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フラグが俺をラスボスにしかしてくれそうにない

 あれから更に2年が経ち、ウォルフくんは5さいになった。


 セルフ英才教育の甲斐あってか、いろいろなことができるようになった。



「ウォルフー! もう朝よ!」

「はーい」



 モノ動かすスキルや恐怖させるスキルには名前があったらしい。

 物心がついたと思われたのか、つい先日それらの名前を教えてもらった。……まあ、名前を言わなくても使えるけど。



 布団から出て普段着に着替えるのが億劫なので、早速動かして着替えてみよう。



 右手の指を鳴らす。そして──


伝説の覇者(チャンピオン)



 スキル名を口にしたとたん、ピアノ椅子の上に用意された服は瞬時に俺の身を包んだ。


 同じ場所には先ほどまでの寝間着が綺麗に畳まれている。別段エフェクトがかかったわけでもないが、本当に一瞬なので実用的。自分でも鼻が高いスキルである。



 そう。


 これが俺のスキル「伝説の覇者(チャンピオン)」だ。


 なんでも、本当は「伝説の覇者」というスキル名らしいのだが、長いし自分で伝説とか言っちゃうのもどうかと思ったので勝手にルビを振っている。


 いちいち頭で考えて行うのも面倒だし、なにかを動かすときは右手、自分を動かすときは左手の指を鳴らすように分けようと思う。




 ちなみにもう一つのスキルは「魔王」だ。


 本当にラスボス以外の何者でもない。

 動物相手にしか使ったことはないが、弱めに使ってもクマもオオカミもブルブル震えながら逃げていった


 全力で使ったらどうなるのだろう。いつか試してみたい。



 それと、どうやらスキルにはレベル制が設けてあるらしい。


 現在の伝説の覇者(チャンピオン)のレベルは21、魔王のレベルは9である。

 前者は簡単に使えるからレベリングも捗ったが、後者を人前でやるとまたぼっちになりそうなのでTPOに沿ってレベリングしている。



 怖がられてぼっちとかほんと冗談じゃない。


 三歳にして『陰の御子(陰キャ)』とか決めつけられたんだ。この人生は中の人と性格が変わってでも陽キャらしくしてみせる!






 部屋を出て階段を降りる。


 前世では体が不自由だったから出来なかったことも、ここでならすべて出来る。

 だからなるべく体を鍛えるために、小さなことでも運動は欠かさないよう心がけている。




「おはようございます、父さん、母さん」


 居間にいくと既に二人ともテーブルに着いていた。



「おはようウォルフ。スープが冷めないうちにいただきますしようね」

「はい!」


 今では言語もペラッペラ。発声練習の甲斐あって、舌もかなり回るようになってきた。


 ただ、まだ全然身長が足りないのだ。

 こういうときは左手の指を鳴らし、静かに席につく。



「おわあ!? って、なんだスキルか……」


 カラン、という音がした。


「ご飯のときは毎回やってるじゃないですか」

「そうね。お母さんはもう慣れちゃったわ」


 アントニオはどうも急に現れるのが苦手らしい。

 今度入念なリハーサルをして驚かしてやろう。


「冒険者やってるときも、気がつかないうちにモンスターが目の前にいて驚いたけど、ウォルフのは音もないからもっとビックリするよ」



 先ほどの音の正体が気になったので、音源に近いアントニオのほうを一瞥する。


 おっと、父の失態に誰も気づいていないようだ。



「じゃあこれからは気をつけます。父さんが驚いてお茶をこぼさないように」

「そうしてくれ……お茶?」



 あ~あ、床に垂れそうだ。

 今度は右手の指を鳴らし、手頃なタオルで拭ってやる。


 ただ位置を変えるのではなく、好きなように操れるスキルはとても便利だ。

 スカートなんかもうめくり放題よ!


「ああ、ありがとう」

「いつみてもすごいなあ、そのスキル。テレポート魔法だと置くだけなのに、操れるんだから」とアントニオ。


 テレポートって名前からして便利そうだけど、こっちのほうがもっと便利らしい。


「ほんと便利で助かるわ。そういえば、あの約束今日からよね?」



 ん? 約束?


