表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒きただ人に抱擁を  作者: 壱番合戦 仁
1/12

黒の章(壱)

                       《1》

 あの惨劇の翌朝。青の王宮前の広場にて、亡くなった多くの人々が弔われた。

 あのサエリですら、国賓席に座って、僕の隣で顔を紙のように白くしてその光景を見守っていた。多くの人々が、貧しいものと裕福なものに分かれて、いがみ合っては牽制しあっていた。

 「──礼也君。何故、彼らは、このような事件が起きたというのに……。隣り人を目の敵にしているんだ?」

 「……サエリ」

 「ボクは、……仲間同士がいがみ合うなんて耐えられないよ。ごめん、気分が……」

 サエリは、本来とても育ちがいいのだろう。見上げた博愛主義である。でも、ここは誤解を解くべきだろうとも思った。僕は素直になった。

 「サエリちゃん。国民と一口に言っても、やっぱり同じ味方同士とは限らないんだ。無理にひっくるめない方がいい」

 「……解っているさ。でも実際目にすると、これは、無理だ」

 彼女の言うことも仕方のないことなのかもしれない。今回の事件で六族連合と癒着していた保守層の立場が、今までと比べ物にならないほど悪くなった。自分たちは無関係だ、とトカゲのしっぽ切りを試みる者も少なからずいるのだろう。身もふたもないことだが、労働者層や貧困層からの視線に猜疑が混じるのは当然の帰結と言える。

 それを知ってか知らずか、サエリは僕の忠告を聞く余裕もないようだ。必死になって吐き気をこらえようと躍起になっている。やっぱり、想定すること自体と実際に目の当たりにするのとでは不快感が段違いだ。それを言い出したら僕だって余裕がない。おとなしく前を向くことにした。


 時計台の鐘楼から、九時を告げる鐘の音が響き渡った。

 「これより、六徳衆討伐作戦の殉職者に対する葬儀を執り行う。全国民、―――――黙祷」

 僕らも、静かに目を閉じた。子供たちの泣き声。尊敬するアイルを失ったフォエイタンス達の慟哭。愛する夫を殺された女たちの怨嗟。そのすべてが(さざなみ)のように僕らの耳に引き返しては押し寄せる。

 十分間の黙とうが終わり、僕の出番がやってきた。王様の命により、これから壇上で僕は訴える。


 奪われたあの子の命と、嬲られ穢され蔑まれ続けた彼女の無念を。


 近衛兵の案内に従い、僕は万勝双刀を背負って広場の壇上に上がる。遥か背後には時計台がたたずみ、その両脇には青の国王立管弦楽団が控えている。

 指揮者が最奥に立つとともに、光魔法の使い手が配置についた。

 そして、九時半の鐘が鳴った。


 壇上に僕は登った。中央に立ち、じっと下を向いて押し黙る。

 弔問者の間でわずかに動揺が走る。次第に客席がざわめき始めるころ――――――――。

 「僕は彼女を愛していましたッッ!!」

 稲妻が如く号んだ。客席に静寂(しじま)の帳が下りる。

 「彼女は、年頃の女の子と何も変わりません。時として人肉を食らう自分に、強い嫌悪と葛藤を覚えていました。これまでの彼女の餌食の中には、彼女の友達さえいました」

 総勢5,000人もの国民が一斉に呆気にとられる。その視線の先には、光魔法によって作り出されたホログラムがあった。撮影点が、過去の僕の視点に合わせられた。アイルが僕に頭をなでられて、嬉しそうに笑っている光景が映し出される。怪我をしたときに薬を作ってくれたり、手料理をふるまってくれた。ツリーハウスでの幸せな日常が流れていく。しかし、立体映像が暗転した。

 「光魔法は、事実再現しかできないという性質を持っています。これは、白エルフを保護するために設立された団体の、正確な資料を基に作られた映像です」

 初めに、六族連合員と一般市民によって、白エルフ族の奴隷を商う瞬間が映し出された。怯える白エルフたちが物のように扱われ、当たり前のように売り買いされていく。たったの千円かそこらで大量に大人たちが売りさばかれ、女の子は何十万円相当の値がついて売られていく。大人の白エルフは扱いが難しいことから、虫けらをつぶすように殺されていった。もちろん目的は憂さ晴らしでしかない。多くの白エルフの大人が、子供たちの見ている前で変質者に犯され、嗜虐者に嬲られ、殺戮狂にひき肉へと変えられていく。そのひき肉が食べる物のない子供たちに与えられる。その足は鎖でつながれ、心は壊れ切っていた。

