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黒きただ人に抱擁を  作者: 壱番合戦 仁
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紺の章(参)

                       《1》

 カッテナに犯されて、私は自分が誰なのか分からなくなった。自分の体に他人がつながっている。体と心の奥をぐちゃぐちゃに掻き回されてとろろ芋みたいになった【私】に、善良な概念とか思考が混ぜ込まれる。

 繋がった部分から、とめどなく『尊いもの』が溢れ出す。

 それは『相手の気持ちになるには、どうしたら相手が喜んでくれるのかを考える事だよ』とか、『周りが幸せになれば、皆が君を幸せにしてくれるよ』とか、『小さな努力は誰も褒めくれなくても、君にとっては大切なことだし、無駄なんかじゃないんだよ』とか、そういうものだった。

 そんな暖かい光の豪風雨にさらされている間、私が考えていたことはたったの一つだけだった。


 【立ち直る元気が戻ったら、何もすることが無いなぁ】って、それだけを考えていた。


 すべてが楽になっていって、全身の力が抜けていく。この乱痴気騒ぎが終わったら、ぐっすり眠って、のんびり朝ご飯を食べてから、散歩にでも行こうかなって思っている。そして、きっと私は、お日様を見上げて、こういうのだ。


 『誰か、困っている人はいないかなぁ。私、お手伝いしたいな』って欠伸交じりに呟くだろう。


 それはそれで悪くないかなって思った。そのまま、曖昧な意識が白んでいった。


                       《2》

 空っぽの頭を枕に乗せて、天井を眺めていた。依然として女の子のまま、私の裸に、シーツがかけられている。凝り固まった首筋が痛くて、頭を横へ転がすとカッテナが見舞い椅子に座っていた。

 「よう。ちゃんと真人間になれたか?」

 「おかげさまで人生と自分を見失いましたよ。よくもまあ、やってくれましたね」

 皮肉を飛ばす舌鋒にも力が入らない。今はもう、哥々様には頭が上がらない。世にも恐ろしい手段で、魂を浄化してくれたのだ。逆らえるはずがない。

 「まあ、そう拗ねるなって。そういえば、今の礼奈ちゃんって言う割にはまんざらでもなさそうだけど、その辺はどう解釈すればいいのかな?」

 「ぐ、ぅっ。もう十分分かったってば。追及されても困るからやめてよ」

 哥々様がカラカラと虚しげな笑い声を上げる。

 「そうだな。悪かった」

 そこで会話がぷっつりと途切れて、途端に気まずくなる。哥々様がじっと私を見つめているから、頬が熱くなってしまう。ちらちらと、哥々様をにらみつける。————————まだ犯し足りないのかな?

 「あのねぇ」

 「違う。これから待っている結末を考えるだけで、お前がかわいそうに思えてな。それだけだ」

 「————————何を知っているの?正直に話して」

 哥々様が長く長く、大息を吐いた。重苦しい表情で、じっとりと私を見つめている。その目には深い絶望が渦巻いていた。

 「さっきの【偉大なる(グランド・)処刑人(エクスキューショナー)】が終わった直後から、参日たっているんだ。でな?その間、六族連合の首魁である『氷室正義』の下調べと尾行をやっていたんだ。……おぞましいものを見たよ」

 「前振りはいいからさっさと話してよ。私、そういうの嫌いなの」

 「分かったよ。単刀直入に言う。【氷室正義は生き物じゃない。もっと別の大きな力のうねりが生み出した、誰かの影だ】」

 その話を聞いてピンときた。四日前、サエリと話した与太話を思い出す。

 『もしかしたらさ、六族連合のボスって人間じゃないのかもよ?もっと、破壊神の真名みたいな、具現化した概念とか、魔子が持つ意思そのものみたいなものじゃないかな、って思うんだ』

 サエリの云う通りなのかもしれない。だとしたら、いつからあの影は人間のようにふるまうことができるようになったのだろう。

 「哥々様。氷室と呼ばれている影が、氷室のふりをするようになったのはいつごろでしょうか」

 ズバリと指摘すると、途端に哥々様の顔が難しくなる。首をひねってひねって考え込むけど、どうやら思い当たらなかったらしい。

 「分からないけど、初めて会ったときは何もしゃべらなかったし、名前も言わなかった。俺っちは先代のころからここで働いているけど、第一印象を比べると……、あれが人間だったのか自信が持てないくらい印象が薄かった。認識するのがやっとだったよ」

