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黒きただ人に抱擁を  作者: 壱番合戦 仁
3/12

黒の章(参)

 「おはよう、素敵な夢を見られたようね」

 起きてからシルハ様に掛けられた第一声がこれだった。目元を触るとぐにぐにと柔らかく、クマができていると気がついた。いらだち交じりに険の籠った視線を向けると、シルハ様はわざとらしく肩をすくめた。

 「まんざらでもないくせに」

 「ぐ、ぬぅ」

 あいにくと図星だった。寝台から降りてきたサエリがぽかんとした顔をしている。

 「どうしたのさ、レイヤくん。何か不都合な真実でも言い当てられたのかい?」

 僕の呼び方のうち、『君』が『くん』に、丸くアクセントが変わっていることを怪訝に思ったのか、シルハ様の視線が無遠慮なものに変わっていく。だが、数秒としないうちにニヤァとえげつない笑顔が広がって、何やら邪推し始める。もう表情から丸わかりだ。

 「なるほど……。そういうことなら、お幸せにね」

 「祝福して下さったところ申し訳ありませんが、冷やかすのもたいがいにしてくださいませんか?」

 目上の人に啖呵を切るわけにもいかないので、あくまでも丁寧に、だが、強く諫める。当然ながら僕の顔は真顔だった。どうやら、こういう手合いには虫唾が走るらしく、サエリもしきりに腕を引っ掻いていた。

 「――――少し無神経だったわね。ごめんなさい。あと、コウさんから手紙を預かっているわ。受け取って」

 ふむ、どのような内容だろうか。全く想像がつかないが、ここにコウがいないということは急用でもあったのかもしれない。そう思いながら、手紙の封を切った。


 『 前略 我が友へ。

  近々六族連合の上層部へ食い込む機会がありそうだ。上級連合員の試験に合格すれば、今までよりも多くの情報が得られるという。無論、今まで、私がお前たちと一緒に旅を続けられていたのも、私が下級連合員でそこらでフラフラしていても、特に集会などに参加の義務がなかったからだ。あくまでも下級連合員というのは沈黙する大衆として、社会に無言の圧力を加えるためのその他大勢でしかない。ここで返って目立った動きをすると、首になる恐れが出るという噂だ。

 だが最も厄介なのは、上級連合員になると完全に奴らの仲間として行動しなければならない事だ。だからもしこの先、私が上からの圧力でにっちもさっちもいかなくなって、お前たちを倒さなければならなくなったら、容赦なく敵として叩き潰してくれ。そして、私を捕虜として捕まえてほしい。そうすればまたお前たちの仲間に戻ることができるだろう。特ダネを得たら、追って連絡する。

                          コウより』


 「――――まずいことになったな」

 あまりにわかりやすい渋面だったのだろう。サエリが心配そうに僕の様子をうかがっている。考え事に集中していたのであまり気にしていなかったけど、気にかけられているときがついてサエリに苦笑ってみせる。

 「ちょっとその手紙を貸してくれないか」

 言われるがままにコウからの手紙を受け渡すと、その筆跡や、語句の使われ方、しわの有無などをつぶさに観察し始めた。

 「ふむ、相当急いで書いたらしいね。遠くからでもわかる目印でもあったのだろうか」

 観察を終えたサエリが、僕に手紙を返してくれた。

 「そういえば、今日って新月よね?月齢で集会日が決まっているんじゃないかな」

 「なるほど。月を毎日見上げていればわかるから、その可能性が高いな。奴らがやりそうなことだ。確証がない以上何とも言えないが、ここのような地下深くでもわかる目印と言えばそのくらいだろう」

 シルハ様の指摘ももっともだ。とはいえ、これからどうするべきか。手紙にまだ何か入ってないか確かめると、追伸が書かれた便箋が入っていた。


 『 追伸。

  フォエイタンスの面々が明日会議を開く。内容は『六徳衆討伐作戦』について会議する。場所は青の王宮第二大会議室だ。決して遅刻しないように』


 「シルハ様、フォエイタンスや教会騎士団の会議があるというのは本当ですか?」

 「ええ、私もそのように聞いているわ。よかったら案内したいところだけど……。今日中に新しい力の使い方を身に着けちゃいましょうか」

 ああ、そういえば、そのためにサエリの心の中を潜ったのだった。

 「あのね、使い方は意外と簡単なの。よく知っている歌をアレンジして即興で歌ったことはない?」

 「そういえば、そういう趣味は昔からありましたね。それが何か?」

 僕が訝し気に聞き返すと、シルハ様は得意げにあるか無いかも微妙な胸を張った。こういう横柄なところさえなければ、もっと誰からも好かれそうな人なのにな……。同性のそんな振る舞いには興味など微塵も湧かないようで、サエリはその横で話の続きに耳を傾けていた。

 「ソウルレイの力を使うにはね、【存在証明】となる『自分にとって特別な意味を持った即興の歌を歌う』必要があるの。ほら、しっかり自分の人生を自分で生きている人には、何かしら心の根っこに大切にしている言葉や歌があるでしょう?そういうものには、ソウルレイの力を籠めやすいの」

 「なるほど。そこから派生して、【自分の心を謳う】のですね」

 「そういう事。だから、この力は『心謳術(しんおうじゅつ)』と呼ばれているわ」

 素晴らしいな。つまり、絆や愛が直接的な武力になったり、人を癒す力になるのか。

 「具体的にはその力を使うと、どんなことができるのですか?」

 「まあ、やってみた方が早いんじゃないかしら。じゃあ、カラダの力を抜いて。そうそう、いいわね。そうして、大好きな人のことを目いっぱい考えて、その一方で自分の過去を大体でいいから大事なところだけ振り返ってみて。それが終わったら、レイヤさんにとって、心の根底にある文章って何だと思うか。考えたら余計なことは一切考えないで、口からついて出るままに歌詞を紡いで、ビートを刻むの。やってみて」