 「ブッ、ヴボレッ、ゲェロッ」

 一番近くで見ていた女性が吐き下した。映し出された白エルフの少年は変わり果てた親の姿を嘆かなかった。

 『おとうさん。おかあさん。ぼくが食べてあげるから、これからは、ずっと、ずーっといっしょだね』

 少年は涙声で、お父さん肉のハンバーグと、お母さん肉のステーキに声をかけ、二人をおいしそうに喰らった。そのように強制されたのだ。

 蹲った人々により、人垣がまばらに低くなった。背の低いものがそれを受けてさらに被害が拡大する。

 「彼女は、アイルといいます。アイルは、この子たちと一緒に買われてきました」

 僕はその宣告を以って、場面を切り替えた。瞬間、客席から悲鳴が上がる。旅の途中、何度も彼女から聞いた話だ。今でも思い浮かべられる。それはアイルが、汚らわしい淫獣にカラダをオトナにされている光景に他ならなかった。絶えることのない絶叫、苦鳴、そして号哭の嵐。滴り落ちる血と精。肌に咲く赤、青、黒。けたたましい嗤い声と、身の毛もよだつ罵倒と淫語。弔問者からは、ついに卒倒する人まで現れた。

 「あの子は、僕がそばに現れるまで、ずっと独りでした」

 強姦が終わり、突然ブヅンッ、と映像が途切れた。音魔法により、僕の声が拡張される。光魔法が僕の言葉を追って空中に表示する準備を終えた。

 『それでもまだ、あなたは白エルフを人間ではないと言えますか?』

 弔問者たちが、水を打ったように静まり返る。呆然と立ち尽くす者、この身に換えた場合を思い浮かべ、泣き崩れる者。地べたに膝をつき、反吐を垂らす者。その全ての人々が自らの無関心を悔いていた。

 「僕は、彼女のために立ち上がろうと思います」

 弔問者たちが一斉に顔を上げる。そして、僕に視線が一気に集束した。

 「この曲を、聴いてください。『希望』」

 そして、僕は胸に手を当て、空を仰いだ。同時に指揮者が楽団に合図した。

 トランペットの甘い音色がミルクの滝のように周囲に注がれていく。

 トロンボーンが後を追い、バイオリンが光の海を表現した。僕の足元に、アクアマリン色の渚が広がる。チェロやコントラバスの音色が聴く聴く内に天へ昇っていく。音もそれにつれて高くなり、僕も風魔法によって上昇する。空を見上げ僕は微笑んだ。最高に達したところでイントロが終わる。

 そして、大いなる草原が映し出された。そこにはアイルの幻が、陽の光に包まれてたたずんでいた。トランペットの口にピースが当てられ、郷愁を誘うソロが奏でられる。そしてそのそばにそっと降り立ち、手をつなぎ、語らい、草原をかける時間が一瞬で過ぎていく。セピア色の優しい音色のせいか、僕は悲しみで胸がいっぱいだった。ホルンが重厚に不幸の足音を響かせている、それに合わせて彼女とともに駆け抜けた道が、赤の国、緑の国、青の国へと目まぐるしく変わっていく。彼女はそれに気づかず笑っていた。

 そして、彼女が立ち止まった。オーボエが不吉な予感を演出し、フルートとピッコロが悲壮なメロディを小さく小さく奏で始める。

 そして、彼女は破壊神へ姿を変え、弦楽器が美麗なるハーモニーを奏でる。トランペットが序章の幕を切り、シンバルがすべての始まりを告げた!僕の背後に一万人の弁護官たちと、維持神の御主(みぬし)本人が現れた。そして、アイルの背後に七つの影が現れて、中央の一人が手を振り下ろした。僕が背中の双刀を引き抜くに合わせて、六つの黒ローブたちが躍りかかる。バイオリンの勇壮な主旋律をオーロラのようにすべての楽器が調和する。今、僕は、一つの叙事詩の中にいた。運命という旅路の足音を表すかのように、ドラムが観客の心を打つ。

