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その2

足元からじょじょに震えが這い上がってくる。

これまでの、これからの人生全てを捧げたあの瞬間が、いったいどこへ消えてしまったというのか。

「あそこだー!!」

突然背後から男の怒号が聞こえ、そのあまりの剣幕に「ひっ」と声をあげて咄嗟に頭を抱える。

足元に目をやると砂まみれのパンプスが目に入った。

そのパンプスに付いた砂が、断続的な振動によって振るい落とされていく。

と同時にド、ド、ド、という重々しい音がどんどん自分に近づいてくるのがわかり、たまらず背後を振り返る。

「えええー!?」

マナの目に入ってきたのは、10人は下らない男たちが砂埃を上げてみるみるうちに自分に迫り来る様子と、

「は!?さばく!?」

月光の下キラキラと輝く砂の海。

テレビでしかお目にかかったことのない、どこまでも続くなだらかな砂丘の群れ。

「嘘!?嘘でしょ!?なにこれ!?夢!?」

もはや眼前にまで迫ってきた男たちへの恐怖はどこへやら、マナは声を上げて周囲をぐるぐると見回す。

背後に回った湖はあまりに大きかったが、よく見ると湖を囲む木々の向こう側はやはり砂漠だった。

するとこれは湖ではなく、オアシスと呼ばれるものではないだろうか。

「嘘だー…ほんとに?いやいや夢だわ、絶対」

あまりの非現実的な光景に、警戒心が薄れる。

とそこへ、近づいて来た男たちが少し離れたところに固まって停止した。

何かから降りる仕草を見せたが、月明かりがあるとはいえそうはっきりとは見えない。

その1人が転がるような勢いで走り寄り、マナの足元に突っ伏した。

背中に翻る夜目にも鮮やかな緋色のマントが遅れて砂地に着くのを、ただぼんやりと見守る。

「聖女様!お迎えに馳せ参じました!!」

「は!?せいじょ!?」

せいじょ?せいじょう?成城?いや、聖なんとか女学院の略?などと、頭の中でさまざまな変換が飛び交う。

そんなマナの脳内をよそに、目の前の男は満面の笑みでマナを振り仰いでいる。

どこの国かはわからないが、日本人ではないことは確かだ。彫りが深いせいで年齢がよくわからないが、浅黒い肌はシワひとつなくつるりとしていて、24歳になるマナよりも若いのではないかと思わせる。

「聖なる泉のほとりに降臨されるとは、なんと幸先のいい!」

とそこで2人目の男が同じように走って来て、マナの爪先ギリギリのところでがばっとひれ伏す。

「美しき聖女様!あなたこそ竜神様に選ばれし聖女様に違いありません!」

そして3人目も同様に、

「待ち望んだ聖女様をお迎えできる喜びに涙が止まりませぬ!!」

砂に埋めた顔は、声の調子からして泣いているようだった。

その大仰な様子に、これはどうやら夢かドッキリだな、と確信したマナは砂に膝をついて頭を下げた。

動揺し30センチほど飛び上がった目の前の男たちの様子には構わず、小声で呼びかける。

「あの、ほんとに申し訳ないのですが、わたしリアクションとかほんとに苦手で、面白い映像は撮れないと思うんです…あとテレビに顔出しもダメなので…」

役者の方たちに言っても仕方ないかもしれませんが、と言うと、男たちは顔を見合わせ、何か腑に落ちたというか、感心した様子でうんうんと頷き合っている。

どうしてもわからないのは、ここに連れて来られた経緯だ。

歌舞伎町のホストクラブにいた自分が、どうして砂漠に移動させられているのか。

収録のために組まれたセットにしては、あまりにも広大過ぎる。これは鳥取砂丘辺りのロケ地に連れて来られたと見て間違いない。

しかし酒にはめっぽう強いマナが酔い潰れたとは考えにくいし、なぜ数多いる一般人からマナが選ばれてドッキリに参加させられているかもわからない。

(まさかこれもバースデーイベントの一環?まさかね)

「まことに王の言う通りであるな。前のお二人と同様の反応を見せられるとは」

「我らのことを役者と勘違いされ、おん自らがその演劇に巻き込まれたと思い込まれると!」

「ユウコ様に書いて頂いたお手紙が役に立つ時であるな!」

よくよく見ると、3人は驚くほど顔が似ていた。

三つ子と見て間違いないだろう。いや、もっときょうだいがいる可能性もあるか。

そんなことを考えているのは、目の前の3人の話がよく頭に入ってこないせいもある。

なんだか自分が思ってもみない方向に話がいく気配がして、しばし忘れていた警戒心が頭をもたげた。

眼前にうやうやしく差し出された手紙を受け取っていいものか躊躇う。

本来宛先が書いてあるはずの場所に、こう書いてあったからだ。

『これは現実です。夢でもドッキリでもありません。』

いや、絶対夢かドッキリだろ。

思わず心の中でツッコミを入れたくなる文面だ。

あまりに直接的で、逆に疑わしい。

しかし結局受け取って中身を読んだのは、このままでは埒があかないと悟ったからだ。

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