 ……デジャヴ。


「ああ、そうだった。ウォルフ、今日から毎日、村長のもとへ行ってきなさい。あれを抱えて」


 そういってアントニオは、壁に掛かっている一振りの刀を指差した。

 確か彼が現役の冒険者だったときに使っていたというやつか。



「どういうことですか?」

「前から思っていたんだが、お前がスキルに頼って体が丈夫にならないのが心配なんだ。そこで、あのじいさんの元で剣を習ってこい」

「分かりました!」



 某SNSの公式チャットのごとく、とっさにそう応えた。


 剣だってよ! 刀だってよ!

 ここに二年間はファンタジーらしいイベントがなかったし、そもそも剣をとらせてくれること自体とてもワクワクする。


「随分と食いつくな……乗り気ならいいか。朝ごはんを食べたらすぐ行ってきなさい」

「はーい!」



 急いで飯を食い終える。


「ごちそうさまでした!」



「ちなみにソフィアちゃんたちも来ることになってるから。頑張ってね!」



 へえ、ソフィアたちも来るのか。

 たち、というのは……いや、会ってからでいいだろう。


 俺は身支度をすぐに整えて壁の刀を宙に浮かせて手に取り、右手を鳴らしてドアを開けた。


「行ってきます!」


「おう、頑張れよ!」「頑張ってね!」




 外に出ると、さっそく彼らがいた。


「ウォルフー! はやくしないとおいてくぞー!」

「いっしょにいこー!」



 男の子と女の子、そして元JKが……いや、三人の友人。

 みんなのもとへ駆け寄る。


「ぼけっとして、どうかした? コンビニ寄っていきたいみたいな?」

「いや、コンビニでは……やめてくれ。命日の会話とか新手の死亡フラグかよ」


 そう言って俺はソフィアの隣に並んだ。



 とりあえず新キャラ二人を紹介しよう。


 男の子のほうはアレン。女の子のほうはローラだ。


 アレンもローラも姓はない。

 というかこの村はみんな姓がない。きっと文化の違いというやつだ。


 二人ともただの5歳の子供、転生者ではない。


 アレンのほうはわんぱくで、ローラはおとなしい性格だ。




「それで、ウォルフはちゃんと話聞いてきた?」


「ああ、村長の元で剣稽古つけて貰うんだろ?」


「全然違うよ……きりさ、ウォルフってそういうところあるよね」


「お、おう」



 いま霧崎って言いかけなかったか?

 まあいいけど。


 ソフィアはひそひそと教えてくれた。


「村長のところにはいろんな子が剣を習ってるみたいなんだけど、この四人はちょっと特別みたいだよ」


「そうなのか?」


「二年前のスキル鑑定の件、ローラたちも『御子』っていうやつなんだって」


「……まじか」



 初耳だ。

 というか、御子だのなんだのの説明を受けた覚えもないんだが。


 両親よ、原作設定は本人がよく知っておくべきじゃないのか?



「ソフィア? どうしたの?」

「ううん、なんでもないよ、ローラ。ウォルフが話聞いてなかったんだって」

「やっぱウォルフはウォルフだなー!」

「おいこらアレン(クソガキ)、ローラのまえで泣かせてやろうか」



 ヴォルフガングのヴォルフは狼で、ガングは道っていう意味なんだぞってアントニオに言われてる。

 名前は蔑称じゃないぞ。悪いのは説明しなかった父親だ。


 生意気なキッズには鉄拳制裁だ!


「君がッ泣くまで、殴るのをやめない!」


「こらっ!」



 ソフィアのデコピンが炸裂した。


 なんというか、懐かしいな。



「いてっ! 冗談だよアレン」

「ウォルフがいうとやりかねないよな!」

「そらそうだ。冗談じゃないからな!」

「霧崎ー? 心臓止めるよ? ……あ。」



 霧崎。


 久しぶりに聞いたその名前に、脅されたはずの心臓がドクッと跳ねた。

 ウォルフであることも忘れ、自然と言葉を返していた。



「ネタですって、二度としません」


「くふっ」「ふふっ」


「「あははは!」」



 久しぶりにこういう会話をしたと思う。転生してからはなかなかコミュニケーションが取れていなかったからだろうか、昔のやりとりがなんだか新鮮だった。


 それがおかしくて、俺と鏡華は笑いあった。



「ほら、二人とも! おいてくよー!」


 ローラの声を聞き、改めてここが日本でないことを実感する。



 俺たちは、五年ほど止まっていたナニカを動かすことができた。




 ◆◆◆




「「「「おはようございまーす!」」」」


「おお、よくきたね。さっそく始めようか」



 俺たちは村長の家へやってきた。


 正確には例のお堂に直行だが。さっそくすぎないか?