 あの着流しの侍がローブを脱ぎ捨て、獰悪な笑みを浮かべながら車斬りを仕掛ける。僕と劫はそれを一歩下がって防ぎ、十字勁を発し、『三合炮』によって切り捨て、同時にコウが太陽の構えをとり、袈裟斬りにしてトドメを刺した。すると、背後から突然ギロチンが現れ、間一髪でかわす。振り返ると、唇を限界まで釣り上げたカッテナが佇んでいた。奴が僕を取り囲むように鉄の針を全方位に召喚し、一斉掃射した。それを僕と劫が、剣舞によってことごとく叩き落していく。磁力魔法と雷魔法によって爆発を起こして一難を免れ、サエリがアスカロンストライクで狙撃した。カッテナにとどめを刺し、残るは二人の幹部と【嗤う正論】氷室正義のみ。そしてオーケストラもフィナーレを迎える。僕らフォエイタンスと六族連合が集結し、一斉に衝突し――――――――――。英雄譚が幕を閉じた。

 全ての幻が消え、観客席からは万雷の喝采が上がった。


                        《2》

 演武は王宮側との打ち合わせ通り、見事成功に終わった。演武が終わると、反六族主義系レジスタンス【フォエイタンス】の主要人物全員を、謁見の間へ招集せよとの命が下った。

 定時となり、諜報部長のサラ、団長とオレガノ、そしてサエリと劫と僕が謁見の間へ招かれた。


 近衛兵の案内で謁見の間へ通されたのだが、思い返せば待合室にオレガノをはじめ、フォエイタンスや教会騎士団員の姿が無かった。疑問に思い、質問してみる。

 「あの、一つだけよろしいでしょうか」

 「何だ?役に立つならどんなことでも申せ」

 「ええ、実は私たちの故郷はこことは異なる世界でして……」

 「ゆえに僕らは、この国の最敬礼を存じておりません。僕らは僕らの故郷の礼を尽くそうと思います。それでも構いませんか?」

 恐る恐る尋ねると、近衛兵は愉快そうに微笑んだ。

 「もちろんだとも。そのために他のフォエイタンス達と控室を分けたのだ。好きなように敬意を表すといい。陛下も日本人は初めてと申されている。私も楽しみにしているぞ」

 そうと決まれば話は早い。異国風の礼儀に見えるかもしれないという懸念は、どうやら杞憂だったようだ。しかし、それはそれで緊張する。だが、隣に並ぶサエリも劫も堂々としたもので、程よい緊張により表情がいつもより引き締まって見える。

 「なら、僕も二人のようにしっかりしなければなりませんね」

                       《3》

 「『フォエイタンス』所属、陰界の双剣士『カザマツリ・レイヤ』殿一行!」

 門が開くとともに、僕の肩書が大きく宣言される。どうも彼らには僕が剣士に見えたようだ。八極万勝双刀を使っていたからかな、とあたりをつける。

 ミスリル製のタイルがふんだんに使われており、柱も見事な彫刻が施されている。見れば、もうフォエイタンスの面々は謁見を済ませてしまったようだ。

 そうこうしているうちに門が閉じた。門を背にして足をそろえ、九十度の最敬礼をとり、王様の御前に立ってまた最敬礼した。

 ちらりと横を見やると、劫は防刃ベストの下に丈夫な黒革ジャンを着ていた。下は黒染めのジーンズをはいている。彼はとっくに御前に行ってしまい、なるほど西洋剣術の使い手しく片膝をついて騎士礼をとっていた。

 片やサエリは、驚くべきことに黒いワンピースを着ていた。どうやら元のジェンダーに徹することにしたらしい。控えめに白いリボンが胸元にあしらわれており、モノトーンの対比が彼女の面差しによく映えている。彼女は音をたてないように静かに歩き、王様の御前に立ってカーテシーした。

