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3、サンスベリア−1




    3 サンスベリア

 





「ジャスティン、具合どう?」

「ぜんぜんへーき」

「平気じゃないでしょ、こんなふらふら歩いてて」

 エプロンをして店に下りようとするジャスティンを、エルは無理やり部屋へと押し戻した。

「やっぱり今日もきてよかった……」

 フェリに町で働いているのがばれて、よかったのかもしれない。今日はなんとしてでも、店に来なければいけないと思っていたのだ。

「エプロンとって。服も着替えて。今日はあたしが店出るから、ジャスティンはここで寝ててよ」

「でも……」

「その熱で、仕事なんてできないでしょ」

 昨日。配達から戻ってきたジャスティンは案の定ずぶぬれで、着替えをしてもあたたかい飲み物を飲んでも、やたら寒がっていた。そして日が暮れたころにはついに熱を出し、エルが遅くまで様子を見ていたのだ。

 本人は一晩寝れば治ると言っていたけど、やはりだめだった。昨日より具合が悪そうで、熱のために彼自身の意識も朦朧としていた。

 立つことですら辛そうなジャスティンをどうにか着替えさせ、ベッドに戻す。今まで体調を崩して店を休んだことがないらしく、彼はとても悔しそうだった。

「ジャスティン、買い付けとかで、最近休んでなかったじゃない。きっと疲れがたまってたのよ」

 食欲もないらしく、エルがつくったスープもほとんど飲もうとしない。それでもいくつか口に入れさせ、薬を飲ませると、彼はそのままことんと眠ってしまった。

「今のうちに、なにか買ってこないと……」

 サマンサの店に行って、食材を買うついでに、栄養のある料理を教えてもらおう。エル自身、誰かの看病をするのははじめてのことだった。

 フェリはまず、風邪をひいたりしなかった。体調を崩して寝込むのはいつもエルのほうで、額の汗を拭いてくれるのは彼だった。



「あのジャスティンでも、風邪ひいたりするもんなのね」

「なにも、そんな言い方しなくても……」

 事情を話すと、サマンサは開口一番、そう言った。

「やけに今日は店に出てないなと思ったけど、いつもの寝坊じゃなかったのね……エルちゃんと一緒に寝坊するなら全然許すけど」

 一瞬、エルは言われた意味がわからなかった。そしてしばらくしてその意味を理解して、顔を真っ赤にすると、彼女はにやりと笑ってみせた。

「まぁ、体調崩してるときはやっぱり誰かにいてもらうと安心するものだしね。今日はジャスティン坊やの看病してあげなさい」

 のどを潤す果物を次々かごに放り込みながら、サマンサは「お代はいらないよ」ときっぱり宣言する。すこし男勝りだけど見た目も十分綺麗な彼女に、どうしていまだに恋人がいないのかエルには不思議でたまらなかった。

「寒気がするようなら、まだ熱が上がるってことだからね。毛布増やして、部屋も温めてあげて。あ、でもちゃんと換気はするのよ」

 それから栄養価の高い野菜をいくつか入れて、料理も教えてくれる。どうしてそんなに物知りかというと、彼女の下にはたくさん弟がいるのだ。昔は弟たちの世話をしていたので、それがすっかり身に染みてしまっているらしい。

「水分はこまめにとること。汗かいたら服もかえてあげるのよ」

 看病のしかたがいまいちわからないと相談したエルに、サマンサは何も言わなかった。エルの年齢ならそんな知識あって当然ではないかと指摘されるのではと、内心すこし不安だったのだ。

「男ってのは、すこし風邪ひいただけで大げさなこと言うんだよね。まぁでも、それにかまってあげてちょうだいな」

 サマンサの教えを逐一頭に書き留めながら、エルは何度もうなずく。食材から替えの肌着までぎっしりつまったかごを抱きしめるエルを見て、彼女はまだ、目を三日月のように細めた。

