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異世界がロクなフラグを立ててくれない

「ウォルフ、もう朝だよー」




 母の声で目を覚ます。



「ふわぁ……」



 母に抱っこされてリビングに着く。俺の部屋は二階だが、さすがに階段は登り降りできない。立って歩くことはできるが。




 俺が転生してからそれなりの月日が経ち、本日ちょうど三歳になった。

 この三年間で少しずつ勝手が分かってきたので、前世と合わせて自己紹介でもしようと思う。



 今の名前はヴォルフガング。平民らしいので姓はない。自他共に認める三歳児だ。


 母はメアリーで、父はアントニオ。

 なんでも二人とも昔は名の馳せた冒険者らしいが、いまはこの地域でせっせと農作に励んでいる。


 さっきのウォルフというのは愛称らしい。ガングだけ抜いてヴォルフと呼ぶのもなんとなく強そうな名前だし、小さな子供にはウォルフあたりがちょうどいいのだろうか。知らんけど。


 ちなみに二人とものほほんとした性格の持ち主なので、現役時代の話の信憑性は極めて低い。



 家族構成といっても父母と俺の三人だけだが、住民の仲間意識が非常に強いため村の住民みんなが家族みたいな感じだ。



 この村はツクモ村という。なんというか、名前もそうだけど見渡すかぎり武家屋敷しかない。この家も武家屋敷みたいだし。西洋なファンタジーを期待していたのだが……しょうがないか。






 では中の人の紹介といこう。



 俺は霧崎響冴(きりさききょうご)



 名前が言いづらいみたいなクレームはぜひとも親に言ってくれ。


 名付けたのは俺じゃないし、ちょうど改名しようと思っていたところだ。鏡華とも音が似ていて、サブキャラっぽいからな。



 田舎の高校生一年生。ラノベやアニメが大好きなフレンズである。



 ピアノでいろんな賞を取ってたり、将棋のプロだったことがあったり、身体が色々と不自由で二級障害者だったりと、キャラ性に変な方向に富んでいるがそんな感じだ。



 ピアノは今でも大好きだし前世の名前の由来も音楽関連からきているのだ。こっちの世界に来てからも、二人に無理を言ってさせてもらっている。



 おかげでメアリーたち……両親は俺をモーツァルトか何かと勘違いしている。


 将来的には大きくなるものの、さすがに三歳児の手は小さくて弾ける曲にも限りがある。


 まったく、はやくリストくらいは弾けるようになりたいものである。



 それに、なにかと動きづらいので上手く弾けない。


 子供に期待する気持ちは大いに結構だが、別に天才じゃないぞ俺は。


 ヴォルフガングだけどモーツァルトじゃないし、なら父はサリエリか?


 そういえばサリエリとモーツァルトって実は悪い仲でもなかったらしいよ。モーツァルトの葬式にレクイエム弾いたのサリエリだからね。





 とりあえずそんな感じかな。


 ぼくまだ3さいだし、キャラがうすいのはしょーがないよねっ!





 それと、鏡華とは本当に幼馴染みになることができた。


 彼女はソフィアという名前で、俺と同じように姓がない。


 他にも二人ほど同年代の友人がいるのだが、転生したやつでもなさそうなただの乳幼児なのでまた別の機会に。





「おはようウォルフ。朝ごはん作るから、テーブルで待っててね~」



 そういってキッチンに向かうメアリー。彼女の作る朝食はうまい。



 身長の低さにイライラしながらイスによじ登る。


 もう乳幼児のことを舐めちゃいられないな、こんな苦労があったなんて。


 現役の赤子を見つけたら、今度からぜひ赤ちゃん先輩、いや赤さんパイセンとでも呼ばせてもらおう。



「おはようウォルフ。誕生日おめでとう! それと、()()は今日だぞ! 楽しみだな!」



 今度はアントニオ。いきなりなんの話だ? いや誕生日ではあるけどさ。


「なんのひ?」



 まだ口が発達しきれていないので、拙いうえにどうしても口数が少なくなる傾向がある。



 幼い子供の教育ほど後々飛躍的に効果が見られるので、筋トレや独学の魔術の特訓など、一応いろいろ頑張ってはいるのだが。



 魔術に関しては追々話すことにする。



 で、なにが?


