1、アバランチェ−4
身体を動かす脳が壊れれば。心臓がぴたりと止まってしまえば。首が切り落とされればひとたまりもないし、くいや刃物で心臓をひとつきにされ、治癒が間に合わなければそれで最後。人間よりすこし頑丈なだけで、致命傷は他ととくにかわらない。
十字架やにんにく、それから聖水。残念ながらそれらは効かない。だから町でみなが自分を寄せ付けないようにと飾っているものは、すべて無意味であるのだ。
唯一、だめなものは太陽だった。日の光を浴びれば、浴びたところは傷を負い、それはそう簡単に癒えてくれない。だからフェリは、なによりも日の光に注意を払って生きてきた。
ぼんやりと星を見上げながら、フェリはゆっくりとした動作で、薔薇を枯らしてゆく。けれど決して、例の薔薇には手をつけない。あの味は今も覚えているし魅力的ではあるけれど、エルの悲しむ顔だけは見たくなかった。
エルの寝顔が、自然と頭に浮かぶ。幸せそうなあの寝顔。心なしか微笑んでいる唇。薔薇色の頬。閉ざされた瞳は、吸い込まれそうなほどに深い、漆黒。
ほんのすこし前まで、ただの赤ん坊だったのに。四六時中泣いてはフェリを起こし、歩き回るようになれば洋館で迷子になりフェリを困らせ、ひとりで町に出れば道の途中で力尽きて泣き出して。
いつの間にか、たくさんの薔薇とともに、大人という心を腕いっぱいに抱えるようになり。
その成長のほとんどを、フェリはこの目で見てきた。きっとこれから先も、見守ることができる。あの寝顔だって、毎日でも眺めることができる。
町に行くとき、たまに窓からその姿を見送ることがある。光にあたらないように気をつけるフェリに、エルは太陽の下で笑いながら、大きく手を振ってくれる。
その豊かな黒髪が風にあおられる。唇からのぞく白い歯。ブラウスの襟からかすかにのぞくなだらかな首筋。
それを見ていると、いつもフェリは苦しくなる。
息も、心臓も、いつもとかわらない。けれど、胸がざわめき、かすかに痛みを覚える。
その痛みは、エルが成長を続ければ続けるほど、増すばかりだった。