  時は満ち、謁見が今、始まった。王様は帳の奥にあらせられるらしい。澄んだ気配がひしひしと伝わってくる。

 「此度の働き、大儀であった」

 うっわ、ものすごい高貴なしゃべり方だ。こんな喋り方をする人なんて時代劇の天皇ぐらいだ。カマトトの語源である、「これはトトかの?」みたいな口調だ。

 「恐悦至極に存じます。王様」と、僕は申し上げ。

 「ありがたき幸せにございます」と劫は感謝し。

 「滅相もございません。私などにはもったいなき御勅語です」とサエリが謙遜する。

 すると帳の奥からブフスッと妙な音が漏れた。それは次第に大きな(わら)い声へ変わっていいった。僕たちは思わず顔を見合わせた。

 「ふふはははっ。あはれ、愉快愉快。斯くばかりに(うぇ)笑うたのは久方ぶりぢゃ。――そなたらは、ほんに個性があるのぅ」

 「特に私などはよく仲間内でも指摘されます。平時などは、自分のことを『私』ではなく、『ボク』などと称します」

 サエリがそう申し上げると、薄い帳の向こうで王様が目を見開く様子が少しだけ見えた。

 「(うべ)し。弥益益(いやますます)に朕はそなたらのことが知りとうなった。『味方を知るべきの心は敵を知るべきに勝る』とも云うからの」

 王様は機嫌よくおっしゃられると、手を大きく叩いて侍女をお呼びあそばされた。侍女がすっ飛んでくると、王様は彼女に何事かを耳打ちし、僕らのもとへ下がらせた。

 「ここではさすがに堅苦しかろう。朕の部屋へ参れ。そこでゆるりと話すこととしよう」

                       《4》

 薄いベールと王冠で頭を隠した王様の後を、僕たちは静かについていく。以外にも王様は背が低く、華奢な体つきをしていた。長い長い廊下を十五分ほど歩くと、ようやく王様の私室にたどり着いた。周りを見渡すと、立派な装丁の本が黒檀の本棚にぎっしり並べられていた。床のタイルは市松模様になっており、盗聴と足音を断つためにサルマ石でできている。

 あまり人様の部屋をじろじろ見るのも失礼なので、部屋の中心に置かれた小さな円卓へ向かうことにする。卓上には銀で拵えたと思しきティーセットが用意されていた。お茶菓子は干した果物のアソートが並んでいる。

 「ここでは無礼講ぢゃ。そなたらが平時通りにし給えば、朕もまた嬉し」

 王様は足取りも軽く途中まで歩かれて、僕らを振り返る。

 「よいか。朕はそなたらと縁を深めたい。ゆえに朕の一の秘密を示そうぞ」

 「それは、どのような秘密でございましょうか」

 僕が恐る恐る尋ねると、王様はえいやっ、とベールと冠を頭から取り払ったではないか。

 「こ、これは……!」

 『白』だ。否、『雪』という概念の化身たる少女がそこにいた。

 柔らかそうな肌はわずかにダイヤモンドにも似た輝きを放ち、髪は糸雨のように腰までまっすぐに伸びている。星空の様な黒瞳はたれており、優しそうな印象を与えた。

 アイルを、否、白エルフを超えるほどの絶世の美女がそこに立っていた。

 「朕は……。ううん、私ね、シルハ・セルトナ・ブラウって言うんだ。シルハって呼んでほしいな。短い間だけど、よろしくね」

 唖然茫然、ここに極まれり。なんと王様は女性だったのだ。おまけに白エルフというには説明がつかないほど美しい。

 「うふふっ。びっくりしたでしょう?私はね、『白アルヴ』っていう白エルフの祖先なんだ。お父様が暗殺されちゃって、お兄様もいなかったから私が継ぐことになったの。でも、慣習のせいで、女王様になることは認められないから、男の人のふりしているしかないんだ。だからね」

 彼女は嬉しそうにまくしたてると、ゆっくりサエリの方に向き直った。

 「あなたみたいに、男の子の喋り方をすることを普段から楽しめることがうらやましいな」

 そう言われた当のサエリは、シルハ様と同じように嬉しそうにはにかんだ。

 「そういわれると照れるなぁ。いやはや、ボクがボクであり続けて、本当によかったと思うよ」

 二人は和やかに笑い合った。ひとしきり自己紹介が住むと、ようやく本題の段に入る。

 「今回は助かったわ。おかげで差別撤廃に向けた政策をとりやすくなった。本当にありがとう」

 「いえ、シルハ様にそういっていただけて、僕としてもうれしいです」

 いったん喫茶して、一息入れる。コーヒーに似たキレのある風味だが、香りも味わいも段違いに甘く、丸みを帯びている。ふとコップから顔を上げると、シルハ様が僕をじいっと見つめて、何か言いたそうにしている。目を合わせるとそれでよし、とでもいうのか、満足そうにうなずいた。