 ビンゴだ。やっぱりあいつは人間じゃない。得体の知れない【誰かの影】だ。

 「どうする?今日の午後、俺が根回しした関係者が集まって、お頭と呼ばれていたナニカを追い詰めるつもりだけど、お前も来るか?」

 少し、深く考え込んだ後、決意を固めて大きく頷いた。

 「アイルの敵だもん。今までのツケを払わせてやらなくちゃ」

 「その意気だ」

 決意も新たに、哥々様の晴れやかな微笑みに笑い返した。それから、哥々様が目を閉じて、精神を集中し、強く手を打った。空気の振動とともに、空間がぼやけだす。

 「けった糞悪い」とカッテナが吐き捨てた。手拍子の感覚が徐々に縮まっていく。

 「【影】の野郎が誰だか分かっちまった。最低な日だ」

 ぱらぱらと喝采が鳴り響く。空間が崩れだし、視界が白く染まって、それから————――――。


                       《3》


 ここがどこなのかを知るために、とっさの勢いでてきぱきと起き上がった。それからしばらく呆然としていると、意識が少しずつはっきりしてきた。周りを見回すと、大勢の人々が忙しそうに行きかっていた。フォエイタンスの一人なのか、報告に来た鎧姿の部隊長が、何度か会議でお世話になった団長に報告をしている。辺りでは、警らに当たる兵士が物々しい空気を醸し出している。

 「おお、目を覚ましたか。やはり【虚礼】の力は副作用が強いな」

 話しかけられて振り向くと、盟友であるコウその人が立っていた。

 「心配してくれていたのか?」

 「お前、男だろう。私はそんな事でいちいち心配しないよ。だって信じているしな」

 コウに言われてから。改めて自分の体を見下ろした。衣服はすでに男物の黒いチノパンとストライプのTシャツに戻っている。股間に手をやると、柔らかい感触があった。胸を触っても柔らかい感触はない。

 「よかった……。男に戻っている」

 イケメンの顔を思い浮かべると、嫉妬で胸が焼け付きそうになる。サエリとの初夜を思い浮かべても嫌悪は沸かない。あれは幸せな一夜だったと思う。幸いなことに、性的指向も元に戻っている。

 僕の名前は……。そうだ、『風祭礼也』だ。うん、ちゃんと実感がある。一人称に違和感もない。

 「それはそうとして、ここはどこだろう。どういう状況なのか知りたいから、教えてくれないか」

 怪訝な顔をしたコウに、今最も重要なことを問いかけた。彼は気を取り直すためなのか、側頭部をがりがり引っ掻く。そして、ちらりと僕を見やる。

 「ここは六族連合のアジトだよ。場所は謁見の間と執務室前。人垣で見えないだろうが、退路はすべて封鎖してある。あとは突入するだけだ」

 「人員構成は?」

 「【虚礼】の謀反を皮切りに、元フォエイタンス第二団長・【不信】のカノルが寝返った。そのおかげで私も動きやすくなってな。捕縛した他の六徳衆の配下に圧力をかけて、此方の味方に引き入れた。あいつらにも家族と生活があるからな。路頭に迷う事だけは避けたいだろう」

 え、えげつない。リストラをちらつかせて、無理やりいう事を聴かせたのか。手段を選んでいられない状況ではあるが、聞いていていい気分はしない。

 「さて、そろそろ時間が来たようだ。お前の得物はすでに準備してある。お守りとして翻訳指輪も受け取れ」

 静かにコウから告げられて、僕はコウからサイと八極万勝双刀を受け取った。武器を腰に差して、黒い宝石がはまった指輪を左手の親指にはめる。そして簡易マットから立ち上がった。

 「行こう」

 謁見の間へゆっくりと歩み出す。最終決戦の幕が、今、切って落とされた。


                        《4》


 一団が足を踏み入れた謁見の間には、揮発したガソリンと硫黄がまじりあったような臭いがもうもうと立ち込めていた。ほかにも種々雑多な化学物質の臭いが鼻を突き抜けている。隣に立つコウが盛大に顔をしかめた。どうも様子からして、この臭いに心当たりがあるらしい。

 「レイヤ。この臭いは魔子でできた化学物質だ。早いところケリをつけないと人体には有害だぞ」

 「だとしたら、この化学物質の発生源を見つけるのが最優先事項だが……、奥に立っているあの【影】が原因か」

 口にハンカチを押し当てたまま、ローブを着たどす黒い【影】を睨み付ける。軍団を構成する組織の長が、それぞれ示し合わせて自らの配下に進軍の号令を下した。【影】は依然として動じる様子が無く、壁際へ徐々に追い詰められていく。