「前に言っただろう、今日はお前のスキル鑑定だよ。パパの子供だからきっとちょー強いぞ!」



 スキル鑑定? そうだっけ。



「ふうん。ちょーつおいの?」


「パパがちょー強いからな!」


「やったぁ!」



 こういう幼児らしい演技もかなり板についてきた。


 三歳だとそんなにコミュニケーションをとれるとは思えないが、分からない。


 俺自身、かなり特殊な環境で育ってきたし。この夫婦も子育て自体初めての経験っぽいので、勘違いしたままでいてくれるだろう。



 でもアントニオよ、これで何の役にも立たないような無駄スキルだったら、普通の子供ならたぶん泣くぞ? 期待させやがって、みたいなミーニングで。


 まあ俺には良さげなスキルが確約されているんだがネ!




 それはそうと、完全に忘れていた。



 この村では誕生日を迎えて三歳になった子供のスキルを鑑定する、という慣習があるそうだ。



 ひとり基本的には一つ、三歳になると必ず発現する能力、それがこの世界における「スキル」というものらしい。


 一応自分で考えたモノをトリビアにサービスしてもらったので鑑定するまでもないが……




「そえってソフィアもいっしょ?」



 俺は結構楽しみだったりする。


 なぜなら、鏡華がどんなスキルを望んだのか分かるからだ。同じ誕生日だし、興味しかない。



「そのはずだが……まったくお前は、ほんとうにソフィアちゃんが大好きなんだな」



 おいアントニオ。


 いくら可愛い息子だからって、ひとの頭をわしゃわしゃするんじゃねえ!



「えへへ……」



 なんて言えるはずもなかったので、諦めて三歳児を全うした。



「そういうことだから、ピアノもほどほどにして出かける準備をしておくんだぞ~」

「あーい!」





 ◆◆◆




 食事を終えて自分の部屋に戻り、ベッドに寝転がる。


 この部屋にはピアノとベッドしかない。だがやることはとても多く、この部屋だけでも毎日が充実している。




 それはなぜか──魔法である。




 あれは二ヶ月ほど前のこと。メアリーが土魔法でコップを作っているのを見たのだ。


 そう、それだけ。以上!




 前世では考えられないほど足腰の発達が早かったため、俺は魔法の教科書的な本を求めて家中を旅してまわった。


 その結果、本当に見つかってしまったのだ。


 かつて、やりすぎだとかいう納得しかねる理由で鏡華にゲーム機を隠されたことがあるのだが、何度も探し当てる経験が活きたのか、今回は思いの外早く見つかった。



 その頃にはメアリーに字を教わり始めていたこともあり、内容もそれとなーく理解できた。


 どうやら魔法と魔術は何かが違うらしい。多分いま使ってるのは魔法なんだと思う。知らんけど。


 今のところ土魔法しか使えないが、この土魔法がまた便利なもので、地味そうに見えて何でも魔法だったりする。


 ただの土砂ではなく、鉄などの金属も土魔法で操れる対象に含まれているのだ。地面から出そうと思えばひょっこり鉄が出てくるのである。




 口に出してもまったく言葉にならないので、心のなかでこう唱える。


「母なる大地よ、そこから生まれ出る大地の精霊よ。今こそこの憤懣に応じ、眼前の敵を屠りたまえ! 【アースウェポン】!」



 その瞬間、家の庭から二、三本の刀やら槍やらが突き出てきた。

 しっかり金属製である。これでホームアロ○ン対策はばっちりだ。



 じつはこの魔法、オリジナルだったりする。


 確かに魔法の教科書は見つかったし、内容も少しずつ読めるのだが……一番重要な技の名前が分からないのだ。



 この「アースウェポン」のところが勝手に名付けた部分である。


 これはもうオリジナル魔法と言っても過言ではあるまい?



