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4、プリザーブドフラワー-5

 フェリの身体は、若い姿のまま止まっている。そのうち、親子としてはつりあわなくなってしまうのだ。

『エルとフェリは、血がつながってないの?』

『そうだよ』

 本当のお父さんとお母さんはどこにいるの? そう訊かれると思っていたら、エルが気にしていたのは違うことだった。

 それに、心の中で安堵の息をつく。正直、それに対する答えはまだ、フェリの中では決めかねていたことだった。

『……僕は吸血鬼で、エルは人間だからね』

 エルの気をそらそうと、フェリはすこしずつ、話をずらしはじめた。

『エルは、太陽にあたっても平気だろ? 薔薇を食べることもできないだろ? それは、エルが人間だからだ』

 それが、血のつながりにどう関係あるのか。わからないようで、エルは首をかしげる。フェリもわからなかった。

『吸血鬼は、人間とは違うんだ。吸血鬼は子供を作れない。子供ができるできないは……まぁそのうちわかるとして、僕には子供ができることは一生ないんだ』

 さて、彼女にはどこまで話していいのやら。なにせ育児は初めてのことで、しかも相手は女の子。フェリの話も戸惑い半分だった。

『僕は吸血鬼だから、血のつながった子供ができることはないんだ。だから、エルは、僕の子供じゃない』

『お父さんじゃないの?』

『血がつながったお父さんではないよ。でも、育てる上ではお父さんだ』

『じゃあどうして、お父さんって言っちゃいけないの?』

 ああ、困った。フェリは頭を抱えたくなる。フェリを父と呼ばせないのは単なるフェリのこだわりだけど、それをエルに話すには、あまりにも理由が身勝手すぎる。

『僕は……フェリって呼ばれるほうが好きなんだ』

『そうなの?』

『そうなんだ』

 なぜか、エルはそれで納得してくれようとする。あっけにとられて、フェリは脱力した。

 どうやらエルは、自分がフェリと血のつながりがないことを知りショックを受けたようだけど、それで自分の本物の親について興味を持ったわけでもなさそうだった。聞かれたら何より困ることだけど、聞かれないのもなんだかあっけない。

『だから、エルは太陽にあたっても大丈夫なのね?』

『そうだよ。エルは人間だから、太陽の下で遊びまわるほうが健康的なんだ』

 たまにフェリがローブを着て庭に出たりしない限り、エルは館から出ようとしなかった。だからその肌は、白さを通り越して蒼白い。食事の栄養バランスには十分気をつけているつもりだけど、やはりお日様の力には適わないものもある。

『フェリは太陽にあたると、本当に消えちゃうの?』

『僕?』

 エルの最近のお気に入りの本は、吸血鬼の出てくる冒険小説だ。だからよく、吸血鬼についてのあれこれを訊かれる。つい最近まで彼女は、いつか自分の血はフェリに吸われるのだろうと覚悟していたらしい。

『くいを刺されたら死んじゃうっていうのは本当なんでしょう?』

『それはね。心臓をひとつきされたら、さすがに治るのが間に合わないよ』

『じゃあ、太陽は?』

『太陽はねぇ……』

 フェリは一度、日の光にあたってしまったことがある。それはほんの指一本のことだったけれど、それにはそうとう苦労させられた。

『火傷みたいになるんだよね。痕はあんまりのこってないけど……わかる?』

『フェリ、太陽にあたったことあったの?』

 よく見えるように、ランプの下に右手をかざしてみる。エルの目が悪くならないよう、彼女が起きているときはなるべく、明かりを灯すようにしている。だから部屋の中は、月明かりが負けてしまっていた。

 右手の小指は、見た目こそ無傷に近いけれど、動かすとたまに引きつることがある。それは主に昼間のことで、どんなに太陽から隠れても変わらなかった。ひどいときは、眠っているときに焼けるような痛みで目が覚めたりもするのだ。

 本当に、一瞬、影から手が出てしまっただけのことなのに。その一瞬で負った傷は、とても深かった。

『エルも、火傷したことあるだろ? 軽いとひりひりするぐらいなんだけど、あれ、ひどくなると水ぶくれになって皮がはがれたりするんだ。この指もね、そういうふうになって、大変だったんだ』

『つばつけてもだめなの?』

『よく覚えてたね』

 吸血鬼の唾液には、痛みを麻痺させる成分が含まれている。量が多ければ、眠らせることだってできる。それは人の血を吸うとき、肌の痛みを感じさせないためだ。時々、自分は蚊かと思うこともある。

 そして唾液には、傷の治癒を早める効果もあった。だから吸血鬼の中には、吸った後に傷口に唾液を塗り、人間に気づかないよう工夫しているものもいる。残念ながらフェリは、血を吸うときにその方法を使ったことは無かった。

 もともと治癒の早い吸血鬼が、自分の傷につばをつければ、それはあっという間に治ってしまう。自分も過去、何度それに助けられたことがあっただろう。

『吸血鬼は、太陽に嫌われているからね。お日様の傷には、つばは効かないんだ。そして太陽の火傷は、僕らの身体じゃ、治せない』

 吸血鬼の治癒がきかないほどだから、太陽の光は本当に恐ろしい。ほんの指先であった傷が、あっというまに根元まで広がり、つめは今にもはがれそうなほどに黒く変色したものだった。

『じゃあ、どうやって治したの?』

『それは、秘密』

 ちょっとした薬があるんだけど、その薬はなかなか手に入らない。肝心なところをはぐらかすと、エルはつまらなそうに唇をとがらせた。

『だから、僕らは太陽がとても怖い。日の光にあたった傷は、太陽の腐蝕って呼ぶんだけど、本当に傷口が腐っていくんだ』

『もし……からだ全部が太陽に当たったら、どろどろになっちゃうの?』

 どろどろ。その表現に、フェリは笑った。氷菓子のように、熱で溶けて、地面に吸収されてゆく。それもなかなか面白い。

『いや、全身だったら、腐る前にさっと消えちゃうんだ』

『消える……?』

 うまく想像できないらしい。透明人間のように姿を消すのを思い浮かべているようで、エルは何度も首を振っていた。

『体が干からびて、砂になる、みたいな感じかな? 死体は残らないよ』

 死体、という言葉に、エルは敏感に反応した。日の光を浴びればフェリは死んでしまう。そのことに、ようやく気づいたようだった。

『だから僕は、太陽の下にはなかなか出られない。一緒に遊んであげられなくて、ごめんね』

 死というものは、やはり、幼い彼女にとっても恐怖なのだろう。夜に夢でうなされていたらどうしよう。フェリはにわかに不安になった。

『でも、エルは、たくさん外で遊んでいいんだよ。僕は、外で元気に遊んでるエルのこと、見ててとても好きだなと思うよ』

 頭を撫でてあげると、彼女の緊張した表情がいくぶんか和らいだ。

 フェリを見上げる瞳の力強さが、やはり、あの人の子供なのだなと思った。



「たくさん外に出ろって言ったけど……出すぎるのもちょっと寂しいな」

 昔のことを思い出して、フェリはぽつりと呟いた。

 エルは、フェリが寝静まったころに帰ってきたようだった。

 フェリは外泊のわけはあえて聞かず、エルもいいわけのようなことは一切口にしなかった。  

 暗黙の了解のように、エルの外泊が認められたのだった。





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