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黒きただ人に抱擁を  作者: 壱番合戦 仁
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紺の章(弐)

 目が覚めると、意識が落ちる前と同じベッドに居た。私はどうやら気を失っていたらしい。眠い目をこすって欠伸と伸びを澄ます。————————なんか、足の間がスース―する。ふと自分の体を見下ろすと、私はパステルブルーのブレザーの下にシンプルな白いシャツを着ていた。ちょうどいいことに、ひざ下くらいの丈があるスカートをはいてる。何だか学生服みたいだなって思った。

 「哥々様、どこ行ったんだろう?」

 ひじを抱えてじっと考える。すると、むにゅっと柔らかいものが腕に当たった。

 「……?何だろう、これ」

 ムニュムニュぽよぽよと控えめな大きさのそれを触る。それは、私の体にしっかりついていた。名前は【おっぱい】。

 「あれ?おっぱい?そういえば、私、誰だっけ?」

 そうだ、私の名前は、『風祭礼奈』だったはず。だけど何かがおかしい。

 「あれ?あれれ?」

 顔から一気に血が引いて、反射的に自分の脚の間に手を伸ばす。

 「……無い」

 あったはずの、ナニが無い。これは、これは、これってもしかして。

 「私……。女の子になっているぅぅぅぅッッ?!」

 聞き覚えのない、可愛らしくて高い声で私は絶叫した。え?これって、どういう事?あれ?あの魔法って、そういう意味?『翻る旗のごとく』って性別の喩えって事?性別が翻ったの、私っ?!

 「え、待って待って?私、アイルちゃんの事が好きだったよね?ま、まさか」

 あの子の裸を想像する。スレンダーでほっそりした理想的な体型。あーあ、私もあんなスタイルだったらなー。

 「じゃないじゃないっ!!え、嘘っ?うらやましいの?興奮しないんだけど?!ど、どどどどどうしてェッ!?」

 慌てまくって、逆にイケメンの顔を思い浮かべた。さっきとは真逆で、次から次へと妄想が広がっていく。

 そう、私の好みは考え事をしているときの顔が、ニヒルで凛々しい人……。話しかけると屈託なく笑いかけてくれて、頭ポンポンしてくれて、ぎゅーって抱きしめてくれて、そのまま見つめ合ってキスを……。

 「ストォーップストォーップストォォォォーップ!!!!ウッソー?!私、男の人を好きになっちゃった!?ええええええええええぇぇぇぇ!?」

 じゅんっ。

 ————――――あれ?何だか、体の奥に違和感があるんだけど……。あったかい?

 ばっと、スカートをめくって、パンティーに手を当てた。

 「は、あは、は。ぬ、濡れている」

 魂の中核を、自分の全てごとぶん殴られたような衝撃を受けた。やがて、頭が冷えて、現実が飲み込めてくる。————————私、哥々様に女の子にされちゃったんだ。しかも、手錠と足かせが元通りきつくなっているし、この状況で考えられることって言ったら一つしかない。

 「は、ひ、ひ、はは、ははは」

 あ、私、レイプされるんだ。そう思いいたっても、全然現実感が無い。女の子でいた事なんて、人生に一度もなかったから、実感が湧かない。痛いのかな。地獄の方がましだと聞くけれど、生きていられるかな。

 「よお。やっとお目覚めかい。礼奈ちゃん」

 驚いて、反射的に背後を見返した。そこには、乾いた湯かたびらの様なものを身に着けた、カッテナが立っていた。風呂上がりで顔が上気していて、髪がしっとりと濡れている。————————コトに及ぶ前の準備なのかな。そう思うだけで、背筋が凍った。

 「さて、今から礼奈ちゃんには、俺の異能力の極致を味わってもらう。【偉大なる(グランド・)処刑人(エクスキューショナー)】性的懲罰版だ」

 重々しく、カッテナが死刑宣告を告げる。心が絶望で真っ黒に染まった。同時に怒りが腹の底からとめどなくあふれ出す。

 「お前ェェェェ!!よくも、よくも、【レイヤ】だった私を【レイナ】に変えたなァ?!私の、私の【私】を勝手にいじくってェッ!!ただで済むと思」

 カッテナの拳が飛来して、頭が吹き飛んで、景色が流れて、壁に体が打ち付けられた。反抗の意志にひびが入る。

 「『お前の自我は、お前だけのもんじゃねえ。人は影響され合って成長するんだ。わがままを言うんじゃない』」

 ゴンッと私のアイデンティティが吹き飛んだ。壊れてはいないが、ものすごい衝撃を受ける。体には、大した痛みはない。ただ、魂に深い残響が残っている。顔を上げると、カッテナがひどく愉快そうに笑っていた。

 「どうだい。痛くないだろう?安心しろ。痛みは増すけど、気づけないくらい少しずつ増やすから」

 何の、何のつもりなの?やりたいことの妥当性は理解した。懲罰を司る異能力に、暴力が伴うのは罰が人を懲らしめる性質を持っているからだ。それはいい。だけど、いつ私がそんなことを頼んだの?