 異世界特有の固有名詞とか何書いてあるのかわかんねーよ。式句だけは読めたので使っているが。





 そこでなんとなーく土を動かそうとしたら思い通りになった。

名前などを考えるの面倒だが、無いというのもそれはそれで不便だから考えてるってわけだ。



 初めて土で刀を作ったときはたった一本で疲れてしまったが、今では魔力の量も増えたと思う。


 そんな感じで俺は魔法が使えたりする。思い通りに土でモノを作ったり、ほんの少しだが地形を操作できるのはとても楽しかった。



 親譲りの才能ほどこの世界で楽できそうなものはない。メアリーには感謝しよう。




 とはいえ疲れた。


 使いすぎると気絶するということを知ってからは節度を守って練習しているが、正直終わったあとがまあしんどい。




 このままぐっすり眠るとスキル鑑定のやつを寝過ごしてしまいそうなので、いたいけな幼子の体に鞭打ってピアノ椅子に腰掛けた。


 前世では毎日続けていた基礎練習を、今の自分には少し難しい程度に簡略化して長時間行う。




 練習の質よりこなした量が重要だとか、長時間継続より短時間集中の勉強がいいだとか、色々な考え方があると思う。




 なぜ、互いの良い部分を吸収しないのだろうか。


 質の良い練習を、可能な限り多く積み重ねる。何事にも通じる、努力の定理だ。





 ◆ 月宮鏡華 ◆




「ソフィアー、起きてるー?」


「おひてうー(起きてるー)」



 母が起こしに来る足音で私は目を覚ました。


「ゆっくり、はいはいでいいからおいでー!」

「あーい」



 退役JKが地べたを這いつくばる姿はなんと滑稽なのだろう……って、今は赤ちゃんだったか。



 今日はソフィア()ヴォルフガング()の誕生日。

 時が経つのは早いもので、トラックに轢かれて生ま

れ変わってから三年である。



 断片的な情報にすぎないけど、それでも様々なことが分かってきたので前世の自己紹介も兼ねてしておこう。



 私はソフィア。姓はない……らしい。この辺りでは親の名前を姓にするのではないのかもしれない。


 父と母の名前はまだ分からない。

 きみ、だとか、あなた、という感じで呼びあっているからだ。



 どうやらここは武士の文化を体現した集落のようで、父は侍のような格好で仕事に行っている。


 母はいわゆる専業主婦だ。……三歳の子供を放って仕事に出るというのはこの世界でも良くない認識らしい。




 ではでは、さっそく赤ちゃんの皮を被ったなかのひとを紹介しよう。



 月宮鏡華、それが私の名前だ。



 趣味は料理とゲーム、あとは読書。



 調子に乗っているわけじゃないけど、自分でもそれなりにかわいいほうと思っている。


 ……きっと、彼が普段から美少女だなんだと褒めてくれるからこんな風に思えるんだろうなぁ。



 中学三年までは恵まれた環境でぬくぬくとした生活を送っていたが、両親が事故で他界。


 田舎のおばあちゃんに引き取られたけど嫌々接してくるおばあちゃんが嫌になり、両親の遺してくれた財産で一人暮らしを始めた。


 高校一年であっさりトラックに轢かれて死んだ。



 そんなかんじの人生。




「ソフィア? ぼーっとしてるけど、大丈夫?」


「あいよーう(だいじょーぶ)」



 心配されちゃったか。

 母にスプーンをもってもらい、流動食を口に運ぶ。


 あとはなにかあったっけ。



 ……あ、そうだ


 言葉が話せない以上、生まれ変わってから彼とはマトモな会話が出来ていない。



 せっかくだから彼と出会った頃の思い出にでもゆっくり浸ろうと思う。

「ごひそーさまれした」

「今日はヴォルフガングくんもいっしょに、村長さんのとこにいくからねー」

「あーい」

 私は朝食を手早く済ませ、話もよく聞かずに階段をよじ登って自室に戻った。





 ◆◆◆





 まるで昨日のことのように思い出す。


 私が霧崎と出会ったのは、中学三年の七月頃。地域の七夕祭りでのことだった。


 正確には彼の住むマンションに引っ越したときだが……挨拶だけだったので割愛する。




 そのときは転校した中学校のほうで友達を作れておらず、でも部屋で過ごすのも気が引けたので、複雑な感情を胸に祭りが開かれる商店街に行った。