 「分かりました」

 僕の根底にある言葉。もうこの話の流れからして、あの本以外思いつかない。あれに書かれていることほど、僕にとって整理がつかないことはないし、またあれ以上に至言金言が詰まった本を僕は知らない。でも、アレを僕の好きなように血肉に換えていいとすれば、このように言い換えられるだろう。全身の力を抜いて、僕という【自己】を謳うためにゆっくりと喉を開いた。

 【僕たちの戦いは、断罪のためではなく、世の理から外れて生まれ落ちた全ての人々を不当に縛る忌まわしき掟と、赦しと慈悲を刈り取る裁定者と、沈黙する大衆の上に立つ支配者、また少なく小さくそして誠に強き異端者が進み行く大いなる旅路を、嗤い、穢し、壊す豚共に対する剣無き、拳無き聖戦なのだ】

 迷うことはない。もはやすでに僕の胸にはいつしかこの想いがあり、無くしたかった自分を亡くさずにじっと抱えて、変わらないこの想いをずっとこれからも抱えて生きていこうと、この言葉を口にした瞬間、僕は悟り、そして詠い、決めたのだ。その気持ちはあまりにも唐突に、突然に、僕の胸に舞い込んだ。これが僕の起源だと、ようやく今になって気付けた。

 【だから、決戦の日にあって、我らを蔑む者、我らを不当に断罪する者、我らを嬲るものに屈しないために、絆の武具を、今、纏おう。信頼の兜を、愛の胸当てを、個性の籠手を、そして、想いの剣を携えて】

 胸に温かな力が宿った。鼓動とともに少しずつ、強い自信と勇気と力が、全身へ巡り渡っていく。力は無数の糸になり、寄り集まって、紐になった。

 【立て。そうすれば支えられる。守れ。そうすれば守られる。掴め。そうすれば引き上げられる。叩け。そうすれば開かれる。探せ。そうすれば見つかる。求めよ。そうすれば与えられる。

 みな誰でも、立つ者は起こされ、守る者は包まれ、掴む者は迎えられ、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる】

 ついに紐は一本の大綱となった。それを僕は――――。

 【立ち上がれ、偉大なる異端者たちよ。僕の真名は《基礎神・イクス》。一なる全と、全なる一を司る者】

 掴んだ。僕は僕を知り、僕自身のすべてを手に入れた。そして、ハッと、目が覚めた。あたりを見渡すとサエリが顔を真っ青にして怯えており、シルハ様がガッツポーズしていた。

 「やったね!大成功だよっ!これであなたも立派な神様って訳。その権能、存分にふるって頂戴」

 「いやいやいやいや!ちょっと待って下さいっ」

 「何よ。何か不満でもあるの?」

 「いえ、そういう事ではなくてっ!この術って心の奥底に眠る力を引き出して、神様になる術だったんですかっ?!」

 僕が激しく突っ込むのも構わず、彼女は微笑む代わりに可愛らしく小首を傾げて見せた。

 「そうだけど?でも、自分が何者かしれてよかったじゃない。覚悟なんて別にいらないのよ。古今東西どんな英雄だって、最初は神様になるなんて思いもしないんだから。そんなことよりも」

 言うなり、くるりとサエリの方を振り返って、僕の方を首だけ巡らせて見返した。

 「れ、レイヤくん。その姿は、一体どういうことだ?」

 「え?僕、どこかおかしいかな?」

 「だ、だって。今のレイヤくんは、どこからどう見ても完全武装じゃないか」

 その言い様に嫌な予感がして自分の体を見下ろすと、何と詠唱の内容通り、僕はいつの間にか胸当てを身に着けており、腕には赤銅色の装甲に金色の浮彫がなされた籠手がはまっているではないか!

 「ま、まさか」

 ありえないとは思いつつも頭に手をやると、僕は羽のように軽い兜をかぶっていた。背中に手をやると、八極万勝双刀がほのかに熱を帯びていた。引き抜くと、膨大な熱をまとい、七色に輝いている。

 「オイオイ、勇者の剣ってかよ。冗談じゃねえぞ」

 「ボクは、夢でも見ているのだろうか……」

 とんでもない力を手に入れてしまったようだ。加えて基礎神という神格は、あまりにも強力かつユニークだ。

「あの、もしかして……。この力を使えば、僕の場合は基本的なことならどんなことでもできちゃったりしますか?」

 「多分、ちゃんとしたお手本付きで練習すれば大抵は応用もできるはずだから、どんな技術も思いのままだと思うわ。まさしく、万能タイプの神格だね。まあだからと言って、いつもうまくとは限らないだろうけど」

 それにしても、これはどうやって解除するのだろう。消したいな、と思った途端に霞のように武具が消えた。

 「レイヤくん。少し疲れたのではないか?もうそろそろボクも休みたいのだが、宿もこれから探すのでは日が暮れてしまう。はて、どうしたらいいものか」

 「仕方ないわね。そういう事なら、客室がいくつか空いているから、貸してあげるよ」

 「本当ですかっ?助かります」

 「ありがたい。そういう事なら、ご厚意に甘えることとしよう」

 色々ありすぎて疲れた僕らは、一人で寝るのも寂しいので同じキングサイズのベッドに潜り込んで、思う存分イチャイチャした。そうこうしてるうちに精神的な疲れが取れていき、僕たちは深い幸せな眠りについたのだった。

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