 「実はね。今日あなたたちを呼んだのは、大事な話があるからなの」

 はて。それはどんな話だろうか。僕らはじっと耳を傾けた。シルハさまは少し話をためらうそぶりを見せた。やがて決心がついたのか、僕らにこう切り出した。

 「あなたたちは、魔子や魔法の正体を知っているかしら」

 ふむ、そういえばそういうものだと思って以来、考えたこともなかった。

 「単にこの世界特有の元素、というわけではないのですか?」

 劫が不思議そうに切り返すと、シルハ様は大きくかぶりを振った。

 「近衛兵に聞いたけど、コウ、といったわね?いいえ、あなたが思うよりも、魔子の存在はずっと危険なの。これを説明するには、ソウルメイトについて話さなくてはいけない」

 むぅ。何だか、話しがうさん臭くなってきたぞ。とはいえ、今こうして異世界に立っている時点で都市伝説に巻き込まれているのだ。それなら……。

 「もしや、それは渡世の魔神についても言及することになるのではないですか?」

 「いいえ、その話とは関係ないわ。でも、いい?これからする話を人に広めては絶対にダメよ。下手したら大陸中で内乱が起きるわ。私もね、本当はこの話を早く広めるべきだと思うけど、根回しが今まで難しかったし、今も動き始めたばかりなの。だから他言無用でお願い」

 「「「わかりました」」」

 「詳しい人が極秘研究室にいるから、ついてきて」

 いうが早いが、茶席から立ち上がって背後の本棚の中段に並べられた書籍をすべて奥に押し込んだ。すると驚くべきことに、入り口から見て左側の壁が床に沈み込み新たな壁が現れた。駆け寄って確かめると、壁と壁の間には隙間があったようで、床があるはずの場所には大人一人が余裕で入れそうな大きな空洞がうっすらと口を開けていた。その中には梯子がかけられている。

 「さあ、行きましょう」

 こうして僕らは、真っ暗な壁の隙間を潜って極秘研究所へ向かうことになった。

                        《5》

 発光性をもつ特殊な鉱石がカンテラに入っており、それらが要所要所にかけられていたため、思ったよりも進みやすい。幸い梯子は壁中に掛け巡らされていたので、あとがつっかえることもなかった。20分ほど何もしゃべらずに降りていくと、ようやく地下空間へたどり着いた。

 降り立つとそこは思ったより広く、七つの門が異様な存在感を放ちながら鎮座していた。

 「すっげえ……」

 「なるほど、これは見事だ」

 「ふむ、なかなかどうして素晴らしい。芸術的価値からみれば重要文化財レベルだろうね」

 三者三様の反応が返る中、シルハ様が扉の中でもひときわ新しい大門を選び、取っ手に施された真実の口みたいな穴に、手を突っ込んだ。腕の筋肉をよく見る限り、レバーの様なものをつかんだと思われる。

 「……それ、本当に大丈夫ですか?」

 「白エルフか白アルヴ以外がこの中に手を突っ込むと……、ひじから先とお別れしなくちゃいけないね。梯子もからくりで壁に埋まって失血死するよ。元に戻す方法は王族しか知らないと思う」

 うわぁ。……えげつない。これでは王族を脅迫しても一杯食わされるのがオチだな。

 残酷話が終わるとシルハ様はおなかにぐっと力を込めて、腕をまっすぐに伸ばし、力いっぱい引っ張った。白エルフにもまして相当な筋力の持ち主らしい。女性でこれなのだから、男性ともなれば人間の筋力など及びもつかないだろう。シルハ様がやっとの思いで引っ張り切ると、レバーが鍵を開けた時のような音を立てた。次の瞬間、大門が腹の底まで響く重低音を上げて、引き戸のように両側から巨きく開いた。真っ白な回廊が僕らを招くようにぽっかりと口を開けている。

 緊張は一気に最高潮に達し、誰一人として無駄口をたたく者はいない。

 「行きましょうか」

 その一言で僕らは我に返り、意を決して極秘研究所の廊下を渡っていく。

 そこで驚くべきものを目にした。両側の壁に取り付けられたドアのガラス窓を除くと、コンピューターと思しき計器類や、成分分析用の遠心分離機が並べられていたではないか!