 「……余計なおせっかい焼かないでよ。訳の分からない事しか考えていない人間どもに復讐して、最後は一人で死にたいの。幸せになったらッ!!このっ、美しい、様式美にあふれた行動パターンが崩れるでしょうがごふっ、ぐばぁっ」

 お腹を両拳で乱打された。喉の奥からすっぱいものがこみ上げる。思わず吐いてしまった。

 つまらない、矮小でどす黒い執着が、音を立てて粉砕された。————————そんなものが無くても生きていけることに気が付いてしまった。私は、自分が優しくなれることを思い出した。

 「た、他人に謝るのはッ、私の非と一緒に相手の非を洗い出して確認作業と感情整理にこき使って、私が与えてあげぶぼへっ」

 突き飛ばされて、顔面を足蹴にされた。埃を払われるついでに何度も平手を食らう。

 『お前だけが特別なんじゃねえよ。人類一人一人が特別なんだ。自分を持ち上げる前に他人を敬え』

 いつの間にか他人に迷惑をかけるかもしれない。そんな恐怖から逃げるための言い訳が、霞のように跡形もなく蒸発した。じわじわと、今まで私が振り回してきた、私の被害者の幻がにじり寄る。

 「わ、わた、しは、反省したくても、反省できない人間なの。だってッ!!だって、障碍者だもん!!労わりなさいよ、この差別主」

 鼻面に鉄拳を叩きこまれて、肘で頬骨を殴打された。歪んだコンプレックスがびりびりと振動して弾けかける。ショックで呆然としている私にカッテナがとびかかった。

 「きゃあっ!!」

 抱きすくめられて、押し倒される。体中の筋肉という筋肉が私の意思と関係なく蠕動した。奈落の底へ真っ逆さまに突き落とされたような絶大な不安と恐怖が、脳みそを子供には聞かせられない音を立ててえぐり取る。

 『周りの支えが足りないから故郷から逃げてきたんだろう?大切な友達がお前と一緒にいるんだから、もうあいつらのためにも言い訳しないでやれよ。お前にとっても悲しい事だと思うぞ?』

 耳をふさいで頭を抱えても、カッテナの優しい声が弱くて惨めな私を執拗に照らす。そして、カッテナが私の頭を抑えつけて、私の唇を奪い取った。髪の毛を引き絞って、無理やり口を開かせる。

 怖い、と感じる感情に、訳の分からない力が錠前をかけた。心の奥からぞっとするほど冷たい鍵が引き抜かれる。

 ちろちろと、ぬろぬろと、口という穴から、カッテナの舌が私の自我に追い縋る。口の中を蹂躙されている内に、体から力が入らなくなって、自我が心の暗闇へ逃げられなくなった。心の中の私が腰を抜かして倒れたのをいいことに、カッテナの舌が私をぺろりと丸め込んだ。身が八つ裂きにされそうなくらいぞくぞくするけど、底のない泥濘に絡め捕られるように、ずるずるとどす黒い安堵に堕ちていく。

 もう、どうにでもなればいい。空っぽの私は、望まぬうちにおぞましい善人へ心を造り変えられるんだ。塞がれた口の端から、乾いた呻き声が零れ落ちた。

 全身をくまなくまさぐられて、自分と外の世界を隔てている心の壁を、腐ったアイスクリームのように溶かされていく。もう、そのこと自体に驚いたりはしなかった。私は、私だけのモノじゃなくて、皆のモノだから、勝手なわがままは言っちゃダメなんだ。もう、そんなことに意味はないんだから。

 そして、ついに服に手がかけられた。カッテナが私の耳元に口を寄せた。

 『君は、故郷ではもう二十歳の大人だ。時間の流れ方が違うから今はその姿だけど、子供の服は脱ぎ捨てた方がいい。さっさと大人になるんだ』

 囁かれた言葉が、私の全身を巡って呪いのように蝕んだ。めきめきと、みちみちと音を立てて、体が成長していく。

 「ぎ、ぐぎゃぁぁぁぁ!!」

 頭蓋骨が叩き割られる痛みが塵芥に思えるほどの刺激に、全身の神経を沸騰する。痛みに耐えかねて暴れようとしても、組み伏せられているせいで身動きが取れない。身じろぎした端から圧迫された神経が慟哭する。その間に、着衣を次から次へとひん剝かれた。ついには、スポーツブラジャーも奪い取られ、白いパンティーも剥がされた。

 「……空っぽの私が、そんなに欲しいの?下らないね。私の値打ちは、ただ同然なのに」

 ペッと床に唾と自虐を吐き捨てた。冷めた視線をぼんやりと目の前の男に送る。カッテナが湯かたびらのポケットから、薬が入ったスタンプを取り出した。なすがままに腕を取られ、私のそこそこ柔らかい肌に注射針が叩きつけられた。

 視界が真っ白になった。頭の中で日常的に暴れまわっていたストレスが一気に吹き飛び、それを上回る快楽が全身の感覚をドロドロに溶かした。だんだんと体の感覚が戻ってくるけれど、もうそれは私の体が覚えていた体感覚じゃなかった。身じろぎをする合間も、超自我が他人事のように私を見つめている。

 物がまともに見えるようになるころには、シーツと体がこすれるだけで、脳髄が痺れる程気持ちよく感じるようになってしまった。ぼうっと呆けている内に、ヤる前の下準備は終えたらしい。体の芯がぐつぐつと煮えたぎっていた。心の奥が、一本の棒を求めてざわついている。


 ————————私は、カッテナに貫かれた。

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