第四話
僕はパチパチと音を立てる焚火の音で目を覚ました。
「ん・・・」
僕はゆっくり上体を起こした。
辺りは真っ暗だが、焚き火の火がその周りを暖かく照らしている。
「あ・・・気が付いた?」
焚火の向こう側から、女性の声。
僕は声の方向に顔を向ける。
・・・美少女がいた。
美しい金色の短い髪。白く透き通った肌。声の感じから何となくわかっていたが、やっぱり若い。まだ十代かそこらだろう。
かなり小柄だ。身長は5フィートちょっとか。
僕の身長も小さいほうだが、彼女の頭一つ分は背が高いだろう。
この体躯のどこから、獣を一突きで殺せるナイフを投げる力が出るのだろうか。
・・・さっきから、彼女はしきりに手元の手帳何かを書き込んでいるようだ。
「あの・・・あなたが僕を助けてくれたんでしょうか・・・」
「ええ。」
少女は書く手を止めないで、あっけんからんと答える。
「あの・・・本当にありがとうございました。・・・僕は、見ての通り兵隊なんですが、どうも一人はぐれてしまったみたいで・・・ここはどこか教えてもらえるとありがたいんですが。」
「ここ?ここはオリントの森よ」
オリント・・・聞いたことない地名だ。少なくとも、僕の部隊の陣地の近くにはなかったはずだ。
ここはもしかしてかなり田舎なのか?
彼女は英語をはなせるし、教育は行き届いていると思うんだが・・・。
「オリントってのは、フランスのどのあたりなんです?」
「フランス・・・?ああ、あなたみたいな人がそんな国があるとは言っていたわね・・・。残念ながら、私はここがフランスのどの位置にあるのかは知らないわ。」
と答えた。
・・・フランスには、未開で国家の手があまり及んでいない地域がまだあるとは聞いていたが・・・自分の国の名前も言えない所もあるとは。
英語を話せるのは家族がイギリスに関わる仕事でもしていたのだろうか・・・商船の船員とか。
いいや、でも田舎だとするとそれも変だな・・・見たところ、まだ若いようだし・・・単純に知識がないだけなのかもしれない。
いやいや、何か色々変だ。そもそも、親がその手の人間ならば、フランスどころか、世界中の国を知っていたって、おかしくないじゃないか。
むむむ・・・なんだか、メチャクチャな話だ。
まあ、しかし、僕のような人がいたってのはいい情報だ。イギリス軍は少なくともこの近くにいるのだろうか。
僕がそんなことを考えていると、
「あなた、名前は?」尋ねられた。
助けてもらったのに、名乗るのを忘れていたな。と反省しつつ
「トミー。・・・ウィリアム・トミーです。」
と答えた。
「そう、珍しいわね」
・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・沈黙。
何が珍しいのだろうか・・・。
どうも、この少女は変わっているらしい。何というか、話がかみ合っていないというか・・・なんというか、根本的な部分が・・・上手く表現できないが、違和感がある。
やっぱり、少し変わった娘なのかもしれない。
少女はやはり、時々考える仕草をしながら手帳に何かを書き込んでいる。
何を書いているんだろう。
「あの、あなたのお名前を聞いても?」
僕は沈黙を破るように言った。
「リーン。アズミナ・リーン」
・・・リーン。いったい、彼女は何者なのだろう。あの素晴らしいナイフの使い方から狩人かとも思ったが、こう書き物をしているところを見ると学者のようだ。
ここは異国、フランス。この少女といい、異形の動物といい、世界は広いのだろう。
しかし、今はこんなこと考えている場合じゃない。
一刻も早く陣地に戻らねばならない。逃亡兵として何らかの処分を受けるだろう。・・・もう遅いかもしれないが。
「このあたりに、軍隊の施設はありませんか。僕は軍人なので、持ち場に戻らねばなりません。」
少女は一つも表情を動かさず、
「このあたりに軍隊はいないわ。」
とだけ答えた。
・・・う~む、記憶を失う前の僕はどういう思考でこんなに遠いところまで来たんだろうか。
なにか、特別な任務の最中だったのかもしれない。例えば、伝令とか・・・。そうしたら、僕みたいな人間と話したという彼女の言い分とも一致する。
駐屯していなくても、どこかの部隊がここを通り過ぎたのかもしれない。
その部隊に僕は伝令を伝える。うん、辻褄はあっている。
そこまで考えて、僕は一度背嚢の中身を調べようと思った。もしかしたら命令書が入っているかもしれない。
背嚢は僕が寝ているすぐそばに小銃と一緒に置いてあった。リーンが持ってきてくれたのだろう。
・・・本当に彼女には迷惑をかけてしまったなぁ。
「あの、僕の荷物を運んでくれて・・・何から何までありがとうございました。」
「別に」
やはり素気ない対応。
僕は背嚢を手元まで持ってきて、中身を調べ始めた。
・・・中に入っていたのはグレートコートや毛布、ガスマスク、歯ブラシ、コップ、などで、小物入れにも通常装備のみ。命令書らしいものは何も入っていなかった。
だめか。
僕はため息をついた。
しかし、伝令というのはありそうな線だ。命令書がないのは、もう伝令をし終えて、帰還の途だからかもしれない。
まあ、伝令でないとしても、さしあたり僕の目標は原隊に戻る、ということになるだろう。
「僕は、自分が元居た場所に帰らねばなりません。厚かましいお願いですが・・・森から出るのを手伝ってくれませんか。
後は、簡単な地図さえあれば、一人でも帰ることができます。」
僕がそう伝えると、
彼女は顔を上げて、
「あなたが元居た場所に帰るのはかなり難しいと思うけれど・・・森を抜けるのは手伝ってあげるわ。私もちょうど、明日村へ帰ろうと思っていたところだから。」
と、言ってくれた。
戻るのは難しいか・・・確かに、ここが田舎だとしたら、前線に戻るのには時間がかかるだろう。一人で帰れる、というのは言いすぎたかもしれない。
・・・ここは申し訳ないが、彼女の村まで行って、何らかの方法で国の機関と連絡を取ったほうがいいだろう。
国家の手があまり及んでいなかったとしても、教会とか、役所の連絡員だとかがいるだろう。
「すみません・・・やはり・・・あなたの村まで、案内してくれませんか。」
彼女、リーンは少し考えた後、了承してくれた。