 ……まあ文句ばかり言ってられないな。仕方ない。




「それじゃあ、まずは自分の全部のスキルをみんなに紹介しようか」



 全部のスキル?

 スキルって言いふらすようなモンでもないと思うが。


「スキルって、ひみつなんじゃないの?」

 とアレン。 もっともな質問だ。



「そうじゃ。でも、みんなはこれから先、ずーっとトモダチでいるのじゃろう? トモダチに隠し事はなしじゃよ」


 村長は営業スマイルでそう答えた。



 ケッ、どんな誘い文句だよ。


 一方から人に言えない隠し事を暴露するから、もう一方も自分の秘密も共有しなければという状況に陥り、半強制的なかたーい友情に繋がる。これが現代人の抱える(トモダチ)だぞ。



「ずーっとトモダチ……うん! おれたちは、ずっとトモダチ!」



 あ~あ、どうやらアレンはひとを疑うことを知らないらしい。

 現代じゃ幼稚園児がスプラッタアニメ見る時代だぞ。なんて良い子なのかしら……


 ソフィアと一瞬目が合った。彼女は従うつもりのようだ。

 とはいえ、そんな説明では納得できん。村長は鑑定を行った張本人なのだから、ソフィアはともかくわざわざアレンたちに言う必要はないだろう。


 この後の展開が予想できないわけじゃないが。



「で、その後はなにをするんですか?」


「ウォルフくん? ……気になるのも無理はない。君たちにはそのスキルを使って、一対一で闘ってもらうんじゃよ」



 どうせそんなことだろうと思ったよ。


 俺たちが自分のスキルをどこまで使えるか試そうってことだろう。

 あるいは使い方を考えさせたり、逆に対策を考えるという経験を積ませるためでもあるかもしれん。


 こんな子供たちに何させようってんだ。



「たたかうの? けんか、だめだよ!」


 ローラは暴力に反対らしい。

 いつぞやの鏡華のときのように、不良の撃退という大義名分があればボコボコにしていいと思うけど……ダメか。


 村長はローラを説き始めた。



「いいかい、ローラちゃん。君たちは強い。そしてこれからもっと強くなる。とってもね」


「じゃがな、力の使い方を間違えたら、周りのひとを傷つけてしまうかもしれない。アレンくんを痛めつけたくはないじゃろう?」


「そんなのいや!」


「だから、儂がみんなにその使い方を教えてあげるんじゃ。大切なひとを守るためにな」


「そっか、わかった!」



 チョロっ。

 こりゃあれだ、ローラは下手に出ればすぐ金貸してくれるタイプだ。


 彼女の目は輝いている。きっと彼女のキラキラした目には、その老人が良いひとに見えていることだろう。



 トントン拍子で話が進む。


 ローラとアレンが納得し、ソフィアが従うというのなら、俺とて反抗するつもりはない。

 主旨から大幅に外れた練習をさせられることもないだろう。



「じゃあおれからな!」



 知らない間に順番が決められたらしい。アレンからだ。


「おれのスキルは『同調』、だんだん相手のちからと同じくらいのちからがだせるようになるんだぜ!」


 ……アバウトだな。よくわからん。



「すごいねアレン!」


 ローラは意味が分かったのだろうか。


 とりあえずおだてておこー。



「へー、すげー」

「感情を込めようよ、感情を」


 ソフィアのツッコミのほうが感情こもってないけどな。


「つぎはローラな!」



 ……ん?


 それだけ?


