紫の章(参)
ひどく気分が悪い。全身が激痛に怯えて泣き叫んでいる。体中の細胞から生への渇望があふれ出す。閉じた瞼の端から涙がこぼれ出た。むず痒くてそっと眼を開く。
「起きたかよぉ?」
何故、カッテナが寝床に転がる僕のそばに居るんだ?身じろぎをすると、手首と足首に枷が嵌められている。
「……やられた」
敵の策略にはめられて、ついには囚われの身か。僕は盛大に顔をしかめて身をすくめ、ため息と一緒に凝り固まった力みを吐き出した。体が一気に脱力する。これでは、アイルやサエリ、騎士団のみんなに申し訳が立たない。だが、当のカッテナには敵意らしい敵意が見られない。
「そんな顔をすんな、とは言わん。だけど、少し話そう」
「そう言うからには、今までやってきたことに引け目があるのか?」
「まあ、思う所があるってのが、正直なところだねぇ。弟々よ、まずはお前に言わにゃならんことがあるのさ」
カッテナはボサボサの髪を掻き毟って、大きなため息を吐く。そして、気まずそうに僕と後ろをちらちら見やった。
「すまん。結論から言ってお前たちに打ち明け話をしたくてあんな罠を仕掛けた。
俺っち、あんま六族連合が好きじゃないんだわ。弟々は知らんかもわからないが、六族連合は大きな組織だから一枚岩じゃない。俺っちはアイツらの中でも穏健派で通っている。そんなつもりはないんだがな」
……見たところ、嘘をついている様子はない。というか、今この圧倒的に有利な状況で嘘を吐くメリットが、洗脳以外見当たらない。
「じゃあ、何で白エルフを商品として売りさばいたりしたんだよ?言っていることとやっていることが逆じゃないか」
「そうせざるを得ない理由があるって言ったら?」
「なっ、何だって……?」
カッテナは、言い切って一旦部屋を出ていった。それから一分もしないうちに着替え用のゆったりした部屋着を持ってきた。
「くっそー、また服破れてやがんの。ちぇー、せっかくジンの陰界の民族衣装を特注したのにぃ。また姉さんに買ってもらわなきゃいけないじゃないかよ」
「……。お前ん家、裕福なんだな」
「まあな。実家が起業家やっててよ。手広くやっている内に実業家もやり始めたんだが、じいちゃんの代で最終地上戦争が起きちまってな。先見の明もあって、資産はだいぶ残っているよ」
「じゃあ、実家のしがらみとか、いろいろあんのか?」
「まあ、そんなところだな。もともと人買いを始めたのだって親父の代からだし、正直言ってこの家業は好きじゃねぇ。ま、止めると根回しされて、組織に追われるわ、取引先の信用を失うわで路頭に迷うこと必至だがな」
あー、それは面倒臭い。進路の希望が無いと、家庭環境によっては家の仕事を継がされるからな。
顔で何を思っているのか察したのだろう。カッテナは大げさに肩をすくめて見せた。
「知りたいか?俺っちが白エルフをどう思っているか」
「まあ、できることなら」
「あいつらはな、大きく分けて二種類の人間がいると思う。一つ目は単なる被害者。俺っちの仲間や他の奴らに食い物にされているかわいそうな奴。あいつらはちゃんと人間としてやっていく努力はしていると思うぜ?ただ、二つ目がな……」
その言い方に、僕は妙な既視感を覚えた。この言い回しと話題選び。どこで目にしたのだっただろうか?いいや、そういえば、同じようなことを僕は考えていたんじゃないのか?もしそうなら、カッテナの言い分はある程度予測がつく。それは――――――――。
「ましになる努力をしねぇ奴らが、かなりいるんだよな。ほら、知ってっだろ?野生の白エルフって奴」
「ああ……。上品な言い方をすると原住民的な人たちだろ?」
「うーん、それとはちょっと違うんだよな。未開の部族的な奴らもいるんだけど、アイツらは自分たちなりのルールがあって、それと俺っちらのルールがかみ合わないだけだからな。そうじゃなくて、完全に自分を動物と思っているような奴らがいるんだよ」
ああ……。なんか腑に落ちた。そんな動物人間がいたら気持ち悪いよなぁ……。だから、同じ白エルフっていうくくりで差別してしまうのか。何だか、発達障碍を抱えた人の生き方そのものだな。
