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如月和泉の探偵備忘録  作者: 御影イズミ
第4章 探偵、夜を救う。
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第?話 -@hfs@b^e:f@ee?

 夜の九重市は、とても煩い。

 僕はそんな騒音の街を、歩き続けていた。


 お腹がすいてしまって、何かを食べたいと望んで歩いている。

 ネコちゃんが作ってくれたカルボナーラは、口に入れても僕のお腹は満たせなかったから。


 コンビニ。スーパーマーケット。回転寿司。うどん屋。ラーメン屋。ファストフード店。

 九重市のショッピングモールには色んなお店があるけれど、どれも僕が食べたいと思うものがなかった。



「……おなか、すいた……」



 フラフラになりながら、黒い涙を拭いながら、僕は夜の街を彷徨い歩く。

 ――途中で、僕の袖が緋色に染まっていたことに気づいたのは、夜の街を抜けた頃だった。



「…………」



 和馬。彼だけは傷つけたくなかった。彼には知られたくなかった。

 僕という存在が、より醜い状態で会いたくなかった。

 出来ることなら、全てを終えてから素知らぬ顔で会いたかった。


 それが許されない事だと知ったのは、ガルムレイという世界に辿り着いてから。魔力調査を行う直前。

 あの男を殺すという願いを聞き届けたあとは、人としての姿を捨てることになって、二度と人に戻ることは出来ないという。


 人としての姿を捨てた後の僕はベーゼに肉体を明け渡し、彼の身体のスペアとして保存される。

 本体を取り返すまでのスペア。その本体を取り返した後は……どうなるかは分からない。


 でも、僕はそれでいいと思った。

 文月神夜を殺したあとのことを考えなくて済むのだから。



「――……」



 気づけば僕は裏山へ来ていた。誰かに呼ばれたとか、何かに引かれたとか、特にそういうのはない。ただただ、騒がしくない場所を探していたら辿り着いていただけ。

 一度裏山に入れば迷い迷って出られない、なんて言われている場所だからか、人の手も入っていなくて真っ暗闇。今まさに、僕が探し求めていた場所だ。


 何処へ行けば良いとか、何処に行こうとか宛もなくさまよう中で、僕は消えた感情を振り返っていた。



 ―――僕から、母を失った悲しみが消えている。

 ―――僕から、父と母からもらった愛情が消えている。

 ―――僕から、父と母への愛が消えている。


 ―――僕から、和馬への愛が、消えている。

 ―――僕から渡せる、和馬への愛が、消えている。



 僕はもう、人としての感情がゆるやかに無くなっている。

 真っ黒に濁った雫となって瞳から流れ落ち、僕の中から消えてしまった。


 今もなお残る感情は、文月神夜に対する殺意だけ……。



「……あ……」



 そう考えているうちに、山の奥へと進んでいる僕に向かって唸り声をあげる野犬が3匹。暗闇に紛れてしまってて何処にいるのかは上手く把握できないけれど、風で流れてくる匂いのおかげで、確かに犬がいることはわかる。

 住処を荒らされた怒りなのか、野犬達は僕を敵とみなしている。本来であればここで引き返すのが適切な判断だろう。


 でも、僕は。



「…………」



 何故か、酷く。

 ()()()()()()


 ダメだとわかっている。野犬を食べるなんて行為、倫理観からしても絶対に有り得ないと。

 でも、僕の中の何かが囁く。ここで食べなきゃお前は死ぬぞ、と。


 どうするか。

 悩み続けていると、木陰から誰かの声が聞こえた。



「道を踏み間違えてはダメですよ、優夜くん」



 聞き覚えのある声。

 でも、今の僕には声の主が誰なのかを思い出す余裕が無く、せいぜい出来ることは声の聞こえてきた方向に目を向けるだけ。


 ――代謝色の、長い三つ編みが2つ。

 僕に見えたのはそれだけだった。



「どうやら私の事は、記憶が薄れているみたいですね」

「……あなた、は……」

「誰なのかは、秘密です。キミがこのやり取りを覚える必要なんてありませんから」

「…………」



 声の主は僕のことを知っている様子だ。

 僕が誰なのか、今僕に何が起きているのかも、僕が何をしようとしているのかも、全部。()()()()()()()()()()()()()()()()()


 野犬達がぐるぐる唸る。

 早く出ていかない僕に向けて、そして声の主に向けて、少しずつにじり寄って来ているのがわかる。


 ああ、食べたい。

 目の前の野犬を、1匹でもいいから殺して――。



「彼らを殺して食べたとして、それでキミは満たされますか?」



 僕を心配している声色で、問いかけられる。

 これを行えば、もう人に戻ることは許されないと言うように。


 それでも、僕は……前へと進んだ。

 闇の中に溶け込んだ野犬を探し当てるために。



「……そう。それが、キミの選択なのですね」



 声の主はそれだけを言って、二度と声を発することはなかった――。

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