「わたしのスキルはね、『マナ・レンタル』っていって、魔力をまわりのひとから借りてつかえるスキルなんだよ!」

「ほう、そいつは便利だ……あ」



 つい子供らしくするのを忘れてしまった。



 いやしかし、かなり便利だ。

 去年ごろからメアリーに本当の魔法を教わり始めたから分かる。


 子供の魔力量ほど少ないものはない。最初は気を失ったりしてタイヘンだった。

 今では俺もいくつか魔法が使えるが、魔力不足に悩んでいる。ちなみに土と火の魔法だ。


 正直そのスキルは羨ましい。



「す、すごいね、ローラ」


 ソフィアもわざとらしいけど褒めている。わざとらしいけど。



「そんちょー、まりょくってなに?」とアレン。



 アレンは魔法の存在を知らないのかな。

 まあ無理もない。


 この村で魔法が使える大人は村長と俺の両親、あとはソフィアの母だけだと聞いたことがある。



「魔力っていうのは魔法を使う力のことじゃ。アレンくんも話は聞いたことがあるじゃろう?」

「うん。じゃあローラは、まほうつかいさんなんだな!」



 魔法使いさん。この世界では三十を越えて貞操を守りきった猛者の勲章じゃないらしい。


 妖精さんが見えるんだね(笑)だとか、グリモワールはどこにあるの? だのと馬鹿にされることはないだろう。



 ま、俺は経験あるんだけどネッ!



「えへへ……次はソフィアだよ!」



 ……それだけらしい。



 俺やソフィアスキルを二つ持っているから『御子』はそういう存在なのかと思っていた。


 しかし、アレンとローラも『御子』であることから察するに、『御子』とはそれとは別のジャンル分けなんだろうか。あとで村長に聞いておこう。




 ともかく、次はソフィアの番だ。


「私のスキルは……どっちですか?」


 なんだか戸惑っているようす。

 俺も二つとも言っていいのか分からない。


「なんじゃソフィア? 両方でよいぞ」



 あ、そうなの。軽いな。


「分かりました。私のスキルは、『伝説の王者』と『複製』の二つ」

「「二つ!?」」


 二人ともめちゃくちゃ驚いている。




 ……しまった、乗り遅れる!


「ふ、二つだってえ!?」



 ・・・・・・。



「駆け込み乗車しようとして間に合わなかったウォルフは置いといて、」

「にゃにおうっ!?」

「『伝説の王者』はモノの動きを止めるスキル。『複製』は、対象の能力を自分も使えるようになるスキルです!」


「「「す、すごい……」」」



 やった、今度はピッタリだ!


 ……いや、さっきのだって間に合ってたし。ちょっとドアに言葉の終わりらへんが引っ掛かったけど、流れにはちゃんと乗れたし。



「二つもってるだけでもすごいのに、二つともちょーつよいな!」

「えっへん! ……ごめん、なんでもない」



 ドヤ顔のち赤面。

 今のえっへんは可愛かった。


 異世界に来て鏡華は変わった。もちろん良い方向に、な。



「次はウォルフの番だよ」


「ああ」



 しかし驚いた。


 伝説の王者って、なんか似てる。


 とはいっても俺と彼女の保有スキルの本質は真逆だ。



「俺のスキルも二つ」


「な、ウォルフもかよ!」

「すごいね、ウォルフ!」



 まだ何も言ってないのに アレンはとても悔しそうだ。ローラは純粋にすごいと思っているらしい。


 生まれながらに定められた才能の差、というやつだよ、諸君。



 ソフィアが興味津々な視線を送ってきた。


 そうか、俺のスキル鑑定が終わった直後に彼女が来たから、俺のスキルがどういうものか知らないのか。



「スキル名は『伝説の覇者』と『魔王』。始めのがモノを自由に操るスキルで、最後のが対象を恐怖させるスキルだ。すごいだろ!」



「す、すげえ……」

 アレンはもう感嘆していた。ローラなど声すら出てこなかった。




 ……ソフィアは微妙な表情をしている。


「名前と内容がほぼ被るとは思っていたなかったか」

「いや、魔王って……名前といい効果といい、紛うことなきラスボスじゃん」

「言わんでくれ、必要悪とか陰の御子とか言われながら育てられたんだぞ」



 やっぱそうだよな~。けど直接言われるとなんとも言えない悲しさがある。


 するとナニか?

 この人生では魔王っぽい格好をした俺が、勇者っぽいやつに倒されて死ぬのか?




 ……勝ち名乗りとか決戦前に未来語るとか、マジで気を付けよう。





 それじゃ、次は実戦か。


「村長、グループ分けは?」


「そうだな……やはり普通にいくかの。アレン対ローラ、ソフィア対ウォルフで行う!」



 妥当な選択だ。

 (ココ)の出来が違うからな。



「えー! おれ、ローラとたたかいたくない!」

「安心せい。この地下には結界が張ってあってな。ここでケガをしても、地上に出れば元通りなんじゃ」

「そうなの?」

「気絶か死亡したら一瞬で地上に転送されて、完全回復状態になる。死んでしまうこともない」


 マジかよ。暴れ放題じゃあねえか!


