『同居人は壁の向こう』
朝だ。
この部屋の窓は常にカーテンで閉ざされ、日光という日光がどうどうと侵入してくる事
は滅多にない。それでも朝だと認識するのはカーテンの隙間、それもほんの僅かな隙間か
ら零れる外からの輝きだけでありそれだけで十分である。
コツコツコツ。
軽く三回程壁を叩きこの向こう側に居る彼女を起こそうと試みる。当然壁の向こうはよ
く見えない為本当に起きたかどうかは定かではない。それでも彼女がまた遅刻してしまわ
ないように、彼女が慌てて出て行って事故に遭わないようにと願ってもう一度。
少し待っていると彼女が自力で起きたのか、或は私が起こす事に成功したのか足音が一
人分聴こえてくる。何にせよ起きてくれたのなら一安心だ。
とたとたとた。
彼女の小さな足から発する音が今日も小気味よく響く。この音を聞いているとつい同じ
様に足踏みしたくなる。しかしいつもよりやや速足に聞こえると言う事は、どうも今日は
急ぎの日だったようでたまに「急がないと」と声が聞こえる。もう少し私が速く起きて居
たらよかったのに、申し訳ないな……。
それか直接触れて、揺らして、声をかけて起こしてあげた方が良かったのだろうか。朝
食も私が作ってあげて、なんなら持って行く物まで用意して、お弁当とか作って……。
いや、無理だ。私は彼女をこうして壁のこちら側から見守る事しか出来ない。私を救っ
てくれた彼女にしてあげられる事はない。
だから、せめて、笑顔で見送る事だけが今の私の日課である。
気が付かなかった、まさか目覚まし時計が壊れていただなんて。
今日は早番だからもうでないと間に合わない、ご飯はコンビニで買って道中食べたらいい
かな? うんそうしよう。
「おっと、いけない! これを外して、と……うん。行ってきます!」
どんなに忙しくてもこれだけははずせない大事な日課。
ショーケースの幕を外し、筒の中で微笑む彼に微笑みを返す。
あぁ、なんて愛おしいんだろう……この人はずっと私の事を恩人だと思って、この中で余
生を過ごしていくんだと思うとドキドキしてきた。
トゥルーエンドはハッピーエンドとは限らないけれど、お互いが満足しているならそれでも悪くないと思う。
真実がねじ曲がっていようと、その事を知るまでは上辺だけが真実なのだから。
夏なのでちょっとだけひやっとできたら良いなぁ。