「ジャスティンのこと、本当に好きなんだね」

「えっ……」

 突然のふりにどう答えるべきか戸惑うエルに、サマンサはすべてを見通した目でうなずく。短く切った髪が、日の光にあたってきらりと輝いた。

「ごめんね、なんかずうずうしく言っちゃって。なんかエルちゃん、わたしの友達に似てるから、ついね」

 エルの黒い髪を撫でながら、彼女は言う。その瞳は自分と、その友達を重ねているようだった。

 温かみのある反面、居心地が悪くなって、エルは話題を変えた。

「……サマンサさんは、好きな人とか、いないんですか?」

「私?」

 エルの質問は思いもよらなかったようで、彼女はきょとんと目をまるくする。彼女の年齢はまだ四十にも届いていなく、結婚をあきらめるには早すぎる。そもそも若いころはとてももてていたはずなのに、なぜどの男性も断ってしまっていたのか謎でしかたなかった。

「サマンサさん、もてるんでしょ? どうしてみんな、断っちゃうの?」

 現に、彼女は今も人気がある。買い物に来る男性客に、嫁にこないかと何度言われていたことだろう。

「……私はね、忘れられない人がいるの」

 照れくさそうに、彼女は頭をかいた。

「前に、ね。頻繁にうちに来る人がいたの。着てた服で顔はよくわからなかったけど、やさしい声の人で、よく私に話しかけてくれてさ」

「その人、今も来るの?」

「来ないよ。十年ぐらいずーっとこの町に来てたけど、来なくなってもうずいぶんたつから……どこか別の町に引っ越しちゃったんじゃないかな?」

 手持ち無沙汰に商品の配置を変えながら、サマンサはまた、笑う。その笑みがいつもと違う、うら若い乙女のようで、エルは思わず頬が緩んだ。

「その人のこと、好きだったの?」

「好きっていうか……うん、好きだったね。それですっかり、婚期逃しちゃったんだけどさ」

 あの時名前でも訊けばよかった。彼女の呟きは、後悔がにじんでいる。快活な彼女が、名前も訊けないなんて、一体どんな人だったのか。エルの好奇心がくすぐられた。

「また会えたら、どうするの?」

「たぶん、何も言えなくなっちゃうだろうね。……ってほら、もう店に戻りなさい。相棒が泣いてるかもよ?」

 照れ隠しに、サマンサが背中をはたく。痛みに混じったぬくもりに、エルは笑いをこらえながら、ありがとうと礼を言った。


     ○○○


「……おれ、死ぬかもしれない」

 サマンサの教えが見事的中して、エルは思わず吹き出しそうになった。

「熱が全然下がらない……飯も食えない……おれ、このまま熱上がって脳みそが沸騰して死ぬんだと思う」

「ジャスティンにかぎってそんなことおこり得ないから」

 汗だくの額を拭き、水分を取らせる。部屋の空気がこもってむっとしていたので、窓を開けて風を入れた。

 部屋の隅に置いたサンスベリアも、空気を綺麗にする効果があるのを思い出し、鉢を引きずりベッドのそばに運んだ。

「寒気、まだする?」

「肩が……ざわざわする」

 寒いと言うわりに、足は布団を蹴飛ばて丸出しになっている。触れるととても熱くて、肌着も汗を吸って重くなっていた。

 寒気があるなら、やはり暖めたほうがいい。けれど、水分を多くとってこれだけ汗をかいているのだから、身体がもっと冷えてしまうかもしれない。迷いながらも、エルは声をかけた。

「一回着替えたほうがいいよ。服、どこにしまってるの?」

「もうない……」

「なんでそんなに少ないの?」

「洗濯するのめんどくさいから、ためてからまとめてやるんだ」

 なるほど、だから月に数回、店の中に洗濯物が干してあったのか。納得しながら、エルはサマンサが貸してくれた服をおしつけた。

「これ、着替えて」

「どしたの?」

「サマンサさんから借りたの」

 きっと、家族が着ている服なのだろう。ズボンを広げて、ジャスティンは呟いた。

「脚……長さ足りないと思う」

「別に誰も見ないんだから、着替えなさい!」

 はーい、とうなずくジャスティンは、すっかり子供に戻ってしまっている。ベッドの上で身体を起こし、頭をふらつかせながら上着をまくりあげた。


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