「えー……でも……」

「確かに痛いこともあるじゃろうが、万が一のときは儂が全力でなんとかする。儂を信じてくれんか、アレンくん」

「……わかった。ローラ、がんばろうな!」

「う、うん!」



 素直だなぁ。

 育ったのがツクモ村じゃなく東京とかだったら、こんなのサボってゲーム三昧だろうに。



 とはいえ、鏡華と戦うってのはちょっとな……抵抗しかない。


 今まで口喧嘩などになったこと自体、少ないはずだがなくはない。一度くらいはあったと思う。

 けど武力行使だけは絶対にしなかったし、俺も彼女も険悪な雰囲気が嫌いなので早急に解決してきた。


 鏡華が傷つくのは見たくないし、よほどの理由がなければ誰かを傷つけたいとも思わない。




「じゃあ最初は、アレンくんとローラちゃんからじゃ。持ってきた武器も使ってかまわん」

「わかった!」「はい!」



 なるほど、それでアントニオは壁の刀を持たせたのか。

 手が小さいから正直握れるとは思えないが……仕方ない。スキルで動かそう。



「勝負は儂が止めるか、どちらかが気絶か死亡して地上に転送されるまでじゃ!」



 おおっと、五歳の子供には刺激が強いんじゃないか?


 ……って、五歳の子供に死闘が演じられるわけないか。





 今のってフラグ?



「それじゃあ、儂らは少し下がって見ようか」


「ほーい」

「もう少し子供らしくしようよ……」


 階段のすぐそばに腰掛け、二人のじゃれあいを眺めるとしよう。



 アレンは小さな短剣(アレンの背丈に見合った剣)を、ローラは先端に宝石のようなものがついた木の棒を持った。



 時折ふと思うのだが、アレンやローラは頭が良すぎるのではないだろうか。


 小さな子供にしてはマトモな道徳的思考を備えているし、俺やソフィアの使う言葉の意味を聞いてくるようなことも、これまでもあまりなかった。


 だって五歳だよ? 五歳って、もっと何言ってるか分かんないような子供じゃないの?

 二人の親が教育熱心なんだろうか。それともこの世界では基本的なスペックが向こうより高いのだろうか。




 ……あれ、そういやガチの獲物を持たされているのは俺とソフィアだけらしいぞ。彼女も刀を持ってきていた。



「いくよ、アレン!」「いくぜ、ローラ!」


 息ピッタリじゃないか。四人のカップリングは決定だな。


 最初に動いたのはローラだ。



「ふぁ、ファイアーボール!」



 すると杖の先からとんでもない大きさの火のボールが──ん?



「うあっ、あっちい!」


 ──お手玉サイズもない火の玉が弱々しく飛んでいった。


 しかもアレンに当たる寸前で消えた。



「よくもやったな! とりゃあっ!」



 今度は、アレンの剣が凄まじい勢いで──は?