 一定の間合いを取って、進軍が止まった。もはや【悪逆】や【嗤う正論】の異名をほしいままにした誰かの【影】という異形に、残された逃げ場は存在しない。最前列に立つ僕を見やって、【影】がくつくつと嗤う。瘴気とすら呼べた化学物質の流出が、この期に及んでようやく止まった。

 「何が可笑しい?辞世の句なら聞いてやらない事も無いぞ」

 「つれないこと言うなよ」

 この、強烈な違和感は何だ?聞き覚えのあるこの声を、僕は一体どこで耳にしたんだ?混迷を極める思考をよそに、【影】がそのフードを払い落した。

 ————————その顔は、僕とうり二つだった。

 「ク、ソ。糞が、糞ッたれがァァァァ!!お前、【僕の影】だったのかッ?!ふざけるな!!」

 「は、は、は、は。どうだい?自分の最悪な将来を一つ目の当たりにできた気分は?君は力さえあれば、俺のようになっていたんだよ。どのみちそうなっていた運命なのさァ……!」

 「そんなの、そんなの、【嘘だッ!!】」

 うろたえる僕を肴に、【悪逆】と呼ばれた【影】が嗤い出す。その様子は爆笑を極めた。周囲の害意を丸ごと爆破するほどの悪趣味な嗤い方だった。

 「けった糞悪いって、哥々様が……」

 哥々様が言っていたのはこういう事だったのだ。左右を見回して哥々様を探すと、あの人は遠くで辛そうにうつむいていた。複雑なその心中は簡単には推し量れない。思い浮かべるだけで、足元がふらついてくる。笑い疲れた【僕の影】が地面から跳躍し、ステンドグラスを突き破って採光窓のふちに降り立った。

 「俺は、極悪人として生まれて生きて来た。だから末路だけは曲げない」

 パチンッ、と指を弾き、【僕の影】が口の端を吊り上げた。

 「さようなら。皆さんごきげんよう。そして、レイヤよ。俺はお前を道連れにして死ぬ」

 暴風吹き荒れる窓辺で【影】が滔々と謀略を語り出す。その様子は、どこまでも愉快そうだった。

 「この島は、風水の理論を応用した意味魔術がかかっている。俺の死一つでスイッチが入り、異世界人であるお前らを、強制的に元の世界に送り返す仕組みだ。まァ、せいぜい渡世の魔神に魂を貪られろォ!!これでお前らも終わりだァ!!ぎひゃひゃひゃひゃひゃひゃァァッッ!!」

 悪辣に嗤い終わると、呆然とする僕らを見下ろして、【僕の影】が芝居がかった仕草で一礼する。

 「さぁて、そろそろフィナーレの時間だ。イッツ・ショォウダァウン!!」

 「ま、待てッ!!」

 フォエイタンス団長の制止を振り切って、地上に身を投げた。かん高くて耳障りな嗤い声が空気を切り裂き、やがて聞こえなくなった。

 「まずい、これはまずいぞっ。そんな大規模な意味魔術を使われたら、この館が持たないぞッ!」

 コウが戦慄する間にも、館の微弱な揺れが徐々に増して行く。青かった空が黒い霧に覆われ、気体の形をとった【闇】が謁見の間へ押し寄せる。

 「総員、退避せよォッ!!」

 「団長っ、その号令はだめです!!出入り口の立て付けが悪く、外に出られません!!」

 「何だと?!なら、爆破はできないのかっ!?」

 「それがっ、先ほどの化学物質の汚染によって、火薬が使い物にならないのです!!着火しません!!」

 「クソッ!!もはやここまでかッ!!なんてことだッ」

 その時、僕はすべてを悟った。状況が完全に詰んでいるのだ。もはや僕らに逃げ場はない。たとえ最高窓から脱出したとしても、転移魔方陣が【闇】に飲み込まれている以上は使い物にならない。加えてこの人数だ。もたもたしている内に【闇】にのまれてしまうだろう。おそらくだが、この闇は奴の云った通り渡世の魔神が持つ力そのものだ。その力が、軍団を端へ端へと追い詰めていく。


 やがて視界が真っ黒に染まり、意識が途絶えた。

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