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過去の自分が離してくれない 1

「コンコン、すいません、ウォルフくんはいますか?」


「は~い。あ、ソフィアちゃん!」




 ドアをノックすると、霧崎……じゃなかった、ウォルフの母メアリーさんが出てきた。



「ウォルフくんは?」


「ごめんね、まだ寝てるかも」



 今日から村長のところでは別々で練習なのだ。

 ローラとアレンのお二方に気をつかうという大義名分を得て、ウォルフと二人で向かうことにした。



 するとメアリーさんはニコニコしながら……


 ……訂正しよう。ニマニマしながら、さも楽しげに聞いてきた。




「……ソフィアちゃん、起こしにいく?」

「ええと、いいんですか?」


「今ならなんと爆睡中」

「…………ぜひ」



 返ってきたのは「大丈夫、分かってますよ」と言わんばかりの無言の笑み。

 メアリーさんは彼の部屋まで案内してくれた。



「お、お邪魔します」


「いいのいいの。ごゆっくり~」



 ごゆっくりって。

 五歳の女の子に一体何を想像しているんだろう。


 ま、いっか。


 ドアノブがちょっぴり高かったので開けてもらった。




「……あ。ほんとに寝てる」


 彼は寝息もたてずにすやすやと眠っていた。

 体を横向きにし、右足だけ布団から出して。



 そういえば、いつも霧崎は横向きになって眠っていた。布団から右足だけ出した状態だった。


 なんでも右足があったときは、こうやって寝たほうが、どこに気をつけてほしいか布団の外にいるひとに伝わるから、安心するのだという。




 霧崎は家族に恵まれなかった。

 詳しく聞こうとしたことはないが「人類史に名を刻むほどのクズ野郎共だ」とまで言っていた。



 どうやら酷い虐待を受けていたらしい。

 でも時折ふと嗜虐的な笑みを浮かべることもあって、聞くときまって「親との思い出に耽っていた」と答えた。


 あの笑みはなんだったのだろう……ま、いっか。



 だから両親から自分の身を最低限守るのにもっとも効果的な方法をいくつも編み出していた。

 彼のそういった技術や賢さは全て、困ったときに頼れる人間が周りにいないから、頑張って身に付けたものなのだろう。




 でも、今の彼は虐待を受ける子供などではなく、ただのわんぱくな男の子。


 足をほうり出して横向きに眠るその姿は、なんというか、こう……





 ……どうしよう、ほんと、めちゃめちゃかわいい……!