 私はひとりだった。


 親を失ってから日が浅かったこともあり、心身ともに憔悴していたと思う。



 祭りにはイベントがつきものだ。しかし、私はよりにもよって不良に絡まれるイベントに遭遇してしまった。



 まさしく絶好のカモだ。


 弱々しくてかわいい女子中学生。祭りでお金も多めに持っているときた。



 私は後ろから誰かに手を引かれ、屋台が並ぶ場所の裏で四人くらいの男に囲まれた。



「かわいいね、嬢ちゃん。俺らと一緒にあそぼーよ」



 人生初ナンパ。


 私に空手部の男子並みの腕力や脚力があれば、イライラしてくびり殺してやるところだが……生憎私は自分の身を守るので精一杯な女子中学生だった。



「いえ……わ、私、帰りますから」

「いーじゃん、遊ぼうぜ? 楽しいコト教えてやるよ」



 逃げるのが一番だ、そう考えた私は走ろうとした。



「失礼しますっ! ……きゃあっ!?」



 でも、恐怖で足はまともに動かなかった。



「はあ? 逃がすと思ってんのかよ。おい、手ェ貸せ」

「は、離してっ!」



 私は腕を強く掴まれ、



「離すわきゃあねーだろうが! 騒いでんじゃねえぞクソガキがぁ!」



 肩を突き飛ばされて崩れ落ちた。





 頭が真っ白になった。




 男たちがベルトを外し、下卑た笑いを浮かべてチャックを下ろしながら近づいてくる。



 抵抗する力も逃れる術も、ましてやそんな気力もなかった。



 このまま目の前の卑しいクズどもに汚されて、お金も処女も奪われる。



「あぁ、いいカオじゃねえか。ヒヒッ!」



 そこから先は、まるで活動弁士のいない白黒の無声映画のようで、私の現実は色も音も失っていた。





 肩を強い力で掴まれる。



 ……痛い……怖い……



 ──ああ、どうして。



 酒と男の不快な臭いに吐き気がした。



 ──いや……そんなの、いや!



 私は恐怖で顔をしかめるが、男どもはそれを見て嬉々とした表情になった。



 ──誰か……助けて……!!





 私の悲痛な叫び声は、声にすらならなかった。



 それはもう、ものすごい恐怖だった。


 逃げたいのに、足が動かない。

 心のなかでどれだけ叫んでも声が出ない。


 それに再び恐怖する。本当に恐怖の連鎖だ。



 ふと両親の顔が浮かんだ。


 今はもう、いないひと。



 そのとき、私は悟ってしまった。



 そっ……か……私を助けてくれるひとは、もういないんだ。





 もう、何もかもどうでもよくなった。

 走馬灯というものが私の記憶を駆け巡った。


 しかし、いや、むしろ、すぐにでも死んでしまおう、そう思えた。



 だって、だって──



 走馬灯に映ったのは両親と転校する前の友達で。




 ──今の私に、その全てが残っていなかったのだから。




「へへっ、最初は俺からな」


「んじゃ俺は次でいいや」




 さらに近づいてくる、()()の男たち。




 ふいに()()な声がした。



「最初は俺にやらせてくれよ」




 少し低くて、爽やかな声だった。





「ああ? あとでやるから待って……」


 なのに、見たひと全員の腰が抜けるような、怒りの感情を顔に浮かべていた。




「おっと悪い。勘違いしないでほしいんだが……」



「やられんのは、テメーらだ」




 カッコつけたようなセリフと同時に奥から二番目の男が倒れた。

 その後ろには、先ほどの声の主が何かを持って立っていた。



「てめえっ! なにしやがった!」



 彼は恐ろしいほどの重圧感を纏っていた。


 見た目が強そうなわけではない。

 ボクシングのチャンピオンのようなオーラもない。



 しかし、彼の放つ低い声には、そして男らを見るまっすぐな目には、確かな怒りがあった。



「ギャーギャーギャーギャー、喧しいんだよ。……あ、これダメ? でもほんとに発情してるじゃん」


「何言ってやがる! ふざけてんじゃねえぞクソが!」



 どこかで聞いたことのあるようなセリフ。マンガかなにかだった気がする。


 そのセリフに殴りかかる男もまた、一瞬で倒れた。

 彼は何かで殴っているようだった。



 手に持っているのは……右足?

