幕間・決戦前夜
《1》
フォエイタンスの面々は城内の会議室に正式に招かれているとの話だった。僕とサエリは客人として早めの夕食をご馳走になり、中浴場にて身を清めた後、昂る気持ちを馴らしながら意気揚々と会議室へ赴いた。
大きな扉の前でノックしても聞こえないことがほとんどなので、そばに番兵さんがお勤めしている。彼らは僕の顔を認めると、すぐに中へ通してくれた。
「おお、レイヤ殿。久方振りだな。話は聞いているぞ。まあ、そこに掛けてくれ」
団長のその一言で一気に衆目が集まった。彼らは、議席に座る僕を見るなりそれぞれの宗教のやり方で、祈りをささげてくれた。英雄教正統派の人は四指を重ねて親指で閉じ、渡世の魔神の生まれ変わりとされる英雄ハロに『レイヤさんに加護をお授け下さい』と祈ってくれた。
拝水教徒の団員は『彼の想い人の死に、尊き意味がありますように』と願ってくれた。
何だか胸の奥が暖かくなる。こんなにも大勢に人々に慰められたのは初めてだ。
だが、会議の席にはちらほら頭を抱える人々がいる。中には苦しそうに呻きながら円卓に突っ伏している人もいる。あれは、多分三神教徒たちだろう。
ともあれ、詳しい事情は会議で聴けるだろうから、とりあえず団長の挨拶に耳を傾けることにした。
「皆の者、まずは本当にご苦労だった。特に三神教徒の者は、これからの世間様からの扱いを考えれば、色々と辛いこともあるだろう。代わって、今回は本当に残念なことだが、今回の一件によってアイル・イン様がお亡くなりになられた。黙祷は国葬の時に済ませたものも多いと思う。なので今回は省かせてもらう。挨拶は以上だ。
では、会議を始める。まず今回の一件の発端となった事件についてだ。サラ、まずは三神教徒の団員を休ませてやってくれ。ミルカ、皆に資料を配って、光魔法の準備をしてくれ」
団長も、憔悴しきった三神教徒の団員を見かねて、下がらせた。
おそらく回復魔法の中でも、心を癒す系統の魔法と、対話療法を使うのだろう。本で読んだが、確かフォエイタンスには、心を健康にする技術に特化した、『精神衛生士部隊』が存在したはずだ。
見る限り、ストレス性の片頭痛で足取りが怪しいままの団員の肩を、しっかりと支えながら、緑色の看護服を着た団員が会議室から出て行った。
「それにしても……。あの人たちも苦労が絶えないな」
彼らが崇拝する三柱の最高神の中でも、この世を終わらせる程の力を持つと謂われていた破壊神の御主は、永らくの間英雄として代々崇められてきた。だが、アイルの前代に当たる破壊神の御主が死んでからというものの、その真名を降ろすための儀式書が何者かによって持ち去られてしまったのだ。以来、この事は三神教徒の間で最も恥ずべき歴史上の失敗として知られるようになった。
その上、今回の事件が起こるまでの間、暴走した破壊神の御主がアイルその人であることを誰も悟ることができなかった。
その問題を解決できなかったツケが、とうとう彼らに回ってきたのだろう。今回の一件で三神教徒に対する世間一般からの風当たりはますます強くなった。どれも新聞で知った事情だが、彼らの組織内でも創造神の御主が六族連合のボスということで、以前から相当揉めているらしい。ネタがネタだけに一部の信徒にしか知られていなかったため、三神教総本山には不透明な隠蔽体質に対する批判が過剰なまでに寄せられているという。
その気苦労や推して知るべし。僕は何とも彼らが哀れに思えて仕方がない。
そうこうしている間に、僕を含めた全員に資料が配られる。
「何?アイルが破壊神になった理由だって?」
確かに資料の目次にはそう書かれていた。よく見ると、『オオムラ焼き討ち事件の詳細について』とある。
「団長さん。もしかしてオオムラって、アイルの故郷のことですか?」
フォエイタンスの長は、厳粛な面持ちで頷いた。
「その通りだ。まだ見ていない者は、調査資料の4ページを参照してくれ。――――よし」
団長は円卓を眺め渡し、全員が頁をめくり終わったことを確認した。すると、次第に議席に困惑が広がっていった。僕も他の団員に倣って、4ページを参照する。
「何だよそれ……。破壊神の真名を降ろすための儀式書と創造神の真名を降ろすための儀式書って、氷室の先代が奪ったのかよ」
そこには、白の大陸へ渡り、オオムラの生き残りを追跡調査した、正確な報告が載っていた。曰く、六徳衆が、白エルフを迫害するために彼らの街であるオオムラを焼き払った、とある。彼らのの目的は他にもあったとの証言があり、村長の甥によると、『何かに対して、適性のある人間を探していたみたいだった』のだという。