 メアリーさんたち二人とも美形だから、このまま行けばイケメンルートまっしぐら。


 前世の体でよかった。

 生まれ変わった私じゃ釣り合わなかったらどうしようと心配になるところだった。



 ウォルフもいずれそうなるんだろうけど、霧崎もとてもかっこよかった。

 引っ越しの挨拶からあの日まで警戒していたのは、見た目がいいだけのひどい男に騙されたくないと思ったからだ。


 彼はそれくらいかっこよかった。街を歩けば女性全員はもちろんのこと、男の人でも振り向くほどの魅力があった。



 まさかあんなに無自覚で陰気な性格だとは思わなかったけど。


 どうやら義足や装具のことを見られていると思っていたらしい。他人にそういう好奇の目で見られるのが嫌だから、学校ではいつも一人でいたのだという。


 それに関してはしょうがないかな、とは私も思う。彼は私やみんなが知らないだけで、いくつもの病を抱えて生きていたのだから。



「すうう……すうう……」

 呼吸と同時に小さな肩が上下する。



 にしても、ほんとウォルフくんかわいいな。


 ……足のこともないから近づいてくるひとを拒絶しないだろうな。

 それに、霧崎には美容や体の発達の知識もあったから、既に理想のイケメン育成に着手しているはず。



 さぞおモテになることだろう。


 他の女の子に目移りされないよう、私も頑張らないと。




 ……独り占めしたいって思っちゃうのはさ、もう必然だよね。




 おっと、起こすのも忘れて眺めていた。

 二日目から遅刻はまずい。また霧崎に遅刻のクセがついてしまう。



「ウォルフ、朝だよ」


 反応はない。

 少しだけ揺すってみる。



「もう朝だよウォルフ。遅れちゃうよ?」


「ん、んん~……すぅ、すぅぅ……」



 こうかはいまひとつのようだ。



 仕方ないなあ、もう。

 いつもみたいにやれば起きるかな。



「おはよー霧崎。起きないと学校遅れちゃうよ?」


 以前はよく起こしにいってあげたものだ。

 まあ、今では声はかなり幼くなってしまったが。




「……んん、月宮……」


 名前を呼ばれ、ちっちゃな心臓が跳ねた。


 彼は前世と同じ体を選ばなかったはずだが、声はまるで本人が幼くなったかのようで、とても似ている。偶然だろうけどとっても嬉しかった。



「あと5年、5年だけ寝させ、て……」



 さすがに長すぎ。待てないよ。


「だーめ。譲歩してあと4分」


「さんくす……」



 そうしてウォルフは再びまどろみのなかに帰っていった。




 眠っているその姿は本当にただの子供のようだ。


 霧崎が眠っているときはいつも無防備だ。特に半分起きているようなときは、何をしても彼は覚えていなかった。





 ん、どうして彼が眠っているときのことを知っているのかって?


 ……待って、違うの。私そんなヤンデレじゃない……はず。



 これには日本海溝よりも深いワケがありまして。



 ……あれ、私なんで知ってるんだっけ。


 心配になってきた。ちょっと五年前を振り返ろう。




 ◆◆◆




 私たちは互いに絶対の信頼を築いている。

 マンションの鍵のスペアを一本ずつ預けているのだ。



 あれは確か、中学三年の夏休み。


 霧崎は一度、マンションの鍵を無くしたことがあった。

 マンションの管理人に開けてもらうことも出来ないようだったので、私はその鍵が見つかるまで彼を同じ部屋に泊めてあげることにした。



 その頃の私は、自分を助けた彼が「本当に良い人」なのか「本当は悪い人」なのか図ろうとしていた。

 まさに絶好の機会だと思った。


 手を出してきたらすぐに追い出そう、もっと安心できるところへ引っ越そう、そう考えていた。




 しかし、彼は初日からキッパリと言い切った。



「月宮、寝るときや入浴中、俺がいると都合が悪いときは必ず言ってくれ。必ず外に出るようにする」


 入浴中はありがたいけど、寝るときまでは出なくていいよ、私はそう言った。

 すると今度はこう返した。


「俺が月宮の立場なら、こういうときはとても不安になる。どう考えても力で抵抗できそうにない思春期の男子と同じ部屋で生活するんだからな。それに、仮にも月宮にとって俺は恩人だ。抵抗自体しづらいだろう」