「なあ、弟々。その、俺っち、あんま育ちがよくないから、どんな言い方したらいいのかわからないんだが……。その、えっと」
……あ。これバレたか?このシチュエーションで表現に苦しむって言ったらアレしか思い浮かばない。
「弟々って、もしかして、生まれつき育ち方に不自由していたんじゃないか?」
やっぱりぃ……。全身にどっと疲れが出てきた。ばれたぁー、めんどいー……。
「あぁー、うん。そうだね。そうだよ、その通り。あれか?親玉の事で引っかかったか?」
「まあ、そんなところさね。あと、さっきの話でピンと来たってことは、少数派なのかなって思ってさ。いろいろ記憶にガサ入れていたら、こっちもピンときちゃったわけ」
もう、盛大にため息を吐くほかに反応のしようがない。カッテナもケラケラと力なく笑っている。
「何でもそうだけど、自分をましにする努力はたいていの場合できるはずなのさ。俺っちはその努力を、できないなりにやれる範囲でしない人が嫌いなだけ。弟々だってそうだろう?」
「まあ、その理屈をわかってくれる人が居なくて、旅に出たんだけどな」
僕が自嘲気味に笑うと、カッテナはどこか楽しそうに体をゆすった。
「よかった。じゃあ、俺っちはあんたと気が合いそうだから、兄弟になれるな」
「よせやい、恥ずかしいだろ……」
「そんなこと言うなって。——――――――もう、俺には帰る家なんてないんだからさ」
その一言に冷や水を頭からかぶせられたような心地を得た。カッテナの顔には底知れぬ憂いがあった。
「半月前、な。親父から親書が届いてよ。困ったときくらいは貸しにしてやる代わりに頼ってもいいけど、お前もそろそろ一人前だから家を出ろってさ」
「何だよ、しみったれているな。それって親から認められたって事じゃないのか?」
僕がとぼけた調子でそう尋ねると、カッテナが頭を抱えてゆっくりとかぶりを振った。
「それがな、家業は手伝わせないって」
「————————」
「俺、長男なのに、廃嫡になっちまった。家との関係は一商人同士になって、縁切りだよ。もともと愛情の薄い家庭だったからな。酷いもんだよ。世間と切り口の違う意見を持っているだけで、これだもん」
「————————お前、大変だったんだな」
カッテナ自身も言われてから照れ臭くなったのか、至極痒そうに頬を掻く。
「まあ、それでも正直なところ、俺っちは弟々のアイルたんが不憫でな。さっきは自室にズカズカ入られて、頭に血が上ってあんなこと言ったが、本当にスマン」
「いいって……、もう。俺たちの方が無礼だったさ」
「そういってくれて助かる。今言ったとおりだからこそ、俺っちの派閥から『野生のケダモノどもはまだしも、ちゃんと人間をやっていく気のある奴らを巻き添えにするのは止めやしょーぜ……?お頭』って強硬派に意見してみたんだが……。あー、その、撥ねつけられちまって……。やっぱ、俺っちたちの一存じゃどうにもならないらしい」
「そりゃまた難儀な」
「でも、まあ、あんたが、あの切断狂いのバカをぶっ殺してくれたのと、サディストのネルサ姉さんをお前のお友達がぶちのめしてくれたから、何とかなりそうだよ」
————————オイオイ。コウの奴、こっちでスパイやっていると思ったら、内部でそんな破壊工作をやっていたのかよ。おそらくだが、内部抗争という事で向こうに非があったのかもしれない。
「お察しの通り、新入りのフユミネ君を根性焼きならぬ根性冷やししようとして、ぶった斬られたんだとよ。日ごろの行いが祟ったんだよ。これで姉さんは再起不能だ。ざまあねえな」
どうやら正答らしい。まったく、アイツの無鉄砲ぶりには頭が痛くなる。あの切れ者の事だから、わざとちょっかいを掛けられやすいふるまいをして、『自衛のために叩きのめした』っていう体裁をとったんだろう。あいつならそれくらいしかねない。相変わらず辛辣だ。どうして小説家と武術家にはろくな性格をしたやつがいないのだろう。彼だから許せるが、全く尊敬できない。
「話をまとめると……、謀反を起こすって事か?聞いた限りだと、事前に根回しが済んでいないと実行は難しいぞ?」