 違う。そうではない。


 あれは……義足だ。その証拠に彼は、片足立ちで義足を振るっている。



「いでえっ!!」


「そりゃそうだ。金属製の精密機械だからな」




 ひとり、またひとりと、頭や首にその金属の塊を強打させていった。



「次は中のひと繋がりでいくか」



 彼は男たちを不愉快だと言わんばかりに殴り付けた。


 でも、どこか楽しそうでもあった。ストレス発散のようなそぶりである。


 相手の男たちは見た目より弱いらしく、また彼は見た目以上に強かった。





「お前の次のセリフは『ナメてんじゃねえぞ、このクソガキがああ!!』という!」



 これも、きっとなにかのマンガのセリフだと思う。


 でも、そこらの中学生が調子に乗って発するソレとは違って、こう、なんというか。




 男たちの注意を、私から完全に自分にひきつけ。


 冷静に相手の行動を観察、対応し。


 私を安心させるため、私に不敵な笑みを浮かべるその姿は────




 ──本物(主人公)とそう違わない輝きが、直視できないくらいにキラキラしていた。




「ナメてんじゃねえぞ、このクソガキがああ! ……はッ!」



 ほんとうに意味が分からなかった。あまりに一瞬の出来事で、状況の理解が追いつかなかった。


 そんな私をひとり置いて、すぐに決着がついた。




 乗せられていることにやっと気づいた男は、なおも殴りかかってくる。



「これ学校にバレたら、トイレと三食労働付きホテル生活になるかもな~」



 私を助けた彼はそんなことを呟いてから、義足を構えてこう言った。



「お前らみたいな連中が、いつどこで、誰をレイプしてようが知らねーけどよ──」



「──二度と俺の前でやるんじゃねー。祭りの気分が台無しになったじゃねえか、このマセガキが」





 彼がそう言い捨てると同時に、最後のひとりも何も言えずに倒れていった。


 結果、私に乱暴しようとした全員が気を失った。

 彼は再び義足を取り付け、こちらに迫ってくる。



 すると、今度はとても明るい、優しいひとの声が聞こえた。




「ったく、身の程を知れっての。……ごめん、そこのレジ袋とってもらっていい?」



 それまでの行動を考えると、まるで別人のように優しい笑みを浮かべていた。


「ええと、これ?」



 私は更に混乱した。とりあえず言われた通りに手渡した。


「それそれ。……(ガチャリ)、これでよしっと」



 私を助けた男は──いや、同い年くらいの少年だった──レジ袋からおもちゃの手錠を取りだした。



 気絶するものたちの足を首の後ろに持っていき、身動きが取れないよう足首同士にそれをかけた。


 しかも鍵を側溝に落として。



 徹底的、ぴったりな言葉である。


 そんなにしなくても……それに、とても痛そうだ。ひとりは口から泡を吹いているし、おでこから血を流しているひともいた。




 正直、これから何を要求されるか分からない。


 そう思ったが、不思議と怖くはなかった。



「係員は俺が呼んでおくから大丈夫だよ。ええと、ケガはない? 金とかとられてない?」




 しかも、彼は最後まで何も求めてこなかった。


 むしろ私を気遣うように心配してくれた。



 ……あれ、この人の顔……どこかで…………?