「俺は、それでも家に置いてくれた月宮の信頼に応えたい」



 実際に私がお願いしたとき、霧崎は本当に外に出た。


 入浴中は私が女の子だから気を使ってくれたのか、1時間半は外で過ごした。

 ちなみにどこに行ったのかは知らない。


 寝るときも外に出ようとしたが、それでは何の意味もないのでうちに泊めた。



 客人用の布団もなかったので、恥を忍んで同じベッドで寝ないかと持ちかけたところ……


「月宮は試してるつもりだろうから言っておくけどさ」

「……それ、本当に誘ってるとき以外は誰に対しても二度とやるなよ。もし手を出されても何も文句言えないからな。完全に合意してるじゃん」


 あえなく一蹴され、彼は鍵が見つかるまで床で寝ていた。



 ちなみに鍵は初日に拾った。

 けど彼の性格を詳細に把握するまでは黙っておいた。


 その頃はまだ他意はない。うん。調査の為だ。



 ……ちょっとしか。



 そうだ、思い出した。

 彼は確か、体育座りで右の義足だけ伸ばして寝ていたのだ。


 熟睡しているときは何をしても大抵起きなかった。


 ちょっと揺さぶって起こそうとしても、少し大きめな地震が来ても。

 下の名前を呼んでみたときや抱きついてみたときはちょっとだけピクッとなったが、なかなか起きなかった。



 直接返す勇気がない私は、鍵はマンションの落とし物を保管する場所に預け、彼には自分で気付いてもらった。

 それから私たちは、互いに鍵のスペアを預けるようになった。

 提案したのは私だ。霧崎から提案するのは色々と難しいと思ったし、抵抗もなかった。



 以降、私はほぼ毎日彼のもとへ遊びにいった。一緒にゲームを対戦したり、外へ出掛けたり。

 夏休みとはいえ私もぼっちだったし、彼は起こさないと丸一日寝ていることもあった。


 だから彼を起こしにいくのが日常的になった。




 彼の生活リズムを知ることに事件性は全くない。

 よって、私はヤンデレじゃない。うん。


 Q.E.D.ってやつですよ。



「にしても起きないな~。一度起こしたから起きると思ったのに」


 体が変われば寝坊もしないと思っていたが、考えが浅かった。

 霧崎が遅刻を良くないことだと思っていないばかりに。




 ──不意に恐ろしいアイデアが脳裏をよぎった。


 ……ちょっとだけ、ちょっとだけだから。



「ふふ。……かわいい」


 子供用にしては大きすぎるベッド、そこで眠る彼のすぐとなりに私は不法侵入した。


 この行為自体は何度もやったことがある。

 彼は休日などは特に、誰かが起こさないかぎり本当にお昼過ぎまで起きないのだ。




 そのときだった。



「……ふわあぁ。んん、ん~~~……鏡華?」



 何の前触れもなく、霧崎は目を覚ました!!


「へあっ!? いやっ、これは……その……」



 よりによってこんなときに!


「ああ、起こしにきてくれたのか。ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」



 あ、これ大丈夫なやつだ。

 多分霧崎、寝ぼけてる。



 しかし、霧崎は段々と意識を覚醒させていき、最終的に真っ赤になった。

 こういうアプローチにはとても弱いのが彼のかわいい一面である。



「……鏡華、あれ……」


 すると今度は、彼は時計を指差し、て……



「……いつからだっけ」



 ……長針は指定された時間の、十分前を示していた。


 ここから村長の家までは約十五分。

 普通にアウトだ。間に合わない。



「ごめん、早めに起こさなくて」

「いや、大丈夫だ。問題ない」


 彼はそんなことを言うと、おもむろに右手でフィンガースナップをした。



「村長の家までは、まあ二分あれば着くはずだ」




 ◆ ヴォルフガング ◆





 今朝は昔の夢を見た。

 けど感傷に浸る時間もなさそうなので、さっさと村長ズハウスに行かねばならぬ。



「村長の家までは、まあ二分あれば着くはずだ」



 俺は『伝説の覇者(チャンピオン)』を発動させ、一瞬のうちに着替えと支度を済ませた。


「そっか、その手があった」

「そうそう。これで遅刻はしなくて済む」



 まだテレポートのような長距離移動は出来ない。スキルのレベルが足りないから、転移には限界がある。


 でも動かすことなら別だ。

 布団などを使って俺たちを包んで、その塊ごと空から移動させれば、地形に左右されることもないし空気中の塵などから身を守ることもできる。



 なんでそんなに冴えているのかって?