 「女王様!これは一体……?」

 「陰界人の識者を機材ごと召喚したの。古代魔法の中にはね、渡世の魔神を介さずにこちらの世界へ召還するものもあるんだけど、今回使ったのはちょっと別の力なんだ。っと、着いたわね」

 突き当りにたどり着くと、集中治療室のように大きな扉があった。呪文語――――この世界の言葉――――で第七研究室と銘打たれている。

 ノックすると中から足音がして、こちらから誰かがドアへ近づいてきた。

 「シルハさんかい?」

 「ええ、そうよ。お客さんを連れてきたわ。今回は有望だと思う。開けて頂戴」

 すると、内側から割と勢いよく扉が開いた。

 「やあやあ、いらっしゃい。よくきてくれたね。おや?その子たちは」

 「「貞夫叔父さん?!」」

 嘘だろッ!?何で寄りにもよって、あのちゃらんぽらんの放蕩量子力学オタクがいるんだよ?!

 「え、ええええええ!?な、何故、我が姪と甥がいるのだ?!」

 「それはこっちの台詞だーっ!!さんざん本家に迷惑かけやがって!祖父(じいじ)が心配していたんだぞ?!」

 「そうだそうだっ!あんた可愛さにぶっ倒れてボケたんだから!!そこに直れっ、説明責任を果たしてもらおうかっ!」

 「ちょ、ちょっとタンマ!これには深いわけがあるのだよっ。なあ、そうだろう、シルハさん!」

 僕らに詰め寄られてすっかり弱ってしまったかと思えば、貞夫叔父さんはシルハ様に水を向けた。劫はというと、蚊帳の外に追いやられて、所在なく呆気に取られている。

 「ま、まさか」

 「ごめんなさいね。私が彼を召喚しました」

 「「やっぱりかーっ!!」」

 「おい、ちょっと落ち着けよ。私としてはこのまま収拾がつかなくなる方が面倒だと思うぞ」

 それはそうだけど、納得いかない。とはいえ、状況が状況だ。優先順位の高い話から片付けるのは当然の筋といえる。

 「後できっちり、この五年間どこに行っていたのか説明してもらうからね?」

 「は、はひぃ……」

 じろりと睨めつけると、貞夫叔父さんはすっかり縮み上がってしまった。

 おじさんの案内を受けて、研究室の奥へ赴いた。複雑な見た目の顕微鏡が数台、ほかにも物理法則について記述された難解な数式がノートにまとめられており、ブックスタンドを占領していた。ブレインストーミングでもしたのか、支離滅裂な内容のメモ類がマインドツリーの形式を使って壁に貼り付けられていた。当然ながら、足元には没になりかけた研究資料が、散乱しており、もはや歩くことも困難だ。当の本人は、その紙屑だらけの床をこともなげにすいすい歩いていく。必要に応じて整理整頓をわざとしない性質らしい。思わず背中を前蹴りしたくなるむかつく顔だ。余裕かましている割に気取っている。僕から殺気が放たれていることも無視して悠々と奥へ進む。何はともあれ応接間へ着いた。

 「さあ、掛けて。君たちがここに来たということは、魔子の正体について聞きに来たということで間違いないかな?」

 「うん。それが渡世の魔神とも関係しているとも聞いたよ」

 貞夫叔父さんは少し間を置くと、大きく深呼吸した。そして、僕たちの目を順番に見据え、最後に僕としっかり顔を合わせた。

 「結論から言うよ。魔子と呼ばれる元素群は、ソウルレイと呼ばれる魂のつながりの残骸が、霊的な次元の物理法則から離れて量子レベルの世界にたどり着くことで、もともとあった元素が汚染されてできた有害物質だ」

 ――何?有害物質だって?しかも霊的な次元が存在する……。にわかには信じがたい話だ。

 「それって、ちゃんと実証されているんですよね?」

 「もちろんだとも。ちなみに、レイヤは幽霊の周りには磁場が発生することを知っているかい?」

 「うん、聴いた事あるよ」

 「なら話は早い。レイヤ、サエリ、ちょっとここへ並んでくれ」

 言われるがままにサエリの横に並んで立つと、貞夫叔父さんは小型の磁力計を取り出した。

 「この磁力計は精度が非常に高くてね。普通じゃありえないほど微弱な磁場も感知する」

 実に楽しそうに言うなり、貞夫叔父さんはその高性能磁力計を起動した。そして僕たちにそれを近づけると、メーターが高い数値を示し、ランプが点灯した。

 「やっぱりいとこ同士だけあって、反応は強いね。ちなみにここの壁は磁力を遮断するし、磁場を発生させる金属類は特殊な加工をしてあるよ」

 「ってことはこれって……。霊的な法則に従って磁場が発生しているってことですか?」

 「その通り。君たちの間に発生している微弱な磁場にこの照明を当ててみようか」

 貞夫叔父さんが取り出したのは、大人が片手を目いっぱい広げてようやく持てるくらいの大型のハンドライトだった。

 「素粒子よりも一兆倍小さな世界を観測できる顕微鏡があってね。それを僕が上司のつてで買い取って改造したんだけど、とんでもない世界だったよ。レイヤ、素粒子の世界に限らず、物理現象というのは人間が観測しているときと、観測していない時では起こる現象が違うっていうことは知っているかい?」