「だ、大丈夫……です……」


「そっか、ならばよし」



 いや、そんなことはどうでもいい。


 お礼を、言わないと。



「お、こいつら結構持ってんな。()()()()も貰っとく? 先に手を出したのはこいつらだし」



 彼は倒れている男たちの財布から金だけを抜き、機嫌が良さそうに口笛を吹きながら、見せしめと言わんばかりに他の中身を地面にばらまいた。


「あ、クレジットカードもある。使えそうだな……いや、やっぱり折っちまおう」




 それより今、月宮さんって……



「あの! どうして名前を!?」


 名前まで呼ばれては、流石に聞かずにはいられなかった。



 すると彼はこちらに振り向いて言った。



「えーっと……気付いてない? いやまあ、それはそれで非常に都合がいいんだけどさ」


「名前を、教えてください!」



 無意識のうちにそう言った。


 今聞かないとすぐに帰ってしまうような、根拠はないけど確かにそんな気がした。




 お礼が出来ないのはとても息苦しい。


 それに、ありがとうって、言わなくちゃ。



 しかし彼は名前を言わなかった。言葉を濁して渋ったのだ。



「うーん……見ての通り学生だから、いまの事案だと身バレはキツいんだよな……すまんね」



 こちらを背にしてお金を数えている。連中のバッグを漁り終えたようだった。



「総額4万ちょいってところか。防犯カメラは近くに無いし、よし。……ってよくないわ、まあいいけど」



 いいのかよくないのかどっちなのさ、心のなかでそうツッコんだ。




「あ、帰り道が怖いなら一緒に帰る?」


「い、いえ……その……あ、あり……」


「むしろこの発言のほうが怖いな、忘れてくれ。じゃ、気をつけて帰れよー」



 彼は何事もなかったかのように、すたすたと歩いていった。カバンからビー玉のついたラムネを私に投げ渡して。




「あ、そうそう」


「俺は霧崎。霧崎響冴だ」



 霧崎響冴。



 名前を聞いてようやく思い出せた。


 彼は同じマンションの住人、というより私の隣人だ。



 引っ越したときの挨拶以来の再会だったと思う。

 学校以外では塞ぎこんでいたし、近所付き合いをすることもなかった。


 同じ中学校でもなかったはずだ。




 何より同い年の男子が隣に住んでいる。


 その事実が怖くて、なるべく会わないようにと警戒していた。



 そんな私を、ずっと避けていた私を、彼は危険を冒して助けてくれた。



(お礼……いっぱい、いっぱいしないとね)




 私は歩いて帰った。


 霧崎から貰ったラムネの炭酸はちょっぴり刺激がつよくて、普段よりも爽やかだった。





 翌日から私は、彼と頑張って交流を重ねた。

 最初は少し迷惑そうな彼だったが、一週間もせずに新しい関係を確立できた。



 あとになって、どうしてあの男たちに怒っていたのか聞くと、こう答えた。


「美少女を汚そうとしてたからってのもあるんだけど……俺、ああいう連中が大嫌いなんだよ。なんていうか、クズが嫌いなんだわ。中でも特に、品も学もないやつね」



「特に無法者は無理だな。見てると吐き気がする」



 なるほどな、そう感じた。



 あの男たちは、おそらく彼とは対極の存在だ。


 実際、彼には様々な知識や経験があり、気品があり、カリスマ性があった。



 彼の発した「無法者」という言葉。


 その言葉で私は、ふとあることが気になった。



「霧崎はさ、どんなルールで生きてるの?」


「そうだなぁ……色々あるけど」


「誰かのためなら手は抜かない、とか?」



 ……だからテストはとってもいいのに評定が悪いのか。


 すっと腑に落ちるものがあった。


「……なんだねその目は。自分のことはどうだっていいんだよ! 提出物を出さないだとか、字が汚いだとかは!」


 まあでも、彼が己のルールを守って生きているのは本当だった。素直にかっこいいと思えた。





 そして私はわざわざ同じ高校を受験し、合格した。


 その直後に彼は入院してしまったから、入学時の課題を二人分こなして毎日彼の病室を訪れた。



 最初は本当にただの恩返しだったと思う。


 けど途中から、もっと彼のことを知りたい、そのことで頭がいっぱいだった。


 志望校を変えて、元の志望校より偏差値を8も上げて。日頃から勉強を続けていた私ですら、とても大変だった。


 だけど、そうしてまで高校は彼と一緒にいたいと、そう思えた。


 理由? そんなの、決まっている。

 だって、だって──





 いや、言わない。今はまだ。





 ……だって、言葉にするとはずかしいもん。





 ◆ ヴォルフガング ◆





「へくちゅっ! へくちゅっ!」



 誰かにウワサされてる気がする……二回か。誰だ、俺のことを笑っているやつは……



「……へーっくちゅ!!」



 三回。これはあれだ、多分鏡華のしわざだ。あれって三回目だよね?