「ぺしぺし、ぺしぺし」

「うう……いたい、よー」



 ──剣の腹をハエ叩きのように使っている。


 しかもローラの頭を木魚のようにぺしぺししている。



 もはや微笑ましい。真剣と魔法の戦いとは思えない。

 なんとかさんちの今日ごはんを観ている気分だ。


「仕返しだよ! ウォーターボール!」



 今度は野球ボールサイズの水の玉が出てきた。

 しかし。


「バシャッ」

「「あ」」


 今度はそのまま落ちてしまう。

 もう『御子』だなんてとんでもない、マジで一般の五歳児だった。



「そこまで! ……ふむ、なるほど……」


 変なタイミングで村長のストップが入った。


 たったそれだけのじゃれあいで「なるほど」だなんて、何が分かったんだろう。

 しかし何の説明もなく、俺とソフィアの番になった。


「次はソフィア対ウォルフじゃ。ローラちゃん、回復魔法は使えるかな?」



 こくんと頷くローラ。


「じゃあ、アレンの火傷を治してやってくれんか」

「わかった!」


 ちょっぴり火傷させる程度の威力はあったらしい。


 俺も手を抜こうか迷いはじめた。




 ◆◆◆




「アレンくんたちはもっと遠くで見ていなさい。この二人はきっととんでもないことをしでかすからな」

「おいジジイ、二度と白米を噛みしめられない顎にしてやろうか」

「やめい」



 俺の暴挙を止めるときは、鏡華はいつも頭の後ろをノックする。


 たまにえげつない攻撃力を発揮するが、こういうのは悪くない。



 村長が口を開いた。


「二人とも遠慮はいらん。君たちがどの程度まで動けるのかみたいんじゃ。本気で戦ってくれ」



 俺の五番目くたいに嫌いな言葉「本気」。


 本気。本気ねえ。



 ゲームとピアノくらいしか本気になって頑張ったことはないぞ。本気で取り組むには、あまりに失敗経験が多すぎた。


 それに、なにより鏡華を傷つけるのは気乗りしないな。



 しかしやらねばなるまい。剣でファンタジーするために来たんだし。

 とりあえずそれっぽい距離をとって向かい合う。




「ねえ、霧崎」



 なんだろう。手抜きの相談なら即オッケーだが。



「どうした? 戦うのがいやなら俺も──」



 出てきた言葉は、俺の予想と全く反していた。





「──私、この体と霧崎との思い出以外、置いてきたよ」


「私はソフィア。もう助けてもらうだけじゃない、霧崎の力になれるソフィアだよ」






 ……そうか。


 彼女は変わると決めたのだ。もう今までの月宮鏡華は、俺たちの心にしか存在しない、と。

 ここには、かつての彼女はいない。


 彼女は、ソフィアとして後悔のない生き方をする、そう宣言した。




「霧崎は、()?」



 なら俺も、いい加減動かないとな。




「……分かった」



「俺は、ヴォルフガングだ。出来ないことは何もない、鏡華の隣を胸張って歩けるヴォルフガングだ」



 こ、誇張は……してないよね?


 勉強はちょっと出来るし、運動は今なら出来る。駆け引きも訓練されてる。

 魔法使える、ピアノ弾ける、モノ操れる……モノ操れればなんでも出来る判定になるよね?




「……なんていうか、ほぼ完璧超人なのに頭は低くならないよね、霧崎は」

「それはただの性格だ。下は下、上は上、俺は俺だ」

「これで普段の自己評価が低いんだから、霧崎にとっての私の株価は割れてるよね」

「いやそれはない。上位互換だろ」

「ないない。私、霧崎に勉強で勝てたこと一度もないし」



 ん?


「……マジ?」

「ほんとほんと」


 衝撃告白。


 俺、ひょっとしてハイスペ陰キャだったの?




「……スッキリした?」


「ああ。なんか吹っ切れた」




 深呼吸する。

 相手を見据え、呼吸を整える。



「ソフィア。これからやるのは、()()()()()だ」


 彼女はこの言葉の意味が分かったらしい。

 あまり想像出来ないけど、実は経験あるんだろうか。


「大丈夫。私、これでも自主トレっぽいことやってるから」

「まったく同じことやってた。この年齢なら性別の差もないだろうな」



「じゃあ、遠慮はなしだね」



 そう。


 子供の喧嘩は、いつだって──


「──本気(マジ)だ」



 階段に置いてある刀を、宙に浮かせて手に取る。


 脳細胞と同じ数くらいの教養を兼ね備えた俺は、時代劇にもある程度の知識がある。刀の扱いだって知っているつもりだ。


 だがソフィアには通用しない。

 彼女は俺の動きを止めることができるから、やはりトリッキーな戦法をとるべきだろうか。




 ……いや、違うかもしれない。



 勝機は十分にある。


 重要なのは、スキルレベルだ。

 ほぼ同じ名前、勝るとも劣らない、似た能力同士。おまけに同じ日に生まれたから年齢の差もない。


 俺が動けるどうかは、年季(レベル)の差としか思えない。



 それに……俺にはほんの少しとはいえ魔法がある。

 対人では初めてだが、なんにしても最初は最初だ。やってやる!