「ああ、実は前々からこういう機会があるといいなって思って、人脈は張ってあるんだ」
「どいつらが協力してくれそうなんだ?」
「まず、一番有力なのは【不信】のカノルだな。あいつ、確か弟々のアイルたんところで親衛隊長やっていたろ?逆恨みして脱獄した挙句、戦闘能力と人脈が貴重だってんでこっちで匿っていたんだ」
「はぁっ?あいつ、脱獄していたのかよ?腹いせにもほどがあるだろう」
僕が心外そうな顔をすると、カッテナが「待て待て待て待て!」と慌てて僕の言い分を押しとどめた。
「あいつもかなり葛藤していたんだってば。いったん、ヘッドハンティングのために目星をつけた俺っちの方で、監獄送りにしたんだ。そうじゃないと筋が通らないからな。それから、保釈金を積んで身元引受書にサインしたのさ」
「だから、事情を知っているというわけか」
「そういう事さね。当人の感情を別にしても、あの事件は事故だったと思うぜ?あと、お頭があの厄神の名前を、弟々のアイルたんに付けた後だったのがまずかった。強いて言うならお頭のせいだ。その点では、お頭はやりすぎだ。利用するにしても、偶然から生まれた結果が不純すぎる」
「事故だったことは僕も同意見だけど、利用するのが仕方ないみたいな言い方だな?まるで、そうじゃないと八方が丸く収まらないみたいだ」
僕が軽く顔をしかめるのを見取って、カッテナが激しく頷く。こめかみには脂汗が幾筋も流れていた。
「そんなに必死にならなくてもいいってば。そうせざるを得ない状況が出来上がっちゃっているんだろう?解るってば。問題はそれを喜々としてやっちまっている親玉だろ?」
僕がとっさに理解を提示すると、カッテナはほっと胸をなでおろした。息が上がってしまったのか、心なしか苦しそうにも見える。必死に深呼吸をして、動悸を抑えつけている。
「ふぅ、ふぅー。……よし、次の候補だが、弟々にとってはおなじみ【無知】のフユミネ・コウだ」
「え゛ッ?アイツ、六徳衆だったの?!上級連合員になるって聞いていたけど、そこまで上り詰めたんだ……」
「基本、【無知】のポストは特進枠なんだ。天才中の天才が、たたき上げて幹部に上り詰めるから、内部の事情を全く知らないまま重役になるってのが伝統でね。それで、【無知】っていう名前になったのさ」
聴いて納得、知って畏怖。あいつらしいポストである。才覚と努力と勉強で、何でもつかみ取ってしまうのがあの男の怖いところだ。
「あぁ……。まあ、アイツは状況さえ許せば僕たちの味方に戻ってくれるだろうし、根回しが済んでいるなら心配なんて今さらだな」
「違いない。あとは発起人の俺っちと、ネルサ姉さんや柳生のバカが残した部隊をかき集めれば、クーデターは現実的になってくると思う。————――――だからさ。俺たち、手を組まないか?」
「いいけど、サエリとオレガノは?」
「落ちてくるとき、黒い箱を見ただろう?あのまま順当に落ちていくと、あの箱の中に入れられて、落下してきたときの傷を治療するようになっているんだ。申し訳ないけど、クッションになりそうな魔法を覚えていなかった。本当にすまない」
「分かった。それについてはもういいよ。————――――。今、二人はどんな夢を見ているんだろう」
その独り言を聴いていたのか、カッテナが気まずそうに喉を掻いて唸った。
「ええっと、事情を説明するのが面倒くさいから、実家の古代魔法を使って追体験してもらっている。俺っちの半生を見ているから、辛い思いさせているかもだけど耐えてくれ」
まぁ……。ある意味、やむを得ないだろう。僕の方から説明することもできるけど、情にほだされたと勘違いされたら、収拾がつかなそうだ。
「分かった。じゃあ、僕はカッテナに協力するよ。……あぅ、イテテテテ」
「ああっ、スマンスマン。ほら、弟々って最初はパニック起こしていたから、暴れて怪我するといけないと思ってさ。今、外すよ」
「いや、いいよ。緩めるだけにしておいてくれ。正直なところ、今の僕でさえ冷静じゃないし、いや、何ていうのかはわからないけど、その」