「どしたーウォルフ、寒かったか?」


「うーうー」



 違うよ、ちょっと惚れられてるだけ。




 父の小脇に抱えられ、村長の家にやってきた。


 ピアノ椅子に座ってからの記憶がない。

 弾こうと思ったけど魔術の練習で疲れて寝てしまったみたいだ。



 どうやらもう着いたらしい。


 うちよりデカい。まさしく大名屋敷だ。




「こんにちはー!」


「こーいちあ!」


「よく来たね、ウォルフくん。アントニオも」



「今日はよろしくお願いします。村長、もう準備は出来てるようで?」



 あまり急かすなよアントニオ。まだソフィアたちが来ていないじゃないか。


 にしてもこんな仙人みたいな村長、ほんとにいるんだなぁ。



 長い白髪に立派なおひげである。

 顔にはしわが多いのにとても生き生きしている。



「ああ、いつでも大丈夫じゃ。ソフィアたちはすぐ来るだろうから、さっさと終わらせてご飯にしよう」


「そうですね。では、お願いします」



 そういって俺は村長に渡された。モノ扱いされている気分だが、このさいどうでもいい。






 来たばかりだが俺は村長に抱えられ、地下にある大きなお堂のような場所に連れてこられた。


 かなり急な階段がずっと続くような道だったが、この老人の足腰は結構丈夫なようだ。



「ここに座って待っていなさい。失敗するといけないから、あまり騒いじゃだめじゃぞ?」


「うー」



 素朴で質素なのに、とても荘厳な風景だ。

 奥には巨大な仁王像のようなものが二つ、いや三つ建てられている。



 しかもとても広い。


 洞窟だろうか、よく分からないが、こういった地球にはない景色はワクワクする。



 俺が回りを見渡していると、村長は俺を足の間に、そしてその上に大きな水晶を置いた。





「それじゃ、始めるぞ。……はああああああああ」



 しかも謎のうめき声をあげ出した。こええ!




「はああああああああ、はああああ……」



 禅を組んではああああする、そのさまはまさに仙人だった。




 すると、水晶からなにか浮かんできた!




 ん? 読めない……



 おかしいな、メアリーに習っているはずなのに、まったく知らない言語みたいだ。



 なんだろう、と思考を巡らせていたときだった。



「…………あはっ!?」

「あはっ!?」




 村長が唐突にヘンな声を出したのだ!

 急にあはっ!? すんなよ仙人。驚いて復唱しちまったじゃないか。




 これぞ本当のアハ体験。未知すぎてただただこわい。


 ドン引きしている幼児の胸中など知らんと言わんばかりに、村長は大興奮している。



「これは……なんてこった! あり得んくらいにすごいぞ、ウォルフくん!!」



 すごいのはアンタだよ、仙人。


 そんなことを思う俺を担ぎ上げ、父のもとへ猛ダッシュを開始した。




「アントニオよ! この子は『御子』じゃ! 大変じゃあああ!!」


「うああああああ!!」


 速すぎてジェットコースターに乗っている気分だ。



 ぶっころすぞジジィィィ!!




「む? ああ、すまんなウォルフくん。つい興奮すぎた」



「ううっ!!」



 老い先短い人生にこの手で終止符でも打ってやろうか!

 そう思ったが、父の目の前なのでやめておいた。



 ……父の目の前!? 速すぎないか?




 この仙人、ほんとに何者なんだろう……というかさっきのはなんだったのだろう。



「村長、それはほんとうですか!?」



 それを聞いてか、珍しくアントニオも大きな声をあげていた。




「うーさい!」



 耳元で騒ぐなよ、大人だろ?



「ああ、すまんすまん。……それで、スキルは?」




 あ、そうだった。


 スキルの鑑定にきたはずなのにアハ体験していた。



「儂にも分からないんじゃが、とりあえずこれを見てくれんか」



 そういって村長はさっきの水晶を取り出した。さっきと同じままだ。



「これは……スキルが二つ!? しかもこれは……」


「えっ!?」



 二つもあんの!?


 なんで……あ、ひょっとして。


 元々アントニオ夫婦の子供「ヴォルフガング」が貰う予定だったスキルと「霧崎響冴()」がトリビアに貰ったスキルの二つなのかな。



 トリビアの長ったらしい説明にあった気がする。


 異世界への転生は死産の赤ちゃんが多いときだけ、神々が人口を調整するために起こすものだと。


 ここしばらくやってなかったが、四年前になってから始めたのだという。



 なら二つあってもおかしくない。




「そうじゃ。見ての通り二つ。アントニオ、文字は?」


「恥ずかしながら」



 やはり読めないらしい。


 そうか。家ではアントニオも本を読んでいるから、きっとこの言葉が特殊なのだろう。




「一つはモノを自由に操り、また自分も好きに動かすことのできるスキルじゃ。磨きをかければさらに強力になるじゃろう」



「なんと!」



「発動条件はない。これは使おうと思えばいつでも使えるようじゃが」



 頼んだ通りじゃないか。ロリ女神グッジョブ!