団員の列から、ケルヒ准士が立ち上がって手を挙げた。団長に指されて話し始める。
「私が思うに、これは破壊神の依り代を探していたのではないですか?」
白の大陸にあった真風第三教会での会議以来だが、やはり彼の言い方はいささか険がありすぎるところがあった。変わっていないなぁ、と思いつつも、この場面でズバリと発言できる人がいてくれるのは大いに助かる。みんな疲れているせいか、発言したがらないのだ。
「そうだな。実際、オオムラの跡地で測量してみたのだが、空間が歪んでいるせいか、調査員が並んで真っ直ぐ跡地を通り過ぎる様子を、遠くから別の調査員が観測すると、何故かお互いが近づいて見えるんだ。空間が縮んでそこだけ距離が圧縮される現象が起きているものと思われる」
だが、どうしてその大事件の舞台となった地で、空間のゆがみなどが起こってしまったのだろう。
「皆の者の疑問はもっともだと思う。サラ。三神教には、今の件に関する伝承が残っていたよな?」
「ええ、真名を降ろす『降名の儀』に失敗すると、世界に歪みが生まれ、さらに御主となるはずの依り代は力の制御を失って暴走します。最悪の場合、次の御主に従う眷属へ堕ちてしまいます。まさしく今回の一件は、言い伝え通りと言えますね。ですから、オオムラを襲った理由の一つとして、破壊神を兵器ととして利用するために、人身御供を探していたことは間違いないでしょう」
……では、まさか。背筋に一筋の脂汗が流れ落ちる。居ても立っても居られなくなって、団長を見やり、挙手した。ただならぬ様子を察したのか、すぐに指される。
「じゃあ、あの大量の『虚』の中にはっ。……彼女の家族がいたのですか」
「無論、懇意にしていた村人や、彼女の友もいただろうな」
なんという事だ。アレらは、オオムラの亡霊たちだったのか。彼女に巣食っていた狂気の一端を垣間見た気がして、嫌な汗が止まらない。あの子は、一体どんな思いで記憶と正気を捨てたのだろう。不甲斐なく、やるせない気持ちでいっぱいだった。
話をずっと黙って聞いていたサエリが、おもむろに挙手した。
「失敬。ボクは実家の仕事で探偵の助手をやっている。専門的な見地から言わせてもらうと、犯人がはっきりしている以上は、彼らがなぜアイルを破壊神に仕立て上げ、見境なく権能を振るわせたか。ここに注目したい。したがって、彼らが今回、このような謀略を巡らせた目的の一つとして、『白エルフ民族の風評を悪くする』ことがあげられると思う。レイヤくん。君もそろそろ気付いているだろうけど、彼らは財界に大きな影響力を持っている。彼らの目的はただ一つ。戦争を道具にして利権とカネを搾取し、諸国民を支配することだ」
「ああ。そうだろうな。そして、白エルフ勢力と他の民族を対立させようと目論んでいることは、巷でもまことしやかに囁かれてたが、以前からの動向を見る限りこの線で決まりだ。ヤマを張るまでもない。これを見てくれ」
皆に聞こえるように、用意した新聞に注意を促した。見出しには『大陸間の対立激化 ~六族連合の功罪~』とある。記録結晶から転写された画像には、多数の白エルフを含む、英雄教徒と分派に当たる真風教会派による『白エルフ解放運動』のために蜂起したデモ隊と、奴隷商組合や富裕層の私兵からなる一団が武力衝突している様子が克明に映し出されていた。
「やはりな。サエリ殿、貴女の鋭い指摘に感謝する。皆の者、よく聞いてくれ。先ほどから事件の経緯を順番に説明していく予定だったが、そうもいかなくなった。この武力衝突は、近い内に大きな紛争へ発展するだろう。そこで、六族連合達は必ず動く」
団長の訓示に皆の顔が引き締まる。水を打ったように周囲が静まり返った。だが、会議室の空気はやる気に満ちており、薄い熱気に包まれ始めている。
「サラ、六族連合の息がかかった銀行を洗い出してくれ。副団長は広報部に連絡を回して、終わったら、戦時特需に乗じた融資キャンペーンが始まる前に、啓発活動を開始しろ。名誉棄損で裁判を吹っ掛けられた時のために、フリーランスの弁護官も雇っておいてほしい。予算は7000万ゼルだ。とびっきり腕のいい人を選んで来い。できれば空間魔法使いも雇え」
「ご用命、謹んでお受けしますッ」
「仰せのままに!」
サラと副団長が、左手で胸元を一撫でして、右胸を叩いた。見事な教会騎士礼である。