その逡巡する様子を見て、カッテナは悲しそうな顔をした。すべてを察しきったみたいな気遣わし気な様子でもある。それから、彼はゆっくりと後ろに目をそらして、落ち着かなそうに身を揺すった。
「そっか。戒めたいんだな……」
「————うん。出来れば一人になりたいかも」
「ま、まあっ、元気出せよ。長旅で疲れただろう?少し休んで行けよ。外は危ないし、俺っちも弟々んところのお頭と手を組むために色々しなくちゃいけないからさ。状況がそろっている今がチャンスなんだ。野生の白エルフの扱いをどうするかについても、ちゃんと向こうと折り合いをつけないくちゃいけないしな」
すこししゃべり疲れた様子のカッテナが、今後の予定を語りながら手錠と足かせのダイヤルを操作する。どうやら目盛りによって締め付けの度合いが異なるらしい。痛みが和らいでいく。それを自覚したら、なんだかほっとして、胸がいっぱいになって……。
「……ぅ、ふふっ、はっ、うぁ、うぁぁっ……」
「————弟々っ。大丈夫、か?」
不甲斐なくて、情けなくて、自分が惨めで仕方ない。勝ったとか、負けたとか、もう今はこだわっていないのに、それも含めて本当に悔しい。敵にも事情があるかもしれないって、一瞬でも考えられなかった自分が憎い。また、独りよがりの正義を振りかざしてしまった。また、まただ。また、自分の特性が裏目に出た。いつに、なったら、この厄介で使い物にならない能力値を、自分の腕や足のように使うことができるんだろう。いつになったら、他人の気持ちに立って、人を思いやれるのだろう。
————————いつになったら、僕は、障碍者ではなく、天才と呼ばれるようになるんだろう。今はただ、思いきり叱られて、一人で考え事をした後、抱きしめてほしい。その様子を見かねたのか、カッテナが見舞い椅子から腰を離して、僕の隣に腰かけた。
「弟々、聴いてくれ。俺の一族の祖先は、法の番人だったんだ」
「ぅは、————————カッテナ」
「昔はな、同じ志を持った人たちが愛し合って、他の人と結婚していてもいなくても、それとは別に皆で結婚することがあったんだ。全員が全員、お互いの事を異性として見ていたわけじゃないけど、皆、家族だった。そうやって生まれたのが、家の実家であるジャッジハルト家なんだ」
その先進的な家族の作り方に、僕はいつの間にか聞き入っていた。気持ちはついていかなかったけど、きっと僕のために昔話を聞かせてくれているんだろう。だから、真剣に聞くことにした。
「皆、人種はばらばらだったから、いろいろ苦労したけど、神様はちゃんと俺たちを見て下さった。愛にあふれた俺たちのご先祖様を見て、祝福されたんだな。それで、英雄のハロ様が、家族の中でも一番働き者だった旦那さんの枕元に立ってね。皆と子作りしたら子供を祝福するっておっしゃるんで、ヤりまくったんだってよ。そうしたら、生まれた子供が、不思議な力を持っていたんだ。それって、何だと思う?」
英雄ハロ、か。確か英雄教の初代教祖で、渡世の神の生まれ変わりとか分身とか、そんな風に言われている聖人だ。渡世の神からは僕も加護を受けている。それに近い性質だと、心謳術とかで使うソウルレイの力や魔法に代表される【汚染元素】の力とは別物だろう。今の話を整理すると、法の番人にそぐう内容の力を神は授けたとみるべきだ。
「法の、執行に関する、異能力」
「その通り。まだこの世に存在しない画期的な法律に関する能力もあったから、俺たちの一族の能力に合わせて、各都市国家の法律は発展したといわれているんだ。その中でも奥儀と言われている力が居つくかあってさ」
「……どんな物?」
「まず、最初に使えるようになる能力が【看破】と【断罪】。相手の嘘や迷いを見抜く真実の目と、必要に応じて苛烈な罰を加える業。その次が、俺が今の弟々にかけたい必要な力」
—————―――――。心当たりがある。裁判、刑罰。その次と来れば、そんなの分かり切っている。
「今、弟々達に使っている【収監】は別にして、【治療】と【更生】って言うのがあるんだ。俺っちは【断罪】に特化して生まれたから得意じゃないけど、一応一通りの修行も勉強もしているから工夫すれば何とかなるんだ。試してみないか?」