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黒きただ人に抱擁を  作者: 壱番合戦 仁
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エピローグ・前編

                     《1》

 体を失い、意識だけの状態で底なしの闇を漂っていた。目の前には、赤黒い毛並みの狼と熊と犬がまじりあったような、ケダモノがいる。


 ————————ああ、このケダモノが、渡世の魔神なんだ。


 そう自覚した直後に、『風祭礼也』はそのアギトの奥に飲み込まれていった。

 自分の中核をグズグズに溶かされて、かみ砕かれる痛みを味わう。人格と自我だけが、スイカの種みたいにかみ砕かれず残っている。


 そして、僕は喰い殺された。


                     《2》


 無人島の砂浜に打ち上げられた漂流民みたいに、僕はぼんやりと太陽を見上げていた。

時間の流れ方が違うせいか、体が大人になっている。

全身全霊に疲労がわだかまっていて、何というか、もう何も考えたくない。

ふと何気なく左の親指に違和感を感じて、手元を見やる。

オニキスの様な宝石が嵌め込まれた立派な指輪だ。

台座も華麗な銀細工でできており、もし夜空の星々を一片の水晶に封じ込められたらきっと……、なんて夢見てしまいそうなほど美しい。

「……ん?夜空みたいな指輪だと?そういえばこの指輪、どこで手に入れたんだ?」

そうだ、あれはたしか。

「……アイルからだ!」

彼女の事を僅かな間でも忘れていた事実に驚き、僕は暫くの間カチコチに硬直してしまう。

そうしている間にもこちらには目もくれず、僕が所属するもう一つの通常学級の男子どもがうわさ話に花を咲かせながら通り過ぎようとしている。

「……でさ~、聞いたかよ、今度うちのクラスに転校生が来るって話。しかも女子だってよ」

「マジで?いやー、ハーフだって聞いていたけれどまさか女の子とはな。

期待は高まるばかり、って、おいコイツ……!!」

「神隠しに遭った風祭の野郎じゃねぇか!!おい、風祭!そんなところでぶっ倒れて大丈夫か!?」

「ああ、……まあ、一応怪我はないよ」

「良かった……。池崎、すぐに誰か大人を呼んで来い!」

「解った!!すぐに呼んでくる」

といった調子でとんとん拍子ですぐに町内会と教育委員会とPTAを巻き込んだ大騒ぎへと発展した。

多くの大人たちの前で、町の禁忌に触れた理由を公開尋問され、僕は覚えている事や知っている事、持っているものや経験したことを洗いざらい白状した。

結果として神隠し事件の原因は、虐待を苦に思い悩んだ末の本人の意思による、壮大な家出だという結論に落ち着いた。

その場で今後の僕と僕の家族への対応が協議された。

話し合いの末、後日僕に異世界へ旅立つようにそそのかした張本人を洗い出すと共に、僕の父親は警察に暴行の疑いで突き出されることになった。

まぁ、結局僕は僕で、通学以外の生活を営む間は自宅謹慎を食らう羽目になったけど、基本的には被害者の立場なので近隣への外出程度ならお目こぼしをもらえるそうだ。

通常学級の先生が悪戯っぽくウィンクしながら、耳打ちしてくれた。

でもそんな警察署での事情聴取の様な重苦しい責任所在の探り合いは、おやまぁ、何故か見事にどこかの誰かさんみたいに自分の役目を放っぽり出して、とんずらこきやがった。責任を果たしたかったのに、こん畜生め。

まあ、その名無しの権兵衛のお名前は風祭礼也さんですから。不名誉千万である。

ともあれ、その日の僕が通っていた地元の高校は休日と相なり、僕は通常学級の生徒たちに町内会の集会所へ招かれた。

春のうざったらしいくらい暑苦しい空気をなるべく気にしないようにして、ほてった体を引きずり、やっと来れたかと思ったら、待ち構えていた通常学級のクラスメイト達に口々に武勇伝をせっつかれてしまった。

「なあ、みんなはどうして僕の下らない大冒険なんか聞きたいのさ?言っておくが、お話の中の僕は凄まじく情けないぜ。分不相応な経験をしたとさえ思うよ」

すると、池崎達は顔を見合わせて少し控えめに笑い声を挙げた。

「何をバカげたことを!どんなにお前が情けない主人公でも、お前の大冒険だからこそ聞きたいんだ」

それにお前と友達になりたいしさ、というはにかむ池崎。

その態度は今まで出会ってきた戦友たち……シンイチやオレガノを足して二で割って、他にも色々な性格を混ぜ込んだみたいな、素敵すぎる心根がにじみ出ていた。

そして僕は多くの記憶の燃え残りを語った。

とある世界一哀れな女の子との小さな恋の(うた)と、魔法と暴力に満ちた不思議な世界での冒険譚の数々を。

そして夜は更け、僕は新たな友達を得た僕は幸せな気分のまま家路についた。

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