 最初といえば、まずはあれだな。



 通常は、特にラスボスなどは初めての戦闘イベントで決め台詞が成立する。



「ソフィア。俺は『陰の御子』に『必要悪』、対するお前は『光の御子』、だっけか。どう考えてもソフィアが主役(ヒロイン)、俺が悪役(ヴィラン)だよな」


「え?」



「古来より、悪役は自分たちヒーロー側とは違う人間だとされることが多い」


「それは、自分たちのようなひとが酷い犯罪などを犯すとは考えたくないという感情があるからだ。創作にしても、人間のにとって魔族の王が悪役なのはそういうことさ」


「青少年向けの漫画じゃあ外国語なまりのあるやつが悪役だろう。ディオなんかが格好の例だ。一章から外国語なまりで、終いには吸血鬼のスタンド使いだからな」



 あくまで持論だが、この考えはわりと合っていると思う。



「そして俺は、それなりに強力な能力があるし、性格もクズだ」


「中学から高校の期末テストまで、96点以下をとったことは未だにない。保身が確実になれば不良を気絶させて金奪って手錠かける程度にはクズだ」



 他にもいろいろやってきたけど……人様には言えないことなので割愛しよう。


「まあ、何が言いたいのかというとだな──心から愉快な言葉でもって戦いを始めたいと思う」




 生前、たまたまサーカスを観る機会があり、そのときの開演の言葉を借りた。

 外国の映画などでよく使われる台詞だが、俺もその恩恵にあやかろう。



 今後の決め台詞は、たった今確定した。



 俺はこれから、『魔王』スキルを全力で発動させる。


 人間相手に全力は初めてだが、今日くらい戦闘イベントを楽しんじゃおう!



 俺は彼女のラスボスとして、全力で『魔王』を発動させ、声高らかに()()を宣言した!





「イッツ・ショウタァァァイム!」




 地下のお堂に、魔王の声が反響する。














 それだけだった。





「あれ、みんなはいずこへ……」




 ()()()()()()()()()()()()()()()()






 ◆◆◆






 ……まさか。

 ……いや、まさかまさか。


 村長の言葉を反芻(はんすう)する。


「気絶か死亡したら一瞬で地上に転送され──」


 ってことは、結界のおかげか?




 ……いやいやいやいやいや!

 ないないない!



 だって恐怖だよ?

 気持ちの問題じゃん。気絶とかあるモンなの?




 ………………いやいや、まさかまさか。そんなばかな。




 ……村長すらいないんだから、きっと何かの間違いだって。




 思った以上の威力に半信半疑な俺は、『伝説の覇者(チャンピオン)』で村長の家の門まで転移した。




 するとそこには……


 普通に話をしている子供たち。

 そして──


「ウォルフくん……二度と、二度とそのスキルを使っちゃいけない!」


 ──完全回復したはずなのに、顔が真っ青な村長がいた。



 何にかは知らないけど一旦謝ろう!


「ご、ごめんなさい! みんなもすまなかった……」


「いいぜウォルフ! いっしゅんとってもこわかったけど、みんなケロっとしてるんだし」


「うん。わたしもちょっとびっくりしたけど、だいじょうぶだよ!」



 アレンとローラは本当に大丈夫そうだ。



「ソフィア、本当に悪かった。大丈夫か?」


「う、うん。今はもうなんともない。けど……」


「けど?」




「正直本当に怖かった。結界がなかったら、この体だから許されるけど、正直お漏らししちゃってたかも」


「それはめちゃくちゃ見たかった。出来れば中の人が精神年齢に沿った姿でそうなってるシーンを見たかった! ……待て鏡華! 刀はやめろ!」



「…………ばか。」




 そのまま彼女は二人のもとへ歩いていった。

 あとでちゃんと謝っておこう。



「今日はもう終わりでいい。ソフィアちゃんとローラちゃんは、ほれ、明日から他の衆と一緒にそこの道場で体力づくりじゃ」



 村長が指をさした場所では、村の女の子や若い女性やらが剣を振っていた。どうやら男と女で分けて指導しているらしい。


「わかりました」「はーい!」

「気を付けて帰るんじゃぞ!」


 今日はそこまでで終了ということになった。


 そして──


「それからウォルフくん、アレンくん」

「はい、なんでしょう?」「え、なーに?」



「明日から、二人には特別レッスンじゃ。スキルの使い方を教えてやろう」


「「は?」」


 ──ソフィアとの交流の場がさっそく無くなり、なぜかアレンと特待生に昇格した。

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