それからさらに一週間が経過した頃。

 国内にて、聖女親衛隊(セイントオーダー)の結成が告知された。

 予想通り聖都は大騒ぎになり、聖女様を称える者達の行進が日夜繰り広げられるようになった。


 その一方で、私はザターナ様のお部屋に閉じこもり、退屈を持て余していた。

 顔を合わせるのもヴァナディスさんくらいで、とても寂しい。


「……はぁ。誰か訪ねてきてくれないかしら」

「何言ってるの。旦那様は、あなたの安全を考えて来客禁止にしたのよ」

「だって、話し相手がヴァナディスさんだけなんですよ? 旦那様はザターナ様捜索で、最近お屋敷にいること自体少ないし」

「私が相手だとご不満?」

「い、いえ。そういうわけじゃ……」


 ジトリと睨んでくるヴァナディスさんから、思わず顔を逸らしてしまった。

 彼女とはだいぶ打ち解けたけど、やっぱり怖いところがあるなぁ。


 その時、ドアのノックが聞こえた。

 私とヴァナディスさんは阿吽(あうん)の呼吸で、それぞれの役割に戻る。


「……何事です?」

「お客様がおいでになっております」

「旦那様から、当面は誰も屋敷に入れるなと言われていたでしょう」

「そうお伝えしたのですが、聞き入れていただけず……。今は、応接間で待っていただいています」

「無理に入ってきたと言うの。相手はどなた?」

「ソーン伯爵です」


 げっ。

 それって先週、路上で見かけたおひげ伯爵のことよね。

 どうして私に会いに……?


「……お帰りいただくのは無理そうね。そのまま応接間でお待ちいただいて」

「かしこまりました」


 廊下を足音が去って行くのを待って、私はヴァナディスさんに詰め寄った。


「その方、会って大丈夫なんですか!?」

「仕方ないわ。旦那様もいらっしゃらないし、とりあえずうかがいましょう」


 ……まさに今この瞬間、親衛隊が欲しいわ。



 ◇



 意を決して応接間に向かうと、そこに伯爵の姿はなかった。


「どこに行ったのかしら……?」


 応接間に、メイド(同僚の子)が慌てた様子で駆け込んでくる。


「申し訳ありません、伯爵は今、中庭の方に……!」

「どういうこと!?」

「いつまで待たせるんだ、とおっしゃって……」

「ああ、もうっ!」


 苛立ったヴァナディスさんが、髪の毛を振り乱す。


「行きますよ、お嬢様!」


 私はその剣幕に無言で頷くしかなかった。



 ◇



 中庭に向かうと、おひげ伯爵が筋肉執事を連れて花壇を闊歩(かっぽ)していた。

 そのせいで、近くのメイド達が怯えて縮こまっちゃってる。


「お待たせして申し訳ございません。ソーン伯爵」


 私が声をかけるや、おひげ伯爵がギロリと睨みを利かせてきた。

 相変わらず特徴的なおひげだわ。


「ふん。綺麗になったものだな、ザターナ。直に会ったのは十年振りか」

「お褒めに預かり光栄です」


 ザターナ様って、この人と会ったことあるんだ……。

 でも、何年も会っていないのなら対応を怖がる必要はないわね。


「今日は何のご用でしょう。お父様は急用で出かけているのですが」

「用件は他でもない。親衛隊の件だ!」


 どうしてこの方が親衛隊の話を?

 まさか、ご自身が立候補する気なんじゃ……。


「わしの息子が立候補することになったので、先に連絡をと思ってな!」


 ……そう来ましたか。

 その息子さんも、きっと私を困らせる殿方の予感がするわ。

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