 決まっている。



 鏡華が来る直前には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。


 この体では寝た方が気分がいいけど、基本的にショートスリーパーなので、鏡華に朝食を用意してもらうために二度寝していたのだ。




 って、とりあえず村長ズハウスに行かねばならぬ。

 行かねばならぬのだ。



「というわけで、一緒に布団に包まれようぞ。さあ早く、ハリーアップ、おいで!」

「……私が博識でよかったね。このセリフだけじゃ普通分かんないよ」


「あ、塵を完璧に防ぎたいなら良い方法があるよ」

「ん、どんな?」



 鏡華は面白いことを提案してきた。


「私たちが布団の中に入ったら、布団の()を固定するの。『伝説の王者』は物理法則を無視してモノを止められるから、そういう使い方もできるよ」



 ……なるほど。


「名案だ。採用!」



 形を固定(そのままに)するということは、布団の状態が何の影響も受けなくなるということ。

 要するに、移動中に塵で布団に穴が開いたり形が崩れて吹き飛ばされる心配がなくなったのだ。



 俺たちは布団に再び包まれた。


「……んじゃ、早速行きますか」

「う、うん……霧崎、顔真っ赤だよ?」

「お互いあんまり変わんないと思う」

「えへへ……五歳の体でよかったね」



 完全に密着状態である。


 もし中身の年齢の体だったら今頃は、胸部のすばらしい山脈が俺の理性をぶっ飛ばしていることだろう。

 とても高い……山じゃったのう。



 まさに霊峰、サンクチュアリ。とても神聖な聖域である。




 そこに二つの山がある。


 だから登る。



 丘だろうと断崖だろうと、峠だろうと関係ない。

 そこに登れる()がある。



 登山家の気持ちはそういうものではなかろうか。

 山を登ったあとに何がしたいとか、そういうのじゃないんだよ。




 そこに胸がある。


 上には山が、谷がある。下には丘が、場所によっては森がある。


 そして、それらの絶景を目の当たりにしたとき、そこに命がある。



 だから登る。

 理由なんて、それで充分さ。




 ちなみに月宮には森がなく、見晴らしのいい丘だった。


 ……もう、なんか、ほんと絶景でした。




 ああ……また登頂したい。



 また10年後、登山に挑戦しよう。




 そんなことを思いながら、俺たちは村長の家に向かった。




 ◆◆◆




 とりあえず問題なく到着した。時間にも間に合った。



「……ふう。よし、着いたぞ」

「スキル解除するね」


 村長の家に布団を置いておくのも気まずいので、適当な場所に置いたあと鏡華に頼んで再び固定してもらった。



「じゃあ、また帰りに」

「うん。頑張ってね」

「おう。鏡華もな」


 そうして鏡華とは別れた。








 昨日に引き続き例のお堂にやってきた。


「おはようございます。村長」

「ウォルフくんか。おはよう」

「遅いぞウォルフ!」


 すっかり忘れていたが、アレンは既に来ていたようだ。


「それじゃさっそく始めるぞ」

「はい!」

 アレンは元気がよろしいようで。



「まずは儂がアレンくんに剣を教えるから、ウォルフくんはそこで見ておくんじゃ」



 ひょっとしてマンツーマン形式? 青いスーツとメガネの教師みたいなやつですか?



「分かりました」


「そしてウォルフくん。君は儂の動きを見て、それを覚えるんじゃ。アレンくんの休憩中にどこまで覚えたか、テストするつもりじゃ」



 テスト。

 俺の嫌いな言葉リストのトップ5に入っている言葉。

 ちなみに一位は親、二位は凡人、三位は提出物だったりする。


「じゃあアレンくん、始めるぞ!」




 そういってアレンのスパルタ稽古が始まった。





 ◆◆◆





 そんな中、俺は今朝見た夢の内容を思い出していた。


 展開がはやかったので心の余裕がなかったが、誰かに言いたくてたまらない夢だった。



 しかし、夢の内容を語ることは出来ない。口が裂けても言えそうにない。

 最近はめっきり見なくなったけど、俺は昔から夢を見ると、きまって両親との地獄のような日々を──紛れもない悪夢を見てしまうのだ。





 長くなりそうだが、アレンの稽古も長そうなので、夢の話を語ることにする。


















 俺が肉親を殺す話だ。

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