表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/36

6、ブルームーン-4

 ノックも何もせず、エルは扉を開ける。ここは自分の家なのだから、遠慮も何も要らなかった。そして月明かりの差し込む部屋に浮かぶ姿に、ほっと安堵の息をついた。

「フェリ……」

 彼はいつものとおり、部屋の真ん中で、椅子に腰掛けていた。

 いつもどおり、窓から、月を眺めている。エルは一月に二度やってくる満月のことを、ブルームーンと呼ぶのを思い出す。今日はまさしくその日だった。

 今日は満月だ。だから、ワインを飲んでいてもおかしくない。けれど床に置かれた瓶の数は多く、館中のものをかき集めたことがすぐにわかった。

 やはり彼は、血が足りないのだ。

「やっぱり、戻ってきたんだね」

 フェリはエルを見ても、おかえりとは言ってくれなかった。

 ローブはいつものとおり、部屋の壁にかけられている。腐蝕した顔は髪で隠され、あの腐臭も、開け放った窓により、いくらか緩和されている。

 もう切り落としたものだと思っていた腕は、まだ残っていた。けれど腐敗が進んでいるのであろうことは、力なく垂れた腕の様子でわかる。その黒く変色した指先を見る限り、右腕はもう、動かないのだろう。

「傷、どう?」

「あいかわらずかな」

 答えるフェリの顔の腐敗が、首にまで広がっていることに、エルはようやく気づいた。一歩、二歩とおぼつかない足取りで近寄ると、よけいにその傷の痛々しさが目にしみた。

 使い物にならなくなった右腕は、利き手だっただけに、残った左手では何をするのも不便そうだ。グラスに何杯目かのワインを注ぎ、それを一気にあおる。肩で息をつく彼は、酔っているわけでもなかった。

「もう、そんなに、もたないと思う」

「そんなこと……」

 ない、とは、言えなかった。ほんのわずかな時間で、こうも腐敗が広がってしまうとは、自分が思っていたよりも、太陽の腐蝕は深刻なものだったのだ。

「太陽の腐蝕もね、全身に浴びればほんの一瞬のことなんだ。光を浴びてもなお、生きようとすると、こういう風に腐っていく。いさぎよく浴びちゃえばよかったかな」

 ふっと嘲笑を漏らし、彼はエルを見た。

「僕に話を聞きにきたんだよね?」

「……うん」

 おいで、と手招きされて、エルはいつもの椅子に座った。

 窓から、月が見える。満月の夜は、いつもこうして、フェリの話を聞く日だった。

 いつもは、おとぎ話だったのに。神話だったのに。絵本だったのに。

「僕も、いずれは、エルにこの話をするつもりだったんだ」

 今宵の話は、フェリが長く口を閉ざしていた、過去の話だった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