「今、サラと副団長に命じたことは、単に応急措置でしかない。したがって抜本的な解決として、六族連合上層部が握りつぶしてきたもろもろの事件の詳細を、我らフォエイタンスの内部資料を編纂することで明確な証拠とし、刑法689条の一項、『重罪犯逮捕権』を行使する。無論、手続きは事前報告だ。ケルヒ准士、役所に我らの団体名で申請に行って来い。渋い顔はされるだろうが、今のご時世露骨な妨害は入らないはずだ。頼んだぞ」
「ハイ!承りましたっ」
ケルヒ准士は団長の命令に対して、快活に応じた。何だ、こんな顔もできるのか。少し意外である。
「『重罪犯逮捕権』の有効期限は一年間だ。それ以上は弁護官預かりとなる。六族連合本部襲撃は奴らがアジトで
一堂に会する明後日の午後一時だ。協力者のコウによると、その日は新月だ。間違いなく奴らは集まる。では皆の者、その時まで心と体を休め、英気を養うように。ほかに何かある者はいるか?――――居ないな。では以上、解散ッ!」
《2》
その夜のことだった。サエリと僕は同じキングサイズのベットでストレッチしていた。座ったまま足を延ばし、背中を押してもらっていたのだ。
「レイヤくん。何か考え事でもしているの?」
やはり、心を通わせた恋人に隠し事は通じないようだ。全く敵わないながらも、嬉しくて口元がほころぶ。
「いや、気がかりなことがあってね。あまりにも氷室正義の情報が少ないなって」
「それは。冴もおかしいなって思ったけど。……あれ?そういえば、まだ氷室君って少年院から出ていなかったよね?」
「ああ……。いわれてみれば確かにそうだな。だとするとおかしくないか?」
「どうして」
サエリが不思議そうに肩の力をだらんと抜いて、小首を傾げる。彼女にもわからないことがあるのか……。新しい発見をした気分だ。だけど、少しも気分がよくならない。
「サエリも僕も、果てはコウだって、あの要石の祠からこの世界に来ただろう?ああいった特異点が他にあるのかは知らないけど、行動範囲が限られる彼にとって、こちらの世界に来ることは難しいんじゃないかな」
「確かに。それに氷室君は、こんなに経済に詳しくなかったよね?彼らしくないというのは気のせいかな」
「でもさ、六族連合のドンが氷室だ、って、最初に言いだしたのって、僕なんだよね」
その発言を受けて、とてつもなく奇妙な感慨を覚えたのだろう。サエリは僕の背中を押すのをやめて、僕に対して逆様に寝ころんだ。
「ねえ。レイヤくんはさ」
「うん、なんとなく言いたいことはわかるよ。言ってみて」
「魔法って、【全部唱えたわけでもないのに、ある程度勝手に形になるし、あいまいな発現とかしないよね】。何でだろう、まるで意思を持っているみたいじゃないか」
なんとなくだが、僕たちの間に、言い知れぬ漠然とした不安が広がり始めた。
「もしかしたらさ、六族連合のボスって人間じゃないのかもよ?もっと、破壊神の真名みたいな、具現化した概念とか、魔子が持つ意思そのものみたいなものじゃないかな、って思うんだ」
サエリが、ちらっと僕の両眼を見やる。僕も同じように見返した。そのあと、僕たちの顔は凍り付いて、風船早潰しゲームよろしく、胸と胸の間で大きくなりすぎた不安をお互いを抱きしめ合うことで処理した。なんてふざけたゲームクリアだ、冗談じゃねえ。怖くて怖くて仕方ない。僕はサエリの髪に顔をうずめ、サエリは僕の胸に額を押し当てた。どうしよう。もう眠れない。
「れ、レイヤくんっ。冴、怖いよ。戦いたくないよ」
「大丈夫だよ。君も僕も独りじゃない。死ぬときもずっと一緒だよ」
得体の知れない恐怖と、頼られて満たされつつある自尊心で、もう震えが止まらなかった。だから、僕はこう告げる他なかったし、これから先もこの一言を後悔しないだろうと思ったのだ。これは間違っても嘘ではない事だけは断っておこう。これから先同じ話を誰にしようとも同じ断りを入れると、僕はその時決心した。
ともあれ、あまりにも怖くて眠れない。半分パニックに陥りながら、どうしたらいいのか迷ってしまう。するとサエリが、布団被って服を脱ぎ始めた。
「冴とレイヤくんの服ってきついから、一回脱いだ方がいいよ」
「でも、緩めるくらいでいいんじゃないか」
「だって」
サエリは途端に頬を真っ赤にして、服を解く手を止めた。
「レイヤくんの腕の中で寝たいんだもん」
なるほど。裸で抱き合って寝れば落ち着くかもしれない。顔を押さえて丸くなっちゃって、もうサエリの奴ったら可愛くて仕方ない。
結局その夜は、二重の意味で寝た。