「そうですか……それで、もう一つは?」



 それそれ。そっちが知りたい。


「もう一つのスキルは、相手を恐怖させるというスキルじゃ。発動条件はない、これも同じじゃ」


「ほう、それはなんというか──」



 ステータスがラスボス向けすぎない? いや強そうだし、いいけどさ。


「おなかへったー!」



 とても心配そうに見てくるので、ちょっと子供っぽくしてみる。

 するとやはり効いたのか、すぐに子や孫をみる大人の表情に変わった。



「……そうだな。村長」


「ああ。ちょうどあの子らも来たようだし、昼にしようか」


「やったあ!」



 その後アントニオと村長がなにか話していたようだが、まあ気にすることもないだろう。





 ◆◆◆




 昼食を終え、今度はソフィアの番となった。


 俺たちは居間で待機中。


 なにやらアントニオと彼女のお父さんが話しているようだ。ちなみに彼の名前は知らない。



「それで、ヴォルフガングくんはどうでしたか?」

「ああ、それが……『御子』だったよ……」



 ん? なんでそんなに浮かない顔をしているんだ?

 スキルってのは普通ひとり一つだけ、それが二つあるんだからいいことなんじゃないのか?



「それは……」


 ソフィア父はなにやら言いづらそうだ。



「気を使わなくていさ……『陰』だ」


 ……はい? 陰?


 え、なに、生まれたときから陰属性(陰キャ)なの俺? 泣くよ?



「で、でも、あの子はまだ三歳だ。平和に生きればそんなことには……」


「……そうだな。幸いウォルフは『必要悪』だ、育て方を間違えなければきっと大丈夫だろう」


「ええ、そうですよ! 人生なんて楽しく生きればそれでいいんですから」



 うん。それは分かる。いいこと言うじゃんソフィア父。



 まて。……『必要悪』? なにお前ら、陰キャのことバカにしてない?



「ああ。お互い大変かも知れないが、子育て頑張ろう」


 ソフィア父は朗らかな笑みでもって会話を終わらせた。





 ちょうどそのときだった。



「カンベエ、アントニオ……たったいまソフィアちゃんの鑑定が終わった……」



 村長が帰ってきた。

 まるで会社が倒産した社長のように青ざめた表情だった。



「うー?」



 こちらに視線を向けるソフィア。

 だめだ、現役の三歳児だが、彼女とはコミュニケーションが取れそうにない。


 で、はやくはやく~。



「結果から言おう……『御子』じゃ」



 また御子かよ。ひょっとしてランサーとかキャスターな方の御子じゃあるまいな? オルタかもしれん……


「なっ……」「そんなバカなっ!!」



 二人ともひどく驚いていた。

 実のところ、俺もかなり驚いていた。

 


 ソフィアのお父さんって……名前カンベエだったの!?



 いや格好が武士だから和風ではあると踏んでいたが、まさか軍師だったとは……




「スキルは二つ。要約すると、対象の動きを止めるスキルと、相手の能力を覚えるというスキルじゃ」



 最初のはもう、対ヴォルフガング用って感じじゃない?


 後半にいたってはコピーじゃん。ピンク色の悪魔じゃん。




「そう……ですか……」



 カンベエは、それ以上なにも言わなかった。

 アントニオは俺の方を一瞥し、一つだけ質問した。


「ウォルフは……ヴォルフガングとソフィアちゃんは、いつか()()()()()()()()!?」



 なに、カップリングの話? ならすでにそうなってるよ。



 鏡華……ソフィアも、ええと、どうなるんですか? という表情をしている。無論俺もだ。



 混乱する三歳児二人には目もくれず、村長はまるで足の切断を提案したときの医者のように、重たい動きでゆっくりと頷いた。




 ……なんとなーく分かった気がする。


 この展開、かつ『必要悪』と『陰の御子』……もうフラグの匂いしかしねーよ。結構頑丈そうな伏線だけど、三歳児の腕力で折れるかな。


 アントニオは酷い顔をしていた。理由は……いつか教えてくれるだろう。



「帰ろう、ウォルフ。お父さんはちょっと疲れちゃったから」


「うん」





 無言でソフィアに手を振った。すると彼女も返してくれた。


 年月が立てば色々と教えてくれるはずだ。今は抽象的なワードが多く、何がなにやらという感じだが。


 俺は家に着いてから、頭の中を空っぽにしてピアノの練習に励んだ。


 その日を機に俺は、あの二つのスキルを使いこなせるように練習を始めた。

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