第二話
「まずは、身の安全の確保・・・」
僕は適当な木のかげに身をひそめた。ドイツ軍がもしかしたらいるかもしれない。半分気休めだけど、むやみに歩き回るよりは安全だと思う。
「次に、負傷個所の確認・・・」
さっきは無いとばかり思っていたけど、戦闘中は負傷に気が付かないことが多い。改めて確認する。
(本当に何もないな)
・・・・やはりさっきのことは夢だったのかもしれない。僕は後方勤務の最中で、知らない森の散歩中に眠ってしまっていたのかも。
・・・記憶がないことが心配だけど。もしかしたら頭を打って気絶していたのかもしれない。
「しかし、無事だと言っても知らない森に一人でいることには変わりない、か」
僕は軍服の胸ポケットの中から手帳を取り出して、地図を確認する。前線の光景は地獄そのものだけど、後方には森も広がっているし、商店だっていつも通り営業しているのだ。
「ええと・・・僕の勤務区画の近くに森は・・・」
ひょっとしたら遠出して遠くの森に行ってる可能性もあるが、先ずは近くの森を当たってみる。
「う~ん、西に行けば軽便鉄道の線路に出ることになるのか」
この森であっているならば、開けた場所には軍需物資を運ぶ軽便鉄道が通っている。そこまで行けば線路伝いに味方の陣地まで行けるはずだ。
「そうと決まればコンパスで・・・」
僕はポケットから方位磁針を取り出して、手のひらに載せ、方位を調べた。
・・・・・・・針が止まらない
・・・・・・・・・・・・やっぱり止まらない
「・・・あれ?壊れているのかな?」
方位磁針はクルクル回るばかりで、方位を指し示す気配は全くない。
「まいったな、太陽もよく見えないし、これじゃ方角がわからないぞ」
僕は頭をかきながら、立ち上がった。
「危険だけど、この辺の森は小さいのが多いし、適当に歩いてみるか・・・」
僕は背嚢を背負い、小銃を持って立ち上がった。重い。
僕はゆっくりと歩き始めた。
しばらく歩いてみたが、一向に森が開ける気がしない。どうやらこの森は相当深いようだ。
日も傾いてきた。木々のわずかな隙間から、オレンジ色の空が見える。
鳥肌が立つ。一人で迷子なんて何年ぶりだろう。そもそも、遠い異国のフランスでよく今まで迷子にならなかったもんだ。
太陽は急に沈んで行ってしまった。
あたりはもう暗くなってしまった。
僕はいよいよ怖くなって、冷静さを失ってしまった。
普通に考えれば、ここで火を焚いて野宿しようだとか、そんな発想が出てくるものだが、今の僕にそんなこと考える余裕はなかった。
気が付けば、僕は走っていた。
速足から駆け足、そしてついに無我夢中で走っていた。
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「はあ、はあ、はあ・・・」
僕は疲れ切ってその場にぺたん、と座り込んでしまった。
僕は困り果てた。
もう辺りは真っ暗だった。
僕は両親のこと、親友のことを考えた。
本当に心細かった。
・・・・座り込んでふと、気が付いた。
「明かりだ・・・!」
この時、僕はどんなにうれしかったろう!
疲れも忘れて、ぼくはその明かりが見えるほうへ駆け出した。
人影が見える!
人だ!人が焚火をしているんだ!
涙が出てきた!
後ろを向いていて風貌はよくわからないが、地元の猟師だろう。茶色のコートを羽織っている。
その人はこちらを振り向いたように見えた。走る音に気が付いたのだろう。涙で視界が霞んで相変わらず顔は見えないが。
「もし、もし!僕は、その、BEFの、ええと、兵士、なんですけど・・・」
僕はかすれた声で叫んだ。手も振った。
そのとき、僕はしまった、と思った。もし地元の猟師だった場合、しゃべるのはフランス語だろう、英語なんて、おそらく通じない。安心したのか、そんなくだらないことを考えてしまう。
すると―――――――――――――――――――――――
「動くな!」
僕はピシャリと、雷にうたれたように、立ち止まってしまった。
僕は驚いた。
英語だった。
凛とした澄んだ声だった。
そして、
美しい女性の声だった。