 「え?だって、何かの現象が起きたら、人が見ていようとみていなかろうと同じことが起きるんですよね?」

 「いいや、違うね。シュレーディンガーの猫というたとえ話の通り、『あらゆる物理現象は発生した時点でその結果がどうなったかについては確定せず、複数の状態が重なり合う』、という性質を持っている。霊的な世界というのはね、『観測者自身がその現象が起きるという確信を持たない限り、起きなかったこととして状態が確定するハイパーミクロの世界』なんだ」

 段々と話が現実味を帯びてきた。僕たちが暮らしていた世界に根付いた科学の延長線上にこの理論はあったのだ。

 「さて、事前説明はこれくらいにして、このハンドライトの大まかな原理を説明しようか」

 「ふむ。つまり、今までの話の流れからすると、心霊レベルの大きさを持った物質を使っているのかな?」

 「いい質問だ。サエリの言う通り、霊視にかかわる系統の物質を使っている。ちなみに霊的なレベルくらい小さい物質のことを、原子や分子と同じように『霊子』と呼ぶ。じゃあ、このライトを君たちの間にあててみようか」

 そして霊子ライトを僕らの間に当てる。すると、ぼんやりと光の様なものが見えてくる。

 「何だこれっ。橙色の線みたいのが見えるぞ」

 「うーん、なるほど。こりゃなかなかだね。いいかい?これがソウルレイと呼ばれる、いわゆる運命の赤い糸だ。これは物によっては死んでも性質が変わらない。変わりにくいんだ。要は生まれ変わった際にもう一度結ばれる性質がある。統計で正確なデータが出ているから間違いないよ」

 「な、何だって?嘘だろうっ。ボクとレイヤ君の絆がこれだっていうのか?」

 「おいおい、マジかよ……。絆が目に見えるとか聞いた事無いぞ」

 まさしく目に物を見せられた気分だ。最新の科学を目の前にサエリの目がキラキラと輝く。正直僕も興奮が収まらない。なんてすばらしいんだろう。

 「ソウルレイはエネルギーの量によって色が変化する。高ければ高いほど白に近くなるし、低ければ低いほど黒に近くなる。白ともなると白銀色に見えるんだ。たとえば、ほれっ」

 言うなり、貞夫叔父さんは立ち位置を変えて、霊子ライトを僕とコウ、またはコウとサエリの間に向けた。すると、コウとサエリの間には青いソウルレイが浮かび上がり、僕とコウの間には緑のソウルレイが浮かび上がった。

 「なるほど。魂の結びつきの強さを順番に表すと、サエリとレイヤが一番強くて、その次がそこの君とレイヤ、最後がサエリと私クンか」

 「オイ、私クンとか酷すぎだろう。輪切りにしてやろうか?」

 「すんまそーん。と、まあ、このソウルレイが特定の環境条件下で崩壊することで、元素を汚染する有害霊子に変化する。この陽界という世界はその危険性がある、というわけだ」

 「あーっ!ごまかしたな!」

 「てへぺろ」

 コウと貞夫叔父さんがギャーギャーわめき合っている間に、僕は少し考え事をしていた。僕らが今まで使っていた魔法とは一体、何だったのだろう、と。

 「ところで、レイヤは日本語をしゃべれるかい?」

 「え、ええっと。たとえば、こんにちは、は『こ……ち、ん』。――あれっ!?思い出せないっ。しゃべれなくなっている?!」

 「そう、これが魔子の有害性の一つ。『もともといた世界の人たちとのソウルレイを汚染する』。その結果、元の世界の記憶を少しずつ忘れてしまうんだ。体内の栄養素や細胞も次第に魔子化、いわゆるマテラミゼ現象を起こし、遺伝子レベルでも生物としての性質を改変してしまう。その結果生まれたのが、エルフ系民族をはじめとする十の種族だ。そのうちの三つは最終地上戦争で滅びちゃったけどね」

 ぽかんと口を半開きにして呆然と突っ立つばかりで、目の前が真っ白になる思いだった。コウは依然として、仁王立ちのままじっと話を聞いている。サエリはあごに手を当てた方の肘をつかんで、じっと考え込んでいた。その額には脂汗が流れている。シルハ様も思うところがあるのか、辛そうに黙り込んでうつむいていた。

 「じゃあ、魔法ってそもそも一体何ですか?そんな危険な物質を使う技術なら、使用者や周りの環境にも影響があるのでは?」

 「悔しいけど、まさしくその通りなんだ。魔子に対して呪文に代表される特殊な音を当てると、魔子に含まれる有害な霊子が化学反応を起こして他の原子を汚染する。数十回程度では何の変化もないけど、それが百回千回と回数を重ねるにつれて、だんだんと汚染が進んでいく。最悪なのは魔子が崩壊したときだ。その際は周りの元素を一気に汚染して、魔子へ変えてしまう」

 「でも、汚染されても害はないよな?現に私たちこうして生きているし」

 「そうだとしても、たとえばレイヤ。ここ最近人生最大の悲劇に巻き込まれなかったか?」

 な、何故それを知っているんだ?科学的見地から推測したのだろうか。

 「――何で解るの?まだ話してもいないのに」

 「いいや、言わなくてもわかる。君はここにきてから半年以上は立っているはずだ。人間が環境に適応するためには最低でもそれくらいはかかる。君の挙動と僕たちのDNAからして、先天性の発達障害を抱えていることは明白だ。となれば環境適応にはもっと時間が必要なはず。その慣れ具合だと、八か月くらいは経っていると、ぼくは結論付けたが、どうだ?」

 僕は大きくうなずくことで認めた。やはり伊達に貞夫叔父さんは研究者をやっていない。なんという分析力だろうか。いやはや恐れ入った。

 「うん、大切にしていた恋人が破壊神になっちゃって、だまされて彼女を封印してしまったんだ。もう彼女は二度と目を覚まさない。あの子は死んだんだ」

 「やはり、か」

 納得する貞夫叔父さんの横で、コウがふと何かを思い立ったようだ。

 「待てよ。貞夫さん、あんたはさっきソウルレイっていう絆そのものが、物理的に汚染されるって言ったよな?では、魔法を使ったり魔子を体に摂取すれば、そのうち人間関係全般が根本的なレベルまで壊されてしまうのではないか?」

 その指摘を受けて、貞夫叔父さんとシルハ様は疲れ切った様子で大きくため息をついた。シルハ様が貞夫叔父さんに目配せをした。了承した叔父さんは一歩下がって会話の主導をシルハ様に任せた。

 「そうなのよ。ここまでこの話を聞いてくれていた以上は解ると思うけど、まさしくその通りなの。だからこそ、それに対抗する力が必要だと思う。あなたたちにそれを身に着けてもらうわ」

 貞夫叔父さんはその言葉を受けて、少し寂しそうに顔を俯けた。

 「そうか。『あれ』はここでは身に着けられない。ということは、もう行ってしまうのか。残念だがまた会うこともあるだろう」

 「そうだね。でも、この五年間の間に何があったのかは知りたかったな」

 「それはボクも同意せざるを得ない。どうだろう、少し手紙にしたためてくれないか。少しならボクたちも待つ時間はあるよ?」

 「なら、厚意に甘えることにしよう。少し待っていてくれ」

 三十分後。彼は一通の手紙を持って僕らの元へ戻ってきた。精神的なダメージが少しあるのか、わずかに足元がおぼつかない。大丈夫かな……。

 「すまないね。ぼくもここでやることがあるんだ。この世界は実に不思議に満ちている。研究課題に事欠かないし、まだ科学が発達していない。ぼくの研究が一つでも日に当たる時が来れば、きっと報われると信じている。君たちの努力も同じように無駄にならないことを祈っているからね」

 名残惜しいが、ここで別れることになった。僕とサエリは手紙を大事に懐へしまい込み、彼と固く握手した。

 「カザマツリ家とタテシロ家に栄光あれ」

 「「栄光あれ」」

 こうして、僕らは貞夫叔父さんに別れを告げ、新たなる力を求めて試練の間へ赴くのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